第??時限目;大陸中央特別回『 魔犬 』
◇◇◇◇◇ 魔犬
◇◇◇
◇◇
♢
「── ようやく現れたか」
夜の町に張り込んで3日目、西の街道から動きがあった。 目的のヤツらが来た。
「レクト隊長、カロン班から連絡有り── 退路を塞ぎました 」
「ネイ班、ロタ班、移動開始します」
「気づかれないよう、十分距離をとって下さい。合図するまで手は出さないように」
「抜剣組‥いえ、フリン班よりそのぅ──」
「まだその家で待機!」
── 深夜。
淡い月明かりの下、郊外の草原も、今僕らのいる街も黒々と静まり返っていた。
だいぶ昔、戦災への備えを解かれたらしく、街を囲う石壁は崩れてゆくままにされて途切れ途切れだ。
五つの獣の影はゆうゆうと、その隙間を通って近づいて来た ── まだ、かなり距離がある。
「どこから現れたのか、分かりますか先輩?」
屋根の上に身を伏せる先輩、その隣に僕は並んでささやく。背後の臨時指揮所は今は静まり返っていた。伝令は散り、直属の班員だけ無言で控えていた。
この町で一番の大きさの建物、その屋根上から、辺りの緑地や街道が一望できた。先輩は首を振る。
「まるでわからん。気がついたらそこにいた、という感じだ」
「姿隠しの魔法でしょうか?」
「広域探知の魔術にかからなかった。探知は肉眼の目視と同時だ」
「── 妙ですね」
ひどく正確な歩調で近づいてくる、太い足の黒犬たち。
意識を集中すると魔力を感じた。僕は騎士だが雷系の魔術師でもある。魔力感知は不得意だが、視野にとらえた対象ならかなり正確に計ることができた。
……同じサイズの力ある魔獣に比べると、からだに宿した魔力が少ないのに、偏って巡っているように思える。事前の「嫌な予測」のせいか妙な言葉が思い浮かんだ。
肉と魔力を中身につめた魔巧人形。
「… 特殊な移動法かもな。まさかとは思うが、ゼラの嬢ちゃんばりの隠蔽能力を使うなら厄介だぞ」
「未知の移動能力だけ、持つに一票です」
どこかギクシャクした四肢の動き、すがたをさらす接近、強化した感覚にとどきはじめた特徴ある臭い… 高度な姿隠しを駆使する存在にしてはチグハグだ。
“ 真なる魔獣 ”にもみえない。
そう言うと、先輩もうなずいた。
「『お客人』のような、威風?…格?はないな。── やはり新参者、『新災の魔獣』か」
**
── バルビーの魔犬。
数ヶ月前から、大陸中央の『魔蟲新森』の周囲の魔獣災害被災地に現れた怪物だ。
巨大な黒犬が復興途中の町や村を襲い、人々を次ぎ次ぎ殺傷。地元自警団や中央諸国の軍兵も、奇襲に次ぐ奇襲で返り討ちにした。
それも、わずか五頭の群れで、だ。
大陸中央には、古くから「ブラックドッグ」という危険な魔犬の伝承があった。
地元の有力者は当初、かれらの手勢(魔獣の討伐戦を繰り返して急速に力をつけていた)に怪物の討伐の功績を上げさせようとしたが、過去例をはるかにしのぐ力を前にして多くの死傷者を出し── 手に負えなくなってようやく、スピルードル王国の災害派遣部隊に支援を求めてきた。
さすがに、よい顔をしたものはいなかった。
現地では、地元住民の不安と緊張が限界に近く、一刻も早い解決が望まれた。
だが、部隊側は土地に不案内で、事件資料をこれから精査するのだ。そもそもブラックドッグは、大陸西部出身の部隊員にはなじみの薄い怪物だった。
だが、僕は今、いくつもの任務から派遣部隊の主力を強引に集めて、問題の『バルビーの魔犬』に臨んでいた。
よせられた情報のある部分に、不審と危機感を抱いたからだ。
**
「 ── そろそろ、最後の柵にさしかかる。町へ入るぞ」
「できたら標本にして、ルブセィラさんに送りたいですね」
「あー、喜んで徹夜で調べそうだ」
ふたりの感知魔術と四つの目で、五つの影を観察し続けていた。
今はまだ姿をみせないが、黒犬たちの背後から精鋭の作戦要員が迫り、夜の闇の下で包囲をかためつつあった ── ブラックドッグ型の新災種の討伐は、全戦力を一箇所の襲撃予測地に集めた、思い切った待ち伏せ作戦だった。
ちなみに『新災種』とは派遣部隊の隠語だ。
大陸中央にあらわれた大樹海・魔蟲新森。その内外には未知の敵性が何度となくあらわれた。
ハンターや騎士の隊員たちは母国の魔獣討伐の知識、経験から逸脱したそれらを、いつしか新災種、新災個体と呼びはじめていた。
バルビーの魔犬の討伐の場合。
夜な夜な人里が蹂躙され続ける中、土地勘のない場所に出向いて行う未知の魔獣の討伐(しかも、単体ではなく小さな群れ)…… 選べる作戦は限られていた。
全戦力を投じた待ち伏せ・包囲を実行できたのは、魔犬の群れの行動予測の成功── ある人物の助言と、混乱した証言や噂を実際に分析した隊員の労苦あってのことだ。
