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召喚の儀式【5】過去の約束


挿絵(By みてみん)

イラスト:ゆかり逝く

*************************************



 停車標識の左側に電話ボックスがあったはず!


 ボックスの中にさえ逃げ込めば、この状況から無事に生還できると思っていた。距離は大したことない。いつも練習でタイヤを引き摺ってダッシュで往復していた事を思えば、軽い従妹(いとこ)ひとりをおぶって走る事など造作もなかった。


「く、くっそう!」


 思ったより早く着いたが、そこに電話ボックスは無かった。いや、無くなっていた。コンクリートの土台だけが残され、肝心なボックスは撤去されていたのだ。


「たった6年でこれかよ!」


 携帯電話の普及で使われなくなった公衆電話は、ここ数年で随分と数を減らした。ここもそのひとつなのだろうか。バス停から歩いて10分の場所にタバコ屋があって、そこにも公衆電話があったので、ぽつんと離れた場所にある停留所の電話ボックスは老朽化に伴い撤去されていたのだ。


 それに、ゆかりが知らないのも無理はなかった。

バスに乗る事などほとんどなかったし、まだひとりで遠くへ遊びにいくような年齢でもない。


「ごめんなさい。わたし・・・」


「ゆかりちゃんはあるとは言ってない。僕があったハズだと走り出したんだ」


ーーーくそ、どうする?


 俺は焦っていた。振り向くと既に野犬に囲まれており、威嚇の唸り声をたてながら牙を剥き出している。走り出した瞬間は犬も不意をつかれ出遅れたが、すぐに追いつき相手の力を計るように周りを巡回している。


 ゆかりを背負ったままでは3匹を振り切るのは無理だ。追いつかれて噛み付かれでもしたら、もしかして狂犬病になるかも知れない。狂犬病には特効薬がなく、菌が脳に回れば必ず死んでしまう恐ろしい病気だ。近年ほとんど国内では発見されていないが、タンカーなどの荷物に紛れていたり、乗組員が持ち込む場合があるので、もしかしたらという事もある。


 なにより犬は本能的に恐ろしい。

武器が無ければ、中型犬一匹にすら勝てない。オオカミに怯えながら生活した太古の記憶が遺伝子中に残されているのかも知れないが、複数の野犬を前にすると想像以上に怖いと感じる。


 彼らにはキバという武器があり、4本の脚で人間よりも遥かに早く俊敏に動く。素手で勝つにはそういった訓練をうけた者か、格闘技の達人でなければ不可能だ。少し道場で格闘技をかじった程度では全く話にもならない。死んだ父親が獣医だったので、動物に対する知識はそれなりにあった。


 だが、方法がない訳ではない。

犬は本能的に逃げるものを追いかける習性がある。だから自分が囮になり、犬達を引き付けて逃げれば追って来る可能性は高い。しかし囮が通用せず、残された方を襲えば、弱いゆかりは急所を噛まれて死んでしまうかもしれない。


 動物には強いか弱いかを瞬間的に識別する能力がある。自分よりも圧倒的に弱いゆかりを狙う可能性もあるのだ。犬は先ず足首を狙う。そして喉に噛み付き窒息させたり、手首を噛んで行動不能にするなどを本能的に行うのだ。


 つまり、移動手段を奪ってから呼吸できないようにして、最後に武器を奪う。武器を先に奪おうとする人間とは真逆の行動であるが、集団戦闘においては実に効率的で無駄がない。まさにプロのハンターだ。


 俺は迷った。しかし、考えている時間はなかった。


「もう一度走る。しっかり掴まって」


「でも、もう足が!?」


 このとき自分は、全力で走るために下駄を脱ぎ裸足になっていた。バス停の前の道は舗装してあるが、神社から下りて来た道は砂利道だった。ゆかりを背負っての全力疾走で足の裏が無事である訳がない。皮膚が裂けて血が滲み出し、アスファルトに黒い染みをつけた。痛みで膝が震えている事が、ゆかりにも背中越しに伝わってしまいそうだった。


「着いたらしゃべってる時間はないと思うから先に言っておくよ。今から道を戻って地蔵の祠まで行く。あの祠には扉が付いていた。小さいけど、ゆかりちゃんひとりなら入れるはずさ」


「え?じゃあ、お兄ちゃんは?」


「僕はゆかりちゃんを祠に入れたら走って逃げる」


「逃げる?」


「犬は本能的に逃げるものを追う習性があるんだ。僕が村と反対側に走ればきっと追い掛けて来る。ゆかりちゃんは犬がいなくなったら村に走って助けを呼んできて欲しい。わかった?」


「でも・・」


「でもはなし。これしか方法がないんだ。迷ってる時間はないんだよ」


「本当に大丈夫なの?死んだりしないよね?」


「僕のさっきのスピードを見たろ?

