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動き出す世界【7】複合共同生命体

 今まで自身が持つ運の良さを疑った事はなかったが、今回は流石に無理だと半ば諦めつつ、それでも助かった事にあらためて驚嘆しながら感謝していた。何に感謝したのかと言えば自分にである。彼は神の使徒を名乗るハイエルフの一族でありながら、無神論者に使い精神構造をしていた。


「あいててて。あちこちぶつけて体中アザだらけだ。今のはマジで死ぬかと思った・・・」


 体中のホコリをはらい落としながら、周りをぐるりと見渡してみた。ここ以外の場所は、壁といい床といい超高熱で焼かれた惨たらしい痕跡があり、爆風により破壊された天井の破片がごろごろと床に散乱している。少し踏み出しただけでヒビだらけの床がガラガラと崩れ、落ちた瓦礫は巨大な縦穴の底へと消えて行った。


 空から陽の光が射し込み、充満する煙の中を幾本ものスポットライトのように光線となって通過していて、幻想的な廃墟の景色を作り出していた。


 基地内に侵入した襲撃者を撃退しようとした結果、アビスにおける地上の監視と、星の核力の調整をしていたこの施設は完全崩壊した。どこを見ても動く者の姿はなく、自分以外の生命反応も感じられない。


 ひとり奇跡的に生き残ったその男は、おかっぱ頭の両端より長く突き出した耳をだらしなく下げ、標準より少し離れた小さめの目をぱちくりさせて状況確認を急いでいた。床の状態からして、のんびりと構えていられる状況ではない。一刻も早くここから脱出し、二次爆発を避けて遠くに避難すべきだと考えていた。


 彼の名はコップス。ぽっちゃり兔が大好きな、少し変な性格をした問題児である。彼はヨムルを解体したあと自室に戻り、ベッドに横になった。するとサイレンが鳴り、侵入して来たのは赤い髪をした女だと知らされ、非戦闘員はシェルターに避難するよう指示が出た途端に部屋を飛び出し、なりふり構わわす地上を目指した。


 その判断が正しかった事は彼が生き残った事でも証明できるが、理由はそれだけではない。幸運の上に幸運が重なった結果だった。


 彼は手に持っていたボロ切れのような塊をポイと床に捨てると、さてどうしたものかと呟きながら、煙の向こう側にうっすらと見える雲を眺めながら考える。


―――アレってやっぱり魔王ヨムルだよなぁ?

髪の色とか雰囲気とか表情とかも全く違ったけど、お尻の形とか胸のサイズとかは完全に同じだったもんなぁ。


 この男がどこで女性を判別しているのか分からないが、昨夜の侵入者の姿を思い出し、それが蛇王ヨムルだと確信していた。しかし、どうしたらあの状態から復活出来たのか?それは全く理解できないし解析不能だった。


 制御棒の呪いは生きたままだったし、脳も臓器も全て取り出されていて、残った臓器は呪われた心臓だけという完全に干からびたミイラだったはずだ。あの状態から生き返るなど絶対にあり得ないし、考えられない。不思議な事はそれだけではない。あの時の壮絶極まる存在力数値はどこから湧いて出たのか?


 何の前触れもなくいきなりドン!だ。

死体には特別な術が施されていた様子もなく、ヨムルの存在力は内臓の細部にわたるまで完全にゼロだった。生き返る余地のない完全死だ。もし仮にヨムルが神であったとしても、あの状態から復活するためには外部からのとてつもない力の流入がなければ有り得ない。


 だが、外界から基地内部に干渉するなど不可能なのだ。空間的に遮断してあるこのアビス駐屯基地には、例え神であっても入る事が出来ない仕組みが施されている。物理的にはもちろん、霊的障壁が何重にも重なり、特別な方法でないと入れないのである。


 崩壊した基地の中で奇跡的に助かったコップスは、崩れない床を選びながら這いつくばって進み、縦穴の底をじっと覗き込んだ。


「基地内だと千里眼は使えないし、どうやっても底までは見えそうにないや。もうアビス核まで行っちゃったのかな? だとしたら、いつ爆発してもおかしくない状態って事だ。あ~あ、せっかく助かったのに、結局は死んじゃうのか・・・」


 アビス核は、阿修羅様よりも高次元の神の手による創造物だと聞いていた。簡単には壊せないと思うが、見たところ女は絶大威極神(超越神)クラスの神力を持っている。 心中する覚悟で使った霊子核融合弾(インドラクマ)が全く通用しなかったばかりか、神をも殺せるその力を中和しつつ吸収してしまった。


