一三時限目『 マードラゴンのケートスとラハブ 』 【 バルーンアート写真付 】
◇ マードラゴン
マードラゴンは、海竜(水竜)に分類されるドラゴンの総称です。
その中でも、下半身が魚に似た半竜半魚タイプは北海の海象のように上陸してくることがあるので、ほかの海竜と比べると人間に目撃されやすく海岸付近に比較的頻繁にあらわれます。
マードラゴンの半竜半魚タイプの共通項は、
• ドラゴン(あるいは大トカゲ)に似た頭部。
• 全身の鱗。
• 海辺に上陸できる力強いヒレ足。
• 魚に似た尾びれの下半身。
──です。
半竜半魚タイプは、ドラゴン因子が学術的に確認されるまでいろいろ誤解され、魚の魔獣の変異体(海辺に適応して前足を獲得した)やグレイリザードの亜種と考えられた時期がありました。
現在も多くの不明点があります。
「ケートス」と「ラハブ」はマードラゴンの代表種で、目撃談が多く、古くから人間に記録にされていました。
◇ ◇ ◇ ◇
ケートス
■種別:半竜半魚の海のドラゴン(下位の海竜)
■主な出現地域:大陸各地の沿岸部
■出現数と頻度:1〜3頭 / まれ
■サイズ:体長3〜4メートル
■危険度:小〜中
■知能:人間なみ?
■人間への反応:警戒〜敵対
(単独の人間;中立〜好意的?)
■登場エピソード: なし
■身体的特性とパワー
マードラゴンの半竜半魚の海のモンスターです。
からだのサイズはグレイリザード(陸棲の巨大トカゲモンスター)を超えますが、海竜の仲間としては最小クラスです。レッサードラゴンの多くが野獣に等しい中、賢く臆病な気質です。
鱗の体は俊敏です。高い水圧や大波、敵の攻撃にもよく耐え、荒れた海原や危険な岩礁のある沿岸も、素早く泳ぎます。
主な武器は噛みつきと体当り、殴りつけるダメージの水弾(水魔法)です。
マードラゴンの仲間の中では、比較的多くの遭遇事例がありますが、それでも詳しい生理生態は分かっていません。一度に目撃されるのは多くて2、3頭。組み合わせはつがいや親子、兄弟姉妹といろいろです。
ケートスは、ある説によると「本隊」ともいうべき数千頭が沖にいて、大洋を回遊してくらします。
遠目にみた大群は途方も無く大きな一匹の海獣で、人間に沿岸で目撃されるのは極一部。本隊から零れ落ちるように離れた、生来の変りものや一時的な異常行動のものということです。
「人魚姫」は大陸の文明諸国で人気の高い童話ですが、古い海辺の昔語りの一編。かしこく風変わりなケートスと海で救われた男の子の実話が原型だそうです。
▷ ケートスの魔法
レッサードラゴンのケートスは、水の魔法を半ば無意識につかいます。
おもに高速遊泳や高速潜水、海面から宙へのジャンプなどの運動時に発動からだに海水の膜をかけたり、まわりにカーテン状の水の障壁を巡らせます。
敵には水の塊を砲丸のようにぶつけます。
牽制や威嚇程度の威力ですが、成獣は正確な照準と当てるタイミングで威力の低さを補います。
ケートスは、奇妙なことに魔法で水をつくることがありません。
海の中で豊富な海水を利用することに慣れきっているだけで、ケートスに学習させることができたなら、魔法で浴びるほどの水をたやすく生成できるといわれます。
しかし、野生個体は、何の備えもなしに急に陸や船の上に引き上げられるとパニックを起こし。水を生成するどころか、恐怖と混乱で自傷するか異常な興奮状態のまま悶死します。
▷上陸
ケートスは海岸からしばしば上陸し、陸上の何種かの草木を食べて行こうとします。
はっきりした理由は分かりませんが、植物食はかなり重要なことらしく、敵対する大蛸や怪魚の魔獣、人間集団に妨げられてもなかなか諦めません。
ケートスは上陸のさい(防寒装備や潜水服さながら)海水の膜をぶ厚く全身にまとい「潮溜まり」を伴います。
陸地では、その状態でかなり活発に動き。全身を屈伸させて跳ねるように走ると、邪魔するものを水の守りに巻き込んで溺れさせたり体当たりで柵や馬車を破壊します。
▷ 他種族との関わり
ケートスは賢く大人しい気性です。マーメイドなどの海棲の亜人型魔獣は、鞍を付けて騎獣にするようです。
人間と敵対し、わけも無く漁船や商船を沈めたりしますが、個人をことさら狙うことはありません 。むしろ海辺で溺れた子供を助けたり、沖でみつけた遭難者を陸へ送り届けた話が大陸の各地に残っています。
これは、ケートスの攻撃性が海の大きな人工物(通常、船)とセットで、しかも船の破壊が強く優先される一方。ひとりで溺れかけて、まわりに船も仲間もない人間は『見慣れない弱った生き物』として、生来の好奇心の対象になるようです。