ゆかりちゃんを背負ってなければ、犬なんかに追いつかれはしないよ。野球部でも一番の俊足なんだぜ?犬は汗腺がないから長距離を走るのは苦手なんだ。長距離なら人間の方が速い」


 表情は見えないけど、ゆかりの鼓動が背中を伝わりはっきりと感じられる。それに勇気付けられるように俺は叫んだ。


「じゃあ、行くよ!」


 手に持った下駄を先頭の犬に投げつけると、もと来た道をかけ戻る。祠にゆかりを入れて扉を閉めると、足元の石を拾いざま犬に向かって投げつけた。


 我ながら素早い動きだった。

格闘技でも野球でも、体を使うときの基本姿勢は変わらない。重心を低く保ち、腰を中心に大きな筋肉をメインに動かす。顔面にクリーンヒットした石は、犬を怯ませ、俺に注意を向けさせるには充分過ぎる役割を果たした。


「くそ犬ども!ついてこい!!」


 村とは反対側に走り去る俺を追って、犬どもも暗闇に消えた。


 その数分後、俺は死んだ。

 いや、このまま死ぬだろうなと思った。


 薄れていく意識の中で最後に見た風景は、河原に広がる丸い石と、徐々に赤く染まって行く視界だった。腕に噛みついていた犬は、橋から落ちたときに俺の下敷きになったせいで死んだようだ。


「父さん、母さん・・・もうすぐ会えるよ」


 死に対して恐怖心はなかった。

この時の俺は不思議なほど落ち着いていて、野犬を前に少しも怯む事なく、ゆかりの命を最優先に考えて闘う事が出来た。橋の上で追い詰めらた時でさえ、このまま死ぬならそれでイイと感じて開き直っていた。


 死後の世界で両親と会える。

その思いが、俺に安らかな死を与えようとしていた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~〜


 音が聞こえなくなってから祠を飛び出した少女は、足の痛みも忘れて村へ走った。その只ごとならぬ様子を見た人が駐在に連絡をとり、すぐに村の男達が集められて少年の捜索がはじまった。


 捜索がはじまると10分もたたずに少年は見つかった。バス停がある通りから一本奥の砂利道を北に進むと、苔むしたコンクリート製の古い橋がある。少年はその橋の下の河原に仰向けに倒れた状態で発見された。


 発見されたとき、既に呼吸は止まっていた。

腕を噛まれたまま橋から落ちたらしく、噛痕が深く刻まれた左腕のすぐ横に首の骨が折れて絶命した犬が横たわっていた。左腕の他にも噛まれた痕がいくつもあり、かなり激しく闘った形跡があると駐在の警察官が皆に伝えた。


 落下した際に岩に頭を打ち付けたらしく、顔の半分は流れ出た血液で赤黒く染まり、肌は大量出血により血の気を失なっていた。その姿を見た全員が、既に死んでいると思ったほどだ。


 救急車で病院に運ばれ緊急手術が行われた。

 全身27ヵ所に渡る裂傷。

 頭蓋骨陥没骨折に脳挫傷。

 あばら骨3本に左鎖骨の粉砕骨折。

 失血による血圧の低下と、それに伴う重大失陥。


 少年が蘇生したのは心肺停止状態から6時間後、誰もが諦め、蘇生器具も外され、救命救急センターから普通の病室に移されて面会が認められてからの事だった。


 奇跡的に命は助かったが、少年の意識は戻らなかった。心臓が6時間以上も停止していたのだ。奇跡がそんなに続く訳がない。


 しかし、少年の肉体はその若い生命力を示すかのように毎日着実に回復を続けた。骨折や裂傷などは順調に治り、腫れ上がって無惨な姿になっていた容姿も元に戻りつつあった。


 意識だけが戻らぬまま、2ヶ月が過ぎようとしていた。病室のベットに横たわる少年の傍らには、今日も少女の姿があった。少年の手を握って話しかけ、名を呼び続ける痛々しい少女の姿があった。


