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召喚の儀式【2】精神潜行(マインドダイブ)


 ポタリ、ポタリ、ポタリ

 頬を伝い、赤い雫が落ちて行く。


 ポタリ、ポタリ、ポタリ

 落ちた雫は水面(みなも)を揺らし、ゆっくりと滲みながら黄金水に溶けた。冷たい刃を喉元に突き付けられたような重苦しい静寂に、誰ひとり動ける者は居ない。誰もが思い浮かべた暴走という言葉。現実となれば、儀式どころではない。少なくとも、この大陸に存在する文明は根こそぎ消滅するだろう。


 莫大なエネルギーが蓄積された召喚魔法陣が、発動の基点を失い破裂するのだ。本来、月に向かって放つはずのエネルギーが地上に降り注げば、前代未聞のとてつもない事態を引き起こす事は火を見るよりも明らかだった。


 今回は従来の召喚とは規模が違う。制御プロセスの構築だけで700を超えた魔法陣だ。つまり、単純計算で10倍近いエネルギーを使い、約10回分を一回で消費してしまうのである。



 わたしは誰?

 ここはどこなの?


 何も分からない・・・

 何も考えたくない・・・


 心は深く閉じ、暗い暗い闇の底へと果てしなく潜って行った。びきき、と空が嫌な音をたてる。キィーンという耳鳴りが魔王達の鼓膜を襲い、天を埋め尽くした真っ黒な雲が激しくうねり、風は甲高く悲鳴をあげた。


 空がびしゃっと光った瞬間、目も眩む巨大な光が天と地を結ぶ。同時に大地が揺れ、爆音と爆風が石舞台を襲った。砕かれ四散した森の木々が外側に展開された結界にぶち当たり、撥飛ばされては夜の闇に消えて行った。


ビシャぁ!

ズッガガガァァァン!!


「うわっ!」

「くっ!?」

「ぎゃああっ!」


 続いて光る閃光と轟音!

ひときわ大きな落雷が石舞台の結界を直撃した。


 バシッ

 ピキピキピキッ!


 無数の亀裂が空に走った。

たった一撃でこの威力!その規格外のパワーに、魔王たちですら青ざめた。絶対防御に近い高レベルの結界が、まるで初心者が造った出来損ないの防御壁のようにボロボロにされる。


「これはヤバいでぇぇ!」

「天之台の結界にヒビが!?」

「や、やめて!!ストップ!ストップだよ~っ」

「落ち着け!落ち着くのだ!」


 魔王達は見た。

空を走る無数の亀裂が、追い討ちを掛けるように続けざまに落ちた雷撃によって四散するのを!


「ごわっっっ!!!」


 結界の消滅とともに、凄まじい風と大気を切り裂く音が全てを埋め尽くし、視界を奪った。魔王達の必至の叫びも轟音にかき消され、もはや誰の耳にも届かない。


 見上げた空に、石舞台を中心として渦巻く黒々としたぶ厚い雲が現れ、千切れた葉や枝が竜巻に吸い上げられて、集う13体の異形の魔王達に容赦のない嵐の洗礼を叩きつけた。


 体が小さきチョロスなどは、床に敷き詰めらた石盤の隙間に爪を立て吹き飛ばされまいと必死にこらえている。他の者達も、それぞれに精一杯この嵐に耐えていた。


 その嵐の中をひとり、平然と立つ黄金の骸骨が手の内に引き寄せた身の丈よりも長い錫杖を振り上げ、術を唱えながらカツンと床に突き刺した。錫杖に模された龍の双玉が光り出し、それを中心に半円形の壁が広がって召喚陣全体を包み込む。


「大王さま!?・・・」


 まさに吹き飛ばされる寸前であったチョロスはホッと息を吐き、立ち上がりながら大魔王を見上げた。錫杖の双玉が鋭い光を放ち続けている。とりあえず安全な足場を確保できたチョロスは、周囲をぐるりと見渡して状況を確認した。


 少女が座る石台を中心に、召喚陣の周りを円形の陣が25個配置され、うちの13個の中には魔王達が立っている。24個全ての魔法陣に均等に魔力を集積させた状態で異世界の扉を開き、対象者をこちらの世界へと引き寄せる異世界召喚陣。より高位の異世界から厳選なる者を呼び寄せるには、膨大なエネルギーの他に生け贄となる者が必要とされる。


 10年周期で行われる魔族側の異世界召喚。

『姫城ゆかり』の召喚を指揮し、20年前にこちら側に呼んだのも当時より魔族を支配していた大魔王ゾーダだった。


 ゾーダが魔王としての資質を示し、小国『グロスキ』を興したのが140年前のこと。それ以前から異世界召喚は行われており、儀式には世界中の魔王全員が参列する慣わしになっている。


 今日、この時この場には、彼を含め13名の魔王が集まっているが、毎回この数がそろうわけではない。魔王としての資質を持つ者が現れなかったり、魔王が何かの事情で不在であったり、慣わしに従わず儀式に参加しない魔王たちもいるからだ。姫城ゆかりが召喚された時は、魔王と呼ばれる者たちは20名もいた。


