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一二時限目『 オーガ (付記・人食い考)』

    挿絵(By みてみん)

□□SS 笑う戦鬼 □□


── 紫電を放つ魔術剣。

 古代魔術文明の貴重な遺産、田舎の魔獣ハンターの俺には縁のないシロモノだ。


『この剣を手に入れてからは負け無しだ。引き分けがあるから全勝とは言えないんだがな』


 数刻前、中央諸国から来たという亜麻色の髪の剣士は、その愛剣を誇らし気にみせてくれた。聞き出した戦歴もあきれるほど多彩で、昔語りの勇士とはこのような人かと思った。


 だが、ぽかん、とした今の顔はまるで別人だ。まるで自分が死んだことをまだ知らないかのような。

 血と泥に汚れた「上半分」の亡き骸は離れた場所に転がり、光を無くした瞳がこっちを向いている。腰斬された「残り下半分」は、片脚をちぎられて勝者に食い散らかされていた。

 その惨状を作った赤黒い肌の角持つバケモノが、赤く染まった牙を見せる。


「ひ、いぃっ」


 吸った息が喉から出ない。震える腕が動かない。目の前に口から食らった人の血をたらし、笑うオーガがすぐそこにいる。


 ── 角を持つ鬼、人を喰らう。


「まあ、魔獣ってのは人を食うもんだが、なッ!!!」

「ゴオアウアッ!!」


 俺もこいつに食われるのか、諦めかけたそのとき、飛び込んだ影がオーガの振り下ろす大きな石斧を止めた。そいつは目つきの悪い若い男で、オーガ討伐依頼を受けたもう一人の仲間。大剣であのバカでかい石斧を受け止め、石と鋼が噛み合う激音と共に火花が散った。


 雷の魔術剣と使い手をまとめて真っ二つにした石刃。横殴りの一撃は今度は縦に振られ、単純明快、速度と威力はいや増し── 人を両断するほどの勢いは強引にゼロにされた。


 無骨な鉄刃が、血汚れた石刃に拮抗。


 無銘の大剣は、頭上にかざされて重い一撃を止めていた。大剣男の足は、地面に指一本分沈み…


「ぬぅおっ!!」


 歯を食い縛りながらも、男の唇の端はひきつるように持ち上がる。両手持ちの大剣がオーガの石斧を跳ね上げた。人を越える体格に筋力。亜人型魔獣の中でも危険とされるオーガ。その腕力に真っ向から力勝負を挑んだ男は、石斧ごと両手をはね上げたオーガ、その空いた腹に水平に大剣を振った。重い大剣は恐るべき速度を出し、


「らああっ!」

「ゴォウッ!」


 オーガはとっさに後方に大きく跳び、至殺の大剣を回避。離れて間合いを取り直した両者は、武器を構えて再び睨み会った。


「俺も獣の肉を食う。だからお前が人を食うってのも、まあ、そうなんだろうなってわかる。それが森ってもんだ」

「グアアッ!」

「なに、ただ単に、俺より強い奴が気に食わねえってだけだ!」

「ゴォウオオオアッ!!」


 人語とオーガ語、通じ会う筈も無い。しかし大剣使いの男と石斧を構えるオーガは、まるで会話が通じているかのように口から音を吐く。


「おう? お前も同じか? 気が合うなあ!」

「グアル、ロロロオオオア!」


 男は大剣を振り、オーガは石斧を振り、十合、二十合と激しく打ち合う。石斧は欠け、大剣は刃こぼれする。唸りを上げる二つの武器が打ち合う度、鳥肌の立つような撃音が響いた。


 強敵に視線を繋いで外さず。男とオーガは、まるで違う種族でありながら写し鏡のようだ。同じ表情。力の解放に歓喜し、勝利を切望する鬼気溢れる笑顔。


「地上最強の剣士、それはこの俺、グラフトだあっ!!」

「ルゥ、グロロオオオオ!!」


 あぁ、この男は本物だ。ハンターも勇士も越えた、人の鬼だ。

 二匹の鬼の交わす剣撃を、俺は間抜けな新米ハンターのようにただ呆然と見ているしかなかった。



 ◇◇◇◇◇



「いや、私も若い頃は無茶な修行をしていたものです。若気の至りというもので、はは、お恥ずかしい」


「あ、あの、グラフトさん? そのオーガを、まさかひとりで討伐したんですかぁ? 嘘でしょお?」


「ははは、旦那様に身の程を教えられるまで、バカなことをしていたものです。思い返すとよく生きてましたな私、はっはっは」


「あのぉ、それでオーガ、は?」


「負けていたら、今、私はここにいませんな。と、言っても勝つには勝ったもののズタボロにされました。案内に同行したハンターに肩を借りて町までなんとか戻れましたので、彼には感謝しておりますよ」


「はぐれオーガを単独討伐なんて、えぇ?」


「ウィラーイン剣術をおさめた今なら、あのときのオーガ程度、4、5体まとめて相手にできますが?

