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動き出す世界【6】帝王アラキラム

話は一度、人類側に飛びます。

次話でヨムルの話に戻ります。


 本来、この世界に月はなかった。

だが、10年周期で20日間だけ、これ見よがしに存在をアピールする赤い月が、突如として空いっぱいに現れる。それも二つ同時にだ。その二つの巨大過ぎる赤い月が10日を掛けてひとつに重なり、やがて緩かに離れながら姿を消す現象をこう呼んだ。


『赤月奇行』と、

10年に一度必ず訪れるその現象は珍しいものではなく、天体における普通の自然現象として受け入れられている。“赤月奇行”をテーマとして研究を続けている学者は数多く、学説も虚説も様々だが、なぜ突然現れ突然消えるのかの謎は全く解明されていなかった。


 この世界に住まう多くの民は知らぬ事だが、ふたつの月が完全に重なる90分ほどの間に召喚儀式が行われ、魔族により闇のアダム又は暗黒のイブと呼ばれる存在が異世界から呼び出されていた。


 アダムが現れる確率は10%を下回り、およそ100年に1度というかなり低い確率だった。赤月奇行と同様にその理由は分からないが、今回は120年ぶりに“闇のアダム”が召喚された。


 そして世界は、儀式から数え8日目の朝を向かえようとしている。



 ここは、城塞都市ロードロン。

人類最強の軍事国家レイアート帝国の首都にして最栄の都である。


 外周部を高い城壁で囲まれ、その中央区セントラルに聳え立つ白き雄大な『煌翼宮』までの約8㎞の間には、商人などの一般人が住む低層住宅街が放射線状に建ち並び、その数はおよそ28万戸ある。城の兵士たちを含めれば総数1800万人を超える超巨大城塞都市である。


 その(あるじ)アラキラム4世は、今回行われた魔族側の召喚儀式の結果と、その後の報告をヨミ族の長から直接聞き受け、驚きながらこう漏らした。


「失敗した? それは真実(まこと)か!?」


 深い皺が刻まれたその面立ちには、重責に潰されそうに成りながらも、強い意志と不屈の精神で世界のトップを維持してきた自信と威厳が滲み出している。高齢を感じさせぬ鍛え込まれた体躯は、厚い胸板と太い腕が示す通り、彼がただ王座に座るだけの男ではなく、陣の先頭に立ち戦場を駆けた歴戦の勇士である事を物語っていた。


「嘘と真が混ざりあい、本当の事は分かりません。しかし、アダムが正常な状態でない事は確かなようです」


 アラキラムに発言する落ち着いた深く透き通る声。男性である事は確かだが、その声から年齢を察する事は難しい。アラキラムと同じくらいの高齢とも、ずっと若い青年のものとも取れる不思議な響きを含んでいた。


「うむ。しかし、空に月がある内はまだ何とも言えん。突如として覚醒する事も有り得るのだ。用心するに越したことはあるまい」


「当然です。今回来た者はあの規格外(イヴ)の実兄であるとの事。油断は禁物です。もしかしたら凄い能力を隠し持っているかも知れません」


調略(ちょうりゃく)を急がせた方が良いのだろうが、今はまだその時ではない。接触するのは相手の能力を把握してからだ」


「ひとつ問題が発生しております」


「なんだ?」


「アダムの正確な所在が掴めません。城には居ないというか、召喚されて間もなく姿を消したまま戻らないそうです。食事をとって自室で寝たのも一度だけ。薬を忍ばせる事も不可能でした」


「夢魔王がアダムの子を孕んだという噂を聞いたぞ? 大方、その夢魔のところにでも転がり込んでいるのだろう? 早々にサキュバスにたらし込まれるとは、自制心はあまり無い男のようだな」


