七時限目『メイモント王国のアンデッド魔獣』
メイモント王国のアンデッド魔獣
■種別:人工的にアンデッドにされた魔獣
■主な出現地域:大陸西方の比較的安全な町や村
(犯罪に使われる場合、アンデッド化と出現地点は無関係)
■出現数と頻度:単独〜数十体
■サイズ:魔獣による(下位魔獣は最大で大熊まで)
■危険度:小~中(例外あり)
■知能:なきにひとしい
■人間への反応:攻撃的(術師に制御される)
■登場エピソード:なし
『メイモント王国のアンデッド魔獣』は人為的につくられた魔獣のゾンビやスケルトンのうち、とくに大陸西方のメイモント王国の軍事研究の産物をさします。
巨大熊の魔獣のゾンビ、『ラストブリンカー』が当初有名でしたが、下位魔獣のゾンビやスケルトンを人工的につくる術が流出してしまい。アンデッドの魔獣が国外でつくられ、暴走事故や犯罪者に使われる凶悪事件が多発。
大陸西方の社会の新しい脅威になりつつあります。
メイモント王国がアンデッド魔獣を研究した目的は魔獣から国を守ることでした。人間を攻撃と捕食の対象にする天敵=魔獣を、死霊術で蘇らせたアンデッドの魔獣で迎え撃つのです。
しかし、広い国土の守りには、人工のアンデッド魔獣が、数百、数千単位必要でした。
一握りの英才や天才しかつかえない複雑高度な死霊術では、安定した転化(生産)も多方面の戦闘行為も困難です。
メイモント王国の死霊術師の取り組みは、最強無敵の怪物をつくることではなく、下位の魔獣の死体にかける死霊術を『学びやすく』、『教えやすく』、『使いやすく』することでした。
古代魔術文明に起源を持つ『魔術』の場合、高等魔術は、合理と調和を追求した数式のような『術式』で行使されます。
天才的魔術師が高等魔術をアレンジしてつかうことはありますが、下位の魔術師が扱えるほどダウングレードした事例は(知られているかぎり)ありません。
しかし、死霊術の場合、研究者の個人主義、秘密主義は当たり前で、新しく見出された知識やすぐれた技術が秘匿されることも、失伝、散逸することもめずらしくありません。
ある死霊術師が半生を費やした研究が、じつは、何十年も昔、別の研究者が調べ尽くして結論していた。残された研究記録は、兄弟子が死蔵していた。
かれらは互いに研究テーマや収集した資料を秘密にしていた……
死霊術の研究は、そんな不合理と迷走のエピソードであふれています。
メイモント王国は、死霊術を国の守りの要として重んじる、大陸の唯一の人類国家です。
死霊術をひとつの学問、ひとつの技術文化にしようとしており、全国規模の学術組織、教育訓練機関などが存在し。若い術師は、古い秘密主義を忌避しています。
しかし、アンデッドの魔獣に関する死霊術は、そんな王国でも例外でした。少数の個人研究以外、手に入る資料は国外の過去の研究ばかり。
それだけに、半ばタブー視されていた研究が『ある事情』で大がかりにはじまると、若い研究職はアンデッド魔獣の死霊術の秘匿をことごとく暴き。
その術式は迅速に整理されて、徹底的にダウングレードされました。
『メイモント王国式』のアンデッド魔獣の死霊術。
それは危険なほど難度を下げてしまい。
『転化の術』の発動だけなら、ある程度の素質と理解力で、専門外の人間でもできてしまうほどでした。
そこまですると、さすがに改良したアンデッド魔獣の死霊術に『合言葉』や『認証』を組み込むプランが準備されますが、研究計画そのものが大きく混乱してしまい、中止に追い込まれたために未達成。
そのまま危うい死霊術は国外に流出してしまい、ひとたびアンダーグラウンドで写本が商品になると、メイモント王国の関係者の想像をこえるスピードで大陸西方に拡散したのでした。
○『黒紋本』
人工のアンデッド魔獣をつかう犯罪と暴走事故、その元凶のひとつと名指しされている本です。