 しかし、少年の目が開く様子はない。

涙の跡が染み付いた頬をツウウと光が走り、ぽたりぽたりと流れ落ちた。「ごめんね、ごめんね。お兄ちゃん・・・」


 後悔の念はこの先もずっと少女を苦しませ続けた。

この事件から5年後、突然に異世界に召喚された後もそれは続いた。彼女に光明が射したのは、再び赤い月が交わる『赤合』を体験した直後だった。


 召喚の光が天之台(アマノイワト)を開いた時、少女はあるビジョンを見た。


 その後の彼女は、人が変わったように精力的に動き出した。召喚されてから籠りがちで、あまり多くの者に接しようとして来なかった彼女からすると嘘のような変貌ぶりだった。


 自ら地方に出向き、たくさんの魔族と交流を持った。人類側との戦争終結に尽力し、結果、期限こそ切られていないが、しばしの休戦協定を結ばせるに至った。


 全ては、ある目的を果たすため。

 全ては、あの約束を果たすため。

 全ては、愛するお兄ちゃんの為に。



 ここは少女が体験した過ぎ去った世界。

いくら後悔しても止まない、苦しみに満ちた過去の世界。


 そして、少女は今日も病室にいた。

傍らで眠る少年の手を握り締め、意識回復を一心に祈るその背中は震えていた。大好きなお兄ちゃんの顔を見るとどうしても涙が流れてしまい、流れ出すともう止める事は不可能だった。


「ここに居たの?」


 少女は、声がした方向に目を向けた。

妖艶な、それでいて知的な女性が優しいまなざしを向けて立っていた。


「ヨムル?」


「この少年があなたの?」


「ええ、私の愛するひと」


 少女は頷くと立ちあがった。

少年の手を握りしめた過去の自分と決別し、ヨムルと向き合うようかたちで立ちあがる。


 二人に分かれた少女の一方はそのままに、一方は成長してヨムル知る“姫城ゆかり”の姿になった。一歩踏み出すと病室に変化が起こり、暗い空間にぽかりと浮かぶ映画のスクリーンのような景色になった。


「いつから見ていたの?」


「そうね・・・呼びかけたのはあなたが神社の階段に座っていた時かしら?でもまだ障害を排除しきれてなくて戦闘中だったから、内容はほとんど見てはいないわ。見たのは犬が出てきた辺りからよ」


 ああ、あの時かという表情をしたが、ゆかりは別の質問をした。


「でも意外。ここに来るのはメリーサと一緒と思ってたんだけど、まさかヨムルひとりで来るなんて。アナタが夢渡りも出来るなんて知らなかったわ」


「ゆかり?・・・まさか、分からないの?」言いながらヨムルは直径15㌢程の珠を出した。


「メリーサはこの中よ。力を使いすぎて存在力が稀薄になってしまったから緊急退避したの。本当は私が使うつもりだったんだけどね。今はスリープモードで充電中」


 でも・・と続ける。


「あなたが分からないなんて、そんなに力を無くしてるの?」


「ええ、たぶん2割程度の力しか使えてないと思う。用意していた術式もほとんど残ってないし、想像以上の負荷があったみたい。だからここからも自力では戻れないの。アナタ達が来るのを待っていたのよ」