「夢魔王メリーサは、民衆の間でも特に人気がありますからね。この街にも隠れ信者(ファン)がいる程です」


「クソ忌々しい夢魔め! 人類との共存共栄を目指すなどと嘯き、純信なる民を拐かす悪魔だ! 奴らの本性を知らぬがゆえ、その容姿に騙される者があとを絶たん」


「深夜に光る棒を振り回し、何やら怪しげな声を上げながら踊る者の姿が目撃される事がありますが、つい先月も一人発見されました。その者は直ちに捕えられ牢に入れられましたが、既に洗脳された後の様子。神の教えに従わぬ為に処刑されたそうです」


「夢に忍び込み、民を洗脳する化け物が!」


 拳を握り、怒りをあらわにするアラキラム。

しかし王は誰と話をしているのか? この場には、彼の姿の他には誰もいなかった。煌翼宮の最上階にあるバルコニーにひとり立ち、昇り始めた朝日を背に語るその姿は、精神を病んだ気の毒な老人が空想の人物を前に話し掛けているようにも見える。


 だが、アラキラムにははっきりと見えていた。

目の前に立つ水晶球を手にした年齢不詳の男の姿が。ヨミ族という妖精と人とのハーフを先祖に持つ部族の長であるその男は、とある事件で命を救われて以降ずっと王アラキラム個人に対し協力を続けている。それは利害を含まぬ行為であり、受けた恩義を強く受け止めている証拠だった。


 彼らヨミは政治などに関わる一族ではなく、水晶球を使った占いを生業にした流浪の民だ。ひとところに長く留まる事はなく、キャラバンを轢いてあらゆる国々を廻ってはその日暮しのような生活をしている。産まれつき視力が弱く、日光が苦手なため常にフードを被り、その容姿を一般に曝す事はほとんどない。故に気味悪がられ遠ざけられたりもするが、反社会的思想を持つ民ではなかった。


 アラキラムは、個人的に彼らと深い関わりを持っている。それは帝国を治める王としてではなく、ヨミ族タタラの姉ヨサリの愛人であった時からの繋がりだった。


 ヨサリはもう随分と昔にこの世を去り、アラキラムの想い出の中にだけ存在する女性であるが、彼女が遺した絆は今もしっかりと生き続けている。


 タタラとの話を終えたアラキラムは、北に聳える山脈を眺めながらキリキリと痛む胃に手を当てた。今回魔族側が行った異世界召喚には不明な点があまりにも多い。赤合の時に発生した巨大地震といい、その前に起きた異常気象といい、自分の知らないところで何かが起こっている気がする。


 先程の地震は長い揺れではあったが激震ではなく、タタラに確認させたが、多少の被害は出たもののすぐに対応させた救援部隊により死傷者の数も最小限で済みそうだ。


 300年ぶりに起きた大震災の傷跡を大きく残す現状での対応としては、まずまずと言ったところだろう。街の事は担当大臣に任せておけば問題ないレベルだった。


 皇帝アラキラムの心配事は地震の被害よりも更に大きな問題、世界存亡に関わる一大事であった。早く手を打たねば取り返しが着かなくなりそうな嫌な予感がする。焦る気持ちはあるが、老害を抱える体は鞭打とうと思うようには動かない。


 アラキラム、当年もって69歳。

本来ならば現役を引退し、皇太子にあとを継がせていなければならない歳であったが、ある理由からそれが出来ずにズルズルと現役を続けていた。ある理由といってもよくある話かも知れないが、要するに皇太子がアレなのだ。


 皇太子とて、もう40を越えている。そろそろ王位を譲るべきだという家臣も多いが、昨日のような事を言うような息子には正直なところ王位を継がせる訳にはいかなかった。



 昨日の事だ。

アラキラムは皇太子と話していた。


「勇者を貸せだと? バカを言うな。まだ月が空にあるというのに何を考えている!」


 夕刻になり、食事の席に着いたアラキラムの前に不詳の息子が現れた。突然の事であり、当然だが会う約束などしていない。なぜか毎回食事時に現れ、適当なモノを食い散らかしては暴れて帰る。そしていつもの事だが、息子のアレウスと話すと決まって不愉快になり、眉間には深い皺が刻まれ声が上擦ってしまうのだ。


