一八時限目『 ホワイトゴースト・ヘェア(白霊兎)』
□□ SS □□ 冬の夜の昔語り
「ママー、どうして雪ウサギの目は黒いの?」
「ママー、なんで雪ウサギの耳は大きいの?」
「それはね、むかしむかし、ウサギが山の中で道に迷ったとき……」
親から子、子から孫へ。
それは昔話。それは北の王国のメイモントの片田舎で、長年、繰り返された冬の風物詩。
…… けれど、その雪夜は少し違いました。
跫もなく、ひそ、とも鳴かず。
かれらは家の外にいたのです。
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ホワイトゴースト・ヘェア(白霊兎)
■異称:ジャック・フロスト、タールアイ、ザトーイチウサギ(東の国)
■種別:野獣型魔獣(ウサギの魔獣)
■主な出現地域:寒冷地の特定の山や森
■出現数と頻度:1〜10頭前後、まれ
■サイズ:子供を背負えるくらい
■危険度:中
■知能:動物なみ
■人間への反応:敵対的
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
ホワイトゴースト・ヘェア(以下、ホワイトゴースト)は、寒冷な山奥に棲むウサギの魔獣です。
真っ黒な濡れた目に真っ直ぐ立つ長い耳。やわらかい雪白の毛皮ですが、見た目にかわいい印象がなく、どこかうすら寒く不気味な印象です。
メイモント王国では『禍いなすもの』『妄霊に耳すますもの』と嫌われ恐れられています。
山奥で暮し、過剰なほどナワバリに侵入した者に攻撃的です。相手が大きな魔獣や人間の軍隊でも襲撃を躊躇しません。
首刈り兎の瞬間移動めいた速さこそありませんが、影のように音をたてず、氷雪の上を素早く動きます。
かれらのナワバリは、気候の変化などでかたちや広さを変えることがあるので、その度、大小の事件が発生します。
▷ 異常聴覚
ホワイトゴーストはじつは盲目です。
濡れた黒目にみえるものは、じつは眼球ではなく、かわりに眼窩に発達した『別の機能』の器官です(後述)。まばたきもしません。
魔法じみた異常聴覚でまわりを捉えて、夜の森もぶつからずに疾走。木の幹を蹴って、宙をボールのように跳ねさえします。
地元のハンターは、ホワイトゴーストが人間の体奥の筋肉や関節のきしみ、鼓動すら聞き取ると信じ、相手の次の動作を先読みすると主張します。
コウモリのようなエコー探知も行い、大きな前歯の歯軋り、後ろ脚のストンピングから、雪の下に隠された仕掛罠や宙に張られた極細の鋼線さえとらえます。
▷攻撃/クイックデス
ホワイトゴーストは鋭い牙で敵に噛みつきますが、『クイックデス』はそれと異質な、時折見られるメカニズム不明の即死攻撃です。ホワイトゴーストと間合いを取っていた者が、にらみ合うような対峙からいきなり鼻孔や口、目や耳から血を流して命を落します。
首狩り兎と同系の斬撃魔法、それもきわめて精密に相手の皮下を破壊している信じられています。
*ルブセィラ先生のコメント
定説、あるいはメイモントの地元の多数の見解はそうですが、謎の攻撃の正体は物理攻撃── 射ち放たれる『黒い水の長い針』のようです。
……ホワイトゴーストの濡れた黒い目(眼球にみえる肉塊)は、変異した涙腺を核にした水鉄砲。
……黒い水(粘液)の液滴が、細く鋭く、高速高圧で放たれて、近い距離なら鉄針なみの貫通力。
……素早い動きで翻弄しながら、異常聴覚で呼吸音を捉えることで、相手の鼻孔や口を精密に照準。
……かたい頭蓋骨の中の人脳を、相手の口を開くタイミング、顔の動きを見極め、鼻腔や口腔を射抜くことで壊してしまう。
メイモント王国のとある魔獣研究家が立てた仮説ですが、すでにいくつか遺体解剖で証拠を見つけています。
かなりの確度だと思いますが、なぜかまわりの強い反発を買い、ホワイトゴーストに長年関わった賢者や軍人。地元住民やハンターのほとんどが斬撃魔法だとゆずらないそうです。
その後、メイモント王国との学術交流が途絶えてしまい、研究のその後は分からなくなっています。
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◇ルブセィラ先生の授業参観・4
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ひそひそ、ひそひそ、ひそひそ、ひそひそ
ハラード
「(気まずい顔)……なんと。そんな強敵であったか」
グラフト
「(気まずい顔)……酷いことをした気がします」
ルミリア
「(気まずい顔)……[ こほん ]」
ルブセィラ
「(少し戸惑った顔)あの……なにか、気になったことが?」
「 やはり、北でホワイトゴーストに出会ったことがあったのでしょうか??」
アステ
「(おだやかな表情)── 出会ったといいますか。まとめて10頭ほど即死させました」
ルブセィラ
「は?」
グラフト
「(かんねん?した顔)……がっちん漁 * 、という漁法はご存知でしょうか」
ルブセィラ
「(きょとんな顔)は、はい。わかります」
*:水につかった岩をハンマーや石で激しく打撃し、川や池などで、魚に暴力的な衝撃を浴びせて昏倒させる漁法。
グラフト
「北国で、大物の地底魔獣に挑もうとしたときのことです。がっちん漁を応用した特殊な対地中攻撃を思いついたので 「 うむ、グラフトがの 」……その通りです。
それで、人気のない山で起こしてみたのです── 水蒸気爆発を」
ハラード
「あれはすごかった」
ルミリア
「そうね、おどろいたわ」
「たまたま見つけた大きな岩にね、大きくて深いヒビがあったの。水が奥にたまって……だから『試し』に中に深く入るように高熱の炎槍を撃ってみたら。
ボカーン!!、となったの」
グラフト
「荷馬車より大きな岩が吹き飛びました」
「どうやら、外から見えなかった空洞が岩の奥にあって。見積もった何十倍もの水が滾たぎったのです」
ハラード
「わしら全員ひっくり返ったの」
アステ
「……死にかけました。頭より大きい石がそこら中、飛び散りましたから」
ハラード
「なに、怪我などわしの腕の骨が折れたくらいであった「あなたかばってくれたのよね」…… うむ」
「…… それでの。腕の手当のあと、おかしな白ウサギがまわりで死んでおるのに気づいた」
グラフト
「11頭でした。近くのほかの岩陰や茂みで、両耳や鼻から血を流して倒れていました」
「あとでわかりましたが、われわれがいたのはホワイトゴーストのナワバリ、ギリギリでした。
魔獣たちはきっと様子を探っていたのでしょう…… 耳をすませて忍び寄っていたところ、出し抜けに爆発にあったのです」
ルミリア
「地元のハンターギルドで大騒ぎになったけど。ホワイトゴーストの無傷の毛皮を一度におさめたおかげで、アバランチモウル討伐の軍資金ができたのよね」
ハラード
「腕の良い案内人が雇えたのだ」
ルブセィラ
「………そちらに繋がるのですか」
クチバ (東の国出身)/黙って話を反芻
(『ザトー・イチウサギ』……… やはり、東の国の盲目の怪物に似ています。先生にあとで教えてあげましょう)
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関連事項
△ グリーンラビット
△ 首狩り兎




