4.はじめての狩り
テオバルドは街から帰ってきて、学校を2回休んでいた。
わずか10歳のテオバルドにとって、全身筋肉痛で4日間も動けなかったというのは些か大袈裟なんじゃないかと母親にも言われたが、本当に痛くて起き上がれなかったのだから仕方がない。
そして今日、久しぶりに学校に行ったテオバルドであったが、先生から授業の後で残るように言われたのであった。
「テオバルド、この能力試験の結果だが何か言いたいことは有るか?」
エルネスト・マルティン先生はハンターだ。週に2回、この村に来て授業をしてくれているが、普段はハンターとして活躍しているらしい。
「いいえ、先生。でも、僕だってこんな点数になるなんて思ってなくて…ちゃんと他のみんなと同じくらい、いや、それよりも頑張ってるつもりではあったんです。でも…やっぱり測定器の故障じゃ無いんですね」
「あれは魔道具だからなぁ。故障とかそんなんじゃないと思う。数字だけ見た街の役人から『どんな怠け者なんだ』みたいな文句もあったが、テオバルドがそんな怠け者じゃないことは先生も良く知ってる…」
エルネストはここまでしゃべった後、ちょっと間を開けて続けた。
「ところでテオバルド。お前、ダイアウルフを追っ払ったってナタリアが言ってたが、それ本当か?」
「ええ。普通に考えたら自分でも嘘みたいだと思うんですけど、本当です。最初はナタリアが襲われたときに庇って右腕を咬まれたんですけど、そのまま腕を振ったらダイアウルフが飛んで行ったんです」
「右腕を咬まれた?でもお前、腕、ちゃんと付いてるよな?」
「咬まれたとこは帰ってきてからもしばらく痛かったですけど、咬み千切られなくて良かったです」
「お、おう…」
それ以上の言葉が出てこないエルネスト。
「帰ってきてから、全身が痛くて4日くらいは全然動けませんでした。学校休んでゴメンなさい」
「テオバルド、よく聞いてくれ。これは先生の推測なんだが、能力試験で使っている測定器は一般用で、目盛が1~10までしかない。だから、1より小さい数字は測定不可になる。お前の試験結果がそれだ」
「はい…」
「だが、本来の数値はもっと上まである。Sランクのハンターや、王都の近衛兵などでは30を軽く超えた数値を出すものもいるらしいしな」
エルネストはテオバルドが神妙に聞いているのを見て、続けた。
「この数値は、人の能力、才能、努力の度合いなどを表していると言われているが、実際のところは目安に過ぎん。先生は、この数値はその個人の可能性なんじゃないかと思ってるんだ」
「え?じゃぁ僕の場合は…?」
可能性がほぼゼロだと言われたと思ったテオバルドが俯くと、エルネストは慌てて続けた。
「あ、いや、逆なんだ。これはその個人に残された可能性って事だ。例えば、能力値がいくつまで上げられるのかその限界は判らないけど現実に30くらいの者は居る。現在10の者が30になるまで努力したとしたら、単純に3倍くらいは強くなれる計算になるだろ?」
「そうですね」
「まぁ能力値の数字が3倍になったら強さ3倍って訳じゃないけどな。でも、テオバルド。お前は今1以下だと測定された。だが、お前は普通に10歳の子供と同じくらいの能力は間違いなくある。これで5とか10とかまで能力を伸ばしたと考えてみろ。相当な強さになれるんじゃないか、と先生は思っている。つまり潜在能力が高いんじゃないかって事だ…」
エルネストは自分で話しながら、『もし本当にそうだとしたら色々と問題になりそうだな』と感じていた。
「それで、だ。今のは先生の推測に過ぎん。なので、もう能力試験の結果については忘れよう。今の話も誰にも話しちゃダメだ。ただ…」
「ただ…?」
「お前にコボルド狩り参加の要請が来ている。ナタリアの父親たちと一緒に狩りに参加して欲しいそうだ。恐らく、ダイアウルフを追っ払ったというその実力が見たいんだろう。それほど危険とは思わないが、どうする?」
「分かりました。村のためですし、僕も参加します。役に立てるかどうかは判りませんが」
「あまり無茶をしないようにな。じゃぁ残ってもらって悪かった。気を付けて帰れよ」
「はい、先生さようなら」
---
学校から帰ったテオバルドは、ナタリアの家に行った。
