二十時限目『 ロングシャドウ 』【 バルーンアート写真付き 】
ロングシャドウ
■ 異称:スレンダーシャドウ、トールブラック
■種別:新種の蟲系魔獣(多腕のヒト型昆虫魔獣)
■主な出現地域:魔蟲新森をかこむ広い地域の人里近く。
■出現数と頻度:一体、ごくまれ(調査中)
■サイズ:身長三メートル超?
■危険度:中
■知能:低い?
■人間への反応:拉致(子ども)、自衛
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
大陸中央部・魔蟲新森からあらわれた新種の蟲系魔獣です。しずかにたたずんでいる時、異様に背が高い黒服を纏った男に見えます。
魔境からかなり離れた土地に単独で潜入し、何らかの目的で幼い子どもをさらっています。四十件以上の神隠し事件に関わっていると考えられていますが、過半数が未解決です。
▷ 外観
黒い背の高いヒトガタで、蜘蛛を思わせる多腕です。肌や服に見えるのはツヤと弾性をそなえた硬い外骨格です。目はなく、空気や地面の振動でまわりをとらえるようです。
六本の長い手はうねるように自由自在に動かせて、かなりの力があります。狩り(子どもの拉致)や戦闘でふるい、地面を腹這いで蜘蛛のように走ったり、まわりの樹木をつかんで高所にからだを持ち上げることも可能です。
背中に灰色の膜状の器官がしまわれて、マントのように広げられます。しかし、羽ばたいたりできず、機能はよくわかっていません。
▷ からだの機能と謎
ロングシャドウは、社会性アリの兵隊アリのような『特定の役割』を与えられた存在で、魔蟲新森の母群から、人間の子供の誘拐のために送り出されたと推測されています。
細いからだはいざとなると爆発的なスピードとパワーをみせ、精神系の魔法のような力(後述)も使います。しかし、重要な臓器の幾つかは退化し、単独では栄養補給もままならず繁殖も出来ません。体内のエネルギーや物資の貯蔵を使い果たすと、かすり傷も治せなくなり凍死、餓死するようです。
白い頭部はほぼ空洞です。
大きく発達した脳はなく、機械式のワナのように決まった動作手順の組み合わせで動いて、子どもを誘き寄せて捕獲します。
戦闘時には高速自動で防御し、複数の敵に即反撃します。からだの各部にある神経節が、腕一本一本を動かしていて、遭遇(交戦)事例では頭部を鎌で貫かれても平然としていました。
これらの身体的特徴から、ヒトガタであってもあくまでも虫の魔獣と認識すべきでしょう。
▷「シャドウ・エコー(シャドウ・エフェクト)」
精神系魔法とみられる特殊能力です。人気のない林の中で六本腕を伸ばし切って立っていたり、マントのような膜を背に広げたり不規則に体を揺らしたりします。
ボーズと能力の特性、強度の関係は不明です。
「ウィスパー」
眠っている子どもを夢遊状態で歩かせます。
無形の力は数キロ先の家の中まで広がり、犠牲者をロングシャドウのもとへ招き寄せます。干渉力の遮蔽や妨害ができるかどうか分かっていません。
大人や目覚めている子どもには作用せず、夢遊状態で歩き出した子どもも完全に覚醒すると干渉が解除されます。後遺症などは今のところ確認されていません。遭遇事例では、突然屋外で雨が降り出したことで、子どもたちの誘導に失敗しました。
子どもは、黒い腕で捕獲されると意識を失うようです。シャドウ・エコーを接触状態で注がれるせいとされますが、長い手の先に麻痺毒の隠し爪があるともされます。
「フランティック」
近づいた人間の心身を、突然脅かす病的異常です。目に見えない力は、大人にも無差別に作用します。
影響範囲は半径10メートルほど。見えない力に抵抗できなかったものは、わき起こる不安や恐怖、興奮で正常に振るまえなくなり、ときとして激しい頭痛やめまい、吐気、鼻出血や呼吸困難を併発します。
✓ 西の聖都の魔獣学者は、ロングシャドウは蟲系魔獣でありながら、古代魔術の念話、念力に類似した力をそなえていると考えています。
ほとんど空洞な白い頭部(頭蓋骨のような甲殻)と内部の弦のような組織がその特殊感覚器官で、遠方の未知の母群との連絡、広範囲の人間の子どもを冒す「シャドーエコー」の力に関与していると。
しかし、根拠は明らかではなく。今のところ身近な関係者、とくに助手にさえ、なぜか資料の開示を拒んでいます。
【 ルブセィラの書き込み(論文の原稿チェック)】
わかっているでしょうけど「✓西の聖都の魔獣学者は……、」以下の一節は削除ですから。
たのんだ原稿に余計なことは書かないで下さい。
不満はわかりますが『あれ』はダメです。その理由もいえません。
【 助手のノエミィの書き込み 】
…… 先生のあの『鹿革の黒手帳』。昔のだれかが書いた調査メモですよね? そんなこと言われても気になります── なに書いてあるんですかぁ・・・
▷ 脅威の度合い
