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動き出す世界【4】監視者たち

「・・・驚かせおって。一瞬ヒヤリとしたわ」


 事切れたヨムルを化け物を見るような目で見ていた老人は、部屋をぐるりと見渡して生存者の数を確認した。


「なんという事だ・・・生き残ったのはワシの他に3名だけか?」


 16人いたスタッフが3名だけになってしまった事に驚き、沸き上がる怒りを堪えきれずに、目の前に転がっていた氷の塊りを渾身の力を込めて蹴飛ばした。それは勢いよく床を転がり壁に激突すると砕けてしまうが、その様子など見てはいない。ヨムルに近づき完全に死んでいるのを確認すると、フーと大きく息を吐いてようやく警戒心を解いた。


「ありゃ〜、こりゃまた盛大に殺られましたね。暴走ですか?」


 背後から、緊張感の欠片も感じさせない声がした。


「なんだお前、生きていたのか? 氷と一緒に砕けたかと思ったわ」


「ンな訳ないでしょ!ちゃんと防御魔法使ってましたから。でも署長、いきなりバシャスは酷くありませんか? ボクじゃなければ死んでいるところです」


「死ねばよかったのだ」


「え? 今なんと言いました? 聞き間違いですかね。死ねばよかったと聞こえましたが?」


「聞き間違いではない。そう言ったのだ。優秀なスタッフが死に、お前のようなボンクラが生き残るとは・・・」


「またまた〜。そんな心にもない事を言っちゃって! 署長はもしかしてツンデレちゃんですか? 老人のツンデレとか可愛くないから止めたほうがいいですよ」


 うおおっ!と叫んだ老人が、再び「バシャス」と叫ぶと、男は「レイザ」と叫んで凍結魔法を簡単に打ち消してみせた。


「同じ手は食わないっスよ。こう見えて僕、魔法は得意なんです。署長とガチでやってもたぶん負けないっスね!」


「そんな訳があるか! ワシより優秀なら、なぜ実行部隊の方に行かん? 別に研究が好きという訳でもなさそうなのに、なぜこの部署に来た?」


「そりゃあ決まってますよ。訓練とか嫌いだからです。あそこに行けば、しごかれまくって毎日が訓練訓練でしょ? 筋肉ムキムキになったら気持ち悪いじゃないですか」


「気持ち悪いか?」


「気持ち悪いです」


「そうか・・・・・」


「ところで署長、状況を説明して下さい。制御棒を使ったみたいですが、蛇王が暴走して暴れたとか? にしては機材が壊れた様子もないし、皆の死に方もおかしいですね?」


 床に転がっていた制御棒の残骸を拾い上げ、へ〜これが例のアレかぁ〜?などと珍しそうに弄り回している。管理権限のない格下の者には一生お目に掛かる事もない高価な『呪いもの』だ。残骸を見ただけでソレと気付いただけでも大したものだと言える。


「それが、分からんのだ。今まで一度としてこのような事はなかった。マニュアル通りに制御棒を携帯していたからよかったものの、でなければ全員が死んでいた。我々の言霊縛りを無効化して逆に縛るとは、想像もしていなかった事態だ」


「へぇ~、こいつはそんなに凄い魔王だったンですか? まあ、腹に子がいたり小さな子どもが側にいたりすると、雌体はやたらと狂暴になりますからね」


「腹に子がいるだと?」


「そうですよ。気付かなかったんですか? こいつ妊娠しています」


「そんな報告は受けておらん。初耳だ」


「ああ、そうか! 報告する前に署長がボクを凍らしたもんだから、報告したくても出来ずにいたんだった」


「嘘をつけ!順番がおかしい! どうせ後で報告すればいいと、いつも通りサボっていたのだろうが!」


「あら、バレました?」


 うおおっ!!と叫んだ老人は「バシャス」と叫ぶと、魔法を発動すると見せ掛けて男の首を絞めにかかった。単純なフェイントに引っ掛かった男は「レイザ」と叫んだ瞬間に首元をガシッと掴まれ、ご老体とは思えぬ握力に一気に絞め落とされそうになる。


「マジで死ぬ~っ」と呻き声をあげる男の首を更に絞め上げ、宙に浮かしながら、「貴様のせいだ!貴様のせいでワシの部下達は!」と鬼の形相で真剣に殺しにかかる老人に、生き残った部下の一人が声を掛けた。


