おっさん、解雇される
最近、俺の仕事は忙しくなった。
だが、それは今だけの事と割り切ってはいる。
なぜなら、あと数日の後に、俺の退社が決まっていたからだ。
今から三カ月前の月末に、突然届いた解雇通知に、俺はやはり来たかと諦めた。
理由はもちろん承知しているし、現状うてる手立てがないとも思う。
今も起こっている例の事件が原因である以上、会社としても身を切る思いで、社員を減らさざるを得ないからであった。
その事件とは何か?
それは、とある異常な事態と密接にあり、謎の死亡事件が起きているからである。
約半年ほど前の新聞紙面に、ある特定保養施設で複数の死亡事故が起きました。
そして、その後も同様の死亡事故が連続して起きてしまいます。
死亡事故から事件へと変わった、この件の捜査は難航しました。
ですが、その捜査もある報告と共に、別の事件へと変わります。
日本から遠く離れた複数の国でも、同様の事件が起きているとの報せが、世界中を駆け巡ります。
その後、世界的な組織や調査機関が様々な角度で、この事件を調べましたが、そのすべてが不明であると、報告されてしまいます。
事件、事故、人為的であるのかないのか、また未知のウイルスではないかと議論も尽されましたが、未だに原因がなんなのかも解りません。
そして、この奇妙な事件は『突発性不自然死』という名で、世界中の人々に広まっていきました。
『突発性不自然死』という、全世界で巻き起こっている、異常現象。
それが今では、日本では高齢者を中心に流行りだして、全国の介護施設で起こってしまい、今に至っては自宅療養者にまで拡がっています。
この事態を重くみた日本政府も対応に動き出すも、原因不明の不審死が起きているのが、特定の世代だけに留まらず、若い世代の間にも起きてしまい、さらに問題となっています。
―― ―― ――
『突発性不自然死』
とくに前触れもなく起こる、不自然な死。 怪我や病気、老若男女に関わらず、突然訪れる不可解な死亡事故。
警察や大学病院などが、最大限の努力と科学的調査を繰り返したが、最終的な死因は心肺停止の心筋梗塞という結果に至ります。
なかでも、とくに高齢者に多く起きて、体調の良し悪しに関係もなく、死が訪れます。
その多くは、どういう訳か、安らかな寝顔のままで発見された事に、周囲の関係者だけでなく、親族たちからもその事に言及する人はあまり居ませんでした。
ですが、ごく少数の人の中では、この不慮の死を受け入れ難い人たちも居ます。
突然訪れた死によって、なにかに怯え、追い詰められた表情で息絶えた人も、少数ながら存在しました。
そんな死を迎えてしまった人達には、ある共通点がありました。
その死に顔は、なにか恐ろしいものを見たような歪んだ表情をしており、中には泣きながらに怯え、懺悔しているかのような姿で、発見される事例もありました。
もう一つは、『有名人』であった事。 しかも、良くも悪くも目立ち、過去に何かしらの事で、世間で話題となった人物ばかりでした。
ある人は惜しまれ、ある人は当然の報いではないかと噂され、世論が割れました。
なにが起きているのか分からない恐怖と、確実になにかによって齎されたであろう死は、世界中の人々に、言い知れない不安と恐怖を与えました。
―― ―― ――
俺の最後の仕事となる、引き継ぎも終わって、会社の同僚たちとささやかな送別会で一杯(本当に一杯)引っ掛けての帰宅だ。
「ふう…… 本当に、来週から無職になんのかぁ……」
帰宅しても誰もいない、明かりさえついていなかった部屋に入り、照明器具のリモコンを手に取り、スイッチを押しながらドカリとベッドの端へと腰を落とし、ネクタイを緩めつつ明るくなる部屋を眺めた。
「もう十年、ここに住んでるんかあ」
一部屋、六畳しかないワンルームのアパートではあるが、寝に帰るだけの住処と考えれば、十二分に足りる。
入居のきっかけとなった馬鹿共の借金騒動で、殆どの財産は消えたが、これはこれで住み慣れた我が家となったな。
両親の介護も何とか出来たし、あいつ等の自立にも関われたし、思い残すものもないか。
「うん。 田舎にでも引っ越すか? いや、歳を取りすぎたし無理だな。 ははは……」
でもまあ、今の日本じゃどこに行っても同じかも知れんな。
「ああ! もう十歳、若ければなあ……」
俺は、誰も聞いてない愚痴を垂れ流し、背中からベッドへと倒れた。
『ぐぅ〜』と、腹がなった。
「仕方ない、飯にでもすっか〜」
俺はジャケットを脱いでハンガーにかけて、それをクローゼットに仕舞い、洗面所に向かった。 洗面台の前にたって蛇口を捻り、手にハンドソープを出した時に、俺は異変に気付いた。
「えっ!? ちょっ!! ええっー!!」
ひねった蛇口から水はバシャバシャと流れ続け、俺は鏡に映る自身の顔を見て、驚き戸惑ってしまった。
ペタペタと自身の顔を触り、鏡に映る自身と比べるも、どう見ても今までの自身の顔ではない。
なんど見ても、触ってみたものの、そこにあるのは若返った自身の顔であった。
鏡に映る、若返った自身の顔を何度も触り確かめても、ハンドソープのついた手と顔の泡の跡が、それを事実と認識させた。
そして、鏡に映る変わり果てた自身の顔を見て、そのままストンと尻もちをついた。
「おれ、どうすんだこれ? この顔でなにが出来る?」
若返りはしたとて、五十代のおっさんが、この顔でなにが出来るのかを考えたが、絶望しかなかった。
(どうすんだ? こんな顔じゃ誰にも相談出来ないぞ、これ。 知合いどころか、もう子供たちにも会えないかも知れん……)
「『ぐぅ〜』ははは……」
洗面所の床で膝を抱え込み、腹の虫がなる中、俺は力なく笑った。
ちょっと若返りたいと思ったら、かなり若返ったおっさんの未来はどっちだ?
思い付いたが為、急遽書いてしまいました。
次回は未定ですが、書けたら投稿をしますので、気長にお待ち下さい。