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十一時限目『 マッドフォックス(付記・悪霊とよばれた狐)』

    挿絵(By みてみん)

マッドフォックス


 ■異称:トリックフォックス(古名)


 ■種別:キツネの下位魔獣


 ■主な出現地域:魔獣深森の浅いところ(辺縁)


 ■出現数と頻度:単独、ふつう

(繁殖期につがいをつくり、一緒に子育てする)


 ■サイズ:大型犬ほど(尾は長く立派)


 ■危険度:小


 ■知能:動物並み


 ■人間への反応:警戒〜攻撃


 ■登場エピソード:火炎嬢のいらだち(11話;名前のみ)


■身体的特性とパワー

 魔獣深森にすむキツネの下位魔獣です。

 からだは大型犬サイズでふさふさした尾をもち、森の浅いところに単独でくらします。一対の毛束が人間の顔の眉の位置から触角のようにのびています。


 魔獣でありながら、姿かたちは普通の狐とそれほどかわりません。ちょっとした物陰に身を隠して気配を消し、狡猾ですが、からだの頑丈さや牙の硬さは普通の野獣レベルです。


 人間の魔獣ハンターのライバルで、森の中で先回りしたり、ちょっとした道具を持ち去って挑発してくることがあります。うかつにあとを追うと、偽った足跡や間違った草葉の乱れを辿らせられて山中で迷ったり。どうかするとゴブリンやオーク(= 別のハンター)と衝突させられます。


『自分の太い尾を箒のようにつかい、足跡を掻き消しながら歩く』と、頭のよさが過剰に語られた時代もありました。



▷残像

 マッドフォックスは、下位の魔獣ですが魔法を使う「真の魔獣」です。

 残像と称される幻影の魔法で、自分自身の幻を二重写しのように浮かべ、全身像をそばに立たせること(スタンド)も可能です。魔法が宿るのは、美しいつやと赤みのある黄色の毛皮です。自己幻影と毛皮の一部は必ず重なってなければなりません 


 残像と称されますが、自己のすがたの幻影(幻像)は、本体の進行方向を含む、上下左右に出現させられます。本体が動けば、幻影も位置関係を保ったまま追随します。獲物へ突進しながら、急加速したようにさらに数歩先へ幻像を出すことも可能です。

 はげしく動きながら魔法を使えるのは、幻影、それも自分のすがたに限られ。大きさも変えない静止像を、本体に重なるほど至近に出すからです。


 幻影の使い方には上手い下手があり。戦う場面でよくみられたのは、からだへ微妙にずらして幻像を重ねて輪郭をブレさせ、敵の距離感を狂わる手口です。

 どれほど精密でも、少し離して出すと、静止した全身像は本体が動けば区別がついてしまい使いどころが難しいようです。


▷ 上位種

 古い不確かな伝承によると、キツネ魔獣の上位種はからだが大きくなり尾の数を増やし、より強力で多彩な幻影を操るようになります。

 最上位『九尾のマッドフォックス』は気まぐれですが人間以上に賢く、進化した魔獣やドラゴンに匹敵する災禍だということです。


 しかし、危険な上位種の伝承は、なぜか魔獣深森から遠い大陸の東方諸国に多く残されていて、信憑性を疑う声が少なくありません。



■ エピソード; 悪霊とよばれた狐

 マッドフォックスは昔、トリックフォックスと呼ばれて、狡猾さを警戒される森の狩人でした。呼び名が変わったきっかけは、ある時代の異常な毛皮ブームでした。

 トリックフォックスの毛皮の人気が突然、沸騰し。中央の大国の上流社会で「毛皮の宝石」と呼ばれる高値を呼んだのです。


 この頃、毛皮の素材化の技法が改良されて、微弱な幻影魔法を人間の手で発動できるようになっていました。

 あらわれるのは蒸気がたつようなもやもやした不鮮明な毛なみで、浮かんでは消えるだけ。 実用的価値は皆無でした。

 しかし、あるパーティーに登場した『狐魔獣のえりまきのファッション』は、その女性を光る靄や半透明のベールがまいて瞬く、幻想的なすがたにしました。


 社交界の興奮と共にトリックフォックスの毛皮の価値はたちまち暴騰し、宝石と称された後、さらに値上がりしました。

 高レベルの魔獣ハンターさえ、魔獣深森のはずれで場違いな下位魔獣の狐狩りをはじめ、ニワカハンターも急増。乱獲が進行し── のちに伝説となる一匹があらわれました。


「悪霊」とあだ名されることになる、小柄な雌です。


 彼女は単身、狐狩りのハンターを森の中で逆に襲い。異様な強さで、わずかな期間で20人以上を殺害。50人以上に無残な傷を負わせて、大半を廃人にしました。


── まっすぐ走っているはずなのに、射撃魔術や弓矢をどうしても当てられない。


── 毒餌は見破り、仕掛け罠はすり抜ける。猟犬はどこかに誘い込まれて二度と帰ってこない。


── いつも鳴き声ひとつあげずふらりと現れ。ひたひたとハンターへ迫る。


── 剣をふるえば剣身に。槍をふるえば槍の柄の上に立ち。するりと間合いをつめてハンターを殺す。


 ときに相手のハンターの顔を、肉と目鼻ごとむしり取って吐き捨て。武器ごと手首を噛みちぎり。頭の皮や背中の皮を、ひき剥がされた狩猟貴族や商人すらいました。


 異常な戦い方と現実離れした勝利、狐狩りハンターを狩る「狂った狐」という復讐じみた凶行は、中央諸国でも話題になりました。

 しかし、その最後ははっきりしません。


 幻想的毛皮ファッションは森の惨劇があってもおさまることはなかったのですが、ついに中央教会の激しい批判を浴びて下火になりました。

 魔獣深森の狩場では、狐狩りのハンターたちが活動を活発化させて、高値を更新し続けるトリックフォックスの毛皮。そして、懸賞首になった悪霊狐を追っていたところでした。


 狐の毛皮の価値は小麦袋以下に暴落し、あっけなく乱獲は終結。森の外れにつくられ狐狩りに特化していテント村は放棄され、ブームとともに生まれた新興の狩猟組織も崩壊しました。

 同時期、悪霊の消息が途絶えました。


 狐狩り特化のハンター組織は中央諸国の裏社会の人間がつくり、幹部メンバーたちはいち早くブーム終焉を知ると、運営資金を盗み姿を消しました。ほかの構成員を切り捨てた『夜逃げ』が定説です。

 一方、悪霊が森で幹部たちを襲って、相討ちになったという話もあります。



▷ マッドフォックス

 一匹で信じがたい戦いを続けたキツネは、姿を消した後も、忘れられることはありませんでした。

 とくに彼女のいた森の魔獣ハンターたちは「キツネ」の二つ名を名乗らない、誰にも名乗らせない不文律を生みました。


 同時に、復讐の為か同胞を守る為か。狂乱した一匹の狐の魔獣を悪霊(悪しき化け物)と呼ばず。敬意を込めて、涙凍らせた銀目、あるいは、泣き狂い狐とも呼びました。


『悲劇に向かい立ち上がる力とは、怒りと悲しみこそが相応しい』


 この地の当時の領主は、ひそかにそんな言葉を家訓に加えて語り継ぐこととしました。


 さらに事件からしばらくして、トリックフォックスは『マッドフォックス』と呼び名を変えられました。

 地元の教会司祭の提唱で、彼女は『 魔獣への警戒を新たにし……大きくはない一匹でも、怖るべきモノになると再認識するため 』と、冷めた眼で理由を説明しました。


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