「署長、これを見てください。死ぬ間際に計測された蛇王の存在力数です!」


 気絶した男をポイ!と投げ棄てて、計測データを確認した老人は、その数値の異常さに目を見開いて驚いた。


「バカな! 故障ではないのか」


「私もそう思って三回確認しました。観測システム7基中4基が同じ数値を示し、残る3基も近い数値を出しています。間違いではありません」


「存在力9億6500万だと!? 中大威神ナカオオイカミの方々よりも高い数値だぞ!」


「はい。ですが事実です。死ぬ間際の一瞬ですが、存在力の全てを腹に集中させて何かしようとしていたようです」


「最後の力を腹に・・・?」


 ミイラ化したヨムルを振り返り、怪訝な表情で見つめる老人。その視線は腹部に集中していたが、感知魔法を使っても子どもがいるのかどうかまでは確認できなかった。


「解剖するしかあるまい。カフィス、準備しろ」


「彼は・・・死にました」


「そうか・・・ではモルカは?」


「あの様子ではメスを握るのは無理かと思います。私も外科手術は専門外ですし・・・」


 現時点で正常なのは、自分といま喋っているコフィと、先ほど首を締めて気絶させてやったコップスだけのようだ。生き残った残りの二人は、ブツブツと独り言を言いながら、定まらぬ視線を游がして明らかに情緒不安定な様子を見せている。


「仕方ない。ワシも専門外だが、お前達よりは経験がある。最後にメスを握ったのはいつの事だか覚えてもおらんが・・・」


「なんなら、僕がやりましょうか?」


 振り返った先に、後頭部を擦りながら立ち上がったコップスの姿があった。この男を名前で呼んだのは管理研究室に就任したばかりの時に数回のみで、その後は"キサマ"か"お前"のどちらかだ。バカではないにしろ、とにかく要領よく適当に仕事を済ませようとする態度がしゃくに触り、顔を見るだけで腹が立たった。研究者たるもの、日ごろの努力を惜しまずして結果が出せるほど甘くはないのだ。


「なんだ貴様、もう目覚めたのか? そのまま永遠に寝ておれば良かったのに、非常に残念でならん」


「酷いこと言うなぁ〜。でも、そんなこと言っていいんですか? このメンツなら僕が一番上手いですよ? 間違いなく断トツに上手いです」


「貴様が?検視解剖を? 有り得んな」


「いえ署長。意外と思われるかも知れませんが、事実なんです。たぶん彼は、カフィスよりも上手くやると思いますよ」


「カフィスより上手い? そんな馬鹿な話があるか!」


「こいつとは学生時代の同期で、実習中に何度か見た事があるんですが、本当に上手いんです。こいつのアカデミー卒業時の評価を知ってますか? なんとオールA+なんですよ。いわゆる天才というヤツです。性格は最悪なのに、神様は不公平ですよね・・・」


 マジか!と顔をマジマジと見つめる老人の視線に、何故かイヤン!とシナをつくるコップス。イラッとして殴りたくなるのを必死に抑え、仕方ないと呟きながら渋々ながら命令を下した。アカデミーの評価が良かったからと言って、この特殊な状況で修学した技術を活かせるとは限らない。半信半疑なのは当然だった。


「そう言うのであれば、やらせてやる。ヨムルを解剖しろ」


「いやです」


「なんだと? 自分からヤルと言ったではないか!」


「そんな投げやりな言い方されたら、せっかくのヤル気もなくなりました。それに僕の名前は「お前」でも「キサマ」でもありません。普段は別に構いませんが、お願いする時くらいはきちんと名前で呼んで下さい」


「貴様の名前など覚えておらん」


「では今から覚えて下さい。僕の名前はエーデルワイドフロマイヤー・リリカルド・ジ・コップス3世です。エーちゃんと呼んでくれても構いませんよ?」


「リリカルド?」


 確か、自分の前任者がリリカルドという家名であったと記憶している。かなり優秀な人物で、魔王に対するセキュリティマニュアルを作ったのも彼の功績だ。


「リリカルドは母方の姓で、祖父はここの署長をしてたらしいです。僕はそのコネを利用してこの部署に配属して貰ったんですよ。知らなかったんですか?」


「知らんわ! 貴様などに興味はなかったからな」


「で、どうするんですか? 解剖して貰いたいなら、名前で呼んで頭を下げ、正式にお願いして下さい。エーちゃんでもいいですよ?」


 なぜかエーちゃんに拘るコップス。相変わらずの態度に老人は腹を立てつつ、どうしたものかと考えたが、他に選択肢はないし背に腹は変えられぬと名前で呼んでやる事にした。


「ではコップス、署長として命ずる。魔王ヨムルを解剖して先程の現象がどのような内包器官によるものかを調べよ。特に腹部を重点的にな。妊娠しているなら、その子どもの生死も確かめねばならん。母胎がこの状態では生きている可能性はゼロだが、念の為だ」


