二時限目『エワイタンフローシュ』【 バルーンアート写真付 】
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レクト
「なんだコイツッ! 新種かッ!?」
── 前触れなしに夜祭の真っ只中へ落ちてきた巨体。
大きく赤々と燃えていた篝火をつぶし、ソイツは今、落着地点の祭広場で、自分がまわりへぶちまけた火に囲まれて灼かれていた。どこか離れた場所── レクトたちの視界の外から、いきなり跳び込んで来たのだ。
得体の知れない闖入者。
見なれないかたちの大きな手足が、崩れた篝火の中で向きを変えた…… 最後の力でもがいている?
ちがう、火に耐えている。
生き物が焼かれる臭いがしない。
ゾワリと感じた嫌な気配に飛び退けば、ソイツの口が? 顎が伸びる。
レクト
「全員下がれッ!」
カエルのような見た目で、伸ばすのは舌じゃ無くて牙付きの顎。間一髪、かわした『長く伸びた顎』が後ろの木に噛みつき、人の胴回りくらいの幹をへし折った。
「 ── ⁉︎ 」
おかしな攻撃手段に、六本足のカエル? あんなめちゃくちゃな堕ち方をしていながら平気なのか⁉︎ 人間を狩る気か??
不味い、似た魔獣を見たことが無い。生態も、行動も、弱点も全てが不明。
まだ逃げた人たちは近くにいるはずだ。どうする?
◇◇◇◇◇
「あの化け物ガエルは手強いです」
「にぶくて、頑丈で、馬鹿力」
「長い舌も素早くて厄介」
「気になるなら── 助勢しませんか?」
「……ダメですよ」
一人は車椅子の令嬢、一人はメイド服の従者。
高台から、二人の女が夜祭の広場を見下ろしていた。レクトをはじめ、被災地派遣部隊の隊員たちの動きが見える。
中央諸国の人々の姿はない。
難民キャンプや地元の村の者たちは、怪物が堕ちて来た祭広場からまわりへ散り散りになっていた。現地出身者の自警団員までもが一緒に逃げている。
「盾の国の人々は辺境で魔獣と戦い、中央諸国に食料をもたらす」
「中央諸国の人々は魔獣に背を向けて、守られることをよしとする」
「魔蟲新森が大陸中央に出現してもなお、災厄前の構図が再生産されるのか。変化の兆しはあるのか── 見定める機会かも知れません」
「試練は、まだ早すぎませんか?」
「天敵は待ってくれませんよ。たとえ獲物が、何世代も前に戦うことを忘れていても」
「………」
その盲目の令嬢は、魔法を使って、つないだ手を介して相手の目を借りる。
傍のメイドに目を借りている今、主人を気づかってメイドが視線を向ければ、ひどくこわばった横顔が当の本人にも見えてしまう。
彼女にとっても不測の事態なのだ。
あれほど大きく危険な魔獣が森を出て、親睦の祭りの最中に人里へ跳び込む。通常考えられないことだ。
それだけに安易に介入できなかった。
魔獣の異常行動は、本来、この土地にいるはずのないふたりが誘発したのかも知れなかった。
うかつに戦闘に加われない ──
できることなら人間の手で ──
「レクトさん……… あなた……… 強いんでしたっけ?」
── ガマに似た大型魔獣の爆発的突進を、ぎりぎりでかわす細身の人影。
美しい主従のふたりは、あいにくこの時まで、辺境の若い騎士の実力を知る機会がなかった。 そして、この一戦でレクトのことを「悪獣殺しの勇士」と記憶し、戦いぶりを仲間に広めるのだった。
「エワイタンフローシュ 」
■異称:蛙竜(中央諸国の人々より)
■種別:巨大なカエル(ガマ)のすがたの昆虫魔獣
■主な出現地域:魔蟲新森、魔獣深森の奥まった土地
( 魔蟲新森では時折、森の浅い部分に出現 )
■出現数と頻度:一体、ごくまれ
( 魔蟲新森では頻度が増加の兆し )
■サイズ:四頭だての大きな荷馬車ほど
■危険度:中〜大
■知能:低い
■人間への反応:攻撃(捕食)
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
エワイタンフローシュは、巨大なカエル(ガマ)のようなすがたの昆虫系肉食魔獣です。ずんぐりした丸い身体に大きな口。力強い後ろ足をもち、多節の脚は三対・合計六本あります。やわらかく湿った皮膚ではなく、全身が鎧のような外骨格です。
エワイタンフローシュは、ふだん待ち伏せと不意打ちで狩りをします。
物陰にひそんで獲物に照準すると、大きく開けた口から変形した顎── 「牙舌(後述)」を素早く出して捕らえます。
引き寄せた獲物は丸呑み。
かたくゴツゴツした口腔内で、ぶどう圧搾機にかけたように潰されます。
▷牙舌:大口に隠されている捕食器官です。飴色の長い腕のようで、かたく多節です。顎の一部が変化したもので、ふだん強い力で口腔内にたたまれています。
離れた獲物を狙って一気に真っ直ぐ伸ばすことができ、先端の一対の牙で噛みつくように捕獲します。引き寄せる力はとても強く、人間くらいのサイズなら、口の中に瞬間移動めいたスピードで運ばれます。
▷ 突進攻撃;正面突破の跳躍です。
太い後ろ足で跳んで、丸く重く硬いからだがほぼ水平に突っ込んできます。一撃の威力は、高く頑丈な柵や厚い土壁を破り、肉食魔獣を轢き殺すほどですが、人間相手に唐突に跳んで来ることもあります。
目標の上方高く跳ねる、ボディプレスも可能なようです。
▷ 魔法能力;火魔術や風魔術を弾く外骨格、落下や激突の物理的衝撃の事実上の無効化、そして、異常なスピードとパワーの跳躍(突進攻撃)は、何らかの固有魔法の働きと考えられています。
エワイタンフローシュがはじめて姿をあらわしたのは、大陸中央部の魔蟲新森の隣接地です。
その後、大陸西方の魔獣深森でも、よく似た昆虫系魔獣が森の奥まったところで目撃されたことから確認が急がれています。
○ 本日、三つ目の連続投稿です。
○ 以降は、出来上がった記事を不定期に掲載します。
○ なお、今回の冒頭のショートストーリーは、NOMAR様の活動報告(「蜘蛛の意吐 欄外スピンアウト集」更新しました!)より、コメントにあるショートストーリー(2020.8.30)をふくらませてつくられました。
NOMAR様、ありがとうございました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
\\ ⁉︎ //
ショートストーリーの後日談が短編小説になりました
突然、魔獣災害に襲われた大陸の中央諸国。
魔獣討伐の精鋭たちが辺境国家から派遣されるが、戦闘の後、かれらがちょっと困惑することが?
エワイタンフローシュ討伐後に囁かれたのは ・・・
タイトル
「俺たち、ドラゴンスレイヤーだってよ」「は? なに言ってんの?」
作者:NOMAR
https://ncode.syosetu.com/n3194gr/




