特別授業『ラハドのラミア』【バルーンアート写真付き】
□□SS□□ 死の船より
── またひとり。
今度は、王都教会の神殿剣士が悲鳴ごと封じられた。
信仰あつい男は、生きながら石塊におおわれた……最期の言葉は『化け物』への命乞い。
「なんだアイツは!」
「知るかくそ! 石化の呪いを使う半人半獣だと ⁈ 」
「ダメだ! 矢も雷槍の魔術も届かん!」
「巨大な魔術具を手に持つ魔獣など、聞いたことも無い。ここは撤退して王と教会に知らせ、わ、わああああ!」
「全員、散開して逃げろ! 一人でもいい怪物が現れたことを伝えるんだ!」
海辺に漂着した謎の『帆の無い大船』。
近隣の領主は、家臣や領兵を船に差し向けたが大船からもどるものは無く、ついに国都から一団の精鋭が派遣された。
かれらが暗い船の奥底で出会ったのは、半人半蛇の奇妙な魔獣。そこで起きるはずの無い、砂の旋風と颶風。
無慈悲な不条理よって、一団は一人、また一人と奇怪な石の柱の中に埋められた。
数刻後、異形は空の下へ這い出し、大船を取り囲んでいた兵や民を蹂躙した。南の小国にもたらされた滅びが、城塞都市・ラハドに至ったのはそれから三日後だった。
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「……これは、ただの魔法では無いか」
一人の青年が膝をつき、灰色の地面に手で触れる。
「……砂でも土でも無い、金属の塵か? 混合物が少ないのは、自然ならざる純粋な物質を目的の為に作ったということか。そんな特殊な研究の産物など、古代魔術文明しかあり得ない」
青年は立ち上がり、遠く廃墟となった城塞都市を睨む。
「ようやく見つけたぞ。滅日の遺産。あの人がこれを放置する筈も無し。ならば、今度こそ……」
青年は因縁の相手を見つけたように静かに睨む。
王の知恵と呼ばれる大賢者に、もはや教えることは無しと言われ、若くして次代の大賢者と呼ばれた青年。
「歴史の闇の中に、あなたは今もいるのか……」
取り憑かれたように古代魔術文明の遺跡を巡り、禁忌を追う若き賢者、彼の名前はシール。後にかれは、蘇りし古代の遺産・ラハドのラミアを封じた賢者と歌にされた。
しかし、このときもうひとり── 冷酷な異形が巣食った灰色の廃都を、真に怖るべきものが訪れようとしていた。ラハドの伝承の陰に消えた見えないもの。その名を、不毛の砂塵の地は黙して語らない。
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ラハドのラミア(古代魔術文明の機動兵器)
■種別:古代魔術文明の魔術機械(半人半獣型の機動兵器)
■主な出現地域:大陸南部の沿岸部(現在のジャスパル王国領)
■出現数と頻度:一体、ごくまれ(伝説的怪物)
■サイズ:荷馬車ほど
人間体(上半身);等身大。
蛇身体;腰から下、8メートルの金属の大蛇。
■危険度:極大
■知能:人間以上(戦闘特化)
■人間への反応:攻撃 / 観察対象
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
ラハドのラミアは、かつて大陸の南方で討伐された半人半蛇の怪物です。
強力な魔術具をもつ魔獣と怖れられましたが、のちに、古代魔術文明の残した魔術人形だったことが明らかになりました。
女性の上半身で、大きな頭飾りに鎧姿。仮面のような白いつややかな顔は言葉を発しません。蒼い目は、それぞれふたつの瞳(双瞳)があります。
戦闘特化の高度な判断能力をそなえ、手先がとても器用です。戦闘による外皮のキズを自分で補修し、狙撃用のヘビークロスボウを人間から手に入れたさいには、たやすく分解して即興で強化改造してみせました。
大蛇の下半身は見かけによらず素早く、変則的リズムで敵を惑わします。蛇身はかたい装甲が重なり最大8メートルのばせて、円運動で勢いをつけると、まわりを薙ぎ払いました。
また、ラハドのラミアは特殊な力と魔術武器で、討伐の勇士や軍隊を苦しめています。
▷石蛇の杖
ラハドのラミアがもつ総金属製の杖で、全長二メートル超。コブラを模した魔術具です。
鉱物質の砂塵や埃を、魔力がある限り、無限に宙から生み出す能力がありました。ある討伐者は、このユニークな力を『空中元素固定魔術』と呼んでいます *。
ラハドのラミアは厖大な砂塵を操り、ときに渦の中に身を隠し、ときに敵に放水の勢いで浴びせました。
人間や馬を岩塊に閉じ込めることもあり、標的を、どこからともなくわき出してくる微塵と細砂で厚く押し固めて、樹氷のようなかたちに閉じ込めています。
○ 蛇怪の灰塵
都市ラハドが滅びたのち、廃墟とまわりの土地に降った濃淡のある灰色── 不自然に純粋かつ極微の、多種多様な元素鉱物です。
通常有毒とされるものがほとんどなかったにもかかわらず、広大な土地が荒廃し、人や家畜にさまざまな原因不明の病……熱病や肺疾患、重い眼病、アレルギー疾患、皮膚腫瘍、流産など……が発生しました。
▷切断の魔光
双瞳の眼から放たれる黄白色の細い光です。ひとなぎで人間の首を切り裂きます。
▷ゆらぎの防壁
ラハドのラミアの「守りの力」です。
大蛇の尾端の『黄金色の機巧』が不快な振動音を上げ、景色に陽炎のようなゆらぎを生じます。