「ん? お願いしますの言葉が聞こえませんでしたが、気のせいでしょうか? 頭も下げてくださいね?」


「き、貴様・・()にのりおって!」


「署長、ここは我慢して下さい。終わってから何しても構いませんから」


 コフィがコップスに聞こえないよう耳打ちする。渋々ながら頷いた老人は、コホンとひとつ咳払いしながら言い直した。


「ではコップスくん、とても優秀な君にお願いしよう。魔王ヨムルを徹底解剖して先程の現象がどういう仕組みによるものかを解明したまえ。君なら簡単であろうが、我々には少々荷が重いのだ。君の卓越した技術に期待しているよ」


「まあ、いいでしょう。そこまで言われたらやらない訳にも行かないですから。しかし、特別ボーナスと有給休暇30日をプラスして下さい。でなければやりません」


 ぐぬぬ、足元を見おって!と、怒りで顔を染める老人をコフィがなだめ、なんとかその場を収めると、三人はヨムルを解剖室へと運んですぐ検死解剖に取り掛かった。


 老人にとって本当に意外な事だったが、コップスの腕は正真正銘一級品で、無駄な動作も無くテキパキとこなす仕事ぶりには舌を巻いた。こんなにもいい腕を持っていながら、なんで上を目指さないのか?あまりにも違う価値観を前に困惑するばかりだった。


「うわっ! 内臓がむちゃくちゃですね。細かい蛇の死体でいっぱいです。こいつ等に喰われまくって、まともな形を残してる臓器がひとつもありません。これは流石にキショイなぁ〜」


 キショイ(気持ち悪いの意味)と言いながら、平気な顔をして開いた腹に手を突っ込み、次々に臓器を引き摺り出してはメスを入れて解体して行くコップス。崩れてボロボロになった箇所がいくつもある内臓を、破損させる事なく手際よくポンポンと手術用トレイの上に並べて行く。


 並べるだけでなく、位置関係も正確に解体するのは経験も必要だし難しい技術だ。太い血管やなんかも綺麗に肉と切り離し、見事な状態で解剖して行く。


 潰れてグチャグチャになっていた肺が綺麗に切除され、心臓がむき出しの状態になると、コップスは「う!?」と呻いたのち手を止め暫く考る様子をみせた。内側に潰れて縮まり、乾燥した梅干しを連想させる心臓がまだ動いていたからだ。


「これは取り出せませんね」


「なぜだ?」


「見て分かりませんか? 制御棒の呪いが生きています。心臓が完全に破壊された状態なのにまだ殺そうと動いている。下手に触れば僕も署長も一瞬でお陀仏ですよ」


 どれどれ?と覗きこんだ署長の首筋を掴み、破壊の呪いを発動させ続けている心臓に鼻先を押し付ける。「うわぁぁ!」と叫んだ老人を楽しげに観察しながら「ね?怖いでしょう?」とコップスは言った。


「ば、バカ者! あんなに近付けんでも見えるわ! ワシを殺す気か!」


「いやね、ご高齢ですし、近くでないと見えないかな?と思いまして」


「老眼と近視は違う! 分かっててやったろ!」


「これは失礼しました」


 にっしっし、と笑うコップスに対し、再び殺意が湧き上がるのを抑えるのに老人は必死だ。


「では、心臓はそのままにしていい。後はどうだ?」


「無傷な臓器がひとつだけあります。子宮ですが、取り出して解体しますか?」


「当たり前だ。子宮の中に子どもがいるのか確かめろ」


 ヘイヘ~イと、取り出した子宮にメスを入れる。


「アレレ?中には何も無いですね。エコーに反応があった胎盤の形跡すらない。こんな事があり得るのか?」


「お前が妊娠していると言ったんだ。もっとよく調べろ」


「調べろと言われましても、これ以上バラバラには出来ないっスよ。きれいにバラしたから署長にだって分かるでしょ? 何もありません。空っぽです」


「ならば、お前が計測したデータが間違っていたという事だ」


「それは無いですね。なんならご自分で調べますか? データは僕のデスクにありますから署長の端末に送りますよ」


「ああ、そうしてくれ。コフィが記録した解剖時の映像も一緒にな。今夜ゆっくりと調べる」


「これであらかた終りました。後はこの臓器をそれぞれ検査機にかけるだけですので、僕の仕事はおしまいですね。残りはコフィ君が頑張ってくれると思うから上がってもいいですか?」


