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召喚の儀式【4】夢の終わり


 このとき私は幸せだった。

大好きなお兄ちゃんにお姫さまダッコをしてもらい、花火を一緒に見る事が出来た。ゆっくりと降ろしてもらった時に互いの頬が触れそうになって、目が合うと、お兄ちゃんの顔は赤くなっていた。自分の事を意識してくれていると思うと、恥ずかしかったけど嬉しかった。


 お父さんとお母さんを交通事故で亡くした可哀想なお兄ちゃん。7月に姫城の家に来た時のお兄ちゃんは話し掛けてもほとんど反応がなく、ごはんも少し食べるとすぐ戻してしまい病的なまでに痩せてしまっていた。


 親を亡くした悲しみを自分なら解ってあげられる。

そう思ったけど、本当のところはどうだったろうか?自分にも父親がいなかったけれど、ものごころ付いた時からいなかったので、死に別れたという感覚は全くなかった。父親の顔は写真でしか見たことがなく、声も温もりも自分は知らない。


 自分が4歳の時に、お兄ちゃんに遊んでもらった時の事は全てではないけれど覚えている。お兄ちゃんが東京に帰ったあとも母さんにわがままを言って電話を掛けてもらい、電話口に呼び出してもらっては何度かお話をした。


 6年ぶりにお兄ちゃんが売木に来ると知った時は本当に嬉しかった。でも、久し振りに会ったお兄ちゃんが私が知るあのはにかむような優しい笑顔を見せてくれる事はなかった。


 まるで別人のような虚ろな目。

お兄ちゃんは日に日に痩せていき、このままでは本当に死んでしまうのではないかと思った。そう思った時、急に怖くなった。


 お兄ちゃんが死んでしまう。

 お兄ちゃんが私の前からいなくなる。


 私は泣いた。

 死なないでと泣きながら、お兄ちゃんに抱きついた。

 いくら泣いても涙は止まらなかった。


 どれ程の時間が過ぎたのだろう?

 泣いて、泣いて、泣き疲れていつの間にか眠ってしまったようだった。目が覚めた時、お兄ちゃんが目の前にいた。肩にはタオルケットがかけられていて、お兄ちゃんは膝を抱えた格好で隣に座っていた。 


 目が合うと、そこにはあの優しい笑顔があった。

 私は泣いた。自然に涙が溢れて来た。


 死なないから。死んだりしないから泣かないで。

そう言って私の肩を優しく抱いてくれたお兄ちゃん。


 嬉しくて涙が出て、どうしても止まらなかった。


 次の朝からお兄ちゃんはごはんを食べた。

 おかわりをして、皆が驚いた。


 8月に入る頃には、お兄ちゃんはよく笑う普通の少年になっていた。村の歳の近い男の子達と一緒に遊ぶようにもなった。


 お兄ちゃんは東京の中学では野球部だったらしい。

かなり上手で、夏休みに入ってからは毎日のように村の男の子達が草野球の助っ人として誘いに来た。足がとても速く、外野が少しでも捕球にもたつくと、あっという間にホームインしていた。小学生の時に格闘技をやっていただけあって、反射神経も良かったように思う。


 元気になってくれたのは嬉しいけれど、誘われて嬉しそうに出掛けて行くお兄ちゃんを見ると、大好きなお兄ちゃんを村の男の子達にとられたような気分になっておもしろくなかった。自分との時間が減ってしまった事への不満を、お兄ちゃんに直接ぶつけた事もあった。


「私のお兄ちゃんは私だけのものなのに!」


 そんなある日の夕暮れ、叔父さんとお爺ちゃんが仏間で話しているのが聞こえた。お兄ちゃんを姫城の家の者にするという話だった。叔父さんの養子にして姫城の家を継がせると言っていた。


 養子うんぬんの話はよく分からなかったけど、お兄ちゃんがこのままずっと一緒に居てくれるというならこれ以上嬉しい事はない。その話を仲良しの美代ちゃんに話してみた。


「ええっ!それって、姫とお兄さんが結婚するって事じゃないの!?」


「け、結婚!?」


「だって、お兄さんが養子に来るって言ってたんでしょ?」


「うん、お爺ちゃんと叔父さんが養子に迎えるって話してた」


「決まりだよ!もう決定事項だよ!