 絶対隔壁全てを突破されたラッケン司令は、アビス核を守る為に最終兵器を使う他なかった。対悪魔用の最終兵器を基地内部に向けて使うなど正気の沙汰とは思えないが、核を破壊されたらどちらにせよ終わりだと判断した捨て身の攻撃だったのだろう。


 司令の判断はあながち間違ってはいないのだけれど、コップスにとっては言語道断で最悪の決断だった。亜神界に逃げようと緊急用脱出ポッドがある区画に駆け込んだが、そこにはカプセルを奪い合い、殺し合う署員たちでごった返しており、ここは駄目だと諦めて地上を目指した。


 最上階にある天之台アマノイワトは、純度の高い神魔石で造られており、その最上段に登り結界を作動させれば、爆風で吹き飛ばされて運が良ければ空に逃げられる可能性がある。基地内に残れば確実に焼け死ぬのだから、選択肢など他にはなかった。


 あと5階層で地上という所まで来て、爆弾投下の知らせが基地内に流れた。間に合わなかったと知り「ラッケンのバッキャロー! くそハゲ! 死にさらせェ!」と叫んだが、予想した分子核崩壊現象は起こらず、代わりに床がズドンと落ちた。


 床の下には巨大な縦穴が出来ていた。

穴の周囲の壁は酷く焼け爛れ、凄まじい超高熱の嵐が基地内部を下から上に突き抜けたのが分かった。


 たぶん霊子核融合弾(インドラクマ)の余剰エネルギーによって破壊されたのだろう。直径400㍍、深さ2700㍍以上の長い筒状の基地は、硬い外周の装甲板を残してそのほとんどが崩壊していた。


 穴の底には例の赤髪の女がいた。

先に落ちた者や瓦礫などが女が作る結界に触れ、蒼く燃えて塵も残さず消滅して行く。ラッケン司令の姿が前方で確認できたが、彼は叫びながら銃を連射し、軍人らしく最後まで闘ったのち燃え尽きて死んだ。他の軍人たちも同じく何の抵抗も出来ず、逃げる事すら出来ずに次々と灰になった。


―――ああ、僕も同じように消されちゃうのか・・


 コップスはそう思って覚悟を決めた。


 ―――なんか、つまらない人生だったなぁ・・

死ぬ前に、可愛いぽっちゃりウサギちゃんと仲良くしたかったよ。この際だから、アラホォ兔でも文句は言わない。奇蹟が起きて助かったら自由に生きよう。可愛い彼女を作って、毎日エッチして楽しく過ごすんだ。


 そんな事を考えていた時だった。

前方斜め右に、何やらジタバタともがいている小動物がいるのに気づいた。下ばかりに気をとられて気づかなかったが、それは大事そうに何かを抱えながら必死に呪文を詠唱している。


―――なんだ、あいつ? どこから紛れ込んだ?

抱えこんでいるのは・・・げげ!? 人間の頭蓋骨じゃね? 魔法を詠唱しているって事は、野性動物じゃなくて魔族か?


 無駄無駄。どんなに詠唱しても魔法は使えないよ。外壁装甲板に刻まれた絶対魔法障壁アンチマジックシェルが生きてるんだ。魔法が使えたなら、僕だって飛んで逃げてるさ。なまじっか外側だけ丈夫に出来てるから、外壁は無事でも中身は無茶苦茶だ。コントロールルームも壊れてて魔法障壁の解除も不可能と来てる。八方塞がりだよ、トホホホホ・・・


 ん?待てよ。

あいつが魔族なら、あの方法が試せるかも知れないぞ! 駄目で元々だ。やってみる価値はある。 とにかく空中滑走の要領であいつのところまで行こう。抵抗するなら言霊縛りでおとなしくさせればいい。言霊は魔法じゃないから関係なく使えるだろうしな・・・



 コップスは体を少し傾かせて空気抵抗を調節し、人の頭蓋骨を大事そうに抱えている全長60㌢程の大鼠へと滑るように近付いた。


「よし、捕まえた! 空中滑走なんて初めてやったけど上手く行ったぞ!」


「な、なんだキサマ! 我輩を誰だと思っている!」


「うるさい黙れ。お前なんて知るか」


「はい、黙りまチュ。我輩が誰かなど関係ありません」


「よし、それでいい。僕の言う通りに動け」


 それにコクリと頷くのを確め、魔術回路を自分の波長に完全同調させるよう指示をした。多少は手間取るかと思ったのにすんなり成した事に驚くと同時に、これならばイケると表情が緩む。