ゆらぎの防壁は高いカーテンのように展開し、空間を震わせる波が外へと広がります。敵の矢や手斧、火槍、雷槍のような射撃魔術も、不自然に減速したり軌道を急に曲げられて当たりません。
また、ラハドのラミアは、自らが起こした砂塵の渦の中。あるいは極微の埃が舞い上がり、視界を閉ざす状況でも自由に行動します。討伐にかかわった賢者は、その秘密を『黄金色の機巧』の振動波と考えました。
特殊な魔力振動を弱く発信することで、光や音波、匂い粒子、さらには古代技術の探知波すらまともに通らない灰塵に囲まれても、エコーの観測でまわりを「観ている」……… かれの推測では、蛇が威嚇するような振動音が常に小さく、ゆらぎの防壁がないときにも聞こえるのは、探知の魔力振動を放っているためでした。
さらに、この探知能力は、ゆらぎの防壁を使うときに微弱なエコーが打ち消されてしまい、停止している可能性が高い。ラミアは強力な振動障壁を起しているとき、一時的に光と音の感覚に頼っている(雲や霞を見通せない)と主張しています。
ラミア討伐の詳細はわかっておらず、この主張が攻略の手がかりになったのかどうか不明です。
■履歴
『ラハドのラミア』は三百年前、大陸南部(のちのジャスパル王国領)で栄えていた交易都市・ラハドを一夜で滅ぼしました。
その後、およそ三年かけて討伐されますが、小国の故地は悪病の根づいた呪われた土地として放棄されて、現在も荒地のままです。
ラハドのラミアの事件には、当初から多くの人が関心を寄せました。
魔獣の理不尽な暴虐、一夜で滅亡した豊かな都市国家、名のある聖剣士や魔術師が倒れた廃墟の戦い。そして、不明の部分の多い最期の決戦。
人々はいろいろな想像をめぐらせ、 さまざまな絵画彫刻や文芸作品がつくられました。
ある小説は、ラハドのラミアの伝承からかけ離れた筋立てながら、賢き剣勇の苦闘が人気を博し『滅びをもたらす悪しき魔獣』『冷酷で淫蕩なラミア』の強烈なイメージを世間に浸透させました。
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最初の異変は、南の沖の海で起きた地震でした。
数日後「帆のない大船」が突然海上にあらわれ、人里近くの浜辺に漂着します。
ラハドのラミアはこの大船の奥からあらわれ、いかなる呼びかけにも応じず町や村を襲いはじめました。有効な対策をうつ間はなく、一匹のラミアは近隣の最大の城塞都市へ侵攻して二千を超える騎士や兵士、老若男女を殺しました。
その後、ラミアは都市の廃墟を根城にして悪虐の魔獣、石の蛇獣と怖れられます。
不可解なことに最期の戦いの詳細は明らかにされず、現場に居合わせた人物の手記、そしてラミアの死骸── とくに中央諸国に討伐の証に運ばれた首── は行方がわからなくなりました。
貴重な手記はその後、再発見されて、ラハドのラミアが古代の魔術人形であること。悪意や嗜虐心どころか動物的本能すら無かったことが強力に示唆されました。
当初知られていなかった参戦者たちの発言や、不名誉な行動もいくつかわかりましたが、ラハドのラミアの正体を確かにする最重要の手がかりの残骸は、今も見つかっていません。
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*;この時、杖とラミアの重要性の大小は逆だ、とも推測されました。
理由の一つは、無限の資源をもたらす空中元素固定魔術は、古代魔術文明の最盛期にも完成しなかった夢の技術だったことです。魔術具の杖は、微結晶・砂塵レベルの生成物をばらまく未完成品とはいえ、存在も知られていない希少な製作物(空中元素固定装置)でした。
さらにラハドのラミアは、都市の廃墟に居座り続け、莫大な生成物で広い土地を荒廃させていました。
賢者の推測では、魔術具の杖は「敵地を汚染する広域破壊兵器」として造られたもので「ラミアの兵装」ではない。逆に、ラミアこそが兵器(杖)の運搬と守護の役を与えられた手足の存在でした。
討伐戦の終盤、ラミアは杖を奪われたさい、それまで見せなかった爆発的加速と急旋回、跳躍で暴れました。ふだん壊れ物を持たされてセーブしていたとするなら納得行きます。
◇ タイトル(黒板)は、加瀬優妃様より頂きました。ありがとうございました。
◇ ショートストーリーは、NOMAR様より頂きました。ありがとうございました。
◇ ラハドのラミアは「アルケニーのゼラ」本文で示した、『伝承に語られる、怪物的な半人半獣』を具体化する試みです。本編に登場せず、かなり時系列も離れています。
人間社会で、怖れられ敵視される半人半獣の女たち。
しかし、過去には魔獣の女によって惨事が起こされていて、異形への怖れと怒りが人の心に刻み込まれていたのだ……
「蜘蛛意吐世界」の作者NOMAR様とのやりとりで、今回取り上げた『伝承の邪悪なラミア』は、すがたは半人半蛇でも暴走した古代のロボット兵器。SSの主人公は、外伝の主人公の成長したすがた・賢者シールとなりました。
この先、伝承の悪のスキュラや闇マーメイド、黒いスフィンクスなど。蜘蛛意吐世界のはるか過去の、怪物的な半人半獣をまた取り上げる、かも知れません。




