第??時限目 Halloween特別回 ───────── 『 カボチャ頭の弔い 』
吐き気を催す、甘く腐った臭い。
気の遠くなるような臭気とはこのことか。
濃厚な悪臭がこもる、お屋敷のうす暗い広間の戦いは、
「先生、今です!」
「いいぞフォーティス! おおっ!」
大きなカボチャ頭をゆらすヒトガタの怪物。黒づくめの少年の短槍が、床に怪物の足を縫い付けると、すかさず壮年の男が剣を振った。
ふわ、と、特徴的な大頭が胴から離れた。
教会の神官を手こずらせた大頭の怪物はあっさりと、信じられないくらいにあっさりと倒れる。討伐を諦め、お屋敷に火を着けることも考えていたのに。
「この匂いが好物だと⁉︎」
「はい。── あ、いいえ、 このゾンビのことではありません。この花の香りです」
「⁉︎」
二人のやり取りに驚いてしまい、まだ驚く気力を残していた自分自身にも驚いてしまう。あのカボチャ頭の怪物の正体が、ゾンビ? そしてこんなねばつく悪臭が好物?
「僕たちには酷い臭いですけど、南のジャスパルの森にいる、果物好きの猿とかコウモリにはたまらなくいい匂いなんです。ふらふら集まって、酔い痴れしれるくらいに」
旦那様の屋敷の広間の真ん中。
ふたりの騎士が動きを止めたアンデッドを挟んで話す。がっしりした体格の大人と、その半分の体重しかなさそうな少年。ふたりの間には、大の字に倒れた首なしの腐乱死体。
先生と呼ばれた騎士は剣を油断なく屍に向けていたが、思わぬ言葉のせいで切っ先が揺れていた。
「花── 花なのか⁉︎」
「屍肉から咲く南国の花です。ゾンビの頭から無理矢理に生えて、すごい見た目でしたね。本当の頭は『あの中』にあるはずです」
生徒が指差しているのは、離れた場所に跳ね飛ばされた、斬首された大頭だ。ぶよぶよした赤茶色と黒褐色の塊。さながら腐肉でできた巨大なカボチャだ。
胴体につながって歩いていたときは自分の重さでひしゃげた形だったが、今は、床に叩きつけられて大きく下が潰れていた。
二人の騎士は全身を黒いサーコートで包み、黒い覆面で目しか見えない。騎士だと知らなければ、泥棒か暗殺者のような姿だ。
黒づくめの少年騎士は、自分の顔につけた風変わりなマスクを指差す。
「臭い対策さえできていれば、ただのゾンビでしたね」
── 私は思い出す。
昨日の夜、いきなり屋敷に押し入ってきたのは大頭のヒトガタだった。
旦那様が亡くなって三月が過ぎていた。めぼしい財物は処分されて、住み込みの使用人もほとんどいなくなり警備は手薄。自分やほかの屋敷の者が異変に気がついた時には、館内はむせかえるような甘い死臭と腐った糖蜜の香りに満ちていた。
怪物は一体のみ。
腐肉のカボチャ頭をゆらし、よろよろと不気味に歩くすがたはいかにも鈍くさかったが、毒気に等しい臭いに耐えられず、誰もかれもが屋敷の外へ逃げ出すのがやっとだった。
街の領兵や教会の浄化術師に助けを求めたが、かれらは何もできなかった。
屋敷の中に立ち込める悪臭で目に涙が滲み、呪文を唱えようと口を開けば吐き気が止まらない。自分自身の嘔吐物に汚れて、ほうほうの体で屋敷を脱出。
怪物と戦うどころではなかった。
たまたま街を訪れていた王都の騎士学校の関係者に懇願して、ようやく大頭の怪物を倒せたのだ。
黒マスクをつけた少年は、首を落とされた死体を観察しながら、
「亡くなったお屋敷の主の方は、たいへんなジャスパルぐ、── こほん、ジャスパル趣味だったと聞いています」
言葉に詰まったのは、街で耳にした旦那様の評判が「ジャスパル狂い」「南国憑き」と度を越していたせいだろう。
「ジャスパルには、とても古い葬法がありました。遺体の口に『特別な花の種』を含ませるという、── 亡くなった方はそれを真似たんだと思います」
「種⁉︎ 死んだ身内を化け物にする葬儀などあるのか? 」
声をあげたのは先生と呼ばれた騎士だが、いつの間にか、黒づくめの少年の傍らに同級生だろうか? もう一人の別の少年がいた。臭いが辛いようで、声を出さずにうんうんと頷いていた。
亡くなった旦那様は一代で貿易商会を立ち上げた大商人だ。
しかし、国内の知名度は低く、目立つのは南国趣味。これを野蛮とする中央礼讃派の貴族に目をつけられ、嫌がらせに耐えかねた旦那様は十年前、新たな屋敷(隠宅)をわざわざ田舎の街に建てて隠棲した。
同好の士を得られないまま、愛するジャスパルの料理やジャスパルの衣装、彫刻、香、そして、南の珍獣や草花の収集をひとり楽しんだ晩年だった。
「── 遠い土地には、定められた場所で亡骸を朽ちさせる『風葬』や鳥に始末させる『鳥葬』があります。花の種を死者の口に入れたり、木の苗を植えるのは、ジャスパルの『植物葬』です。屍肉に咲く花は、ジャスパルでも廃れたと聞きますが………」