大元は、メイモント王国で執筆された死霊術の教本で、改良されたアンデッドの魔獣に関する死霊術が平易に記されています。
ある程度の知識と理解力があれば、専門外の人間でも読み解くことか可能です。
しかし、非常に危険な記述の偏りがありました。
アンデッドに転化した魔獣そのものの攻撃性、その支配の術の不安定さにはほとんどふれず。注意喚起、安全措置、緊急時の対処の記述はきわめて簡略。
術師を脅かす精神汚染、呪詛の悪性の問題にいたっては、まるで『ない』かのように省かれていました。
教本の対象者は、メイモント王国の教育機関の卒業生で。執筆者は、かれらが当然習得し守るはずの、原理原則や基本的知識、技術の記述を省いたことが原因でした。
精神汚染や呪詛に関しては、アンデッド魔獣の方がもともと、ゾンビ兵やスケルトン兵より悪性でした。
対処が困難でしたが、執筆当時、まだ研究途上。
術師それぞれが、自分の技量や術力や適性にあわせた精神汚染対策、呪詛対策を探るしかなく。実力不足の術師がオークやブルーベアのアンデッドを従えようとしたとき、悪影響に蝕まれることもありました。
執筆者は、試行錯誤の多い内容を教本にまとめられず。くわしく講義や教習で教授される予定もあって(少々粗忽に)省いたのです。
しかし、国外に教本(の写本)が流出すると、アンデッド魔獣の暴走事故、術師が狂死、悶死する事件が続出しました。不適当な人間の手にわたり、写本の記述の過不足に気づかないまま術が使われたのです。
在野の死霊術師は、多くの場合、メイモント王国の評価基準では『術師もどき(半可通)』………秘密主義の師匠の下で、盗み見て術をおぼえたものや、勘に頼り、独学でおぼえたものがめずらしくありません。
それどころか、若い知識人が専門外の写本を手に入れて、コボルドやゴブリンのアンデッドを興味本位でつくりさえしました。
かれらは転化の成功させても、正気を失ったり、命を落とすことがあり。魔獣のアンデッドの支配に失敗したときなど、襲われて、ゾンビになってしまうことさえありました。
いつしか『黒紋本』と呼ばれだした写本は、いくつもの事件で逆に有名になり。大陸西方のアンダーグラウンドの人気商品になってしまいます。
禁忌の死霊術を見たい、試したいと、無謀な好奇心で読みふけるもの。
アンデッドの魔獣の暴力としぶとさを、凶悪犯罪に利用しようとするもの。
自分なら、より強く、すぐれたアンデッド魔獣をつくれると試みるもの。
大陸中央の大災害で、高い地位や名声、土地財産、家族を失い。やり場のない怒りと不満を、だれかに(社会に)にぶつけようとするもの。
いろいろな人間がさまざまな理由で黒紋本を探し、汚損した写本でも買い求めたことで、自分で新しい写本をつくり、ひと儲けしようとする商売人まであらわれました。
何十という誤記と欠落がある『粗悪写本』の登場です。
さらに最近になって、『改悪写本』もみつかりました。
『粗悪写本』は、意図せず原本(教本)より不完全な記述にかわり。実践の場で、事故がが起きやすくなっています。
(しかし、かまわず売られた)
これに対して『改悪写本』は、意図して、メイモントの新しい術式の核心部分を改変して執筆者の研究を組み込んでいました。
はじめてみつかった事例の、当の死霊術師は『良化写本』と称しました。
実際には、論外な危険があり。
『改悪写本』の死霊術は、そのまま使えば術師をほぼ間違いなく廃人にしてしまい。解析した専門家は『術師殺し』、『生け贄写本』と呼んだほどです。
現在、大陸西方の治安当局者は、あらゆる種類の黒紋本を取り締まり。アンデッド魔獣の密造阻止、迅速な駆逐に努めています。
メイモント王国は国外にすぐれた死霊術師を派遣し、積極的に協力していますが、思うような活躍はできていません。
人工のアンデッド魔獣の惨事が起きた場所では、死霊術や術師に対する警戒と不安の声が強まり。地元民が術師を攻撃することがあるからです。