「だから、最初に言っただろう? 今回は威嚇するだけだ。闇のアダムがどんな奴かは知らんが、パレードなどして浮かれてる魔族の馬鹿どもには最終兵器“勇者”がいる事を再認識させてやる必要がある」


 テーブルに並んだ料理皿の上から一番デカイ肉を掴み取り、くちゃくちゃと咀嚼音をさせながらアレウスが喋る。


「あの規格外(イヴ)はもう居ない。アレを生け贄に使ったとしても、13人やそこいらの数でアレ以上の者が呼べるとは思えん。こちらの力を見せつけて、鼻っ柱をへし折ってやるんだ!」


「却下だ。考えるまでもない」


「なぜだ! 力の差を見せつけておけば調略も容易くなる。それくらいの事はオヤジにでも分かるだろう? 俺の言うことは何でも反対しやがって、本気でムカついて来るぜ!」


「何を言う。大概の事は自由にさせてやってるだろう! しかし、勇者だけはダメだ。それに、聖教会が威嚇の為にだけに勇者を動かす事を許可する訳があるまい」


「では、許可があれば構わんという事だな?」


「駄目だ。アダムの力は未知数だ。下調べも無しに勇者を動かせない。それに、月がある間は絶対に動かしては成らぬというキマリだ」


「そのキマリはオヤジが作ったもんだろう! 教会からの指示ではない」


「指示ではなくとも、民に危険が及ぶような事は許可できぬ。次にまた暴走でもしたらどうするつもりだ!? 只でさえ地震の被害でたいへんな状況だというのに・・・」


「教会から司祭(プリースト)級を出して貰えば済むだろう。それで暴走は防げる」


「またバカな事を! 後でどれだけ御布施をふんだくられると思っているのだ? 司祭級など連れ出せば、半年分の国家予算が吹き飛ぶぞ!」


「また金の話か? 足らなければ税率を上げれば済む事だ。文句を言う議員もいるだろうが、福祉に必要だと言えばごり押しできる。地震の被害で、復興支援金が必要な事は分かっているだろうしな。特別徴収税に盛り込んでしまえば金の心配はない」


 大きな肉の塊をぺろりとたいらげた巨漢は、次の骨付き肉へと手を伸ばしながら、どうだ?よい考えだろ? とばかりにドヤ顔で笑みを浮かべている。


「話にならん。お前は復興にどれ程の費用が掛かるか分かっているのか? そんな簡単にホイホイと金が回せるはずもなかろう? 貴様に丸め込まれるほど議員どもは甘くない」


「またそうやって侮辱しやがって! 俺だってバカじゃない。金策くらいは出来る!」


「ほう? 国債はもう発行させんぞ? 先物取引も禁止だ。お前にその方面の才能はない事は証明されている。あれだけ痛い目をみて、まだ分からんのか?」


 10年以上前の話だが、アレウスがどうしてもというので金融省庁の総代を任せた事がある。散々な結果だった。国家予算8年分に相当する借金を作り、その清算に国土とレアアースの採掘権を切り売りしたのだ。


 おだてに弱く、すぐその気にさせられてしまうアレウスは、商人達にとっては格好の餌だった。投資を促され無計画に国債を発行した結果、たった2年で莫大な借金をこさえた。取り返そうと先物に手を出したのが命取りとなり、アラキラムが手を打たねば国は転覆していた事だろう。他国の貴族たちにも莫大な借金をして、それを何年も隠していたのだ。


 魔族側が提示して来た休戦条約に調印したのも、当時の懐事情が大きく影響していた。でなければ、圧倒的に優位にあった戦争を講和して停戦する理由もなかったのだから。


「たった一回のミスをまだ言うか!」


 アレウスは、手にしていた骨付き肉をアラキラムに向かって投げ付けた。体格だけには恵まれているその太い腕で力任せに投げつけたのだ。当たれば、老人のアラキラムが無傷で済む勢いではなかった。