 それを聞いたヨムルはかなり驚いた様子だった。


「で、目的は果たせたの?」


「それは大丈夫。間もなく彼は目覚めるわ」


「でも不思議な話ね。事前に聞いていなかったら信じられない事だわ」


「どうだった?」


「アレの事?あなたの言っていた通りだと思う」


「やれそう?」


「分からない。呪いは仕掛けておいたけど、後はあなたの大好きなお兄ちゃん次第って事かしら?」


「もう、茶化さないでよ!」


 顔を赤くして膨れっ面をする。

そしてその時、スクリーンに写る少年が目覚めた。

小さなゆかりは声をあげ、大泣きしながら抱き着いた。その映像にあの時の想い出を重ね、現在のゆかりは涙を浮かべ微笑んだ。


「これで目的は果たせたわ」


「本当、鶏が先か卵が先かって話ね。異世界の因果率操作を実際にやってしまう者がいるなんて信じられないけど、でもコレは現実なのよね・・・」


「あの奇跡が私自身によるものだったなんて不思議・・・」


 過去の世界を映したスクリーンの中のふたりを優しいまなざしで見つめているゆかりは、これが見納めとばかりになかなか視線を外す事が出来ずにいた。


「これで約束をひとつ果たす事が出来た。ありがとうヨムル」


「私は何もしてないわ。頑張ったのはメリーサよ」


 手にした珠を見つめ、あの壮絶な戦いを思い出す。

禁断の究極覚醒第四形態(アルティメットバースト)まで使用して存在の力を限りなく弱めてしまったメリーサは、あらかじめ渡されていた珠を使って生命を維持している状態だ。珠に籠められたエネルギーが彼女を癒すには、まだしばらく掛かりそうだった。


「後はお兄ちゃんがこちらに来てからだね」そう言って決意をこめた拳を強く握りしめた。


「ところでゆかり、これで地上に戻りさえすれば私との契約は達せられたようなものだけど、対価は約束通りいただくけどいいわね?」


 なぜか、その言葉を聞いてびくっとしたゆかりは、少ししどろもどろになりながらヨムルを見た。


「いいけど・・・本当に血液だけよね?それ以上の事はしないわよね?」


「もちろん、血液を貰えればそれでいいわ。それ以上の事とは何を指しているのか分からないけど?」と、腕を組ながら妖しく流し目を送るヨムル。 


「そ、それは・・・あれよ。アレ・・」


「アレ?」


「その、あの・・あ、あれと言えばアレよ・・」


 あれってなあに?はっきり言ってくれなきゃ分からないわょ~などと言いながら、いじわるそうに唇を歪めるヨムルはさすがに蛇王だ。艶やかさが半端ではない。同性ですらドキリとするその雰囲気に圧倒され、恥ずかしさで真っ赤になったゆかりはタジタジという感じだった。


「心配しなくてもいいわ。私が欲しいのはアナタのお兄ちゃんの血液。知っての通り、私の一族は人間の男児からその魂の一部分を貰い子孫を残す。相手の力が強ければ強いほど立派な子を成す事が出来るの。あなたのお兄ちゃんは史上最強にして最後のアダムとして召喚されるんでしょ?子孫を残す相手としてこれ以上の存在はないわ」


「う、うん。それは前にも聞いたし、分かってるけど・・・」


 今回の計画にヨムルを引き入れる際、子づくりに関する事は承諾している。血を貰う事は精子を提供させる事とは異なるから、心配している事は起きないと言うので許したのだが・・・


 この妖艶な魔王が本当に約束を守ってくれるのか不安になって来た。お兄ちゃんを誘惑したりしないか心配で心配で、それこそオチオチ死んでなどいられない気分になる。


「本当に血液だけよ!約束だからね!」


「私はそのつもりよ。でも彼が私を求めるなら話は別」


 フフフと艶かしく笑みを浮かべ、チョロ、チョロと蛇の舌先を覗かせる。値踏みをするような目が彼女の大切なお兄ちゃんを見ていた。


「ダメ!絶対にダメよ、ヨムル!!

お兄ちゃんに手を出したら許さないからね!!」


「だから、私からは何もしないって言ってるでしょ?」


「でも、その言い方だと・・・」と、言いかけた言葉をアニメ声がさえぎった。


「その話、メリーサちゃんにも権利があると思うのよネ!」


 珠から飛び出したモコモコ頭の両側にくるりと巻いた角を生やした金髪美少女は、誰に向けてかキャハっとウインクし、下げた両方の腕で豊満な胸を挟み、それを強調するかのようにポヨンと跳ねてからクルリと一回転してポーズを決めた。


「あら、目が覚めたのメリーサ?」


 会心のポーズをキメてご満悦な美少女アイドル(自称)は、向き直ると妖艶な美人秘書といった風体の女魔王にビシッと指を突き付ける。


「抜け駆けは無しだよ、ヨムルちゃん!」


「抜け駆けも何も、はじめから決まっていた事よ。契約内容の確認をクライアントとしていただけだわ」


「そう?まぁ契約が何かあたしには関係ないもんね。でも今回の報酬の権利は主張させて貰うよ?」


 ピョンピョンと跳ねて四肢の回復状態を確認しながら、まだ回復しきれてない部分に呪文を唱え手当てをはじめた。小さなキズが肌の表面を埋め尽くしていたが、あっという間に消えて耀きを取り戻して行く。夢魔のメリーサは夢の中では無敵に近い存在だ。体力さえ戻れば回復力も桁違いに速い。