予測が外れていれば大敗に等しかった。
なにしろ、次の襲撃地と見定めた小さな町をひとつ、討伐戦の戦場にすることを地元に認めさせた上、さらに無茶をして舞台を整えたのだから………
「「 ── ⁉︎」」
五頭の黒犬が、同時に足を止めた。
一列横隊、計ったような等距離はそのまま。
待ち伏せに気付いたのか? まわりの様子を伺う素振りはない。歩みを止めただけの姿勢。
「やつらは夜しか現れない。どこから来て、どこへ去るのかわからない」
── ややあって、先輩が緊張した様子もなくささやいた。顔は敵を見据えたままだ。
「しかも、今回の魔犬たちは、鉛みたいな手応えの毛皮で刃を食い止め、からだが異様に重い。大石が転がる勢いの突進で平気で槍兵の隊列へ突っ込んで来るし、臨時の防壁も押し破る。
石の壁をたよりに砦や町に立て籠もれば、急にすがたが消えて、どこからともなく壁の中に入り込んで散々暴れまわる」
「………そう、報告がありました」
五頭は動きを止めたままだ。
作戦の最適位置よりまだずっと『浅い』。踏み込むのを待つべきだ。
しかし、もし、頭が悪いと決めつけたことが間違いだったら? 黒犬たちにここで踵を返えされたら… 、そうなる前に、今すぐ攻撃すべきでは??
「まぁ、聞けよ ── その手強い黒犬どもが家に入ってこないのは確かか?」
「そレ″…それらしい話は数件です」
僕は、声がかすれて口ごもった。目線は前のまま深く一呼吸。
「── 生存者の証言では、大ケガした人が窓から建物に逃げ込んで助かった、と。ですが、屋内に行けない訳ではなく。別の人は、足から引きずり出されて外で殺されました。奥に踏み込むのを避ける、が正確みたいです」
「…… やはり、おかしな獣どもだ。
自分たちが襲った人里、行く手を阻む集団は何が何でも守りを破って潰して行くのに、家には無理に押し入らない?
死体を酷く引き裂いてゆくのも、よく調べれば、まるで『見せしめの作り方』があるように似ている」
そう、凝り固まっているんだ。
「…… 以前の『あれ』たちのように、与えられた命令が最優先で。盲目的に教え込まれた動きを実行しているんだと思います」
かたまって動かない黒犬たち。
あれも、もしや接近のパターンなのか?
── 気がつくと余計な力が抜けていた。先輩の視線は前を向いたままだ。面倒見の良さは昔と変わらない。あとで感謝しよう。
影は少しして前進を再開した。
「位置に来た、始めよう」
夜空に雷轟が一閃、 眩い光が天にさかのぼった。
黒犬たちへ、背後から攻撃魔術と矢がたたき込まれ、 たちまち二体が仕留められた。包囲の輪が一気に縮まる。魔犬は町へ押されるが物陰に入れない。建物の手前で足を止め、そこにさらに濃密な射撃。近接戦闘チームが、魔犬を町の入り口のめぼしい建物の陰で迎え撃っていた。
最後は── できれば標本にしたいので、死体を綺麗に残すよう頭を狙った。
一体は成功したが、残る一体は忽然と消えた。手負いで小屋の陰に飛び込むと、影の中で気配が急に薄まり、明かりをむけたときには姿が無かった。
何処へ消えた?
「おい、レクト……」
先輩の声に緊張が孕んだ。頭をなくした黒い犬が足もとに横たわっていた。傷口がらドロドロしたものを出して、死骸がみるみるしぼんでゆく。
ほかの黒犬たちも同様だ。断片はすでに小さなシミに…… 肉の腐敗臭に混ざった、新たな刺激臭。
この臭いは──、
「…… 交代で休息。陽が昇ったら近隣の捜索を始めます。明るくなるまで周辺警戒は密にして物陰に近づかないように」
憶えのある臭い、憶えのある死に方、不気味な死体の崩壊。やはりそうか。僕は、真新しいハンカチを溶ける死骸の泡立ちの上へさらし、数拍。── 瓶に詰めて固く栓をした。
かつて大陸西部の城郭都市・ローグシーをウェアウルフの大群が襲った。樹海の民ではない、今世の狂人が古代魔術文明の失われた技術で造った怪物だ。
『バルビーの魔犬』があの人造兵士と同類なら、この近辺に操る者と危険な古代遺跡が隠れている。
レグジードのような古代妄想狂がいて、あのドラゴン擬きのような怪物が作られているなら、中央諸国の重大な脅威となる。
僕の足元で、黒犬は汚泥に変わり果てた。夜明けまでまだ時間がある。僕は灯りのない街を振り返った。
住民全員の強制一斉退去。
無人の町の外からの包囲── そして、不意打ちの一斉射撃。それが戦死無しの快勝の因だ。だが、標本は得られず、神出鬼没の謎は解けていない。どこから現れたのかも不明だ。
今回、敵を待ち伏せできた。あらかじめ町一つ無人にできて、流れ弾もおかまいなしに撃てた。接近戦がはじまる前に十分叩けた…… だが、そんな好条件の討伐戦はふつう無い。
つぎの群れへの、つぎの対抗策は?