 魔族にとっては完全に逆風の時代であり、人類側に出現した『イカれた勇者』により領土は次々に蹂躙され、占領されて行った敗北の時代でもあった。全盛期に拡大した土地の全てを奪還されたばかりか、肥沃な土地の大部分を奪われ、食糧不足に飢える者が激増し、魔族同士での奪い合いや殺し合いが各地の至るところで起きていた。


 戦乱期には魔王の資格者が多く現れると伝えられている。事実、いままで魔王を選出させる事のなかったドワーフや、妖精族のピクシー、個体数の少ない鬼族(オーガ)や、賢人族のエルフなどからも王の資格者が現れた。


 20を超える数で異世界召喚に望んだ歴史は存在しないが、姫城ゆかりの召喚には、過去最大数と同じ数での大規模召喚が行われた。


 召喚には存在のエネルギーを莫大に消費する。

参加した魔王達の中には消費した分が元に戻らず、そのまま魔王の資質を失う者もいた。それが異世界召喚に参加しない魔王もいる最大の理由のひとつだが、彼女の時は特に多く、新参魔王の5名と古株の2名が退く事になった。


 古株の天狗と妖弧の2名は高齢であったので、隠居するには良い機会だと言って大事には至らなかったが、新参者の中には状況を受け入れられずに、以後ゾーダと敵対する者も表れた。エルフと呼ばれる人に近い姿をした種族がそうである。


 今回の召喚は、大魔王を含めて13名だった。

最大規模とは言い難いように見えるが、実は全くそうではない。姫城ゆかりの願いにより、召喚陣の限界能力を引き出して行う臨界型召喚魔法パーフェクトリングを歴史上初めて使う異例づくめの試みだった。


 エネルギーを供給する為の魔法陣は24個。

これら全てを臨界突破させるには、各々が約2人分の存在エネルギーを提供しなくてはならくなる。只でさえ魔王の資質を失う危険があるのに、通常の倍近い量を供物に捧げるなど、協調性に乏しい魔族には有り得ない事だった。しかし、それを可能にしたのは魔族の歴史的大英雄ゾーダそのひとの人望と、贄となる姫城ゆかりに対する其々の想いからであった。


 1時間以上行われたチャージで、魔法陣に蓄積されたエネルギー量はとっくに臨界点にまで達している。にも関わらず発動しないのはなぜか?


「チョロスよ、戯れが過ぎたな。すまなかった」


 ゾーダはチョロスの指摘が正しい事を知っていた。


「大王さま?」


「ワシの想いが発動を妨げていたのかも知れん。正直ワシは手放したくないのだ。それが抗いようがない決められた事だとしてもな」


 ゾーダはチョロスに心のうちを漏らした。

それは、嘗ての大魔王を深く知る者であれば信じられない事であったけれど、その想いがここに集う魔王全てに共通したものであった為に、チョロスを含め全員がその気持ちを理解する事が出来た。


 ゾーダは少女の事が好きなのだ。

それは愛情とかでなく、気に入っているから手放すには惜しいと思う程度だと大魔王ならば言うであろうが、好きという事実に代わりはない。


 それに皆も少女の事が好きであり、彼女の功績には最大の敬意を払っていた。そうでなければ、魔王としての資質を失う危険があるにもかかわらず、このような方法での異世界召喚を了承するハズがないのだ。


「大王さま、それは我輩も同じであります。

期はとうに熟しているというのに召喚陣が発動しなかったのは、皆がそれを真に望んでいなかったのが影響していたのでしょう。原因は全員にあると言えますっチュ」


 チョロスの言葉に皆が頷く。


「そうなのかも知れんが、もはや時間がない。厚い雲で見えんが、既に月は完全に重なっておる頃だ。猶予はあと1時間もないのだよ」


 空はまだ黒雲がうねり、雷撃が大地を穿っている。

防御結界とともに確率操作の術式を展開し、雷が直撃するのを防いではいるが、それもいつまで効果があるか分からない。急がねばタイミングを外し、異世界召喚は強制的に終了してしまう。強制終了となれば失敗だ。贄となる『姫城ゆかり』が消滅しても次の召喚者は現れない。その最悪のシナリオだけはなんとしても防がねばならなかった。


「メリーサ!ヨムルと協力し『イヴ』の心に潜れ!