「そうね。あなたは頑張った。それは私も評価しているわよ?」


「でしょ?でしょ?じゃあヨムルちゃんは反対しないって事でOK?」


「ん~、ま、OKかな?」


 ヘヘーンと得意気になってゆかりに向き直り、片目をつむってニッコリと笑った。


「って事だからさぁ〜、アタシもお兄さんの子種を貰う事にしました〜。だから、よろしくね、姫ちゃん?」


 宜しくと言われた内容に飛びはねるように反応したゆかりの腕は、ガタガタと震えて激しく動揺していた。


「な、な、な、何を言ってるの?

子種だなんて、冗談にしても笑えないわよメリーサ?」


 メリーサの言葉の意味を頭の中で想像する。

裸のメリーサがお兄ちゃんに迫り、そのまま重なるようにベットに倒れ、ふたりは熱く絡みつくように・・と、そこまで想像しただけでボブっと音をたてて頭が爆発した。


「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ!!お兄ちゃんは、お兄ちゃんの貞操は私が守らなきゃ!メリーサ!お兄ちゃんにエッチな事したら絶体許さないからね!」


 ネ!ネ!だからお兄ちゃんには・・とお願いのポーズをして、他のものなら何でもあげるから、あ、そうだ、私の秘蔵のコレクションの中からあれをあげるわ、あれ欲しがってたじゃない。ね、それで・・・と頼み込む。


「えーっ、そんなのずるいよぉ。そしたらヨムルちゃんの独り勝ちじゃん?つり合いが取れないよ!」


「え?なんで独り勝ち?」


「姫ちゃんのお兄さんは史上最強なんでしょ?その能力を引き継で生まれた子は間違いなく魔族最強になるよ。魔族、いえ全世界の覇王となることが約束されてるようなモノじゃない?その覇王の母としての地位をヨムルは狙っている。よね?ヨムルちゃん?」


「フフ、その通りよメリーサ。あなたも馬鹿じゃなかったって事かしら?」


「ヨムル、それはどういう・・・?」


「事情を理解してないのはゆかりだけみたいね。いいわ、教えてあげる」


 そういってヨムルは腕を組み直すと、不敵な笑みを浮かべながら語りはじめた。


「メリーサがどこまで知ってるかは分からないけど、私の一族は女媧(ジョカ)の末裔。創世に纏わる最も古き神に列なる聖なる一族よ。それが力を奪われ地上に落とされたのは、今より2億年以上前と伝えられている。誇り高き我ら一族が魔族などに身をやつし、ましてや人類側の勇者に怯えて生きるなど屈辱という他に何ものでもない」


「2億年前?あの門番が言っていた時代と重なるねぇ」


「そう、あの双頭の犬が言ったことを聞いて、一族に伝わる凶事が真実であったと証明できたわ。そしてゆかりが言っていた事もあり得ると思ったの」


 口を挟んだメリーサに向かい、ヨムルは話を続ける。


「私達は全員が女性で生まれ、男性が出現しないのはなぜだと思う?それは2億年前に呪いを受けたからよ。力を取り戻すすべを封じられた我らは、ただ力を持つ人間の男が現れるのを待つしかなかった。ここまでなんとか繋いで来れたけど、種としての劣化を防ぐに精一杯だった。計画に協力するよう持ちかけられた時、ピンと来たわ。我が一族の悲願を果たす絶好の機会だとね!」


 二人を眺めるヨムルの態度は、ゆかりが知るモノとは違っていた。これが魔族の本性なの?危険な香りがする漆黒のオーラが滲み出し、自分の精神世界だというのに威圧感さえ感じる。


「ゆかりの想い人は史上初の完全召喚パーフェクトリングでこちら側に来る。ゆかりの言葉通りなら、間違いなく全世界最強だわ。その魂と融合できれば、私の子は先祖帰りを起こして神としての力を取り戻すことが出来るかも知れない。たとえ神に戻れずとも、最強の能力者となるのは間違いない。私達の寿命は長い。この先数千年は、我ら一族の支配が続く事になるでしょうね」