「途中で死ぬなよ。上に出れたら墓くらいは作ってやるからな」


 絶対魔法障壁(アンチマジックシェル)の中でも魔法を使う方法が一つだけある。それは、自身の魔力を自分の魔術回路を使わずに使用する事で可能になる。この手の魔法障壁は魔術回路に流した力が実現しないよう疎外術式を流し、無理に使えば回路が破壊される仕組みになっている。魔術回路は魔法使いにとって命より大切なモノで、魔術回路が壊れれば自身も廃人同様になる。


 よって、この中で魔法を使うなど普通はしないし、しても発動しない。なぜなら、無意識下でリミッターが発動するからだ。その状態から無理やり発動する為にはとてつもない魔力を内包してなければ不可能で、リミッターを解除するには普通のやり方では不可能だ。


 コップスはその無理やりを成そうとしていた。

ただし壊れるのは彼の魔術回路ではなく、彼の魔力を使って魔法を行使する側の魔術回路だ。


 その大鼠の正体は魔王チョロスであったが、コップスはまだその事に気付いていない。鼠など全部同じに見えるし、事実チョロスの姿は髭があること以外は同族とほとんど変わらない外見をしていた。


 体の自由を言霊縛りで奪われたチョロスであったが、しっかりと意識はあり、思考も出来た。そして目の前にいるおかっぱ頭の男がやろうとしている事もすぐに理解できた。


 男は、自分をフィルター代わりにして魔力を実現化しようとしている。絶対魔法障壁が働いている空間でそんな事をしたらどうなってしまうかなど分かり切っていた。よくて廃人。最悪は死に至る。


 チョロスが必死に唱えていたのは魔法ではなく、妖術による物質を軽くする術だった。持っていた頭蓋骨の重さをゼロよりも軽くして、気球のように浮かび上がろうとしていたのだ。


 ただし、その頭蓋骨には直前まで複雑な鑑定魔術を施していたので、それを解除してから別の妖術を乗せるのが上手く行かず、せっかくの貴重な研究資料を手離す事にも決心が着かなかったので悪戦苦闘していたのだった。自分だけで逃げるつもりなら体重を消して浮かぶ事など実に簡単だ。


「やめろ! ソレだけは駄目だ。やめてくれぇ!」


 チョロスは叫んだが、黙れと言われては声が出せない。そしてその悪魔のような行為はすぐ実施された。


 凄い負荷が自分の魔術回路にかかる。

途端に内臓が捩れ、口から血が吹き上がった。吐いた先から次々と沸き上がり、胃に溜まってまた吐いた。


 詠唱は自分を捕獲した男がしているので、吐血しても中断する事はない。しかし、ダメージの全てはチョロスの小さな体に集約され、激痛で意識が吹き飛ぶ寸前であった。


「よし、体が浮き出したぞ! お前なかなか上手いじゃないか。もしかして名のある魔族なのか? 存在力もなかなかだし、いい拾い物したぜ!」


 コップスの勝手な盛り上りに怒りが沸き上がる。


―――こいつ・・・必ず殺してやるっチュ!


「もう少しで魔法障壁のエリアを越える。ここで気絶なんかするなよ。あと50㍍だ!」


 血ヘドを吐き続け、内臓がよじれて生きているのが不思議なくらいのダメージを負いながらも、チョロスは懸命に意識を繋いでいた。気絶するなと言われて気絶も出来ないのだ。憎しみと憎悪が黒く精神を支配し、どんな手を使ってもこの男を殺すのだという気持ちだけで命の火を支えていた。


 しかし、それも限界が来た。

無理やり魔力を行使しているので、浮遊魔法も初心者レベルでお粗末な状態だ。20分程も掛けてようやく地上への出口が見えて来た。その間ずっと、拷問よりキツい地獄の苦みがチョロスの肉体を蝕んだのだ。最後の時は実にあっけないモノだった。


「うおっ!」


 後7㍍と少しという所で、心臓が弾けてチョロスは死んだ。途端に浮力を無くしバランスを崩したコップスは、縦穴の底へと真っ逆さまに墜ちる。


「くそ! ここまで来たのに、死んでたまるか!」


 コップスは、朝焼け雲の間を通過した鳥の影を見た。言霊縛りが届くかどうかは微妙だったがやるしかない。


「ピーッ!」


 コップスは鳥の注意を引く為に指笛を鳴らした。


―――こちらに気付け!