ロングシャドウが脅威度「中」と評価された理由は、おもに未知の移動能力です。
魔蟲新森から遠く、安全とされた土地に「いつの間にか」入り込みますが、本体に飛行能力は無いようです。戦闘から飛んで逃げた例もありません。しかし、発見された死亡個体は直前まで上空を飛行し、かなりの速さで地面へ墜落したようです。また、遭遇事例では『 … 崖から落ちる大石より早く、黒く丸くからだをたたんで夜空から落ちて来た(現地の少年の証言より)』、と落着の様子が目撃されています。
しかし、運び役の別の魔獣、飛行を可能にする魔術や魔法、自然現象の痕跡などは今のところ確認されていません。なぜ、進入時、減速しない(出来ない)のか。幼い子どもを連れ去る帰還時も同様の乱暴な飛行なのか。その力の発生源は?。
また、なぜ墜落したのか、なぜこのときの落着は致命的だったのか、何かと戦ったのか。謎と疑問は尽きません。
✓ ── あるメガネの女性魔獣学者は『疑似餌をつけた釣り』と例えました。曰く、誘拐特化の個体は疑似餌。見えない細い腕につながって、人間のすむ遠地へ投げ入れられて。役目を果たすと主人のもとに手繰り寄せられる。その速さや『軌道』が往復で違ってもおかしくない、と。でも、私、釣りしませんし、腕? なんだかよく分かりません。
【 ルブセィラの書き込み(論文の原稿チェック)】
✓ 削除です。ちゃんと清書してください。
現時点でロングシャドウは致命的攻撃力は持たず、人間との戦闘そのものを避ける傾向です。おそらくスタミナ切れや負傷を嫌っています。
人里を強襲する可能性は低く、存在が確認された地域は戸締まりや見回りの強化で、子どもの拉致を比較的容易に防げると考えられます。
問題は、ロングシャドウの進攻距離がとても大きいため、これまでより数倍から十数倍に警戒範囲が広がることです。今のところ、活動の開始時期や落着地点も予測できません。
さらに、ロングシャドウには、従来の対魔獣戦のノウハウはほとんど通用しません。人間の生活圏に深く踏み込み、身をひそめて子供を狙う一方、自分自身の捕食活動を一切しない魔獣はこれまでいなかったからです。
万一、ロングシャドウの進攻を受けた場合、盾の国でも混乱が起きかねず、より隠密性を高めた特化個体の出現や、ひとつの土地を大集団が襲う可能性も指摘されています。
■ 履歴 / 神隠しと暴動
ロングシャドウは大陸中央の魔蟲新森の近郊で、偶然、死骸が回収されたことで存在が明らかになりました。今のところ母集団の有無、その正確な能力や個体数、行方不明の子どもの安否など、ほとんどの重要事項が未解明です。
ロングシャドウは、大陸西部に古くからある魔獣深森では存在が知られていません。その活動は、中央諸国の魔獣災害から三年以上経過したころ、魔蟲新森からはじまったようです。
このとき魔蟲新森からかなり離れた地域で 10才前後の児童の失踪が相次ぎ『異様に背の高い人影』が噂に上がりました。現地で魔獣や事故は確認されず、失踪は人間の誘拐犯罪との噂が広まりました。
スビルードル王国から中央諸国に援助部隊が派遣されていましたが、今回社会不安に巻き込まれました。
『児童誘拐の黒幕は魔獣災害につけ込んだよそ者』という不穏な噂が広がり。これに少し前、部隊が急な荷造りをして馬車の一団を西部に送っていたことがむすびついてしまい、近隣の武装した自警団が押しかけたのです。危険を感じた部隊員は、親スピルードル王国の地元民とともに駐屯地に立てこもる事態になりました。
さいわい騒乱は、墜死体発見の報が流れたことで途中から急激に勢いをなくして鎮静化しました。前後して、誘拐失踪事件が途絶えましたが、さらわれた子供たちは行方不明のままです。
援助部隊と中央諸国の当局者は、再発を警戒しています。
■ キロス村の黒い魔獣 事件
暴動騒ぎの陰で起きた事件です。田舎の土地の住人がロングシャドウの撃退と子どもの奪還に成功しました。今のところ、生きた個体の唯一の目撃例と交戦事例です。
未知の魔獣災害を斥けた成功例としても、評判を呼んでいます。
発端は、正体不明の生物の落着が偶然目撃されたことでした。
残念ながら目撃者の少年は地域住民に問題児とみなされていたため、怪物の話は真面目に取り上げられず、その後、子どもの集団遭難(拉致未遂)、地域を訪れていた魔獣ハンターの失踪事件につながっています。
(失踪した魔獣ハンターはのちに、魔獣がひそんでいた林で死体でみつかりました)
最後に領主の子どもが行方不明になりましたが、魔獣は有志の少年たちに足止めされて、駆けつけた領主の家臣、及び自警団との戦闘が潜伏場所の林で発生。不十分な装備と経験不足が災いして、参戦者の過半数が重軽傷を負うことになり魔獣は逃走しましたが、拐われた女児は無事保護されました。
