依頼
依頼はこうだった。
「この男を殺せ。女のお前なら警戒されずに奴の懐に忍び込める」
指示通りターゲットに接触を図った。簡単だった。彼の主催するパーティに出席し、二人きりになったときに背後から隠し持っていた銃を向けて…。
「さあ、殺してくれ」
彼はまるで全て分かっていたかのような口ぶりで、ため息ともに振り向いた。その言葉からは安堵さえ感じられた。
そのとき初めて私は、彼の目がすでに虚ろで光を失っていることに気がついた。
ふざけるな。こんな状態で殺すなんて殺し屋のプライドが許さない。もっと長く生きたい、死にたくない、そんな風に思うようになったところで残忍に無慈悲に生命を絶ってやる。
計画は変更だ。彼を会場から連れ出すと、そのまますぐに国外へ出た。世界の各地を渡り歩いた。彼の住む都市の何十倍もの規模があるメトロポリス、見たこともないような自然の絶景、好奇の目に満ちたスラム街。この世にはこんなにも魅力的な場所がたくさんあるんだ。
幼い頃から命を狙われる身として制限の多い生活を送っていた彼は、行く先々であらゆる物事にいちいち目を輝かせていた。次第に目の奥に光が灯っていった。
「世界がこんなに広いだなんて想像もしていなかった。ありがとう」
そう言って彼は笑った。その笑顔を見たとき、なんだか嬉しい気持ちでいっぱいになった。きっと、目的がもうすぐ達成されようとしているがゆえの高揚感だろう。
旅を終えて帰ってきた私たちを待ち受けていたのは、同業種の男だった。
「お前が国外に逃亡したと知った依頼主からお前もろとも抹殺命令を受けたのさ」
と銃を向けられる。まだ期日には達していないだろうが。気の短いクソ依頼主め。とはいえ、ギリギリまで決行を遅らせたのはこちらの落ち度だった。私は観念した。
銃声が轟く。次の瞬間私の体に彼の体が覆いかぶさった。彼の体を銃弾が貫く。
彼は口に血をにじませながら私の方を見て言葉をつなぐ。
「おかしいよな。君と初めて会ったとき俺はあんなに死にたがっていたのに、今はこんなにも死ぬのが怖いんだ」
そう言って目を閉じる。
想定と違う展開に戸惑いながら近づいてきた同業種の男に今まで生きてきた中で一番憎しみのこもった顔で「私の依頼だ。邪魔をするな」と睨み付けるとそいつは何かを察した様子でそそくさと去っていた。
腕の中の彼に視線を戻す。彼はヒューヒューと苦しそうな息をしていた。もう助からないだろう。私は彼の心臓の中心めがけてナイフを突き立てた。呼吸音が消える。
「依頼完了だよ」
私は目頭を拭った。