 なんだ?最後までやらんのか?と思ったが、精神衛生上これ以上は一緒にいたくなかったので「ご苦労さん」とひとこと言って退室を認めた。コップスが去ると、残るふたりは互いに顔を見合せ、魔王ヨムルの死体を少し眺めていた。


「コフィ、後の処理は任せてもよいか?流石に疲れたようで、少しふらつく」


「私も同様です。こいつの精神攻撃は半端なかったですからね。少し休んでからでよければ、後の事は自分が一人でやっておきますから、遠慮なく休んで下さい」


「すまんな。宜しく頼む。ダメージが抜けておらんから少し眠りたい」


 そう言って退室した署長の後ろ姿を見送り、ひとり残ったコフィは「さて」と言いながら死体に視線を戻した。


 ミイラ化したヨムルには、美しかった頃の面影などひとつも残っていない。頭蓋を開かれ脳を取り出されており、眼球すらないその悲惨な姿に、コフィは少し気の毒な気持ちになった。殺されそうになったのは事実だが、不思議に憎しみは沸いて来ない。実験動物が噛みついたからと言っていちいち怨んでいては、研究員など務まらない。魔王を研究対象としたこの管理室に配属された時から、少しくらいの危険は覚悟していたのだ。


 魔王たちの戦闘力は自分達よりも高い。こちらには言霊縛りという絶対的優位性を持つスキルがあるから扱えるが、それと魔王に刻んだ刻印による鎖がなければ、とてもじゃないが近付く気にもなれないだろう。今回の事も、不測の事態に備えた『制御棒』というセキュリティが機能しなかったら全滅していたのだ。


「あんな『呪いもの』がどうして必要なのかと思っていたけど、今回は本当に助かったよ。魔王ひとりに付き一本しかないんだから、あれで抑えられなかったら終わりだったもんな。櫛名田ブランドは目玉が飛び出るほど高価だけど、信頼性は抜群だ」


 コフィが、誰に言うともなくそう言って道具類の片付けを済まそうとした、その時・・・


「そうか。それを聞いて安心した」


「だ、誰だ!?」


「なかなかに厄介な呪いをぶつけてくれたな。この礼はたっぷり返してやるぞ」


「な、なんだ!? 頭の中に直接?」


 ブシャ!


 コフィの体が粉微塵に砕け散る一瞬前に、フワッと起こった蒼白い炎により全ての肉片は床に落ちる前に灰となって消えていた。コロンと床に転がった記録用機械が、ジュ!と音をたて熔けて蒸発するが、不思議な事に、その床には高熱によるダメージの跡が何処にもなかった。


 それから少し間を開け、手術台に横たわる完全なる死体であるはずのヨムルがゆっくりと上半身を起こした。口元に笑みが浮かび、残虐な狂気を含んだ瞳が光る。取り出されたはずの眼球はあるべき場所にいつの間にか戻っており、ミイラ化した肌はみるみるうちに再生する様子を見せた。


 生きた呪いを残す心臓を自らの手で掴み出し、炎で包んで消してしまっうと、心臓があった空間に蒼白い炎が浮かびあがり、肉を備えた新たな心臓を作り出して行く。バラバラに解体された子宮の肉片を無造作に手で掴んで腹に戻すと、ヨムルは手術台から足を下ろしてゆるりと立ち上がった。


 そして、ユラユラと左右に体を揺らしながら歩き出した先にある手術室の扉が蒼い炎に包まれて消え去ると、システムが作動して警報が派手に鳴り出した。


「なんだ! 何が起きた!?」


 個室に戻って仮眠を取ろうとしていた老人は、警報の音で飛び起きた。侵入者の存在を告げるアラートが鳴り響くが、監視モニターには誰の映像も映っていない。


 解剖手術を行った第3区は、異常な熱量による被害が続出していた。霊的特殊鋼であるアダマンタイトを加工した扉が、まるで飴細工のように熔け落ちて無惨な姿を曝している。だが不思議な事に、扉を溶かした肝心なモノの熱源反応がないのだ。反応は熔けた扉によるもので、何によってどうやって溶かされたのか全く分からない状態だ。魔法でもなく、ましてや爆発物や物理的エネルギーの放射でもない。