●死霊術師とアンデッド魔獣
死霊術は、大陸の人類社会から忌避されている技術体系です。
魔術がかつて偉大な文明を築き、今もすぐれた魔術師が、強者、知者として尊敬されるのに対し。死霊術は穢れた邪法、術師は死者をもてあそぶ魔物のように嫌われます。たまたま何かの事件のとき居合わせただけで犯人と疑われ、悪党、闇の神の信徒と決めつけられることもあるほどです。
メイモント王国はそんな大陸諸国の中で、死霊術師が国の守り手として活躍し、高い社会的地位をえた新興国です。
民衆はもともと土着の祖霊崇拝の影響で、死霊術や術師にとくに嫌悪の念をもたず。ゾンビやスケルトンでさえ、きちんと管理できているなら、つらく、『人手』不足の冬季の防塁工事などにむしろ歓迎。
大らか、大雑把でした。
転機は、メイモント王国の魔獣災害の激化でした。
あるとき、厳寒期に適応した変種や亜種が急にふえ、人間が思うように戦えない冬季、小さな町や村がいくつも消え。王国の中心地にまで未曾有の被害が広がりました。
国難を打開したのは、ゾンビやスケルトンの武装兵の軍隊です。
新たな国軍は、極寒や豪雪をものともせず戦い。死霊術師もまた、アンデッド兵の統率者として魔獣討伐に赴きました。
メイモント王国が存在を把握していなかった上位術師が名乗りを上げるなど、志願して戦いに加わるものも多く。
戦場で、『英雄』、『戦士』とよばれる術師さえ出現しました。
不可能といわれた山脈越えを成功させたアンデッドの戦隊の長で、王国東北の解放者
………英雄『雪崩』
弟の亡骸の、重甲冑のフレッシュゴーレムをつれて歩き。町や村の防衛戦を得意とした、鉄壁の守将、
………『鋼の死霊術師』。
上位の死霊術師でありながら、アンデッド兵とともに、なせか大槍をふるって戦った巨漢、
………『串刺し男爵』。
『串刺し』の部下の術師で、戦死後、さらに本人の遺志でゾンビ兵となり、苦戦と激戦を繰り返して。最期は残骸も行方知れずになった『歴戦の死兵』、
………『死狂(デッド‐マッド)』。
メイモント王国に侵入した『冬の魔獣』がすべて討ち果たされ。辺地に強固な防衛線が築かれて、すべての被災地への国内難民の帰還がかなったとき。
アンデッドの軍勢と死霊術師は、メイモント王国の民に『救国軍』、『守護者』とよばれていました。
その後も、アンデッドの軍勢は文字どおり、不眠不休で王国を守り。死霊術師はその統率の従軍、あるいは支援で徐々に強い発言力をもつようになり。
ついにはメイモント王国に、死霊術師の組合組織と次代の術者を育てる教育機関が、大陸の歴史上はじめて、公式に誕生しました。
その頃になると、死霊術を『教養』として学ぶ王都の騎士や、自分の子女に死霊術の家庭教師をつける貴族もあらわれ。死霊術師は、一般社会ですぐれた知識人、専門技能者として見られるようになっていました。
しかし、『人工的な魔獣のアンデッド化』の研究は、そんな情勢でもさけられました。
実験研究に反対する声が多く、本格的な国家研究は近年、王命で着手するまで一件もありません。
魔獣は「人類の天敵」といわれるほどはげしい攻撃衝動をもつ、異形異能の怪物です。上位種の力は、町や村を単独で消し去るほど強く、抗いがたい災害そのものです。
そんな強い魔獣が一度死に、よみがえったアンデッドは悪夢のような存在です。
生身の魔獣がどれほど適応しても、耐えられる寒さの限度があるのに対し。アンデッドの魔獣は、最悪の雪嵐の中でもほとんど動きを変えず。
脳や骨まで凍りつかせなから、人を狙い。ゾンビ兵やスケルトン兵の猛攻にあえば、同等以上の、アンデッドの怪力、頑健さ、持久力で反撃します。
人工的に魔獣をアンデッドに転化させる死霊術は、過去にいくつか成功例があるものの、詳細は不明で。術師の術力や適性だより。事故や暴走が多く。不安定で不完全とされています。