 3羽いた内の一羽が、首をクイとこちらに向けて指笛の音の先を確認する仕草を見せた。


「こちらに来い! 僕を地上へ運べ!」


 全く知能のない虫のようなイキモノなら別だが、思考力がある動物になら言霊縛りは通用するはず。そして、その鷹に似た猛禽類は急降下をはじめ縦穴に飛び込むと、逆さになって墜ちるコップスの足をしっかりと掴んだ。


 しかし、落下中の体重を支えるにはその鳥は小さ過ぎた。少し斜めに軌道を変えただけで、上昇など望める状態ではない。鳥は斜めに下降を続け、外壁にかろうじて残された居住区の一画に飛び込むと、そのままの勢いで奥の壁に正面から激突した。


 ピキーと声を上げて、頭を強打した鳥は絶命する。コップスも手にボロギレのようになったチョロスを握ったまま瓦礫の散らばる床を転がり、もの凄い勢いで壁にぶつかって気を失なった。


 10分ほどして目覚めた彼は、手に握ったままだったチョロスの死体を床にうち捨てると、出口を確認しつつ空を見上げ、地上までの距離を計った。


「約40㍍ってところか? また随分と落ちたもんだなぁ。運良く居住区の施設が残ってるところに落ちただけでも良しとすべきか?」




 コップスはしばらく空を眺めていた。大型の飛竜ならば自分を持ち上げることも可能だろう。しかし、運よくそんな貴重種が穴の上を通過するなど有り得ない。ここまででも奇跡の連続だったのだから、都合よく奇跡が続くなんて有り得ない事た。そう考えていたとき、コップスは気づいた。何か小さな動物が穴の縁の周りでゴソゴソと動いている。


 穴の周囲をぐるりと囲んだその大量の生き物たちは、一斉に前足を浮かせて立ち上がると、赤く光る目をコップスに向けた。その目にはあからさまな殺意が強烈に浮かんでいる。そして、コップスに向けて言葉を投げ落として来た。


「先程はよくも()ってくれたな。タダでは殺さんぞ? 痛めつけ、地獄の苦痛を与えながらじっくりと時間を掛けて殺してやる。お前が我輩にしたようにな!」


 それはチョロスの声だった。

先頭に立つ一番大きな個体から発せられた声は、間違いなくチョロス本人のものだ。だが彼は死んだはずだ。その死体はボロギレのようになって足元に転がっている。


「へぇ。複合共同生命体(リンクドクリーチャー)か? という事は、アンタ、魔王チョロスだな? 道理で魔術回路の使い方が絶妙に上手い訳だ」


 コップスは、上空から降りかかる声に余裕を持って返した。


「貴様が何者かは知らん。見たところエルフのようだがエラードの一派ではないな? まあ、これから死ぬ奴に名前など聞く必要もないが」


「まあ、そう言わずに聞いてくれよ。僕の名はエーデルワイドフロマイヤー・リリカルド・ジ・コップス3世。エーちゃんと呼んでくれてもいいぜ?」


「エーちゃん?

随分と余裕のようだが、お前の言語術(ワードスキル)はもう通用しない。聴覚を遮断した。複合共同生命体が何であるかを知っているならこの意味も分かるだろう? 貴様はもう終わりだ」


「そうだね。確かに厄介な生き物だよな。全てを同時に殺さないとアンタを殺した事にならない。一匹でも逃がしたら、またどこかで殖えて元通り。潜伏されたらつきとめようもないし、根絶やしにするのはかなり骨が折れる。それに、個体間の完全同調(フルリンク)はかなりヤバい。タイムラグ無しで全体が一個体のように動けるんだからね。チームワークは完璧だ」


 でもさぁ、と言いながらコップスは足元に転がっていた鼠の死体をサッカーボールを扱うように器用に足の甲に乗せると、ポンと蹴り上げ手に取ってぶら下げた。


「凄いように見えて、実は致命的な弱点があるって事に気付いてるかい?」


「弱点だと? そんなモノがある訳ないだろう!」


「駄目だよ、嘘をついちゃぁ。

僕がこれを手にした時、一瞬ビクッとして警戒したよね? それは何故か当てようか? アンタは自分の弱点を知ってるんだ。そして弱点は今、こうして僕の手の中にあるんだなぁ〜」