 フフフと笑いながら目を細め、ただならぬ妖気を漂わせるヨムルに圧倒されか、ゆかりは一歩二歩と後ずさりながら驚きの声を上げた。


「あなたがそんな計画を立ててただなんて知らなかった!私には一言も言わなかったじゃない!」


 行き遅れになる前に子どものひとりでも欲しいのかな?程度にしか思っていなかったゆかりは、ヨムルの壮大?な計画を知ってなんてしたたかな女なのかしら!と舌打ちをした。


「そんなところだろうと、このアタシにはすぐに分かったけどね!」


 ゆかりは「え?気付いてたの?」と、見たところおちゃらけ美少女アイドル系羊娘に、侮れぬヤツと低く唸ってみた。


「ヨムルちゃんの一族が神の末裔ってのは初耳だったけど、あたしの一族だって超名門だよ?四大精霊の起源種、カオスエレメンタルがあたし達の先祖だからね。三元世界の一翼、神霊界の創造神によって直接創られた最高位のエレメンタルだよ?まあ、元神様ってのには少し劣るかも知れないけどさぁ」


 フツと挑戦的な笑みを浮べ、メリーサは続けた。


「あの事実を知ってしまったからには姫ちゃんに協力するのもやぶさかではないけど、同じ協力者のアタシがヨムルちゃんとそんな差をつけられては一族の長として了承する訳にはいかないヨ!アタシもお兄さんから子種を貰って、ヨムルちゃんの野望を阻止するから!蛇族の独壇場にはさせないってのっ!」


「あなたの子では逆立ちしても私の子に勝てないわ」


「確かにそうね。でもそれは一対一の場合でしょ?」


「どういう意味?」


「知ってるよ!ヨムルちゃんたち一族は生涯に1度しか子が産めない。対してアタシは何度でも子供が作れるのさ!今までピンと来た相手が居なかったから作ってないけど、その気になればジャンジャン産んで大量生産できるんだよネ!」


「ちょ、何言い出すの!?お兄ちゃんを何だと・・・」


「蛇王直系の一部の蛇族は、確かに驚くほど強いけど、数では圧倒的にアタシたち一族の方が上。いくら強くても数で圧されたらどうだろう?ジャンジャン子種を貰ってジャンジャン産めば、最終的にこの世界を支配するのは夢魔になると思わない?」 


 勝ち誇りドヤ顔のメリーサ。

対するヨムルは余裕の笑みを返した。


「そんな事させると思う?一度は報酬として許してあげるけど、その後も彼があなたの相手をしてくれるとは限らないわよ。私の女子力を侮らない事ね!」


 一度でも私と交われば、他の女に興味を持つ事など有り得ないの!などと言い放ちシナを作るヨムルに対し、メリーサもセクシーポーズを作って挑発を返す。


「なにを言ってるのかな?ヨムルちゃん!

随分とご長命の年増美人より、このピチピチの若くて可愛いメリーサちゃんの方がイイに決まってるじゃないのさぁ!それに夢魔にテクニックで勝とうなんてムリムリ、ぜ〜たいに無理!!」


 なにを~!

 やるか~!


 と、腕捲りしながらバチバチと視線をぶつける二人に、ぶちキレたゆかりの声が割って入った。


「あなた達、いったい何の話をしてるの!!」


 ぐわわん、と空間が歪み出す。


「さっきから聞いてれば、お兄ちゃんを何だと思ってるの!」


 ダン、ダン、ダンと地短打を踏むと、空間が激しく揺れ出し、ビシッビシッと亀裂が走る音があちらこちらから聞こえて来た。


「わ、わ、わ、ひ、姫ちゃん落ち着いて!」

「れ、冷静になりなさい。ゆかり!!」


 ふたりの悲鳴に近い叫びが交差するが、ゆかりはもう止まらなかった。


「冷静になんてなれる訳ないでしょう!

私の大切なお兄ちゃんを種馬みたいに扱うなんて!絶対に許せないわ!!」


 ゆかりの怒りに呼応するかのように空間が歪み、三人が立っていた地面が荒波に揉まれる小舟のように激しく揺れた。両名は立っていられれなくなって、ついに空中へと飛び上がった。


「わかった。わかったから落ち着いて!」

「今ここが崩壊したら流石のメリーサちゃんでも帰るのは無理だよぉ!ヤバい!まじヤバいって!もう、緊急事態だってば!」


「ゆかり!このままお兄ちゃんに会わずに終わるつもり?お願いだから気を沈めなさい!」


 ふたりの懸命な呼びかけに、苦虫を潰すような表情でなんとかぐぐっと踏みとどまると、ゆかりは泣き出しそうになりながら涙目で訴えた。


「約束してよぉ。お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなの!血液があればイイって言ったじゃない。それ以上は絶対にダメ!子供を作るのに協力させるってだけでも本当は凄く嫌なのにぃ!」