 それに四ツ腕オーガを単独で打ち倒したエクアド様ならば、いずれ私を越えるでしょう。── ノエミィさん、お茶のお代わりはいかがですか?」


「あ、いただきますぅ」


 ……… すごく美味しい。

 ……… 納得いかない。


 王国屈指の貴族につかえる完璧執事。なのに、オーガと一騎討ちした元戦闘狂⁉︎

 ウィラーイン伯爵家の執事やメイドって、すごく有能だけどとてもおかしいぃ⁉︎


 口には出さず、心で呟くノエミィだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



オーガ(人食い巨人/ 巨漢の亜人型魔獣)


 ■種別:巨人(亜人)型の下位魔獣


 ■主な出現地域:魔獣深森の中部(奥地より)


 ■出現数と頻度:単独〜十数頭、まれ


 ■サイズ:身長2〜2.7メートル


 ■危険度:中


 ■知能:人間並み


 ■人間への反応:狂騒的に攻撃(バーサーク)


 ■登場エピソード:なし


■身体的特性とパワー

 人食い鬼とも呼ばれる亜人型魔獣です。骨太で毛深く、頭に角が生えています。

 魔獣深森の中を小さな群れで移動しながら生活し、ふつう森の浅いところ(辺縁)では見かけません。


 オーガはよく野蛮で愚鈍といわれますが、人間やゴブリン、コボルトとも異なる独自の言語を持ち、ある種の技術文化を発達させて、自分たちで武器をつくり、仲間と魔獣狩りをします。

 しかし、人間に極端に攻撃的で、両者の会話や交渉がまともに成立したことはありません。


 オーガの群れはめったに人間社会に接触しませんが、単独でさすらう「はぐれ」は別です。人里近くに突然あらわれると、いくつもの集落が集団疎開したり軍隊が動くような騒ぎになります。


 おそろしい怪力と獣のような反射神経で、戦いでは大きな石斧や石槍、棍棒を振るいます。大石の投擲は牛馬の頭を一弾で砕く威力ですが、個体によって上手い下手があるようです。

 かたい皮膚とぶ厚い筋肉は相手の攻撃を鎧のように阻み、ツノの生えた頭(頭蓋骨)は鉄兜の硬さです。


 オーガの大きな特徴は、人間に対する異常な攻撃性です。

 彼らなりの判断能力や行動規範をも外れ、狂乱し、殺戮と破壊衝動の虜になります。ふだんの魔獣狩りでみせる戦術思考や仲間との連携も忘れて、瀕死の怪我をしてもなお暴れ続けます。

 オーガはよく、不器用すぎて弓矢を使えないと言われますが、人間との遭遇時、異常な興奮でまともに扱えなくなるだけです。平時は自作の弓を(ゴブリンやオークなみには)放てます。


 狂騒は、人間を絶命させてもなかなか止みません。屍体をことさら引き裂き、喰い千切って踏みにじります。オーガが人喰いといわれる所以です。

 人間への攻撃性は魔獣に共通した特性ですが、なぜかオーガは過剰で制御できないのです。人肉は不可欠な栄養ではなく、特別に好む餌ですらないようです。



▷ 亜種、変異種、上位種

 オーガは時折、かわった容姿の個体が見つかります。

 大きなツノ、突き出た剣歯(セイバートゥース)、色違いの体皮の個体がその典型です。大きな拳が地面につくほど両腕が長いものもいます。

 すがたの異なるものが見つかっても、個体差なのか病的変異なのか亜種なのか判断が難しいときがあり、ゴブリンにおけるゴブリンシャーマンやゴブリンライダーのような変異種の場合もあります。


 オーガの上位種は『四つ腕オーガ』とされています。しかし、四つ腕オーガは独立した種族ではなく、年を経たオーガが四つ腕に変容したものという話も聞かれます。


 大陸の『東の国』は、四ツ腕オーガ(現地名・アシュラ)の大集団に国家が滅ぼされて、全土を蹂躙されました。

 その後、およそ100年かけて人間は勢力を回復しましたが、今でも時折、生き残りらしき四ツ腕オーガが出没します。東の国の固有のオーガ(現地名・オニ)や小柄な下位種も活動的で、時折大きな被害を出しています。

 オニをはじめとしたオーガの『東の国』固有種たちは、何度か死骸やねぐらが調査されているものの、詳しい生態は不明です。



 ❀ ❀ ❀



 関連項目

 △四つ腕オーガ

 △オニ

 △コオニ

「 人喰い考 」


_________″(  ̄  ̄ ;K

 オーガはいわゆる悪のファンタジー種族の中で、ことさら『人食い』と性格づけされているよね。


P; ^ _^)_ことさら?