「アリリオおじさんは居ますかー?」
「あ、テオ!明日コボルド退治に行くんだって?いいなぁ」
「明日なの?先生から今日聞いたばかりなのに」
ナタリアと話していると、奥からアリリオが出てきた。
「おぉテオバルド。急で悪いが、コボルド退治は明日なんだ。まぁお前の分の武器はウチで用意するから、朝8時にウチに集合してくれ。初コボルド退治、期待してるからな」
「頑張りますけど、狩りは初めてなんであまり期待しないでくださいね」
「今日は早めに寝て、体調整えとけよ!しばらく学校休んでたじゃないか。もう大丈夫なのか?」
「ええ、お陰様で今日はもうバッチリです」
「じゃぁ明日の朝な!寝坊すんなよ!」
「はい、わかりました。じゃぁナタリア、バイバイ」
「えぇ?もう帰っちゃうの?」
引き留めようとするナタリアだったが、
「ナタリア、テオバルドは明日狩りに行くんだからな」
「あ、そうだよね。仕方ないか。じゃぁバイバ~イ、明日は気を付けてね!」
アリリオから言われてはしょうがない。大人しくテオバルドを開放するナタリアであった。
---
「ただいま、母さん。明日なんだけどコボルド狩りに行くことになったんだ」
「あらあら。テオバルドも10歳になったんだから、狩りの手伝いもしなきゃだわね。でも明日なの?もう体の具合は大丈夫?」
「うん、もうどこも痛くないから大丈夫だよ。初めての狩りで緊張するけど、アリリオおじさんも一緒だからちょっと気が楽なんだ」
「それは良かったわね。しっかり色んな事を教えて貰いなさい。あ、体の具合が良いんだったら、お昼ご飯食べたら裏の畑仕事を手伝ってね」
午後からしっかり畑仕事を手伝ったテオバルドは、夕食を食べた後で横になると翌朝までグッスリと眠ったのだった。
---
翌朝、軽い朝食を終えたテオバルドは、アリリオの家に向かった。
「おぅ来たか!昨日はちゃんと眠れたか?」
「ええ、昨日の午後は畑仕事で疲れてたので、寝て気付いたらもう朝でした」
「そうか。初めての狩りの前の日はビビって眠れない奴もいるんだが。さすがはバネッサさんだな」
「母さんに畑仕事を頼まれたんだけど、そんな意味があったなんて知らなかったよ」
「お前の父さんと母さんはどちらも凄腕のハンターだったらしいからな。そういうノウハウも有るんだろうよ。今度狩りの仕方も聞いてみると良いんじゃないか?おっと、他のメンバーも来たようだな」
ルカスとイバン、その後ろにモニカが近付いてくる。
「おう!テオバルドは今回が初参加だってな。あまり無理はせんで良いが、足手まといになったら承知せんぞ!」
「おいおい、初めてのボウズにそりゃ厳しいって。まぁ俺たちが付いてりゃコボルドあたりで大怪我するこたぁねえだろうが、ちゃんと自分の身を守れるようにな」
軽く脅すようにルカスが言うと、イバンがあきれ顔でフォローした。
「テオバルドです。宜しくお願いします。あれ?モニカおばさん、マノロおじさんは?」
「おはよう。マノロはちょっと怪我をしちゃって。今日は私が代わりに行くことにしたの。こう見えても結構強いのよ、宜しくね」
「何だよ、マノロはまた怪我したのかよ。どうせ酔っ払ってどっかに蹴躓いたんだろ?まぁ今日はモニカの方が役に立つかもな」
「ガハハ、そりゃ違いねぇ」
「じゃぁテオバルド、これがお前の武器だ。間違って仲間を叩かないようにだけ気を付けてくれ」
アリリオはそう言ってテオバルドに白樫の棒を渡した。
恐らく農作業で使う鍬などの柄なのだろう。握りやすく加工されている。
ルカスは鉄の剣を、アリリオとイバンは鍬を手にしていた。
ルカスも普通の農夫なのだが、村で時々狩りに行くので使い勝手の良い剣を買ったのだという。
モニカは何も持っていないように見えるが、恐らくナイフなどを持って来ているのだろう。
「じゃぁ、行くぞ!」
「「「「おう!!」」」」
ルカスの掛け声に皆で応じて、一同は村の近くにある森に向かった。
---
「あれじゃない?」
村の近くの草原で放牧していた羊たちに被害が出たことから、コボルドの住処はそれほど森の奥ではないと予想していたアリリオだったが、モニカが指差した方向は森のちょっと右に見える小高い岩山だった。