ふと、深都からの『お客人』のふたりを思い出した。被災地にい続けたのはコレが目的なのか?
◇◇◇◇◇
「そうです、遊びじゃないんです。ちゃんとお仕事で来てるんですよ」
◇◇◇◇◇
── レクトたちの闘いから、しばらくあとのこと。
地の底深くを、一体の黒犬が駆けていた。
暗闇をつらぬく、不自然に長くまっすぐな空洞。そこには太陽も月の明かりも届かぬ。
何者かの奇襲で、地上の偵察グループの五体のうち四体まで倒された。かろうじて離脱したものの、帰還途中のこの個体も深い傷を負っていた。
だが、貴重な交戦データはえられた。今後、つくられる無人戦車に分析が反映されるだろう。データには地上の敵兵士の記録映像があり、夜間の部隊の動きや個々人の武器や魔術、顔かたちさえ撮られていた。
黒い犬は、無理に走りつづけたことでダメージを深めていたが、オーダーを最上位において作られた生物は疑問を持たない。
しかし、黒犬が帰還したとき、地下の拠点も主もすでに滅んでいた。
「あちらこちら、うろうろして。まったく面倒な……」
地下空間の暗黒に、女の声が響く。
パチパチという音がして、糸のような光が広がると拠点の惨状が浮かび上った。
ドーム天井の地下広場に、黒々した金属の鯨のような「モノ」が横たわっていた。あちこちねじ切られて、大きくふくらんだ外殻を引き裂かれた金属の瓦礫。
深くえぐられた体奥で、またたいていたオレンジの光点がふっと薄まり、消えた── 死にかけた巨大な生き物が最後の呼吸をするように。
「 新たな森が生まれて、地中深くで『何か』が目覚めたのはわかっていました…… しかし、こうして手合わせしてもよく分かりませんね。
地底を進攻する戦闘母艦? 小型の無人工場? この大きさでもまだ上位機体がいるようですね 」
黒犬は見上げる、大きな残骸を踏みつける異形の巨体を。
「大地を癒す草木の礎── 地下の平穏を乱すものは光なき姫が滅ぼしましょう」
黒犬は震えていた。傷のせいではない。人工生命は、目前の圧倒的存在によって、動物の本能を呼び覚まされていた。薄められ封じられていた感情… 恐怖がからだを縛っていた。
この黒犬に噛みちぎられ、命を断たれた人々と同じ絶望だ。
「いにしえの滅日の再来は許しません」
「蘇ってしまった『不発弾』は必ず葬ります。
… そして、今の時代に生み出されてしまった不幸なおまえ。もう戦わなくてよい。
大地の底でおやすみなさい」
異形は、女の声で語ると巨大な前足を振り上げた。
**
◎ 地底の黒鯨( 正式名称・機数不明 )
古代魔術文明の地底侵攻兵器。超大型母艦(巨鯨)と多目的護衛艦(子鯨)からなり、中核の母艦は高度な製造プラントを宿し、しかるべき地下資源を得れば、まわりの魔力を収奪しながら人造軍犬や無人地底戦車を作り続ける。
国家間の戦争で── たとえ地上の本国が焼き尽くされても、この地底母艦は無キズで残り。敵国に対して地下から半永久的に戦争を続けられる。
◎ グレイ・フッド
特殊な斥候タイプの人造軍用犬。
見た目は、標準タイプとかわらない黒い魔犬だが、土に潜る特殊機能をもち、敵の目の届かない地下から奥地へ進入する。
地中潜行の術式は数拍の『ため』と正確な展開が必須で、はげしく動いたり、攻撃を浴びながら発動出来ない。
からだ(おもに外皮)の鉛のような質感と重さのは、特殊な能力の副産物で対物装甲になっている。魔術攻撃、あるいは目鼻や口奥や首への刺突・斬撃は標準タイプ並みにダメージが体内へ通る。
むしろ、斥候タイプでありながら、身の軽さや脚の速さが低下し、別途改良を試みていた感覚器官強化、判断能力向上には失敗。
地中潜行能力もあまり評価されず、このタイプは古代魔術文明の戦闘組織にほとんど採用されなかった(ほぼ、地底兵器群専従)。
なお、灰色足とは、地中潜行のさい、かすかに太い足の先が光ることからついた。
『地中潜行の術式』
からだに展開した魔術により、かたい地面に深く身を沈めて、かなりの早さでそのまま移動できる。
『バルビーの魔犬』の場合、あらかじめ土、それも数パターンの組成に術式を調整しているので、発動してすぐに潜行できる地面と、時間の要る地面の差が激しい。できれば草木は少ない方がいい。
石畳や木の床に出入りできないので建物に入ろうとしないが、あくまでも基本行動で、明確な命令を受ければ屋内突入も行う。
このショートストーリーは、NOMAR様の原文をもとにしています。