凶暴なアンデッド魔獣を人工的につくる研究を危険と見て、魔獣討伐の現場ほど警戒心をもち。上位の死霊術師も多く同調しました。
背景には、死霊術師がメイモント王国でえた社会的地位と信頼を守ろうという心情もありました。
ブルーベアなどの大型のアンデッド魔獣は強く、暴走したとき制圧が困難です。
一度の重大事故で、多くの犠牲者を出す危険があり。アンデッド魔獣の軍隊化であれ、単なる実験であれ。不要不急の研究で、死霊術と死霊術師に対する不信と不安が生まれることを、術師の多くが警戒したのです。
情勢を一変させたのは、ゾンビ兵とスケルトン兵の国軍が始動して50年以上たって勃発した、軍の反乱です。
軍上層部の一部の将官が、南の隣国のスピルードル王国に独断で侵攻。 そのさい不正に指揮権を手に入れて、数万のアンデッド兵を率い。ほぼ全て、敵地で無為に失ってしまいました。
敗戦はのちに『黒の聖獣』とよぱれるアルケニーの乙女がスピルードル王国に味方し、戦場でおそるべき魔法を放ったためとされます。
反乱将校は、全員死亡、または行方不明になり。進攻の意図、背後関係は未だに解明できていません。
メイモント王国に、この反乱事件か与えた衝撃は大きく。とくに大兵力の損失は破滅的でした。『十年後、厳寒期の大災害が再来』との予測が、詳細な分析とともに国王に届くほどに。
ゾンビやスケルトンの武装兵は、不眠不休で戦えるタフな戦力ですが、魔獣と衝突すれば損傷し。何も手当てしなければ、戦力は低下してゆきます。
失われた数万のアンデッド兵は、戦力回復に不可欠な補充兵や、交代部隊の要員でした。
新たなアンデッド兵を作り直そうにも、数千、数万の死体をすぐに集めなおすことは不可能です。
最も正確とされた分析は、十年( ± 二年)後、メイモント王国の防衛線は大きくほころび、冬の魔獣が再び大量に侵入。被災地は国の中心地にむかって急拡大し、村落の消滅、国内難民の大量発生など、深刻な事態が続出する。。。
メイモント王国が下した決断は、危機回避のためにまったく新しい戦力を生むというものでした。
かつての危機で、力の限界をみせた生身の兵士にかわってアンデッド兵の軍勢を作り、冬の魔獣災害を斥けたように。
またしても頼るのは、死霊術……死霊術師でした。
安易といえば安易。
しかし、メイモント王国はその当時鎖国状態で、友好的だった隣国に無法な進攻を行った直後でした。
ほかにたよれる存在がありません。
死霊術の軍事研究は、敗戦寸前の戦争国が秘密兵器や新兵器の開発に狂奔するように、同時にいくつも立ち上げられました。
このときメイモント王国の若い世代の死霊術師は、母国を危機から救おうと意欲的で、『救国のアンデッドの軍隊』の再演、ひいては自分が死霊術師の新しい英雄、勇士を夢みるものさえいました。
『人工のアンデッド魔獣の軍隊』は、その中でもっとも期待されて、もっとも大きなリソースを与えられた研究開発で、驚異的スピードで死霊術の再研究と実戦テストを成功させています。
後者の、オークのアンデッド兵の実験部隊は開始からわずか一年半後。ブルーベアのアンデッドの部隊も、それから二週間遅れで姿をみせ、どちらも小規模な魔獣討伐戦をいくつも、危なげなく成功させてゆきました。
もともと過去の研究資料や、個人研究の蓄積があり。
ゾンビ兵やスケルトン兵の大量生産、実戦経験のノウハウ。術師の人的資源。研究職の意欲の高さといったアドバンテージと結びついて、他に類を見ない成果につながったのです。
しかし、軍事研究は一定の成果を出しながら突如迷走し、開始からわずか五年で終わりを迎えました。
アンデッド魔獣の軍事利用を強く推した、メイモント王国の国王の干渉です。
巨大熊の『イブルベア』はドラゴンに匹敵するといわれる魔獣で、彼方の巨木樹海にすむといわれました。ところがその死体が、突然、メイモント王国の国内で発見されます。