 ああっやっぱり姫はすごいなぁ。許婿がいるなんてさ!」


「でも叔父さんの養子になるって・・・」


「養子になるってのは男が女の家に嫁ぐって事だよ!」


「そうなの?」


「そうだよ!私のお父さんも養子だけど、田中から木村になったんだ。お兄さんと歳がつりあうのは姫城さん所には姫しかいないじゃん!」


―――結婚?ほんとに?


「ああ、いいなぁ~。姫が一番乗りかぁ~」


 やっぱりなぁ~、姫だもんなぁ~、

 くぅぅ先を越されたぜぇ!などとひとり盛上る親友。


 その後、私に婚約者が現れたという噂が村中に拡がるのに時間はかからなかった。それこそ瞬く間に知れ渡り、どこに行っても婚約おめでとうとか、何歳で入籍するの?とか聞かれた。


 その度に、まだ決まった訳じゃないんだから勝手に盛り上らないでよ!と友人達を嗜めるのだが、当の本人が一番舞い上がっていたので効果はなかった。


 結婚かぁ、私とお兄ちゃんが?

 きゃ~っ、恥ずかしい~!!


 親友の美代ちゃんと話してからは、もう頭の中は結婚の事でいっぱいだった。人目がなくなると独り言をつぶやいては「きゃぁきゃぁ」と顔を赤らめては跳び跳ねて騒いでいた。


 かと思えば、真剣な顔付きになって、

「結婚するなら呼び方はお兄ちゃんじゃまずいわね?『あなた?』いえいえ、まだ結婚してないんだからこれは早いわ。じゃあ、『タクヤ?』駄目!いきなり呼び捨ては生意気だと誤解されるかも!『タクヤさん?』これもいいけど、しっくり来ないわ!


『タクヤちゃん』うん、これなら行けるかも!

“お兄ちゃん”から自然に”タクヤちゃん”にして、私が中学生になってから籍を入れるまで“タクヤさん”でいこう!

うん、さすが私だわ。完璧なプランね!」


 などと、ご満悦な笑みを浮かべ、明日からはじまる夏祭りでどこまで自然に自分を意識させるかの作戦を練り始めた。




 花火大会の終了を告げるアナウンスが、静寂を取り戻した夜空に響き渡る。テントをたたみ、撤去作業をはじめる出店があちらこちらに見えはじめ、3日間続いた村祭りがこれで本当に終わったのだという事を感じさせた。


 永遠に続けばいい。そう思った幸せな時間は花火とともに終わってしまった。でも、私の隣には消える事なくお兄ちゃんが寄り添っていてくれている。地面に降ろされて立ち上がると、足の親指の間に痛みが走った。履き慣れない草履ではしゃぎ回ったので、鼻緒に接している部分が摩れて炎症をおこし、少し皮膚が剥けてしまっていた。


「うわっ、痛そう~!」


 急にしゃがみこんだ私の足元を見て、お兄ちゃんも何だか痛そうな顔をしている。


「そんなになるまで我慢する事なかったのに!なんで早く言ってくれなかったのさ?」


「だって、さっきまではそんなに痛くなったんだもん。それに、分かってたら帰るって言ったでしょ?」


「そんなの当然だよ!」


「ほらね。だから言わなかったの。帰ったら二人で花火見れないじゃない」


「花火を見る為に我慢してたの?」


 もぅ信じられないよ。どんだけ花火好きなんだよぉと言いながら草履をゆっくりと痛くないよう脱がしてくれる。


 お兄ちゃんは分かってない。

私は花火が見たくて我慢したのでなく、ふたりで花火を見たくて我慢したのに・・・


 そこのところの乙女心が分かんないかなぁ。と、ぶつぶつ呟いてふくれ面をしていると「もう、ゆかりちゃんには振り回されっぱなしだよ!」と呆れたように、しかし優しく微笑みながらお兄ちゃんは背を向けてしゃがみこんだ。


「ほら、おぶってあげるから帰るよ」


「うん・・ごめんなさい」


「別に謝らなくていいよ。ゆかりちゃん軽いからこんなの何でもないさ」


 その後、ふたりは山道を下って行った。


 神社の石段は急で手摺もない。

お兄ちゃんも下駄を履いていたし、人をおぶって降るには危険過ぎる角度だった。数段降りてみたけど、苔が生え、ともすれば滑りやすい石の長い階段をバランスを崩さず降りきるのは不可能だと判断した。私が階段を使わなくても山を降りれる裏道があると告げると、お兄ちゃんはそちらのルートで帰る事を選択した。


 この選択があの悲劇のはじまりとなるとは、この時の二人には知るよしもなかった・・・




―――だめ!!そちらに行っては駄目なの!!

