八時限目 『 アバランチモウル // シルバーヘッド・ワンダラー 』
アバランチモウル/雪崩土竜
■異称:ジャイアントモウル、ブラックヘッド
■種別:野獣型魔獣(巨大モグラの魔獣)
■主な出現地域:北方寒冷地の林野
■出現数と頻度:単独/まれ
■サイズ:雄牛ほど
■危険度:中
■知能:動物なみ
■人間への反応:敵対的
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
アバランチモウルは、北国にすむ巨大モグラの地底魔獣です。
大地と氷の魔法を宿した怪力の前脚をもち、黒い毛皮のからだで、かたい凍土や氷雪を泳ぐようなスピードで掘り進みます。
地上の人や動物を狙う捕食者で、地中から獲物の発するかすかな振動(足音など)をとらえて突然、サメのように襲いかかります。 不意打ちが決まると、巨躯のクマの魔獣さえ倒されるそうです。
アバランチモウルは、獲物のとどめを刺すさい、流線形の頭部が割れて、サメのような大顎で食らいつきます。
暴れる獲物を押さえてつけ急所を噛み裂くのですが、ある無謀なハンターは、口腔をみせるときこそ、刺突斬撃を体奥へ届かせる一撃必殺の好機と主張したそうです。
なお、アバランチモウルの漆黒の毛皮は、美しく入手困難な高級品です。
豊かな文明諸国では「黒い宝石」と讃えられ、危険を承知で討伐に挑むハンターが後を絶ちません。
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シルバーヘッド・ワンダラー
■異称:ワンダラー、アバランチモウル(旧名)、グレーターモウル(一部地域)
■種別:変異した野獣型魔獣(大モグラの魔獣の狂化個体)
■主な出現地域:北方寒冷地の林野
■出現数と頻度:単独/ごくまれ
■サイズ:小屋ほど
■危険度:大
■知能:動物なみ
■人間への反応:攻撃(捕食)
■登場エピソード:なし
■身体的特性とパワー
シルバーヘッド・ワンダラー(以下ワンダラー)は、巨大モグラの狂化個体です。黒毛の普通種は厳寒期に冬眠しますが、ワンダラーは稀にあらわれて真冬でも猛威をふるいます。
普通種よりふたまわり以上大きく筋肉質で、銀色の美しい毛皮です。極めて獰猛で貪欲で、吹雪の最中でも活動し、眠っている同族のアバランチモウルすら共喰いします。
人を恐れず人口密集地を狙ってくるため、過去にワンダラーが現れた地域ではいくつもの村や鉱山、駐屯地が壊滅しました。ワンダラーは人里を襲うとき、太く長くのびる舌をつかい、星型に裂けた先端で逃げ隠れする獲物を捕らえます。
ワンダラーは異常な攻撃性のせいか短命で、過去の事例では、多くのものがほかの魔獣との闘争で負傷を重ねて姿を消しています。人間による討伐はまれです。
このためシルバーヘッド・ワンダラーの銀の毛皮はきわめて希少で、中央諸国の市場にも過去数回しか出たことがありません。ニセモノの毛皮も幾度か出回りました。
現在、シルバーヘッド・ワンダラーの毛皮は、手にすることはほぼ不可能、という意味で『黒い宝石』に対して『銀の虹』と呼ばれています。
ワンダラーは長い間、黒毛とは別種の上位種とされていました。しかし、比較的最近、手負いで冬眠しなかったり、厳寒期に目覚めたことがキッカケで狂化した個体とわかりました。
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□ ルブセィラ先生の授業参観 2
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「北の国の地底生物、それも肉食の大型魔獣の調査研究は非常に困難です。アバランチモウルは、その典型と言えます」