王の命令で、回収された巨駆の人工的なアンデッド化が試みられ。結果は、だれも予想しなかった成功。
メイモント王国の死霊術師に従う上位魔獣のアンデッドが、人の死霊術ではじめてつくられたのでした。。
これこそ、メイモント王国の新たな『守護神』。
国王以下政府の指導者たちは、巨熊の魔獣のアンデッドがみせた力に魅せられ。さらなる武装強化を決定。
その脳裏には、アンデッドの大軍を圧倒的力で破砕し、スピルードル王国を勝利させた『黒の聖獣』のすがたがあったともいいます。
イレギュラーな事業を手がけたのは、アンデッド魔獣の研究組織でした。
『万のアンデッド兵に匹敵する、新たなアンデッドの軍隊』
…………王の意向があったとはいえ、当初の計画の指針も研究成果も放り出し、組織幹部や主な死霊術師は、たった一体のアンデッド魔獣の強化改造に狂奔。
リソースを集約させて、そのすがたを傅くようにして整えていきました。
『ラストブリンカー』の秘匿名の怪物をめぐる熱狂は、その最高潮で破局をむかえました。
国王をむかえたデモンストレーションの最中、『主』の死霊術師をあっけなく殺し。爪と牙と与えられた武装を人間に向けたのです。
最強最大の人工アンデッド魔獣は、緊急出動したアンデッド兵の国軍と衝突してかろうじて制圧されましたが、アンデッド魔獣の研究組織は、重大な人的被害と主要施設の損傷によって再起不能に。
メイモント王国の一般人に犠牲を出さずに終わったことで、一般社会の事件の衝撃、死霊術師や死霊術そのもののイメージ悪化はかろうじてさけられました。
メイモント王国のアンデッド魔獣【種別 】
①王国の軍事研究の期間中、初期の実験、下位術師の教育訓練でつくられたもの。
…………メイモント王国の軍事研究計画の、ある意味『正規』の魔獣のアンデッドです。
しかし、古い死霊術研究の再現実験でつくられたもの。その後の術式の改良の、試行錯誤の産物。
あるいは下級術師が、アンデッド魔獣の改良術式を学ぶさい、練習としてつくられとアンデッドの魔獣たちです。
オークやブルーベアのアンデッド実験部隊が、魔獣討伐の即戦力と評価されたのに対し。このグループは、コボルド、ゴブリン、狼や兎の魔獣など 、手に入れやすい雑多な種類の下位魔獣の死体がつかわれ。
約五年で、一千を超える数のアンデッド魔獣がつくられ。たいてい転化してすぐ、データの収集や術師の練達を確認して処分されました。
敷地内の雑役や、実験部隊のアンデッド魔獣の模擬戦に残されたものも、研究計画が打ち切られて施設が閉鎖されると、ことごとく破却されました。
本来なら話は終わります。
しかし、まず、下位魔獣のアンデッドの研究がさかんだったとき、怪談じみた噂が、死霊術師てはない事務職や生産職、一部の警備兵の間で流れたことがありました。
『異常な知性を偶発的にもったアンデッドコボルドの脱走』
『透明なオークアンデッドを閉じ込めた地下室』
『ゴブリンアンデッドに心をつなげて(感覚共有して)、邪悪な人格に変容した死霊術師』
『異常な試験体』の噂はいつのまにか消えましたが、かなり年月がたってから、黒紋本が問題化したころ、よく似た話がメイモント王国の国外でささやかれました。
出どころは不明です。
『異常な試験体(アンデッド魔獣)』は、今のところ現実に発見されていません。しかし、話を信じるものはいて、関連の詐欺 * が何件か報告されています。
(*詐欺;メイモント王国の国外で、在野の研究者に『斑の肌のゴブリンアンデッド』が売り込まれた。
メイモント王国の軍事研究の遺産で、特殊な死霊術がかけられていると称したが、実際は国外で密造したアンデッドで、肌の異常は生きていたときの皮膚病だった)
②王国の研究組織でつくられた、アンデッド魔獣の実験部隊