―――引き返して!!


 その叫びが届く事はない。

これは既に起こってしまった過去の出来事なのだから。





「ねぇ、タクヤちゃん。聞いてもいい?」


「なに?」


「タクヤちゃんは姫城になるの?」


「ああ、その話しか」


 二人は、神社の裏手からバス停の手前にある地蔵のところに抜ける山道をゆっくりと下っていた。


「何でか知らないけど、村では凄い噂になってるよね」


 その噂を流した張本人を私はよく知っている。


「人づてに広がるうちに、僕とゆかりちゃんが結婚するみたいな話しになっちゃってるみたいだけど、困っちゃうよね」


 ハハハと笑うお兄ちゃん。


「え?違うの?」


「うん。確かに、養子の話しはここに来るとき電車の中で叔父さんから聞かされた。考えてみてくれってね?」


「それは結婚とは違うの?」


「ハハハ、違う、違う。考えてもみてよ。江戸時代ならともかく、僕らはまだ子どもだよ?家を継がせるために未成年を結婚させるなんて事がある訳ないじゃないか」


「じゃあ、どういう・・・?」


「ほら、叔父さん夫婦には子どもがいないだろ?だから叔父さんのところに養子に、つまり叔父さんの子どもになれって事なのさ」


「叔父さんの子どもに?」


「姫城の叔父さんも、お爺さんも頭が古いよね?姫城家にはゆかりちゃんもいるんだから、将来ゆかりちゃんが結婚する相手に養子に来てもらえば、それで家は守れるんじゃない?だろ?」


 おぶられている私にはお兄ちゃんの表情は分からない。

 今、どんな顔をしているの?

 困ってたって・・・迷惑していたの?


「じゃあ、お兄ちゃんが姫城になるって話しは・・・」


「うん、それはまだ決めてはいないけど、ないんじゃないかな?」


 私は馬鹿だ。

勝手に想像して、勝手に盛上って、勝手に浮かれて・・・

お兄ちゃんは私の事を何とも思ってなかった。噂に迷惑してたんだ。馬鹿な私、ひとりではしゃいで、迷惑掛けて・・


 ほんとうに馬鹿・・・


「あ、ほら、バス停が見えて来たよ。あの外灯の近くがバス停だよね?」


 急に押し黙ってしまった私に気遣いながら、お兄ちゃんが優しく話し掛けて来た。でも自分はバス停の光を見る事が出来なかった。今までのことが思い出される度に、馬鹿な自分への後悔が胸を締めつけ、自然に涙が溢れ前を見れなかった・・・



 バス停のところからなら姫城の家までは徒歩で20分くらいだ。もうすぐこの祝福の時間は終わってしまう。お兄ちゃんが自分の事を何とも思ってなくてもお兄ちゃんを好きでいよう。姫城の家からいなくなってしまっても、ずっと、ずっと好きでいよう。そんな事を考えていたら自然に涙がこぼれ落ちて止まらなくなった。おぶって貰ってるから涙をぬぐうのが難しい。


 バス停に着いたら降ろして貰おう。

 少しくらい痛くても歩いて帰れるから・・・



 地蔵さまの祠の横を通り過ぎた。

バス停とはもう目と鼻の先。でも何かがおかしい。灯りが近づくにつれ違和感の正体に気付いた。例年なら祭り最終日のこの時間には、20人からの隣村から来た人達が帰りのバスを待っているはずだ。なのに今日は誰一人いない。