 だが、


 肉塊はアラキラムの約2㍍程手前でほぼ90度に方向を変え、ダンと音を立てて壁にぶち当たり停止した。その肉には長さ30㌢程の黒い短剣が突き刺さり、子どもの頭ほどの大きさがある塊を深々と貫き、壁に縫い付けていた。


「ちっ!」


 舌打ちをしながら踵をかえしたアレウスは、「明日また来る!」と言って扉から出て行こうとしたが、何を思ったのか腰の剣を抜きざま扉の両側に控えていた衛兵のひとりに斬りかかり、床を血で汚すと笑いながら去って行った。


 人々は彼の事をこう呼ぶ。『赤蔑の皇太子』と、

たったひとりの世継ぎでありながら、彼の事を好いている者はこの国にほとんどいない。それは彼の醜い容姿ゆえの事も多少はあろうが、その事よりも誰もが知るその残虐性が問題であり、出来る事ならアラキラム王に命ある限り王位を続けて欲しいと、ほとんど全ての国民が願う理由であった。


 その事を充分過ぎるほどよく知っているアラキラムは、何とかせねばと思う程にキリキリと胃が激しく傷んだ。このところ薬を飲んでも痛みが止まぬ事から、肉体に起こっている事の重大さを内心感じながらも、それを隠す為に医師の診断を誤魔化す為の魔術まで使っていた。あの皇太子に弱みを見せたら終わりだなのだ。



―――この焦りはアダムに対する危機感だけではないのかも知れん。ワシの寿命が近づいているのか? そうだとしても今はまだ駄目だ。ジェシカの婿を決めるまでは何としても生きねばならん。この国の未来は娘のジェシカに託す他ないのだから。


―――強い婿が欲しい。

ワシよりも強く、賢く、そして器のデカイ男が欲しい! そのような男が現れてくれるのを待つ他に道はない。でなけば、この国は崩壊する・・・


 負傷した衛兵が医務室に運ばれたあと食事を続ける気にもなれず、退室したアラキラムは自室に戻る道ながらそう思った。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「今日もこんなに残されたのか・・・」


 食間から引き上げられた料理の山を前に、アラキラム付きの料理長であるソーマクはガクリと肩を落とした。


 最近、急に食が細くなった王の健康状態を気にした彼は、少しでも食べて頂こうと腕をふるい奮闘するのだが、今日も親愛なる王が口にしたのは好物であるシタマタビラメのスープだけだった。


 もしかしてお病気なのでは?とも思うが、それを口にする勇気はなく、残念ながらその権利もないのだ。彼は医師ではないし、王には優秀な主治医がついていて、健康管理はその医師達の役目なのだから。


 もし王が病気になれば、料理長である自分は腹を斬るなどの処分を受けると分かっているが、どうする事も出来ずただ旨い物を作り、少しでも食べて頂く為の努力をする他になかった。


「明日はもっと旨い物を作る。みんな気合い入れて頼むぞ!」


 厨房の絶対者である彼は、部下の料理人達に渇を入れると自らシタマタビラメに包丁の切っ先を入れ明日の仕込みを開始した。マタビラメ科の深海魚であるこの魚は、南海のクザラ地方でしか取れない貴重食材だ。


 非常に痛みやすく、ウロコの表面にヌメリが出始める前に調理しなくては臭みが発生してとても食べられた物ではなくなってしまう。しかし、その臭みが出る直前で調理された身はとびきり旨く、さばくタイミングと鮮度が全てという難しい食材だった。