「アバランチ(雪崩)の名前は、もともと狂化したシルバーヘッド・ワンダラーのものでした」
「真冬の悪天候や夜闇に乗じて、僻地の村を地下から襲い、家々を壊しながら住人を片端から餌食に…… 古い時代、全滅した山村を調べた者が『人喰いの雪崩のようだ』と報告したことから、のちに討伐された銀色の地底魔獣が『アバランチモウル』と名付けられました」
「これは現在、ワンダラーと呼ばれる異常個体ですが、当時は黒毛と別種で、大型で凶暴な上位種と考えられました」
「そのため、黒毛は長い間ブラックヘッド、ジャイアントモウルと呼ばれたのです」
「あるとき狂化個体と普通種の関係だとわかったのですが、学者の中でも議論や情報の混乱が起きました。気が付いたとき、当時のハンターや一般の人たちの間で、なぜか黒い普通種が『アバランチ』と呼び換えられて、定着していたのです」
「普通種もたしかに危険です」
「春先、偶発的に小規模な雪崩や土砂崩れを起こすことがあるそうで『アバランチ』も……まったく嘘ではないのですが」
「─── さて、これはまゆつばな噂ですが」
「三十年ほど前。匿名の若いハンターたちが、巨大なワンダラーを討伐したといいます」
「この異常個体は長生き(エルダー)で、大きな獲物をねぐらできれいに骨にするおかしなクセがあり、討伐後、何組も巨大モグラの全身骨格が回収されたそうです」
「噂の時期は、アバランチモウルの調査研究の転機と重なります。骨格標本が急に増えて、ワンダラーのサンプルと比較検討できたことから、両者の正しい関係が理解されたのです 」
「しかし、噂を信じるなら、功労者のハンターは十代のよそ者で、わずか五人。冬のワンダラーに初めて遭遇して、討伐に成功したとはとても信じ 「四人だ」…… はい? 」
ハラード(カダールの父、伯爵)
「人数が多いだと? ワシらは基本、四人組であった」
ルブセィラ
「……え? あのまさか」
ルミリア(カダールの母、伯爵夫人)
「あの時、アバランチモウルのねぐらを探す為に、現地で土系の魔術師を雇ったのよね」
ハラード
「それを言うなら、土地の案内をかねて、地元の三人組のハンターと行動したのではなかったかの?」
グラフト(伯爵の執事)
「はい、道案内と地下の振動探知を任せました。戦闘は私たちでしたね」
「しかし、冬眠したてのアバランチモウルを仕留めたところに、いきなりエルダーのワンダラーが割り込んで来て、獲物の奪い合いになるとは思いませんでした…… 噂はあの三人が広めたのでしょう」
アステ(医療メイド)
「逃げたり追っかけたり、地下で迷ったり。大モグラよりも、寒さの方がつらかった憶えがあります」
ルブセィラ先生
「ハラードさま! …… いえ、みなさん!! そこのところ、もっと詳しく!」
◇◇◇◇◇
カダール
「自習?」
エクアド
「いや、ルブセィラがな。授業参観のハラード様を演台に上げて、急遽、講演会?になったそうだ」
子どもたち
「じいじが、いろんなこと話してくれた!」
「ものすご〜く、ルブ先生が手を上げてた!」
「机、とられちゃった(笑)」
ルブセィラ
「・・・・教師失格です」
子どもたち
「「「ルブ先生。お勉強楽しそうだった!」」」
▷ 授業参観に「無双伯爵」ことウィラーイン伯爵ハラードと、「火炎嬢」「博物学者」のあだ名の伯爵夫人ルミリアが登場しました。
ふたりは黒蜘蛛の騎士・カダールの両親です。若いころ、ハンターとして活躍した時期がありました。
▷ 本稿は、小説未登場のオリジナルモンスターです。
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☆ シルバーヘッドワンダラー(の毛皮)が登場するショートストーリーを、原作者NOMAR様よりいただきました。
(* ̄∇ ̄)ノ 来たな! 北の寒冷地仕様の魔獣!