…………メイモント王国の軍事研究は最後に無惨に破綻しましたが、オークとブルーベアのアンデッド、二種の実験部隊がつくられ。現在も、メイモント王国の国内で活動しています。
どちらの実験部隊も、研究計画の早い段階でかたちをみせ、実際の魔獣討伐を何度も成功させて、計画が中止されたとき、あらためて国軍が戦功を評価して、緊急派遣部隊に組み込みました。
特例は、将来にそなえた討伐戦力の増強、と説明されています。
しかし、巨大熊のアンデッド魔獣『ラストブリンカー』の強奪事件との関わりもささやかれ。それによると、オークとブルーベアのアンデッド魔獣部隊は、いざというときの奪還、あるいは破壊の切り札たといいます。
③巨大熊のアンデッド魔獣『ラストブリンカー』
…………上位魔獣『イブルベア』を転化した凶暴な巨獣で、メイモント王国のアンデッド魔獣の軍事研究組織が遺した、最大最強、最期の産物です。
(詳細は別記事)
巨大な上位魔獣のアンデッド化の成功は、のちの検証作業で『ナゾ』とされるほど奇跡的でした。
しかし、重要なデモンストレーションの最中に暴走し、国軍との激戦で行動不能にされると破壊処分が決められます。
しかし、拘束下でも完全解体は難しく。
合金甲冑や人工骨。体内の術具祭具。強力な保護術の守りに手を焼くうち、正体不明の武装組織に奪取されてしまいます。
メイモント王国は全力で、奪還、破壊に動いたもののその巨体は国外に運ばれてしまい。いくつもの騒乱事件にすがたを見せながら、何度も所有者をかえ、再改造ですがたもかわり。
その都度、数年単位で行方知れずになるせいで、未だに破壊にも奪還にも成功していません。
現在、スピルードル王国のどこかに隠されているといわれます。
④国外でつくられた、人工のアンデッド魔獣
現在、大陸西方の人間社会で、今、もっとも大きな話題になりつつある『獣害』の主役です。
各地の治安組織の懸命の努力にもかわらず、密造の累計件数と頭数は増えつづけ。事例の発生地の拡大、悪用の凶悪化、新しいタイプのアンデッドへの対応が急務です。
しかし、魔獣(生きた魔獣)の災害対策も必須で、一部で、人員などのリソースの奪い合いになってしまっています。
今のところ、アンデッドにされる魔獣は、コボルドやゴブリン、ウルフなどの下位魔獣が大半を占めます。
一件あたりの死傷者は平均して一ケタ。
魔獣(生きた魔獣)の人的被害の深刻さ、とくに王種大侵攻の『町や村を消滅させる暴威』と比較になすると『ささやか』といえます。
しかも、多くの事例で、死者は自分のつくったアンデッドに殺されたり、呪詛で倒れた自業自得の愚者たちです。
しかし、アンデッド魔獣の密造は社会不安を確実に生み、混乱が広げています。
おもな場所は、大陸西方の中でも、魔獣災害の激甚発生地(開拓の前線)から離れた後背地。
人の天敵の魔獣が人の懸命の努力で駆逐されて、新しい町や産業が生まれ、人口がふえた地域です。
『盾の三国』の王都など、国の中心地もこれに当てはまります。
そんな『安全地(準安全地)』で、人が好奇心や悪意で死んだ魔獣をもて遊び。アンデッドにかえて暴れさせるなど、だれも想像しなかった異常事態です。
しかも、新たな『アンデッド魔獣犯罪』まで出現し。呪詛をまきちらす制御不能の怪物が、そのまま兵器や道具に使われはじめています。
状況の発端は、メイモント王国で再研究された死霊術の流出ですが、当初、メイモント王国もそのほかの国も、巨大な上位魔獣のアンデッド『ラストブリンカー』の強奪事件に注視し、下位魔獣のアンデッドの死霊術の流出をあまり危険視していませんでした。
コボルドのアンデッドを興味本位につくり、逆に襲われてゾンビになった若者の話など。はじめて知られたとき、治安に携わる政府高官や軍関係者の多くは、ただ怒り、呆れ、笑いました。