 しかし、クザラの漁村出身のソーマクはこの食材を扱った料理を最も得意としており、王の大好物は彼の作るシタマタビラメのスープだった。


 これは、子どもの頃に味わったお婆ちゃんの味をベースに独自で研究しアレンジした料理であり、焼く、煮るでもなくこの難しい食材をほぼ透明に近い状態でスープに出来るのは世界広しといえソーマクただ一人である。 クザラの貧しい漁村から出たこの天才料理人の活躍を、村の皆が応援し後押ししてくれている。漁師である父や兄はどんなに海が荒れようと必ず食材を確保して毎日届けてくれている。


 食材が手元に届く度にソーマクは思う。

セイレーンが潜む危険な南海沖に船を出し、シタマタビラメを釣る親兄弟の姿が目に浮かび、皆の想いに応える為にも自分は頑張らねばならないのだと気持ちを奮い起たせた。故にソーマクは、今日も夜遅くまで料理の仕込みに没頭するのだ。


 そんなソーマクがいつもにも増して仕込みに力を入れ、時間も忘れひとり厨房で奮闘していた時の事だ。カタカタと積み上げた皿が揺れはじめ、それはやがてグラグラと大地を揺らす地震となった。


「またか!?」


 ソーマクの脳裡に8日前に起きた大地震の記憶が蘇る。クザラには地震があるので、この程度ならすぐおさまるという確信もあり慌てたりはしなかったが、せっかくの仕込みが割れた皿の破片などが入って台無しになる事だけは避けたかった。


 必死に積み上げた皿の山を押さえ、料理を守るソーマク。

幸い地震は2分程度でおさまり、その後続く様子はなかった。


「ふぅ、料理に被害が出なくて良かったぜ。今からやり直しなんて事になったら流石に泣いちまうところだ。 ところでいま何時だ? ―――うおっ!もう午前4時じゃないか!」


 ドタバタと厨房を片付け、ソーマクが仮眠を取り出したのは朝日が昇る二時間ほど前だった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 朝になりヨミ族の(おさ)タタラとの話を終えたアラキラムは、自室に戻ると重厚な書き机に座って読みかけの本に挟んだしおりを開いた。


 朝の食事まではまだ三時間あまりある。

昨夜もスープしか飲まなかったので、空腹で胃痛はいっそう酷いものになっている。痛みを紛らす為に机の上に置かれた水さしから清涼飲料水をコップに移しひとくち飲むと、続きの文字列に目を走らせた。


 彼が読んでいるのは、魔族側が行う異世界召喚についての研究を纏めた分厚い本だ。


 タイトルは『奇行史見聞録(下巻)』

上巻には赤月奇行についての論説が記されており、下巻からは召喚についての記述がメインになっている。アラキラムにはアダムに関する知識はあまりない。滅多に現れるものでもないので、今までそれを必要としなかったのだ。


 だが、知っている事はあった。

それはアダムが他の異世界人とは違う、特別な事が可能な存在だという事だ。


 異世界から召喚された者は子孫を残せたりしない。イヴはもちろん、勇者であってもそれは同じだ。女は子を孕めず、男は妊娠させる事が出来ない。


 しかし、アダムだけは例外だった。

人間でありながら魔族とでも子を作れる。


 そして出来た子は例外なく優秀だった。

特別な能力があったり大きく姿が変わるような事はなかったが、病気などに極めて強く肉体的にタフで寿命も長い。


 調べてみてはじめて知った事だが、アダムは人類側の各国王族とも深く関わっていた。驚くべき事に、王族のほとんどがアダムの血を引いていたのだ!