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スピルードル王国、ハイラスマート伯爵家の次女、フィルマテアはひとつ深呼吸する。肩の毛皮のショールの位置を直して歩き出す。
「ようこそ、ハイラスマートへ」
「「まぁ……」」
振り向いた子爵家、男爵家の夫人、令嬢が挨拶も忘れてフィルマテアに注目する。その目はフィルマテアの肩の毛皮のショールに釘付けだ。
予想通りになったことにフィルマテアは内心ほくそ笑みつつ、客人を迎える朗らかな笑顔で立つ。
ハイラスマート伯爵家の迎賓館。近隣の貴族を迎えた茶会の席。
フィルマテアは白銀に輝く毛皮のショールを肩に立つ。まるで自ら薄く光を放つような見事な毛皮、誰も見たことの無い品に客人達の目が集まる。
フィルマテアと仲の良い令嬢が皆を代表して訊ねる。
「フィルマテア、様、その肩のショールは? 白銀の毛皮とはいったいなんの毛皮ですか?」
フィルマテアは内心を隠し、ややうつ向き気味に横を向き、せつなく聞こえる声で説明する。
「これは、ウィラーイン家より贈られましたの」
「あぁ……」
察しの良い者はこれで事情を理解する。フィルマテアは戸惑う人にも解るようにと言葉を続ける。
「ウィラーイン領では今、生きた災厄、灰龍の被害に見舞われています。私の父が支援を申し出たところ、ウィラーイン伯爵ハラード様より、そのお礼とこのショールをいただきましたの」
「それでは、その毛皮のショールはウィラーインの家宝、ですか?」
「家宝、でしょうか? 皆さんご存じでしょう? ハラード様はかつて貴族の身分を伏せ、一介のハンターとして武者修行をしていたことを」
「えぇ、ハラード様の武勇伝はいくつか聞いたことがあります」
「このショールはハラード様が自ら討伐した、北の珍しい魔獣の毛皮だと。ハラード様から奥様のルミリア様に贈られた、二人の記念の品ですの」
誰もがフィルマテアの肩にかかる毛皮と、その毛皮に纏わる話に注目する。フィルマテアはさりげなく客人達を見回して言う。
「ですがハラード様の狩りとった珍しい品は他にもあるとか。ウィラーイン領に支援を申し出たラクトローズ子爵家もまた、ハラード様より珍しい品を頂いたとか」
「ウィラーイン伯爵家には、こんな品が他にもあるというのですか?」
「武名高きハラード様、これまでどんな魔獣を討伐してきたのでしょう? ハイラスマート家はかねてより、魔獣の被害があればウィラーイン領の猛者の力を借りてきました。今こそ、その恩を返すとき、と思っていましたが。それがこんな見事な品を頂いてしまうとは」
話を聞いていた一人の夫人が口を挟む。
「ですが、灰龍はウィラーイン領からいなくなったと聞きました。ウィラーイン領は今はいったいどうなっているのでしょう?」
「灰龍がいなくなった代わりに、灰龍を倒したという謎の魔獣が現れたそうです。それに灰龍がいなくなっても、鉱山近くの町は壊滅。住人の多くは避難ができたと聞きますが、復興はまだまだこれからと」
これでウィラーイン家にわずかでも支援してくれる者が増えたなら。これが白銀の珍しい毛皮を見せたフィルマテアの思惑だった。
(これで少しでもカダールお兄様のお役に立てたら)
フィルマテアはいとこのカダールを思い出す。カダールが王都の騎士訓練校に行ってからは、顔を会わせる機会も少なくなったが。
(ウィラーイン領に戻ったカダールお兄様、今ごろどうしているのでしょう? 噂ではリアル槍風様と一緒にウィラーイン家にいるとか。いったいどんなむふふを?)
いとこのカダールを心配し、己のできることでウィラーイン家の助けになれば、と行動するハイラスマート家の次女フィルマテア。
その肩に輝く白銀の毛皮は、不思議と時をおいても色褪せることなく、やがてはハイラスマート家を継ぐ者が纏う宝となる。