 怒っているのか泣いているのか分からないような支離滅裂な表情でわめく少女をなんとか宥め落ち着かせた二人は、声を揃えて誓いを立てた。


 子作りするのは1回だけ。その後はお互いがお互いを見張り、ゆかりを悲しませるような事にならないよう努めるという言葉に一応の納得をしてここはおさめる事になった。


 しかし、ゆかりは知らない。


 誓いを立てながら、見えないところでコッソリと舌を出した二人の姿を。特にメリーサなどは「あたしはヨムルちゃんと違って血液じゃ子供は作れないからさ。現物支給でしっかり貰うよん!」と下腹に手を当て小声で呟いていた。






~~~~~~~~~~~~~~~~~



「さあ、帰りましょう。時間がないわ」


 ヨムルがそう言って移動をはじめる。

続く二人は、すぐに合流して一繋ぎとなった。


「大丈夫なの?かなりの時間ここに留まっていたと思うけど?」


 ゆかりは不安そうな顔でヨムルに尋ねた。


「心配しなくていいわ。メリーサが保険をかけていたみたいだから」


「保険?」


「うん。予定より時間が掛かってしまった場合の用心に、入る時に仕掛けた術式を発動させると入ってから10分後の時間軸に戻れるよう細工をしておいたのさぁ。細工を施した地点まで移動すれば後はなんとでもなるよ!」


 いろいろ妄想して上機嫌のメリーサは、史上最強のお兄さんとどんな感じのエッチをしようかなぁ〜などと考えながらそう答えた。


「へえ。それは凄いね。時戻し?」


「違う、違う。そんな超難度の神級の術はメリーサちゃんにも流石に無理。この術は精神世界だから出来る領域限定術式なんだぁ。精神世界は現実世界とは異なる時間軸に存在してるからね。まあ説明すると長くなるし、私だけが使える特殊固有能力だから」


「まあ、私の『同調ユニゾン)』や、『臨界突破覚醒(バーストドライブ)』みたいなモノね。固有能力(ユニークスキル)を説明するのはかなり難しいわ」


「へぇ、そういうものなんだぁ」


 三人は空を飛ぶように移動している。

大きな両開きの扉がついた巨大な門の横を速度をゆるめず飛び去ろうとする3人は、ゆかりを中心に左にヨムル右にメリーサが手を繋ぎ、横一列に並んだ状態で上層域を目指していた。その門の前には、黒い3㍍超えの犬だか狼だかが踞り合って眠っているのが見えた。


「戦闘の跡も無くなってるわね?」


「ありゃ?あの犬っころも復活しちゃってるヨ!ぶっ殺して消滅させた筈なのになぁ。まぁ大きさは随分とかわいくなっちゃってるけどねぇ」


 3㍍を超える大きさを可愛いとは、元はどれほどの大きさだったのだろうか。ゆかりは、二人が本当に無理を推して助けに来てくれたのだと感謝すると同時に、この辺りに仕掛けた術式が機能不全を起こして凍結しているのを確認した。


 回収しておくべきかどうかを迷ったが、破壊されているのではなさそうなので放置する事にする。どうせ、自分が消えれば術式も消えるのだ。回収している時間はないし、その為のエネルギーも節約したかった。


「あの門番は、システムの防御プログラムの一部なのでしょうね。それらしき事も言っていたし」


「ここは一方通行だ。資格なき者は引き返せって言ってたね?資格があれば通すって事なら、姫ちゃんなら通れるって事かな?」


 メリーサは、ゆかりの頭越しにヨムルに話し掛けている。


「いえ、違うと思うわ。あの門番は、二億年守り続けし不通門がお前達ごときに開けられるものか!とも言っていた。ということは過去に一度も開いた事がないという事でしょう。召喚者が資格者で、開ける事が出来るならそうは言わないと思うわ」


 蚊帳の外のゆかりは、自分の名が出た時に話を振られるかと思ったのだが、全くそんな様子もない。あーでもない、こーでもないとお互いの意見をぶつけ合うふたりに「あれ?こんなに仲が良かったかな?」と不思議に思うとともに、先ほどの扉の件でどうしても聞きたい事があって割って入る事にした。