 起き上がり駆け出した先は、自身が管理する研究塔ではなく、防衛機能を有したコントロール室がある中央司令室だった。緊急時は、各部署の署長は即座にそこに集まる決まりになっている。


 謎の襲撃者により持ち出されたのか、ヨムルの死体は手術室にはなかった。中央司令室に向かいながら携帯端末機でコフィを呼び出したが、何度コールしても応答がない。既に殺されている可能性もあった。


「緊急事態だ! 特一級厳戒体制発令!」


 コントロール室に駆け込むなり、駐屯基地の総括責任者であるラッケン司令官の声が耳に入った。


「司令、何が起きているのですか!?」


「ロイドンか! 全く何も解らん。侵入者の姿はどのモニターにも映らんのだ。だから、目視で確認させる為に偵察部隊を向かわせたところだ。すぐに報告が入るだろう」


「発見しました。侵入者は1名と確認。赤い髪の女です! 現在、第42番通路を南棟に向かって進んでいます!」


 ロイドンと呼ばれた老人の後ろから駆け込んできた偵察部隊のひとりがそう叫んだ。 


「よし。南棟への通路を全て閉鎖しろ。

対魔法隔壁下ろせ。続いて全棟に通達。念の為、非戦闘員は全員避難開始だ! 戦闘員は完全武装して対象を挟み撃ちしろ。対魔結界レベル4で発動! 逃がすな! 必ず捕らえろ!」


 コントロールルームのモニターには、完全武装した兵達が銃を手にして走る姿が映し出されていた。その数は総勢80名と聞いた。彼らは四人一組(フォーマンセル)でひとつの班を構成している。


「偵察隊と第8班が合流。続いて第5、第13班も間もなく合流します」


「合図があるまでは手を出すなと伝えろ。データ解析はまだか! いつまでかかっている!」


「司令、数値が安定しません。これは・・たぶん計測ミスです。もう一度はじめからやり直します」


「いいから出せ!」


 計測された数値が正面の巨大モニターに映し出された。その数値に誰もが息をのみ、呼吸をするのも忘れ凍りつく。


 止まっては動き、止まっては動きを繰り返すその数値は、既に12桁に達し・・・信じられない事に、更に上がり続けていた。


「なんだこれは? いったい何が起きている!?」


 12桁全てが9で埋り、画面が赤くなると同時に計測不可能を告げるシグナルが激しく点滅した。と、その時だ。「ゴワァン!」という音と共に激しい揺れが基地を襲い、けたたましいサイレンの音が駐屯基地内部全てのエリアで響き渡った。


「第42番通路を中心に、27のブロックが消滅しました!」


 揺れがおさまり、状況を確認したオペレーターが叫ぶ。基地の全エリアを表示した地図から、南棟周辺のブロックがごっそりと消えていた。いったい何が起きているのか全く把握できない。偵察隊を含め合流したはずの兵達からの連絡は途絶え、生存を告げるシグナルは全て消えていた。


「基地内の温度急上昇!! このままでは絶対隔壁が融解します」


「なんだと!? それだけは何としても防げ!」


「ダメです。緊急隔離コードが作動しません!」


「一番から十六番隔壁の融解を確認。壁面温度さらに上昇!――――何ですかコレは? こんな温度あり得ませよ! 太陽がこの地上に出現したとでも言うんですか!」


「48ある絶対隔壁の半数以上が融解しました。残りは21、20、19・・・このままではメインシャフトの入り口が丸見えになります。――――アビス核への通路が剥き出しになる!」


ーーーヤバいぞ!これはマズい!

赤い髪の女だと? いったい何だと言うのだ! 

絶大威極神ゼツオオイノキワメガミ様クラスの神がなぜここに現れる!?


ーーー何の目的で・・・・まさか、アマテラス様が?



 司令官ラッケンは、これほどの熱量を操る事が出来る神の名を他には知らない。そしてそれは、今回の悪夢のホンのはじまりでしかなかったのだ。




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