 …… まぁ、いわれてみればそうだね。

 ゴブリンは人食いと書かれることはあるけど、そうじゃない作品や食性に触れない作品も多い。オークなんかは大食いで、大食いだから人食い『も』する感じかな?


_________(  ̄□ ̄ ;K

 オーガはシンプルに、オーガ『だから』人食い。

 衝動の理由、種族がそうなった背景なんか(わざわざ)説明されない。人食いじゃないと不自然?なのは、オーガくらいだ。


P; ̄ 〜 ̄)___

 でもね。ゴブリンやオークなんかもそれぞれ特性があるよ。歴史があって、起源や節目に伝承や創作物の中でえたものだろう?

 オーガの人食いは、一例に過ぎないんじゃない?


______ 是! ″( ー_ ー ;K

 ただ、オーガは歴史を遡ると『怪物』からからだの大きな『人間』になる。そこが面白い。


 今の小説やゲームのオーガはわざわざ怪物に作っている。

 大きなツノやキバを生やしたり、ゴリラ顔や毛むくじゃらにしたり、半裸の毛皮の腰巻だったり── レッドキングみたいな尖ったハゲ頭、サメやワニみたいな大口のヤツもいるな。

 だけど原型のオーガは──


『絵画などでは豊かな髪の毛とぼうぼうのあごひげをはやした大きな頭とふくらんだ腹と強靭な肉体をもつ大男として描かれている(Wiki)』


 ── とある。野蛮な面相だけど人間なんだ。巨人と呼ぶほど大きくないし、洋服も着ている。ヒゲなんか人間の特徴といえるだろ?


P; ̄ 〜 ̄)_____

 オーガの起源は、残酷な人間の異常者?


_______^( ⌒▷ ⌒;K

 うん?もっと大きな枠組みかも。

 まぁ、オーガの古い伝承は、じつは深く調べてないけど( おい!)。論説じゃなくて後書きトークだからね。気楽にいくよ?


『人食い』は野蛮・残酷・異質を示すキイワードだ。

 古代世界の『文明人(自称)』は、異民族や異国人を『野蛮な人食い』と呼んだ。この頃の文明人(自称)は、極悪非道なこともしていたけどね。殺人、略奪、強姦…… 焼き討ちに民族虐殺。

 だけど、人食いはちがう。

 するしないは善と悪、正道と外道、文明と野蛮をわける(最後の?)一線だった。ヤツらは人食いだ、オレたち文明人と違う!!

 まぁ、一方的な決めつけだけど。


 髪やヒゲを伸ばし放題にして、暴力的で巨体で愚鈍。


 人食いのオーガはならず者や屈強な放浪者、常識がかみ合わない異教徒。容貌や言葉がちがう異人種や異国人への不安と偏見の化身だと思う。


 オーガは、創作ファンタジーの常連になってようやく起源から離れて、人間同士の偏見や差別を連想させない化け物(人外)のすがたに変われたんじゃないかな?


P; ̄ 〜 ̄) ・・・

 人食いといっても、化け物やケダモノの『人食い』と、大男がほかの人間を食う『人食い(共食い)』は意味がちがう。

 オーガの【悪】は、他の悪の種族の【悪】とはべつのもの?

 なぁ、それ、全部自分で考えた?


うははは ♪____((⌒▽ ⌒;K

「人喰いの神話(岩波書店)」を読もう! おもしろいよ。まあ、オーガや悪のファンタジー種族は登場しないけど。


P;  ̄ O ̄)??__

 ・・・どういうこと?


_______:: (⌒▽ ⌒;K

 興味があったら読んでみて。古い本だけど、大きな図書館なら蔵書にあるかも。



__☆ おまけ ☆〃 (⌒_ ⌒;K

 有名なマルコポーロの東方見聞録は「ジパング」の民を『人食い』と紹介している。誘拐が横行する危険な国だともね。

 自分が黄金の国に行かなかったのは、ジパングが危険すぎたからなんだって ♪


 このイメージはヨーロッパに広まった。


 そして、サムライが首狩りして、奴隷狩り(乱妨取り・乱取り)が繰り返された時代は日本に本当にあった。

 ちがった歴史をたどっていたなら、ヨーロッパがサムライの国に向けた『野蛮な人食い』のイメージはずっとずっと変わらなくて。

 オーガは、ザンバラ髪の落武者頭。

 刀を振りかざして首狩りする、キモノのモンスターになったかもよ?


 なにしろ、東方見聞録のジパングの人たちは、金銀財宝のあふれた島にくらす人食い ── 桃太郎の鬼ヶ島のオニそのものだ!


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