「き、きさま・・・」


「これは本体に使っていた個体だろ? こんなに年寄りになるまで使っていたって事は、特別に優秀な個体だったって事だ。この体でなきゃ出来ないスキルがいくつかあったんじゃないの?」


「ま、まさか・・・!?」


「うん、いい顔だ。そうやって驚く顔を見るのは好きなんだよね。 僕はさぁ、なぜだか皆にボンクラって印象を与えてしまうみたいでさ。本気を少し見せるだけで凄く驚いてくれるんだ。別にわざと怠け者のふりしてる訳じゃなくて、本当に怠け者なんだけどね」


 コップスはにっしっしと笑いながら、ボロギレのような状態のチョロスの死体に口を寄せた。


「蘇生開始だ。今すぐ蘇れチョロス」


 言霊縛りに神力を乗せる。

そしていま使った言語は、破言語(スラング)ではなく純粋な神語(ラーム)だった。みるみる内にボロギレのようだった体が生気を取り戻し再生していく。神語による効果は、チョロスのオリジナル体が持つポテンシャルを最大限まで引き上げている様子だった。


「不死属性がある体は貴重だからね。いつかは予備が生まれて来るって思ってたんだろうけど、まだみたいでラッキーだったよ。一番優秀な体は僕の手の中にある。後で回収するつもりだったのかな? だぶんそうだよね? でも残念でしたぁ〜、ハッハッハ〜」


「貴様・・・ただのエルフではないのか!?」


「貴様じゃないよ。名前を教えたろ?

キミら魔王には声だけで姿を見せる事はないから気づかないのかも知れないけど、天之台アマノイワトの地下に居たって事で察しても良さそうなものだ。それとも、薄々は気付いていても恐怖で認めたくなかったとか?」


「・・・・・・・・・」


「教えてあげよう。僕は亜神ハイエルフさ。神に最も近い、選ばれし民だよ。キミ達の管理者なんだから、魔王の能力も把握している。当然にね!」


「ぐっ・・・やはりそうだったか」


「素直に従うなら良し、逆らえば殺しちゃうよ?」


 そうしている間に再生は完了しつつあり、それに従って大量の分身達の間に動揺が見え出した。チョロスの統率力が揺らぎつつあったのだ。


「間もなく再生が完了する。さて、ここからが見物だ。はたして、その他大勢の君はどちらの言うことを聞くんだろうね? 現在の本体であるキミか、元々の本体であったキミか? 指揮系統が二つになった場合はどうなるかとか実験した事はないから、この先に起きる事には少しだけ興味がある。僕にしては珍しい事だけどね〜」


 現在本体である個体にあからさまな焦りが見え出した。自分の支配権がまだ健在であるのを確めるかのように、キョロキョロと周りを見渡している。その様子を下から眺めながら、コップスはここから脱出する手筈が調った事に上機嫌になっていた。


 あの絶体絶命の状況から、一転して自分だけの軍隊まで手に入りそうなのだ。チョロスが連れて来たその他大勢の力を使えば、穴から出る事も容易いだろう。あてもなく空を通過する大型の鳥や飛竜を待つ必要も無くなった。


「よし、再生完了だ。今からキミがリーダーとなる。両方がチョロスでは紛らわしいから固有の名を与えよう。ロイドンと名乗りたまえ。今からキミは魔王ロイドンだ」


「ありがとうございまチュ! 私の名はロイドン。あなた様の忠実なる部下(しもべ)でチュ。御用があれば、何なりとお申し付けくださいませ!」


 再生した個体は、ロイドンという名を与えられた事に喜んでピョンピョンと跳ねた。髭を生やした鼠の姿のままなので可愛くはないが、コップスは晴れやかな気分だった。こいつを使えば、これからの目標も何なく上手く行く気がしたのだ。


