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最初の逃避行

初投稿。至らぬ点いっぱいあると思います。

多分続きます。








「お、おかあさん」


 そう呼ばれると一瞬だけ自分が本物の母親になったような気がするのだ。だけど、彼女にとっての『お母さん』という言葉は、決して母と言うぬくもりが溢れる家族愛などではなく、製造した、そう産みではなく生みの母である私の呼称なのだろう。それがわかっていながらも自分は今日が5歳の誕生日の子供に向かってこう返すのだ。


「なぁに、エメ(最愛)


 きっと報われないこの最愛の名を持つ宝石のような、いいや、本物の宝石を生みだす少女に対して。










 二十世紀が今まさにやってきそうと言われているこのご時世。もし、あなたがもし宝石を少しでも買っているのであれば、それは間違いなく私の愛おしい子供たちが生み出した宝石だ。

なんて言っても世界は信用してくれないだろう。

 

 だけど、事実、あんなにきれいな宝石が自然界からあんなにも排出されるのはおかしな話だろう。だったら、人工的に生みだせばいい。皆がそれを理解していた。だが、実行には移せていない。理由は簡単。道徳、倫理。そう言ったものが許してくれない。しかし、金儲けをする資産家にそんな思想など存在しないのだ。



それを金儲けの算段として使った資産家もそれを作り出してしまった私―――シャルロッテもこの罪を背負うべきなのだろう。




 ビジュチ(宝石商人)と呼ばれる子供たちを科学的に私は開発した。この罰は一生私が背負い、私が目を閉じるたびに魘される悪夢なのだ。人間の遺伝子の中にほんの少しだけ鉱物の遺伝子を混ぜ込む。この子供たちは生まれたときから異質な存在なのだ。頬には数えきれないほどの宝石を宿し、一つ剥がせばまた一つ生み出されていく。まさに金の鶏のような存在だった。


 初めてできた少女に私は涙した。それは後悔からの涙ではなく、成功としての涙。資産家も諸手を挙げて喜んだ。


 ピンクとも茶色ともつかないその髪色に若い息吹を感じさせる新緑のような瞳、真っ白な肌。普通の人間にはあり得ない異物。それは涙にほんの少し色素を混ぜたような、紫、水色、透明のきらめく宝石。人類の生みだした最高傑作にも近いその少女は『1(アン)』と名付けられた。




 その少女はとても感情豊かでとても素直な子だった。そして、私の罪に気づかせてくれた。彼女に対して、冷たい感情、そう科学者としての知的好奇心ではない。


 徐々に母親、親としての感情が芽生え始めた。あの子が頬から宝石を採取させるたびにぽろぽろと涙をこぼす。そして痛いと泣き出し、その悲痛な声に私も心を痛めた。楽しいことがあれば真っ先に私に報告し、私も一緒に喜んだ。


 だんだんと宝石を生みだせなくなって、齢十もいかない可愛い娘は、資産家の腕によって殺された。


 そこから先は地獄の日々だった。前の実験で失敗し、資金的に自立できない私は『2(ドゥ)』『3(トロワ)』などの子供たち宝石を持つ子供たちを生みだす責務があった。


 そのどれもが雇い主によって宝石を生みださなくなっては捨てられていった。


 私は黙って自分が生み出した子供たちを見捨てるしかなかった。涙で枕を濡らした日あった。だが翌日には冷徹な科学者であり、そして彼らの生みの親となり接するしかなかった。






―――良心が黙っていられなくなった。





 三十番目の『30(トロンツ)』はアンの亡霊だった。私の今までの闇を際立たせるように生み出されたのが、トロンツ。

 

 それは珊瑚のような茶色とピンクを混ぜたような、オリーブグリーンを彷彿とさせるような、雪がそこに舞い降りたような、そして寒色の宝石を纏う少女はそこにいた。


 あまりにも瓜二つ。遺伝子はまるっきり一致とまではいかないが、双子のようなそのトロンツに私は恐怖した。神が禁止した遺伝子の操作という魔法を弄びすぎた罰なのだろうか。私は、今までの悪夢と見つめあわなければいけなくなった。