「人の死体を花壇にするなど、非道な悪趣味か邪教徒の儀式みたいじゃないか」
「それは逆です。呪詛が亡骸に宿ろうとしても、植物が根ざしていると成長する植物の精気が邪魔して、アンデッドにさせないそうです」
「そうなのか? 聞いたことがないぞ。本当にアンデッド化を防げるのか?」
「ほかの呪詛対策もしますよ。それに万一、亡骸がゾンビになっても、成長の早い根がしっかり土に広がっていればゾンビは動けません」
本当の狙いは、アンデットを墓穴へ釘付け? 植物付けにすることとは。思いの外、現実的な対策だ。
「ジャスパルには精霊信仰が根づいています。そして土地独特の習慣があって、生まれた理由も受け継がれた理由もあります。邪教徒呼ばわりは、いくら先生でも…… 」
「すまん、気をつけよう。 あー、それにしても、おかしなことになっていたようだ」
「たぶん、亡骸を直接土に埋めず棺に入れたせいです。棺の中で芽を出しても、水分や栄養があるのは亡骸だけです。根は身体のうちへうちへと広がって外には伸びません。だから、ゾンビになったとき、あっさり歩き出せてしまったんでしょう」
あぁ、思い出した。
旦那様が急病で倒れていよいよというとき、旦那様は私に、金貨ほどの大きさの石を預けた。それは黒い玉石にみえた。
『ワシが死んだら、ジャスパル風に弔って欲しい。お前にしか頼めん』
ご遺体の口の中、頬綿の奥に遺言通りにおさめたが、あれが花の種? 私が撒いたということか??
落ち着いてよく見れば、首無しの腐乱死体が着ているものは主人の屍衣。汚液と汚物にまみれているものの、ジャスパル風の原色の衣装だ。南国風の霊廟に納棺したとき、身につけていたものに間違いない。
私が心当たりを口にすると、少年は、やはり、と、納得した様子でうなずいた。ラフドリなんとか? と、長い名前すら挙げた。妙にジャスパルに詳しい。
旦那様が生きていれば、この少年と話が弾んだかもしれない。
後で知ったことだが、この場にいた全員がつけていた黒いマスクは、少年の手製だった。どこからともなく香草や布を調達し、手際よく縫って友人と指導教官に配ったそうだ。
黒いマスクは三重の布でできていて、そこに薬を染み込ませた布の入った小さな筒がついている。この筒の中身が臭いを消しているという。
私も、彼の作ったマスクをひとつ譲り受けていた。おかげでひどい悪臭に耐えて、かれらについて行けた。
王都の騎士学校の一行の中から、カボチャ頭の怪物の討伐に挑んだのは教官と臨時の護衛騎士。それに実戦経験のある騎士学校の高学年生たちだった。
かれらは領兵や教会の術師が、ひどい腐臭に負けて現場から逃げたと聞くとあきれた表情をみせた。屋敷の怪物の討伐をこころよく引き受けてくれたが、案の定、悪臭を軽く見た二度目の屋敷突入も混乱した。
おぞましい甘い腐臭はさらに酷くなっていた。
濡れたマフラーやタオル。そうした即席のマスクは、館の中を満たした悪臭に用を成さなかった。
呼吸困難、目眩、嘔吐、悪寒・・・突入はあっという間に潰え、男たちは九名全員、行動不能になった。
犠牲が出なかったのは、裏口の見張り役 ── 黒づくめの少年がいきなり突入し。マスク装備を借りていた三人が後を追った ── が、突入組を屋敷の外へ引きずり出したからだ。
カボチャ頭のゾンビはフラフラと迫ってきて、教官と黒づくめの少年が広間で迎え撃つかたちになった。
最後のトドメを刺したのは指導教官の剣だが、 “花をもたせる” という言葉そのままの少年の立ち回りだった。
本人は、目立たないように手柄を譲ったつもりらしいが、そこは下手すぎる。それに滔々と解説しては台無しだ。
スピルードル王国の生まれに見えるが、南国に暮らしていたのだろうか? あるいは似たような騒動を経験したのか?
少年の落ち着きと講義口調は、どこかちぐはぐな感じだ。
「・・・この臭いに惹きつけられる動物がいるとはな」
ようやく教師が警戒をといた。
「南の花や果物は香り高く、臭いが強いと聞くが桁違いだ。しかも、屍に咲くとは。墓場で花開くとしても騒ぎになりそうだが」
「僕が知っているものより、かなり大きくて臭いがキツイです。品種改良したかもしれません」
あぁ、旦那様は床に伏せる前、南国の花をスピルードルの風土で育てられないかと、いろいろ試していた。素人の旦那様が、成果を出せたと思えないのだが・・・
「あれが、花のつぼみ ⁉︎ 」
黒づくめの少年は、いつの間にかもうひとりの少年と話していた。
── 今、何といった??