「お二人で盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、聞いてもいいかな?」


「なに?姫ちゃん。遠慮がちに」

「なに?ゆかり。あらたまって」


「いやね。ふたりがそんなに仲が良かったとは知らなかったし、むしろ私が間に入らないとギクシャクするんじゃないかと心配していたのに、意外な展開にちょっと驚いちゃってさ」


 えへへ、無駄な心配だったねと鼻先を指で撫でてから話を続けた。


「先ほど、門番を倒して扉を開けるみたいな事を言ってたけど、どうしてそんな事を?」


 ああ、その事かと説明しようとするメリーサを制し、ヨムルが話し出した。


「メリーサでは主観が入ってしまうだろうから、私が説明するわ。分析は苦手でしょうし」


 え~っ、なんでさぁ~、あたしのかっこいいところを姫ちゃんにも聞かせたかったのに~とブツブツ言うのを無視して、


「もう、振り返っても見えないけど、先ほど横を通り過ぎたあの門をはじめて見た時、私達はゆかりが扉の向こう側にいると勘違いしてしまったの。メリーサは天敵の姿をした門番に反射的に敵意を向けた。それはユニゾン状態で感覚を共有していた私も同じだったんだけど、敵意に対し同様に敵意を返す門番によって、周り一帯は殺気で埋め尽くされたの。ちょっと聞くけど、ゆかりは門の前にいたモノがどう見えた?」


「え?犬でしょ?メリーサも犬っころって言ってたし?3匹の大きな黒い犬が重なりあって寝ていたわ。とても嫌な感じだった」


 なるほどね。と頷き、ヨムルは話を続けた。


「ユニゾンを解いた状態になった私にはアレは数億匹のナメクジが重なりあって蠢き、ひとつになってる巨大ナメクジに見えたわ」


 それを聞いて、うひぃ気持ちワル!と呻くふたり。


「メリーサの狼、ゆかりの犬、私のナメクジ。見え方が違うのはなぜだと思う?それは、アレがそれぞれの苦手なモノの姿になり、近付き難くしていたという事でないかと思うの。それでも近付く者は敵とみなし廃除する。すぐ復活してたり、周辺の物まで何事もなかったかのように元通りだったのは、ここが精神世界に酷似した超空間であったとしても不自然なのだけど、そういうシステムだと考えれば合点が行くわ」


「で、どうして扉の向こう側に私がいると?」


「それは、姫ちゃんと同じ気配が向こう側にもあったからだょ。門番倒してから必死に扉を押してみたんだけど、びくともしなくて、途方にくれてたらもうひとつ姫ちゃんの気配があるのに気づいたの。そして、そちらに行ってみたら見付けたってワケ」


「そう。門番がいた時はアレの殺意が強すぎて感知できなかったんだけど、殺意が消えた事でゆかりを感知する事が出来た。だからあの戦闘が無駄だったって訳でもなかったのよ」


「門の向こう側に私と同じ気配があったって本当?」


「ええ、間違いなく」

「勘違いとかじゃないよ!」


 ゆかりは難しい顔をしてしばらく考え込んでいたが、この機を逃せば話せなくなると思い心を決めた。


「あなた達を女と見込んで話しがあるわ。私がこの3年間で何をしていたのか教えてあげる」


 ふたりの顔を交互に見てから、ゆかりは己が懐いた計画の全貌を話しはじめた。もちろん全てではないが、今の段階で話せる内容だけでも魔王という立場にある者にとっては充分過ぎる程に刺激的な話であったに違いない。


 驚愕の内容に体の震えを隠せないふたりは、時折ごくりと喉を鳴らしながら聞いていたが、話が進むにつれ頬が高揚し、赤みを帯びて来ているのが分かる。


 驚きと興奮が入り交じったその表情に手応えを感じながら話を締め括ると、ゆかりは自らの心臓にいきなり手刀を突き立て、手首まで深々とめり込ませた。胸から鮮血が飛び散るさまに驚く二人の視線を感じながら更に深く手首を挿し入れると、その内側から眩い光が溢れ出す。


「見せてあげるわ。噂だけで、今まで誰も目にした事のない伝説の秘宝を。これが『賢者の心臓』よ!」




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