 驚き、という言葉では足りない。私は今までトロンツまで、ずっと私の子供たちを殺されてきた。いや、見殺しにしてきた。そんな自分への怒りと、そして、何よりもトロンツまでの子供たちへの哀悼の意を。


 無意味と言っても過言ではない今までの感情が、今燃え上がるような自分と何より資産家への憎しみへと変わっていった。





 逃げだした。逃避行。この小さな赤子と一緒に、小さなボストンバックに詰めれるだけの資料と財産と、そして、死んでいった彼らの写真と共に。





 私は捨てた。科学者と言うことも、そして、トロンツと言う忌まわしき名前を。


 初めて、母らしいことをしたと自分でも思った。名付けた。自分の小さな脳みそで名付けた。エメ。意味は最愛。それが彼女に一番似合う名前だった。


 逃げ出してからは、家を買った。もちろん偽名で。その名前がシャルロッテ。


 白い、山の中にある小さなコテージ。海を越えて、山を越えて見つけたそこは、辺境の地と言っても過言ではない。だけど、私たちにとっては楽園になるはず。そう思って、最後の財産を振り絞って買った。












「エメ、今日はお散歩しましょうか」


「さんぽ!」





 笑う、生まれてから一度も宝石を取られたことのないこの少女の頬は常人が見たら目をそむけたくなるほどの鉱物たちが、そしてまだ生まれていない宝石たちが、金の粒となって現れていた。この山奥に踏み入るものは誰もいない。山を丸ごと買い取ったこの楽園に誰も足を踏み入れることなどできないのだから。




 彼女はこの五年間で成長した。そう、あの日のアンのように。ふわふわとした髪の毛も、大きなくりくりとした目も、そして、あの新雪のような肌も少し焼けたような気がする。


 年を取るにつれて、彼女の生態系、もとい育て方がわかってきた。


 


 彼女は知能指数があまりにも低い。





 それは、宝石に養分がいってしまっているからではないか。私はそう結論付けた。


 確かに今までの子供たちは取ってしまっているから普通に喋ることも意思疎通もできていた。しかし、エメの場合、この宝石たちを維持するために脳への栄養素が全て宝石に回っている。


 

 それに、好き嫌いも顕著に出始めた。


 ミルクをこの歳になっても欲しがるのだ。カルシウムを使い宝石を成長させていることもわかった。


 そして、肉類を好み野菜を嫌う。もしかしたら、普通の子供の好き嫌いかもしれないが、私にとっては、一つ一つがこの子と生きていくための研究材料、もとい子育て記録なのだから。



「お散歩に行ったら何したい?」



 エメはほんの少しだけ悩むようなしぐさをした。いつもは水遊びやら、木登り、それにベリー採取を好む彼女にしては珍しい行動だった。



「そと、でたい」

「お外に出れるわよ?」



 言葉の真意はわかっていた。だけどわからないふりをした。彼女は、この山の外の世界を望んでいるのだろう。

 だけど、この外を出てしまったら。楽園を追放された人間たちの末路は聖書でも書いてあった通りだ。私はこの五年間で伸びた髪を耳にかけ、ゆっくりとエメを抱きしめた。



「エメ、一緒よ」



 それは祝福にも似た、呪詛。吐き出した自分でも嫌になってしまう。抱きしめられたエメの表情はわからない。


 わからなくていい。この言葉の真意を。ぎゅっと弱弱しい体を抱きしめる。

 

 そうするとすぐに抱きしめ返される。ああ、ごめんなさい。貴女を生んでしまった私。呪ってもいいのよ、罵倒してもいいのよ。でも、きっと伝わらない。





 楽園を出てしまえばシャルロッテの隣にきっとエメは立てないだろう。

読んでくださり誠にありがとうございます。

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