「(コボルドは)森の中かもしれないけど、割とああいうとこに居たりするのよ」
「儂もあっちが怪しいのぅ。アリリオ、森に行く前にあっちの岩山に行ってみんか?」
「ルカスもそう言うなら、先にあっちに行ってみるか」
岩山に着いて調べてみると、高さ70cm位の洞穴が開いていた。ただ、入り口から先で曲がっているため、どれ位の奥行きがあるのかは判らない。
「いかにもコボルドの住処って感じじゃのう。じゃが、この高さでは屈んで行かねばならんし危険じゃな」
「燻り出すのが良いんじゃねぇか?」
「そうね、私が火をつけるから、そこらで生木や草を集めてきてちょうだい」
「よし、じゃぁそうするか。テオバルドも手伝ってくれ」
「うん、わかった」
---
10分ほどで、洞穴の前には生木や草の小山が出来ていた。
「これくらいあれば充分かしらね。じゃぁ行くわよ。燃えよ CHE・FLM!」
燃え難い生木や草の奥に小さな炎が見え、モクモクと白煙が出始めた。
「よし、煽ぐぞ!」
アリリオは上着を脱ぐと、煙を洞穴の奥に向かってバタバタと煽ぎ始めた。
「イバン、おぬしも煽いでくれ。儂とテオバルドは出てくる敵を警戒じゃ」
「わかった」
「良いか、テオバルド。しっかりと耳を澄ますのじゃ。中にコボルドが居るのなら、物音がするじゃろう。聞き漏らすでないぞ」
「わかりました」
テオバルドは意識を洞穴の中に集中する。生木がパチパチと爆ぜる音や、上着をバタバタ煽ぐ音に交じってドタバタ暴れるような音が聞こえたような気がした。
「来るぞい!」
ルカスが声を掛けると、アリリオとイバンも上着を捨てて鍬に持ち替え構えた。
「うぉ?結構多いぞ!」
煙に燻されて飛び出してきたのは、手に棒状の武器を持った9匹のコボルドだった。
コボルドはルカスに3匹、イバンに2匹、アリリオとモニカ、テオバルドの方に4匹が向かっていった。
「しまった!テオバルド、そっちに1匹行ったぞ」
2匹を同時に相手しながら鍬を振り回していたアリリオが叫んだ。
「身を守るように時間を稼いで頂戴!」
モニカも1匹を相手にしながら叫んだ。
テオバルドは、棒を振り上げ向かってくるコボルドに臆することなく、手にした白樫の棒を横に振り抜いた。
「キャイン!」
コボルドは脇腹を殴られ、痛みに声を上げたが、そのままテオバルドに殴りかかってきた。
『ゴツッ』
テオバルドも素早く白樫の棒で受ける。ヘッドの付いていない軽い柄だけなのが幸いし、直撃を避けることが出来た。
『ガツッ』『ゴツッ』『ゴツッ』
最初に一発殴ったのが効いたのかコボルドの攻撃はそれほど早くなく、テオバルドでも何とか打ち合いに応じることが出来た。
棒と棒とが何度もぶつかり合い、テオバルドが肩で息をし始めたころ、
「テオバルド、待たせたな!」
アリリオが鍬にコボルドの体を引っ掛けて引き倒す。
「エイ!」
アリリオに倒されたコボルド目掛けて、テオバルドも白樫の棒を打ち下ろす。
「そら、こっちも終わりじゃ!」
ルカスは剣を振るいながら言った。
「5、6匹だと思ってたのに、結構一杯居やがったなぁ」
「ちっとばかり数が多くて焦ったけど、みんな無事か?」
「ええ、私は大丈夫よ。テオバルドも怪我は無い?」
「ちょっと棒で擦りむいたくらいで、大したことは有りません」
「1対1で戦わせることになって済まなかったな。補助に付きたかったんだが数が多くて時間が掛かっちまった」
イバンが済まなそうに謝ってきたが、みんな複数のコボルドを相手に奮闘していたのだから仕方ないとテオバルドは思った。
「よし、後はコボルドの死体を始末して帰るとしよう。モニカ、この薬をテオバルドに塗ってやってくれ」
「OK。ほらテオバルド、肩のとこ見せてごらん?あーあ、腕まで擦りむけてるじゃない。ちょっと滲みるかもね」
「痛ってぇ!」
「我慢我慢。男でしょう!?」
「うぅ…」
そう言われては我慢するしかないテオバルドだったが、とりあえず無事に帰れそうでホッとするのだった。
アリリオはテオバルドの狩りを見て『10歳の初めての狩りにしては上出来』だとは思ったが、ダイアウルフどころか灰色オオカミにも勝てないだろうな、と感じながら帰路に就いたのだった。