しかし、たとえ下位魔獣のアンデッドでも、それが城塞都市の『中』で解き放たれたとき、どれだけ大きな混乱が生じるか。すべて駆逐し、それを人々に納得させるまでどれほど労力がかかるか。
治安関係者が認識をあらためたとき、禁忌の知識と技術は、一般の若者にまで拡散していました。
秘密主義の術師と暗号化された術書。
人間の死体をもてあそぶ拒否感情。
………死霊術を『禁忌のわさ』にしていた要因は、魔獣を対象にした死霊術とその写本に当てはまらず。信じられないほど多くの人が、田舎によくある、討伐された魔獣を埋めた塚などからその死体を手にいれ、安易に死霊術を試したのです。
現在の災害対策は 、重点を、写本が広がる勢いをそぐことと、アンデッドの魔獣の組織的密造、密売を阻止し、事例の凶悪化と大規模化を何としても抑止し。
人心の不安を払うため、万一のとき、アンデッド魔獣を迅速に撃破できる戦力をそろえようとしています
*【 呼び名 】
ゴブリンのアンデッドが、たとえ数匹でも平穏な町の通りで人を襲いはじめれば、大勢を巻き込むパニックが起きかねません。しかも、魔獣のアンデッドとの戦いは経験者が少なく、開拓地の戦いのセオリーはうまく当てはまりません。
手練のハンターでさえ、人々が逃げまどう中、アンデッドのウルフに思わぬ深手を負わされることがあります。
さらに最近、事故をふやす『粗悪写本』、『改悪写本』が出回り。前後して、ごく一部の事例ですが、メイモント王国でつくられなかった昆虫魔獣や蜥蜴魔獣のアンデッドがみつかり。
さらに何者かが、未知のケンタウロス型のゴブリンのアンデッド(………メイモント王国の死霊術を組み込んだフレッシュゴーレムを造っています。
一方、大陸西方で、治安組織に協力する死霊術師や浄化術師は限られています。メイモント王国から派遣される武装死霊術師は、すぐれた知識と技術をもつ即戦で、非常に協力的で、事態の対処に必要不可欠です。
そこで、『メイモント王国の』アンデッド魔獣という呼び方が、あらためて問題になってきました。
自然にアンデッド化した魔獣や、系統のまったく異なる人造のアンデッド魔獣が在る以上、なんらかの区別は必要というものの。
『メイモント王国の……』と呼ぶかぎり、事件事故が起きるたび、魔獣のアンデッドはメイモント王国でつくられた、あるいは個人研究者や犯罪者に、メイモント王国が与えた(売った)。
さらには、メイモント王国の術師が、事件の犯人だったのか、と。
人々に誤ったイメージを与え、デマを発生をさせかねません。
メイモント王国から出た死霊術が元凶といっても、犯人たちはメイモント王国と無縁。 事件事故の要素(素材にされた魔獣、発生地、動機など)も、メイモント王国と関わりがなくなっています。
密造されるアンデッドの魔獣そのものも、ただのコボルドやゴブリンのスケルトンを、粗雑なやり方でどうにか転化したようなものが大半。『メイモント王国の死霊術』ととても呼べないお粗末さです。
メイモント王国の側も、勝手につくられて害悪をふりまき、死霊術に対する不安と偏見を高めるアンデッドを、いつまでも『メイモント王国の……』と呼ばれたくありません。
新たな呼び名の候補はいくつかあり。
メイモント王国の国外でおきている、国際的な問題として国名を外す点は、関係者が合意。
素人や、半端な在野の死霊術師が事故を起こし。非術者の犯罪者が悪用していることから……
『アンデッド犯罪魔獣』
『違法死獣』
『凶獣』(凶悪犯罪につかわれるアンデッド魔獣)
など。
さらに…………
とてもひさしぶりの投稿です。
NOMARさまに何度か下書きをみてもらい、手直しをくりかえしましたが。『きりがない』『いつまて中断?』と今回、出しました。
設定ズキで。架空国家をつくることもスキで。
整理したつもりが、まだまだ重複、脱線がありますが。。。
次回は『言い訳の挿話(だれに対する??)』の予定です。