ケートスの知能が低くく人とマーメイドが区別できないだけ、と言われたこともありますが、弱った人間を必ず水上に押し上げて運ぶため、誤認は否定されています。
ケートスに助けられた人間や救助の目撃者は、かれらの感情や知能を人間なみと証言しています。
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ラハブ
■種別:半竜半魚の海の大型ドラゴン(下位の海竜)
■主な出現地域:大陸各地の沿岸部
■出現数と頻度:単独 / まれ
■サイズ:体長15〜18メートル
■危険度:中〜大
■知能:動物なみ
■人間への反応:攻撃
■登場エピソード: なし
■身体的特性とパワー
何本ものツノを頭にもつ、獰猛な半竜半魚のマードラゴンです。ケートスをはるかに凌ぐ大きさと力で、より強固なウロコで守られています。
非常に攻撃的で貪欲で、下位の海棲ドラゴンたちを脅かす大ダコの魔獣や、自分より大きな巨大海蛇も襲います。人間はもちろんのこと、ほかのレッサーマードラゴンさえ捕食対象です。
ラハブの最大の武器は、鋭い歯をかくした大きな口です(後述)。
▷ ラハブの魔法
大きなからだでケートスと同じ水の魔法をあやつり、同等の高速遊泳や水上ジャンプが可能です。
(さすがにスタートダッシュの早さ、小回りは見劣りします)
ラハブはまわりの海水を多量に動かして武器にします。人間の腕ほどもある「海水のうねり」で、水中でも極太のロープ(触腕)のかたちをたもちます。
最大三本、射程は10メートル程です。
大きく乱暴な振り回しで、命中精度は低く、殴りつけるように当てるだけです。離れた場所の相手を縛ったり、たぐり寄せたりできません。
複数の目標を同時に狙うこともできませんが、力まかせに自分の全周に振り回し、範囲内にいた相手に当てることは可能です。
ロープ状で太くよけにくく、 致命傷を与えにくい代わりに、人間を船から叩き落したり敵の突進の勢いを反らしたり、獲物が潜んでいそうな岩場や海藻群を薙ぎ払ったりと補助的に使われます。
ラハブの最大の武器は、大きな口の噛みつきです。
未知の魔法を宿して、たやすく岩を噛み砕き船底を食い破ります。見えない魔法防壁さえ破壊し、遠当て?も可能で、射撃魔術の炎の塊や電撃を少し離れた宙で捉えて破砕(無力化)します。
ラハブの「噛み裂き魔法」の口は上位のドラゴンでも防御が難く、至近距離に入られた場合、深手を負わされかねません。
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【 付記;ドラゴンと海の伝承 】
小説「蜘蛛の意吐」の世界のドラゴンは、皮膜の翼をもつ四つ脚の大蜥蜴、というオーソドックスなドラゴンです。
基本型は──
表皮はかたい鱗。
角の生えた頭、
攻撃的な裂けた口と長い首、
爪の生えた屈強な四肢(前足二本と後ろ足二本)
尻尾は一本。
背中にはコウモリに似た翼一対、です。
しかし、同時にさまざまなタイプもみられます。
体皮……ウロコ/羽毛/獣毛
頭の数…ひとつ/多い
翼………無し/有り(一対/二対/四対)
胴体……がっしりした四足獣型/竜頭竜尾の直立した二足型/長い蛇型/エイ型(海棲)
手足…… 無し/有り(一対/二対/四本以上)
》》手足有り(本数以外の特徴)
…… 手と足の役割が分かれている/分かれていない
…… 指のある手足/足ヒレ状/小さな翼(皮膜・羽毛)
尻尾の数……ひとつ/多い
── となります。
例えば飛竜・ワイバーンは前足が無く、沼竜・スワンプドラゴンは翼が無い。ワイバーンやスワンプドラゴン、ヒュドラなどは、まとめて下位竜という扱いです。
参考;飛竜の無足変種
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「蜘蛛の意吐」の世界のドラゴンは、最古で最強の『紫の祖龍』が始祖(原型)です。
下位のドラゴンは「竜」、上位ドラゴンは「龍」と呼ばれて、すべてのドラゴンは祖龍を起源とした「ドラゴン因子」を宿しています。
レッサードラゴンはどれほど知性が乏く、基本型からかけ離れたすがたをしても、ドラゴン因子をもつ限りドラゴンとみなされます。
もっとも、ドラゴン因子を持つからといって、そのものが下位の魔獣たちの間で強いとは限らず、からだの大きさや筋肉の量、しぶとさが闘争の勝敗を決めることがあります。
弱いレッサードラゴンは、魔獣の巨大トカゲや巨大昆虫に捕食されることさえあり。逆にごくまれに、レッサードラゴンの変異種が、ケタ外れの巨体と毒や再生の特殊能力を兼ねそなえて、上位のノーマルドラゴンを倒してしまうことがあります。