聞き取り調査では「魔獣は三体いた」「ギラギラ光る真っ赤な目だった」「『稲妻のブレス』を吐いた」といった証言が出、参戦者の混乱ぶりがうかがわれました。しかし、今後の地域防衛の戦訓を期待して、現地調査には軍関係者や官僚、高位の領地貴族の家臣も参加しています。
▷ 新しい動き〜 再調査活動
魔蟲新森のロングシャドウがきっかけで、援助者のスピルードル王国でも、自国の魔獣深森の古記録の収集と再調査が始められています。
ロングシャドウが進攻して来たとき、盾の国の子どもを一方的に魔獣に奪われかねない ── 危機感を抱いた関係者が歴史的記録に対抗の手がかりを求めたことで、以前からくすぶっていた問題がクローズアップされたのです。
過去の魔獣災害の記録は、国で取りまとめられていました。
しかし、一次資料はハンターギルドの地方支部、領地貴族のもとにおかれることが多く。きわめて貴重な標本や探検記録も旧家や商会や学者個人の所有にされました。有名ではない人物の手記や開拓地の伝承は、どこにどんな内容が残されているかわからない有様でした。
学術的に活用しにくく。大貴族の収蔵品でさえ、死蔵されたままいつの間にか行方不明になったり、廃屋に置き捨てられて朽ちたり。なかには価値の分からない者の手に渡って、開拓者の記録が焚付けにされたり壁の補修に刻まれたりしていました。
今回、いくつかの酷い例を王家が目にしたと言われ、手つかずの惨状から一転。王立魔獣研究院が中心となり収集と保全に本格的に取り組むこととなりました。予備調査の段階で早くも興味深い発見が相次いでいます(→『例、デミ・アルケニー』)。
◇◇◇◇◇
助手のノエミイ
「…… 曖昧な情報ばかりで推測を論文するのは難しいですよう。せめてサンプルか何か」
ルブセィラ女史
「今回は新しいタイプの魔獣への警鐘で良いのです。それとノエミイ、下書きにグチを入れないで、外に出してはいけない情報を判別してください」
助手のノエミイ
「ウィラーイン領にいるとそこが麻痺しそうですねえ。この報告書だって……」
◎ 部外秘 / レクト隊長からの秘密報告書
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『 ── 駐屯地を襲った暴動の一件は、一応決着しました。中心人物たちの処罰は終わっていませんが、街は落ち着きを取り戻しています。
あの日、危機的状況が覆される切っ掛けは、やはりロングシャドウの死骸が発見されたことでした。現場で、拉致児童のひとりが重傷で保護されたことが大きかったです。
魔獣の死骸は、こちらの魔獣研究者と光の神々教会が回収しました。本格的調査を準備する間、驚いたことに一般公開されていました。半信半疑な有力者や一部の住民に魔獣を確かめさせ、民心を安定させるためです。今はひと段落ついて、国軍の地下施設で厳重に保管されています。
本調査への参加は同意が得られました。今回、ルブセィラさんには部隊員が描いたスケッチを送ります。
それで、これは極秘の件なのですが。ロングシャドウの墜死は、深都の住人、白鳥のスファルスフィアーが原因のようです。
我々の駐屯地にあらわれる前、おかしな魔獣と空で衝突したといい、その飛行ルートを関係地図と重ねると、問題のロングシャドウと交差した可能性が高いのです。
不名誉な誘拐犯の疑いが晴れて我々は助かったのですが、モルアンブリティカ、ハリスンソルヴィエラに加えて、さらにスファルスフィアーと、進化した魔獣が三人に増えてしまいました。隠蔽工作の要員が足りなくなっています。
至急、諜報部隊フクロウの人員の追加を。
合わせて、大使のアイジストゥラからこちらの深都の住人へ帰還命令を出してもらえないか、打診していただきたく。よろしくお願いいたします』
【 副官の添え書き 】
「……… 空や地下から、三人は何度も駐屯地を抜け出しています。
しかし、レクト隊長がもどる日は無茶はせず、注意にも素直に耳を傾けています。話しをするのが楽しいようです。
ぶっちゃけると、レクト隊長をオモチャにしていると大人しいです。
隊長の気苦労は絶えませんが、落ち着いていると言えそうで……、 相変わらずの歳上キラーです。
レクト隊長が三人のお守りをできる時間を増やす為に、交渉要員と事務要員の追加をお願いします」
この記事は、スレンダーマンをイメージしたバルーンアートを昨年つくり。その後、小説原作者のNOMAR様からアイデア提供、加筆を受けて、キャッチボールのようなやり取りで設定をふくらませてゆきました。
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なお、名前の「ロングシャドウ」は、夕陽にながくのびた黒い影のイメージ(by 加瀬様)から。なお『足長おじさん(ダディ・ロングレッグス)』も、夕闇のシルエットからついたアダ名? たしか?