「カボチャみたいな形だけど、実じゃなくて蕾なんだ。荷車の車輪みたいな大きな花が咲くけど。この変異種?はもっと大きな馬車の車輪くらいかな」
黒帽子の少年は、先生が標本にしたがるよね、と思い出したようにつぶやいた。先生? 持ち帰る気か? この悪夢のような臭いの塊を? 何の冗談だ。
引率の教師が、やめてくれ、と言っていたので彼のことではないようだ。
続いてもらした言葉は、どこか別のところに意識を向けた独り言だった。
「かなりひどく漏れていたけど、花が咲く前に倒せてよかったよ。なにしろ、臭いは満開になってからが本物だから………………ルティのイタズラがこんな風に役立つなんて(ぼそっ)」
「「「 え″っ⁈ 」」」
間の抜けた声を教師たちと一緒にもらし。そして、そんな自分自身にまた驚く。
驚く気力が、まだまだあったとは。
* * *
* *
*
旦那様の遺体はその後、呪詛を浄化術師に祓ってもらい、埋葬し直すことができた。浄化術師はあまりの臭さに嫌がっていたが。
私があの少年のようにジャスパルに詳しければ、旦那様の遺体を正しく埋葬しアンデットにせずに済んだのかもしれない。
旦那様の遺体は石の棺では無く、今度は土に直接埋めてその上に若木を一本植えた。
私は、たどたどしくともジャスパルの精霊信仰の覚え書きを旦那様の墓の前で読み上げた。
「大地の精霊よ、水の精霊よ、草花の精霊よ、お借りした我が命をお返しします……」
あの騒動の終幕に立ち会った私は、死と花の臭いがからだに染みついた。
頭髪を剃り、川で泳ぐようにからだを洗い。毎日、肌が赤くなるまで洗って洗って洗って。どうにか体から悪臭が抜けたのは翌月のことだった。
不思議なことに、薄まった臭いは上質な香水のようなほのかな甘い香りになった。
旦那様はまるで、ジャスパルの花のように色鮮やかで香りが強すぎ、他の人と上手く付き合えなかったのかも知れない。
それでも、せめて私が旦那様のことを、旦那様の好んだジャスパルのことを、正しく詳しく知っていれば騒動は起きなかったのだろう。
あの黒づくめの少年── 名前は何というのだろう。聞きそびれてしまった。彼の肌を出さない格好は、からだに臭いをつけない工夫だった。
あまりにも鮮やかに事態を解決できたのは、大きくて不気味なカボチャのような花のことを、彼だけが知っていたから。
Halloween 特別SSをお送りしました_φ( ̄  ̄ ;K
P;  ̄o ̄)生徒の未来のエピソードです。
カボチャ(頭)の怪物といえば!_φ( ̄□  ̄ ;K
『パンプキンヘッド』(ホラー映画・1988年)!
ハロウィンと関係のない伝説の復讐の悪魔で、人間を見下ろす長身に凶悪な面相の大頭、長い手足だった。人気が出て2007年(第四弾)までシリーズが作られている。
一方、カボチャの魔物は『ジャク・オー・ランタン Jack-o'-Lantern 』。小説やゲームにも登場している。 アイルランドやスコットランドの伝承が起源で、墓場の人魂や鬼火の仲間なんだな(ざっくり)。
そして、ドクロのような提灯は、もともとカブで、アメリカでカボチャでつくるようになったそうだ(Wiki)。
P;  ̄ ◽︎ ̄)________
カボチャの提灯やカボチャどくろは、ハロウィンの時期に日本の街中でも見かけるね。
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本物のカボチャのランタンは少ないけど。催し物のポスターやパッケージのデザインなんかにあふれ返っている。
Wikiであらためて調べたら、アニメの「それいけアンパンマン!」に「ハロウィンマン」が登場しているそうな。10月の季節限定の無口キャラクター。
P;  ̄〜 ̄)… ________
アンパンマンの仲間たちか。
それにひきかえSSカボチャ頭ときたら、ものすごく臭くしたゾンビ………
______ふふ腐〜♪ φ( ̄皿  ̄ ;K
最臭兵器ゾンビです。
凶悪な悪臭をなんとかしなければ、ゲロを吐かされるのみ! 近づくこともできない!!
やられるときは一撃だけど。
P;  ̄ _ ̄) _________
── なんか、極端だよね。
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追記;このショートストーリーは、小説「蜘蛛の意吐」の作者・NOMAR様による加筆と確認作業を経て完成しました。
(NOMAR様、ありがとうございました)
*特記!;本話の前日譚が小説化されました!
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◇ 蜘蛛の意吐 欄外スピンアウト集
122話 『ルティの果物収集旅』作者:NOMAR
https://ncode.syosetu.com/n4627ff/122/
「…… 美しき聖獣が棲み、伝説的存在がひそかに集う館。
世界の秘密を隠すその場所を、大混乱に陥れた事件とは?」