ただし、後者のようなドラゴン同士の『下剋上』は、歳を経たノーマルドラゴン相手ではまず起きません。
最上級の「色付き龍」ともなると、そのノーマルドラゴンも到底及ばない力と知性をそなえ、オーバードドラゴン、龍を越えた災厄とも呼ばれます。ブレスや魔法は気象を変え地形を変えて、感覚の鋭さ、反応の早さ、守りの硬さもケタ違いです。
レッサードラゴンはたとえ巨大変異種が群れを成そうとも、かれらの前では力自慢の獣に等しく、ドラゴン因子の純然たる強さと特性の優位はくつがえせません。
▷人間とドラゴンの戦い
蜘蛛意吐世界のドラゴンは、戦いなれた軍隊が集団戦を挑んで、ようやく討伐や撃退を考えられる強さです。
レッサードラゴンは多頭の巨大変異種も一応、討伐可能とされていますが、高い練度の大部隊の出動。それも専門兵が運用する攻城兵器級の据え置き式の大型弩砲の砲撃、訓練された魔術師の集団魔術の遠隔攻撃が必須です。
ドラゴンスレイヤー、英雄と呼ばれるものは、そうした集団戦の中で功績をあげた者を指します。
小説「蜘蛛の意吐」は、第一部に沼竜討伐の回想シーンがあります。
このとき人間側は優勢な国軍を動員していましたが、靄で視界がすぐれず、集団戦に不向きな湿地に踏み込んでしまい、無理な命令を出した王子本人が危機に陥りました。
主人公の騎士カダールは参戦者の一人で、このとき、王子をかばって沼竜にとどめを刺した (ように見えた) ことからドラゴンスレイヤーと呼ばれます。
…… じつは危機の瞬間。正体不明の大蜘蛛の魔獣がなぜか(⁉︎)スワンプドラゴンの動きを視認しにくい糸で止めていたのですが。まわりには、勇敢な騎士が竜の口の中に剣を刺し、動きを止めたように見えたのです。
見方を変えれば、この誤解は、人間の優れた武勇がレッサードラゴンに致命打を与える(こともある)からこそ成立した訳です。
(スワンプドラゴンの最期は作中明示されませんが、王子を連れてカダールや軍隊が立ち去った後、謎の蜘蛛魔獣に美味しく食われた模様です)
また、同じ小説本編には、対ドラゴン級の集団魔術を放つシーンがあります。
(実際に攻撃した相手は人造獣人の戦闘集団でした)
一人で発動は不可能な術式を、魔獣学者ルブセィラと助手たちが分担・連携して、広範囲風系攻撃魔術を発動………無防備な時間、自分たちを守ってくれる戦士への信頼が不可欠でした。
……レッサードラゴンなら人間も対抗可能だとして、色付き龍は?
これは挑戦そのものが論外。
人にできるのは、どっかへ行ってくれと祈るレベルになります。色付き龍は、猛る大嵐や押し寄せる洪水に等しく、訓練された軍隊や集団魔術で押しとどめられる相手ではありません。
蜘蛛意吐本編の冒頭は、竜殺しのカダールと富商令嬢の結婚式のシーンです。
カダールとカダールの父の領主は、灰龍(色付き龍)に大切な銀鉱山に居座られても討伐は不可能とあきらめます。緊急の資金援助を取り付けようとしたことが、挙式の事情でした。
▷マードラゴンの青龍
マードラゴンは、海に棲息する水竜(海竜)全般を指します。ケートスやラハブは下位種の一系統です。
青龍は、マードラゴンの最上位の色付き龍です。
南方のジャスパルの伝承にある青龍は『黝龍・ニズヘッグ』と呼ばれ、長い年月、大地の根よりさらに深い海の底── 大海淵の最深部に沈んだ古代遺跡に微睡んでいました。
古い昔語りによると、青龍は大昔の流星群の夜に目覚めて気まぐれに大陸を襲いました。
四つの竜巻を配下のように従えて海から大地を脅かし、ある時、ひとつの氏族をかれらの本拠地諸共、滅ぼしました。
その後、青龍は暴虐の報いをうけて光と風の精霊使いと龍殺し、二人の英雄に討伐されたといいます。
青龍は大陸の南の土地の町を全滅させたことがあり、英雄譚の歌は、過去の実際の所業がもとになっているようです。
しかし、歌の原型は巨龍の討伐ではなく撃退と伝えていました。人から人へ時代を経て伝わるうち、英雄物語らしく結末が改変されたようです。
最近では、色付き龍の撃退でさえも人間の手にあまるとされて、おそらく青龍は町を滅ぼして満足した(飽きて勝手に引き上げた)。人間はそれを都合よく物語にしたと考えられています。
確実なのは、少なくとも五百年以上前にひとつの町とひとつの氏族が一夜で滅んだことと、青龍の災厄から逃げられたものがいなかったということです。
半竜半魚のマードラゴン。
デザインのもとネタは「マーライオン」です。
思いつきで、まず、バルーンアートを作り。あとになってベトナムにマードラゴンが実在?することを知って驚きました。
ラハブの水のロープ(打撃)は、噴水/放水をイメージしています。




