八時限目『海を歩く亡者(ゾンビ)の軍勢と、赤鎧の無眼たち』
◎ 海を歩く亡者の軍勢
■種別:東の国の伝承のアンデッド(下位種)
■出現数と頻度:千 〜二万体以上?、まれ(伝承の時代)
■サイズ:人間大
■危険度:小〜中(霧の支援?のもと)
■知能:なきに等しい
■人間への反応:攻撃
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
東の国の古い伝承にある、海の上を歩くゾンビ(ウォーキングデッド)です。死霊の大妖・八重紅御前に従って、腐りながらおぞましいすがたで人間に襲いかかりました。
かれらはもともと、八重紅御前の軍勢に蹂躙された犠牲者で、東の国の漁民や農夫、商人の成れの果てです。腐乱の程度や衣服はまちまちで、霧の軍勢の数の上で主力でしたが、大半は武器らしい武器を持っていません。
本来、自然発生のゾンビと力の差はありませんが、妖しい海霧の中で魔法めいた加護?(後述)を受けて、水兵や陸兵を圧倒することがありました。
海を歩く亡者たちは最盛期に二万体を越え、東の国と衝突が激しくなるととも敗死した兵士のアンデッドが徐々に増加。波を踏む人影が海岸を埋めました。
▷霧
亡者が海の上を歩む不可思議は、八重紅御前と穢海ノ大船が与えたかりそめの力でした。
妖しい霧の勢力圏を落後すると、亡者はわずかな時間しか力を保てず、あっけなく水に沈んだといいます。
逆に海霧に身を隠す限り、亡者は神出鬼没。どこからでも上陸して人里を襲いました。
人間の側も影響を受け、濃霧に巻き込まれると一方的不利を強いられました。兵士は戦いの最中、目の前の亡者をたびたび見失い、いつの間にか背後に回り込まれたり、何もいなかったはずの物陰から襲いかかられました。
隣にいた戦友が亡者とすり替わっていた、など、幻術めいた異様な混乱も起きたと伝えられています。
東の国の武将のひとりは、八重紅御前の『死霊の軍勢』の真の主力は妖しい白霧そのものと述べましたが、景色を白く埋めつくす霧の浄化は誰にもできませんでした。
しかし、ある討伐者は詳細不明の対抗策で臨み、姫に肉薄する大きな成果を上げたそうです。このときの討伐戦は最終的に仕留め損ね、記録は過半が失伝しましたが「霧の正体」を呪詛(負の生命エネルギー)のガス状擬似生命と仮定したといわれます。
◇ ◇ ◇ ◇
◎ 赤い鎧の『無眼』
■種別:東の国の伝承の比較的高位のアンデッド
( 赤い戦士の鎧のかたちをした分身体 )
■出現数と頻度:最大8体、ごくまれ
■サイズ:身長2メートル超
■危険度:中〜大?
■知能:人間なみ?
■人間への反応:攻撃
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
八重紅御前の近衛の巨漢です。
巨大な化け物蟹の分身体(異なる八本の殻脚の化身)と噂され、雑兵にあたる「海を歩く亡者」たちと別格のツワモノです。
赤いゴツゴツした兜と鎧の中身は隠され、素顔も不明です。つねに黒い仮面をつけて、その仮面も、目も鼻も口の穴も無いのっぺらぼう(顔無し)でした。
実力は、大陸の中央諸国の伝承のアンデッドナイト(死霊騎士)に匹敵し、東の国の討伐軍と亡者たちを従えて争いました。ときに彼ら自身が海の上を駆けて、大太刀や薙刀、金砕棒、鉞、大弓などの武器をふるい、中には拳打、組み技に長けたものもいました。
赤い鎧兜は特徴的な外観で、無類の硬さでした。
怨霊が数知れず宿っていたと伝えられ、無眼が何らかの大きな力をつかうとき、しばしば手のひらほどの人の顔が防具の表面にうかんだといいます。
無眼は魔法に似た『術』も使いました。
白い靄が鎧からあふれてまわりに渦巻き、人の顔や手の形をしたものが宙に浮かび、離れた場所の敵へ殺到することで、盲目や失聴、金縛り、激痛、意識混濁などを起こしました。
筆頭格の無眼は、より強力に数十の白い霞の手を動かして力で相手を押さえ込み、飛来する矢を逸らせました。
▷ 無眼の正体と疑義
八人の無眼は、海の死霊の中でもとくに伝承が少なく断片的です。すがたを見せた時期が遅く、活動が二十年に満たなかったせいでした。
八重紅御前は東の国の勇士たちに肉薄されて、亡者の多くを失ったことがありました。勢いを取り戻すまで十年以上かかり、ふたたび東の国の主要部の沿岸を脅かしはじめたとき、新たに側に鎧武者の無眼たちがいたということです。
その結果、赤鎧の「無眼」は歴史に実在しないと疑う者がいます。霧の中で兵士の亡者のすがたから生まれた噂。あるいは意図した捏造ということです。
異議を唱えたの一部の旧家と歴史家で、八重紅御前消失から三〇〇年近くたった頃でした。伝承の無眼の戦いぶりが演劇の立ち回りのように派手で、ほかの死霊の伝承と異質、違和感が強いことが問題視されました。
── 八重紅御前の消失前、 死霊の軍勢に敗れた東の国の将が、兵士の噂に乗じて新たな強敵をでっち上げた。
── 八重紅御前の消失後、歴史の混乱が治まった時期、口伝や史料を収集・再編したところ。誤って異なる魔性の伝承や古い創作物のエピソードが紛れ込んだ。
架空説論者は、おもに二つの起源を想定しました。
無眼の存在を伝える旧家や主流の研究者は反発し、はげしい論争になりましたが、古い海の死霊に対する一般社会の関心は低く、いつしか関係者の論争は勢いを無くして立ち消えました。
再検証の論議はまだ途中で、疑義は残されました。
この論争の場には、とある辺土の奇妙な異伝が持ち込まれていました。
『赤い鎧、黒い無貌の面の下。それは眠るような白い死に顔』
『怨みの死鎧の中に、哀しい乙女の亡骸が納められている』
『赤き鎧は魂の牢獄。血に穢す棺なり』
『死せど囚われ枉げられる ── 顔を見よ』
『見えなくなるとき、悪姫に転じて黄泉帰るとき 』
…… この昔語りの異伝は、架空論者ですら奇態と呼び。最後までまともに検討されないままでした。
❀ ❀ ❀
関連項目
△ゾンビ(自然発生)
△八重紅御前
△穢海の大船