 アラキラムの先祖も400年と少しさかのぼるとアダムにぶち当たる。家系図を引っ張り出して確認したが、確かに該当する人物の名前があり、その者は子を残したあと4年ほどで死んでいた。


 しかし、その子はなんと180年以上も生きたのだ。

その者の名はアラキラム一世。帝国の(いしずえ)を築いた偉大なる英雄王であり、皇帝アラキラム4世はその直系子孫にあたる。


 世界に現存する4つの王族の内、3つにおいてそれを確認したと本には書いてあった。王家の家系図というものは、普通どんな場合であっても身内以外の者には見る事はできない。どのような方法でそれらを調べたのか疑問であったが、本にあったアダムとおぼしき人物の名と家系図の名は一致していた。


『アキラ・キムラ』それがそのアダムの名前だ。

どのような人物であったのかの記述は一切ない。特に記載するような特別な能力はなく、平凡な異世界人であったのかも知れない。


『奇行史見聞録』を読み進めるうち、アラキラムはアダムに興味を持ちはじめていた。突飛な記述が多い為に信憑性に欠ける本ではあるが、禁書に指定されているからには全てが嘘ではないという事になる。教会の禁書目録にはもっととんでもない秘密が書かれた本が実在するという事だが、それにもアダムに関する記述があるらしい。そうこの本に書いてあった。


 最後に、アダムとは何か?

の自問に答えた文章が書かれたページがある。


 そこにはこう書かれていた。


『アダムという存在を考えるに、私はひとつの仮説にたどり着いた。《アダムは世界のバランスを調整し、神の思想を反映させるべく魔族により召喚された者である》と。だが、勘違いをしてはいけない。アダムが神(人類側)と悪魔(魔族側)を結ぶ者だと言っているのではない。むしろその逆であると私は考える。


 アダムは魔を繁栄されると同時に人類にも力を与え、より大きな争いの渦へと世界を誘う役目を負っているかのようにみえる。それがどのような存在の、どのような意思によるものか私ごとき者に理解する事は叶わないが、調べたところ、アダムは魔族が不利になると魔族につき、人類が不利になると人類につく傾向にある。ただの偶然にしてはタイミングが良すぎ、歴史的に何度もそういった場面が出てくる。


 己の存在が消えた後も、世界に影響を与え続ける事が出来る異世界人はアダムだけだ。その力を繁栄に使うのか?はたまた争いに使うのか?それは我々の志し次第である』と、


 アラキラムは、続いてアダムの子である初代英雄王の伝記を調べた。子供の頃に夢中になって読んだ大衆向けの本もあれば、難しく古めかしい言葉で書かれた本もある。彼に関する書籍はとてつもなく多く、伝説的英雄王の名は誰もが知り街には銅像も建っている。


 中には彼をモデルにした空想物語もあり、小さな一国家からはじまった国が、隣接する強国を次々と平定して帝国の礎を築くまでの物語には随分と大袈裟なものも少なくはない。彼は猛者ではなく知略家だったが、その若き王の守護戦士ファルギスとダリュオンの武勇伝はあまりにも有名で、いまだに演劇などで大人気の演目である。


 しかし、どの本にも演劇でも父親であるはずの『アキラ・キムラ』の名は出て来ない。


 それも当然だろう。

魔族が召喚した異世界人の血を王家が引いていたなどと知れたら、人民は王家を受け入れたりしないからだ。敵の血を引く王家の秘密は、禁書として封印もしくは焼却され歴史から葬られていた。


「このような事があったとは・・・

にわかには信じられぬ事だが、事実としたら大変な事だ」


 本を綴じ疲れた目を指で指圧しながらアラキラムはそう呟いた。アダム召喚の時に魔族側が色めき立つ理由も今なら分かる。パレードなどして国をあげて歓迎する気持ちも充分に理解できた。


 だからこそ、今回のアダム召喚失敗の噂には何か裏があるような気がする。何かとてつもない秘密を隠すために、故意に流されたものである気がしてならないのだ。


「ゾーダめ、何を隠している? 何を企もうと、このワシを簡単に騙せるなどと思わぬ事だ。アダムの秘密は必ずつきとめてやるぞ!」


 アラキラムは興奮し、活力と共に食欲が湧いて来るのを感じていた。そして人を呼び、腹が減った。朝食はまだか?と尋ね、ソーマクを大いに喜ばせたのだった。





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