「では命令だロイドン。チョロス軍の指揮権を奪いたまえ。取りあえずは、あそこにいる連中をキミの指揮下に置くんだ。簡単だろ?」


「了解しました」


「さあ、チョロス。お前はどうする?」


 見上げた先に先頭に立っていた一番大きな鼠の姿はなかった。


「あれ?もう逃げたのか? 逃げ足だけはさすがに早いなぁ。まあ、それだけ状況判断が正確だって事だろうが、簡単には逃がさないよ?」


 チョロスを捕まえるよう命令したコップスは、軍隊の力を使った人海戦術で縦穴から外に脱出した。直径400㍍近い大きな穴のすぐ横には異世界召喚に使う儀式用のアーティファクト天之台アマノイワトがその一部分を穴の縁に掛けながらしっかりと建っている。もし真上にあったなら縦穴に落ちてあの女によって消されていただろうが、重なっていた部分は一部であったので崩壊を免れたのだ。



 魔王チョロスは森を走る。

転位魔法で移動しようとしたが、真っ先にブロックされていて出来なかった。自分に従う個体数は40匹程度しかない。残りはあの一瞬で全て奪い取られてしまった。抵抗せずにすぐ逃亡して正解だったと思う。もしあのままあそこに居たら、虎の子のシルバーテイル達の指揮系統も奪われていたかも知れない。


「クソ!なんたる失態だ! まさか、オリジナルを奪われるとは!」


 チョロスはオリジナルを超える素体の制作に労力を割いてはいたが、あまり必要性を感じてなかったので最近はずっと自然任せにしていた。オリジナルには不死属性を付加させてある。蛇王ヨムルほどではないが、もしもの為に命のストックを3つ内包していた。後で回収するつもりで、現時点では最も優秀なこのボディーに指揮権を移した。


 複合共同生命体(リンクドクリーチャー)は複数でひとつの生命体としての機能を発揮する。個々に意識を持つが、ひとつの大きな支配力を持つ個体に全てがリンクし、意思を共有できる。巨大な情報ネットワークの中に本体があり、体は入れ物でしかないのだった。


 ネットワークが大きければ大きい程、個体が持つ支配力が必要になる。オリジナルボディーが持つ支配力は絶対的であり、永年使っていた事もあって、オンラインにする時の接続過程がスムーズで、しかも安全だった。ソーダには日頃から指摘されていた事だが、予備の体を鍛えていなかったのはチョロスの落ち度であった。


 その代償はあまりにも大きく、ワンマン社長が後継者を育てていなかった為に一代で会社が潰れるようにツケが回って来てしまった感じだ。


「ボス、この後の事はどうしますか? 奴の支配力は強大です。我々シルバーテイルも、ボスから離れたらどうなるか分かりません」


「分かっている。いま考えているところだ。とにかく奴の支配領域から逃れ、ソーダ様のところにいるホワイトと合流する他にない」


「出来るでしょうか? 既にかなり広範囲に捜索の手が伸びています。こちらの位置が知れるのも時間の問題かと」


「百も承知だ。しかしこの緊急事態をソーダ様に知らせねばならん。我輩の偽者がソーダ様に接触する前に必ずだ。オリジナルの魔術回路は完全に壊れているから魔法は使えない。そこだけはこちら側に優位に働くはずだ」


「では、これからのご指示を。我々シルバーテイルはチョロス様の忠実なる手足です。最後の一匹になるまで闘い抜きましょう」


「うむ、頼りにしておるぞ。もはやお前達しか我輩には頼れる者がない。だが犬死はするな。全員ソーダ様の元に帰るのだ!」




 今のチョロスには逃げ帰るしか出来なかった。

頭脳集団であるホワイトテイルと合流し、戦力を立て直す他に打開策はないのだ。


 幸い、オリジナルが一度死んだ事で支配権はリセットされている。偽者より先にホワイトテイル達に接触出来れば、チョロスが支配権を得られる可能性は大きい。その後は気配を絶ち、地下に潜伏させ、偽者との接触を避ければホワイトテイルを奪われる事を避けられる。


 アダムの進化因子の研究をしているスタッフだけは、どんな犠牲を払おうとも奪われる訳には行かない。彼らの優秀な頭脳とのリンクが絶たれた場合、チョロス自身の知能も大きくダウンしてしまうからだ。


 鼠の脳は小さい。どんなに優秀な個体でもその限界はたかが知れている。しかし、数百万匹という脳をリンクさせ繋げる事でスーパーコンピューター並の能力を発揮させる事が可能だった。


 それが魔王チョロスなのだ。

チョロスは突然変異で生まれた鼠科の魔族、マウントマウスやギガマウスなどのように戦闘力に特化した個体ではなく、知能を異常に進化させた種の中でも飛び抜けて異質な魔物だった。


