線路におりてはいけません。
吐き出される様にぞろりと出る人、吸い込まれる様に、次々入る人。こちらとあちらを分ける様な改札を抜ける。
構内アルイて、カイダンノボッテ、プラットフォーム。
「しまった!落とした!やべぇ……」
あー、やっちまった……。一人の青年が、線路の敷石の上をため息をつきながら眺めている。そこには……
ワイヤレスイヤホンがコロリン。コロリン。コロリン。コロリン………白にピンクに黒、様々な色形が落ちている。
「ふ、えっえっえ……やだ落としちゃった……」
涙にくれる、女子高生が一人。しゃがみ込み、落としたそれを眺めている。
ワイヤレスイヤホンがコロリン。コロリン。コロリン。コロリン………白にピンクに黒、様々な色形が落ちている。
「お兄さん!どうしよう!ここヤバい駅ですよね」
「あ、アレの事?ここじゃないだろ、隣駅じゃね?」
「え?そうなの、てっきりここだと思ってた」
彼の言葉にホッとした彼女は、運命共同体と思いすがる様に青年を見上げる。その目には、
……かっこよく飛び降りて私のピンクの、拾ってきて下さい。
その意が込められている。一方青年は。
……、無理、ここのプラットフォーム、結構高さがあるから、降りたら最後のぼるの大変。
かつてスマホを落とし、慌てた勢いのままに無謀なチャレンジをした闇歴史を持つ彼。その時、降りたはいいがどうしてもよじのぼれず、仲間内に引っ張り上げてもらった事をしかと覚えている。
ああ……、どうしようと、二人が情けなく見ていると、神の手を持つと言われる名物駅員さんが、マジックハンドを片手に姿を表した。
彼の名前は『斎藤(誠)』ポジション『助役』来年定年を迎えるジェントルマン。
「ハイハイハイ、線路に降りてはいけません!どれ?落とし物は……、どのイヤホン?」
「ハイ!私はピンク……あれ、さっきまで覚えてたのに……多分アレかと」
指差す先にコロリン転がるピンクのイヤホン。隣にもコロリン、同じ様なソレ。
「あー、ピンクのハイハイ、よっと……」
マジックハンドをにょっと伸ばすと、今落ちたピンクのねー!と声に出すとカシャカシャハンドを動かし、それを見事にキャッチ。ヒョイと取り上げると、手元に寄せる。
「ハイ、落とさない様に……、お兄さんも?」
「あ!ハイ!あれ?どれだっけ」
手元に残っている片割れを確認をし、あそこの黒いのです。と指差す。
指差す先にコロリン転がる黒いのイヤホン。隣にもコロリン、同じ様なソレ。白いのもコロリン。
「ハイハイ、黒いのね、お兄さんの……よいせっと!」
迷わず的確に小さなそれを挟む、駅員斎藤(誠)。この技は、一長一短では得られない奥義と、若い駅員の中では噂になっていた。
「ハイ、落とさないでね、お!時間時間」
それを手渡すキリリと白い手袋。そしてマジックハンドを手にしたまま、持ち場へと早足で向かう斎藤さんの背に、ありがとうございます。と頭を下げる青年と女子高生。
「良かったー。でも大丈夫ですかね……ホントにここじゃないのかな、調べよ、あれ?出てこないし……」
「うーん、隣駅って聞いたような……、ホントだ。ググっても出てこない」
二人は気になることがあるのか、イヤホンをポケットにしまい込むと、携帯で検索するが求めていた情報は、なぜか何もヒットしなかった。
やがて電車が到着する。二人は他の乗客に混じり乗り込み、家に帰る頃には、そういえば落としたな程度に、プラットフォームでの記憶は薄れていた。
――、「ちょっと素敵な人だったんだよ、え?交換そういやしなかったよー!でもその駅使ってるみたいだし、今度、同じ時間に降りてみようかな、うん、そうそう!えー!ウッソォ!あの駅なの!ヤッバ!イヤホン落としちゃったよ、大丈夫、大丈夫、なぜか使ってないから!すごいわ私」
ピンクと白の可愛らしいベットの上で、友達と寝る前トークの女子高生。友達から何か聞いたのか、起き上がると、話しながらバタバタと部屋を出ていく。
「え!それでどうやるの?波長が合わないと大丈夫?ヤダァ!あってたらどうすんのよ!使っちゃったら耳に住んじゃうんでしょ!やだよー。え?ティッシュに包んだ塩の上に置く?何それ、それであした?駅員さんに……うんうん、わかった!行く!そしたら使っても大丈夫なんだよね、ありがとー。感謝だよー、うん、今日も明日も、終わるまでずえったい!使わない!」
事なきを得た女子高生なのである。一方青年は。
女子高生と電車の中で別れた後、何も思わずにイヤホンを取り出すと、耳に押し込んだ。携帯をスクロールして音楽アプリを開く。
「………!え!おいおい!やべぇ」
慌ててアプリを閉じた。そして耳からイヤホンを外したのだが……
時はすでに遅し……。
……ギギギギィ!ゴガガガガ!……ウ、ウゥ、ウゥ、イタイ、ナゼ、ドウシテ、ドウシテ、ウ、ウゥ、ウ、イタイ、ィ…………。
青年の耳に住み憑イタナニカ。ナニカと男の波長が合致したらしい。細く細く……切れ切れにささやく、誰かの末期の時の声とキイタ音……。
頭を振る。聴こえる。耳に指を入れてガシガシ。ガシガシに混じり聴こえる。イヤホンを取りだし、耳に装着。アプリを開き、思いっきり強い曲を選んで流してみる。
……はざま狭間で聴こえる。上手く曲と混じり合い聴こえるソレ。青年の背筋をゾクゾクとさせる。どうすればいいんだろ……。検索をしてみるが、似たような話はあるが、根本的な事は何一つ上っていない。
……ギギギギィ!ゴガガガガ!……ウ、ウゥ、ウゥ、イタイ、ナゼ、ドウシテ、ドウシテ、ウ、ウゥ、ウ、イタイ、ィ…………。
――、「おい、聞いてくれよ。都市伝説ね、早、流れちゃったよ。最後まで読めば対処法とか書いておいたのにさ……、やだねぇ、夏場はだめだな。怪談話多くてさ、ほとんどガセなのにな」
終電後のホームで斎藤さんは、線路に向かって話をしている。何時も落とし物の手伝いありがとな、と話している。
「それにしてもさ、ワイヤレスイヤホンって落としやすいのかな、アレ小さいから、マジックハンドで取るの至難の業なんだよね。俺は君達に手伝ってもらってるからあっと言う間だけどよ。そういや、そこのお前も落として線路に降りて事故ったんだよな、そこのは、なんだったっけ?一身上の都合ってやつか……電車に憑いてたのが、どうしてここにオチるんだかねぇ……」
最終列車が去った方向を、白い手袋で確認をしながら、いつもの様に話をしている。
「ん?俺がいるからってか?そういや前いた駅も、その前も……、いつの間にかごちゃごちゃ寄ってきてたな、落とし物拾う手伝いしてくれてさ、便利なんだけどな、ひーふーみー………、足らん。やっぱりあの二人に憑いてったのいるな、戻ってくるかな、それか取り憑いてるか。二つにひとつだな」
白い光がプラットフォームの屋根の下を照らし、線路は黒グロ、ドロリとした夜の色。白い手袋の駅員さんが、最終確認を終えて、コツコツと音立て歩いている。
彼の名前は『斎藤(誠)』ポジション『助役』来年定年を迎えるジェントルマン。
某駅の名物駅員さん。彼が、マジックハンドの達人なのは……、仲間内では有名な話。
終。