 嫌な予感がした。長い休みの前に全校生徒を校庭に集め、校長先生がいつも言うお決まりの言葉。


「夜のバス停には近づいてはいけない」



 それは、村の子ども達なら誰でも知っている事だった。この辺りの廃屋や納屋には野犬が住み着き、最近また数を増やしているという話は村人なら誰でも知っている事だった。でも、今日は祭の最終日。夜遅くまで人の出入りがあるから、町外れのバス停を通るルートは大丈夫なはずだ。花火の音を恐れ、野犬も今日は出て来たりしない。そう思い込んでいた。



「グルルルル」


「きゃぁ!」


 獣の唸り声に反射的に悲鳴をあげた。

それに反応したのか、納屋の裏影から2匹の犬が姿を見せた。野犬を見たのは初めてだったが、思ってたよりもずっと大きく強そうに感じた。2匹はゆっくりと威嚇しながら近づいて来る。


「3匹か・・・」


 お兄ちゃんの声が聞こえた。

近づいて来る2匹の後ろにもう1匹見えた。怖くて怖くて震えが止まらない。


「お、お兄ちゃん・・、こ、怖い」


 お兄ちゃんの浴衣の肩をぎゅっと強く握りしめた。温かく大きな手がその強く握りしめた拳をそっと包んでくれた。


「たしかバス停の横に公衆電話のボックスがあったよね?」


 お兄ちゃんの手から伝わる温もりが、叫び泣き出しそうな心を寸手のところで繋ぎ止めてくれた。


「あ、あったかな?使った事ないから・・」


「小学生のとき来た時はあった気がする。あの時は携帯電話を持ってなかったから、あそこから父さんが電話してたから」


 意外に落ち着いているお兄ちゃんに驚くとともに、その声を聞いて恐怖感が少し和らぐのを感じた。


「お兄ちゃんは怖くないの?」


「怖いよ。むちゃくちゃに怖い」


「でも・・・」


「カラ元気ってヤツだよ」


「カラ元気?」


「死んだ父さんの口癖さ。

男たるもの、好きな女の前で決してびびるな振り向くな!ヘソにグッと力を込め、気合いと根性とカラ元気で乗りきれ!ってね?」


「え!?」


「いいかい?ゆかりちゃん、よく聞いて!

僕は、君を背負って電話ボックスまで全速力で走る。着いたら警察か姫城の家に電話するんだ」


「え?今、好き?え?え?」


「時間がない!

いつ犬が飛び掛かって来るかわからない。振り落とされないように、しっかり捕まっていなよ!」


 いきなりお兄ちゃんは走り出した。聞き直したかった事があったけど、しがみつくのに必死でそんな余裕はなかった。


 速い!本当に速い!これが痩せて細身の男の子の脚力なのかと信じられない程に速い!まるでバイクか馬にでも乗っているかのように、風を切る音が普通じゃなかった。


「すごい!凄いよ、お兄ちゃん!」


 みるみるバス停が近付き、あっと言う間に到着した。

 と、ここで唐突に視点が変わった。お兄ちゃんが体験したこの時の気持ちが私へと流れ込んで、自分の記憶と重なり出した。


 理由はすぐに分かった。複数に分けて飛ばした私の心が、やっとお兄ちゃんに繋がるルートを見つけたんだ。きっと近くにゲートがある。はっきりとした場所までは特定出来ないけど、確実に捕える自信はあった。


―――ああ、なるほど・・・これが始点だったんだ。

私たちの運命はここから重なりはじめたんだね・・・


 異世界に来てからずっと、孫くんと一緒にして来た努力が実った事に安堵しながら、私はお兄ちゃんと同化して繋がって行く感覚に幸せを感じながら身を委ねていった。ここから先は私の意識は邪魔になる。裏側から支えるように、お兄ちゃんをサポートしよう。


 残された僅かな時間を愛する人と共有できる喜びが、私に勇気と力をくれた。きっと成功する。これで私の人生は無駄にならない。たとえ消えても、お兄ちゃんの中に想いは残る。


 さぁ、私の心臓・・・最後のお仕事をしましょう。あなたに全てを託す。あなたは私になり、お兄ちゃんの心になるの。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。明日は父の見舞いと母の介護が重なりまして多忙になるため、更新をお休み致します。月曜日より『毎日更新』を再開します。


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