 だからこそ彼は魔王なのだ。魔王とは、同種の中でも例外的に能力を開化させ、特殊な進化をとげた者がなる。メリーサやラヴェイドや他の魔王達がそうであるように、生まれながらにして特別な存在だった。





 亜神達は彼ら魔王の事をこう呼んでいる。

特異点に成りきれなかった失敗作であると、


 そういった者達には印を付けて管理対象とした。魔王に施した烙印は亜神界とリンクする為のタグであり、アビスでの行動を監視するものだ。タグがあればいちいちアビスに潜る必要もなく、対象を監視できて、ある程度なら考えている事も分かるのである。


 高次界とのリンクは、烙印を捺した対象に亜神界の力が流れ込む為にその者を強くはしたが、その程度の強化は脅威ではなかった。全ては想定された範囲内だったからだ。存在力を抽出する新型反応炉であると同時に、アビスは実験場を兼た飼育施設の意味合いを持つ。現在この実験場では『特異点』についての研究が進められ、それはある程度の成果を結びつつあった。


 定期的に異世界の因子を取り込ませ、全体的に存在力の高い種を生み出す事にも成功している。過去にタイムリープしてみれば比較する事も可能だが、現在のアビス内の生き物は昔と比べたると平均的に強くなっている。


 たまに、異常発達して他の生命体とのバランスを崩してしまうような種族が生まれる事もある。ひとつ目巨人サイプロクスの亜種である三頭巨人トリプロクスや、七首暴竜キングヒドラはその良い例だ。たとえ進化に失敗したとしても、その時は反応炉を動かし存在力を抽出してやり直せばいい。そのような事は何度も行って来ているし、全ては予想の範囲内だった。


 しかし、今回は違う。

何度も破壊と再生を繰り返して来た歴史の中でも、管理者である亜神が大量に死に、駐屯地の管理施設が破壊されるなど一度としてなく、予想もしていなかった。


 アビス核に危機が訪れるとしたら、それは次元の壁を無視して現れる『闇の深淵』の劵族の存在しかなく、その為の最終兵器も気安め程度ではあったが配備されていた。


 しかし、これほどの大事件であるのにも関わらず、神界ではまだ誰ひとりとしてこの事に気づいた神はいない。それは時間差という壁がこの世界との間にあるからだ。


 アビスと亜神達の住む亜神界では時間の流れが違う。亜神界と神界とは、更に大きく違っている。段階的に時間の流れの調整をしなければ、アビス内部の出来事を正確に観測する事は不可能だった。亜神界が行う調整作業は2段階あり、故に月が2つ必要だった。調整の第一段階では、アビス内部との時間差が8倍になる。ここではアビスでの8時間が1時間として観測できる。


 第二段階で、そのまた8倍になる。アビス内での64時間が1時間として観測されるが、観測者である亜神にとっては8倍だ。そして、その上にある神界との時間差は約20倍。アビスにおける1272時間がたった1時間となるわけだ。


 24時間換算すると1時間が53日分に相当する。そのような速度で過ぎ去る世界の観測には、その間に速度を調整した世界を設定し、中間で無駄な情報を処理して要点だけを纏める必要があった。神といえど全てを監視し状態を維持する事は不可能なのだ。そして、その為に創ったのが亜神界であり、亜神達だった。


 アビスには重要監視対象の孫悟空がいる。

最初に放り込んだ神である為に悟空にはタグがついていない。その為に、直接アビスに入り定期観察する必要があった。しかし、その監視対象にずっと動きがなかった事もあって、今回の不測の事態に神の監視員が気付き、その報告が最上位神に上がるまでには神界の時間で6時間が過ぎた後だった。その時点でアビスでは318日が経過している。


 一年が過ぎようと変化があまりなかった今までとは違い、アダムを召喚させてからのアビスは異常な速度で変化をはじめていた。アダムとの接点をきっかけに、とんでもない者がこの世に産まれ、アビス核に重大な影響を与えた事にアビスの監視者は最後まで気づく事もなかった。


 アダムの異常な数値を示すアラートが出る事を孫悟空の術が防いでいた事もあるが、この遅れがアビス崩壊に繋がるとはまだ誰も予想すらしていない。動き出した歯車は徐々にギヤを上げ、加速度的に変革が起きようとしていた。


 その神界の神々ですら誰ひとり知らぬその変化を知る者がいた。その者は役者が揃いつつある事に満足気に笑みを浮かべ、じっと遥か高みから全てを眺めていたのだ。






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