ユニゾンダイブを行い、精神をこちら側に引き戻すのだ。各魔王は現状維持に全力を尽くせ。余裕のある者は結界に力を回してくれ。次にあの雷撃が直撃したら、ワシひとりで防ぐ自信がないのだ」


 ゾーダの口から自信がないなどという言葉を聞くのは初めての事だったので、皆にざわめきが走り、雷撃が見た目以上にただの雷ではない事を思い知らされた。それよりも、名を呼ばれた二人は大きく慌てて大魔王に尋ねた。


「精神ダイブするには『イヴ』に直接触れなければなりません。私達がいま円陣から出たら、押さえている魔力が噴き出してしまいます!」


 最古の魔族、蛇王(スネークロード)ヨムルが言った。


「そうなのだ。いくらメリーサちゃんが超スペシャルに優秀でも、触れずに潜るのはちょっと無理なのさぁ!」


 自分をちゃん呼びする夢魔王(ナイトメアロード)のメリーサは、フードを外しフサフサしたモコモコの髪の毛から出たクルリと巻く可愛らしげな角をちょんちょんと拳で叩たきながら、何故かクルリと回ってから可愛らしくポーズをキメた!


「アタシらが離れたら魔法陣はどうするの?

せっかく貯めたエネルギーが全部パーになっちゃうよぉ?」


 夢魔(ナイトメア)は精神系魔法のスペシャリストだ。

もともとは性別もなければ肉体もない精神世界(神霊界)の住民なのだが、物質界に干渉する為にはどうしても肉体が必要になるので、一般的には夢を連想させる動物に姿を象って受肉する場合が多い。内包する存在力が大きければ大きいほど人に近い姿になると言われ、彼女の場合は人に限りなく近い羊娘だった。


 眠れない夜に羊を数えると寝つけるというが、夢魔は羊の姿で人の夢に現れ精神エネルギーを喰らう。食べられた対象は疲れてスヤスヤと眠ってしまうわけだ。食べる量を間違えるとそのまま目が覚める事なく御臨終である。


 人間の夢を好んで食すが、人でなくとも知性がある生物であれば全て彼らの餌となる。夢でなくエナジードレインという方法でエネルギーを摂取することも可能だ。妖獣の貘やサキュバスなども夢魔の卷族として有名であるが、本質的には同種で見た目が違うが中身は同じだ。元々彼らには形が無いのだから、姿などどうでも良かったのである。


「それは心配せずとも良い。お前達の抜けた穴はワシがひとりで請負う」


 ゾーダの言葉に一同からざわめきが起こった。


「そ、それでは大王さまの負担が大き過ぎます!只でさえ空席の陣を制御しておいでですのに、更に2つの制御を担えば、ご自身の陣を含め14基!半数以上の制御など自殺行為ですぞ!」せめて我が・・と進言するチョロスに制止をかけ、ゾーダは不敵な笑い声を上げた。骸骨には表情がないので言動で察するしかないが、この緊急時にもかかわらずゾーダには余裕すら伺える。


「心配など不要!ワシを誰だと思っている?大魔王ゾーダに不可能な事など存在しな〜いのだ!!」


 おお!さすが大王さま!などと歓声が上がる。


「と、いうのは嘘だ」


 え?


「考えてもみよ!いままでの召喚ならいざ知らず、今回は史上初のパーフェクトリングだぞ?臨界突破のフルスペック召喚など誰も経験した事はない。各々の負担も今までとは比べ物にならぬはずだ。辛いであろう?」


 うん、うん、と魔王達が頷く。


「不在の陣全てを制御するなど、如何なワシでもさすがに無理があると考えた者もいたのではないかな?」


 その言を聞くと、大魔王から一番遠い位置にいたひときわ大きく立派な体躯を持った魔王が口を開いた。


「その事は我にも疑問だった。失礼だが、我と大王の間にそれほどの実力差は無いと感じていたのだからな。定員の半数に届く程度の人数でフルスペック召喚など、はなから不可能だと思っていた。しかし、蓋をあけてみればどうだ?大王は臨界に達して今にも弾けそうな陣の制御を見事に行い、こうして防御結界まで張ってみせる余裕ぶりだ。大王の実力を随分と過小評価していたと認めよう。そして、謝罪せねばなるまい」


 魔王随一の実力者であり、ポスト大魔王といわれる竜王は、失礼致したと深く頭を下げた。


「イヤ、イヤ、竜王よ。お主の慧眼は実に正しい。

お主は強い。実力差など無きに等しいとワシも思うぞ。肉体を有していた頃ならいざ知らず、魔法に特化せざるを得ない現状では、お主にこそ歩があるやもしれぬと思うほどだ」


 少し得意気に、しかし周りにはそう悟られぬよう注意を払いながら大魔王は続けた。


「今回のフルスペック召喚にあたり、ワシには2つ前もって用意していたものがある」


 え?それは何ですか~?と、大王に注目が集まる。


「ひとつは召喚エネルギーを集めた後、それを維持し制御する自立型結界の開発だ。呪文を唱えた後に頭上で2回手を叩かせていただろう?あれがそうだ」


 ナニ!?、あれがそうか!?と驚く魔王達。

ふざけているのかと思った!などと言う奴もいて、一時大王に殺意が走るが、皆でなだめて話を促した。とにかく時間がないのだ。急げと言いながら自慢話を続ける大王に少しうんざりしながら、一同は彼の言葉に耳を傾けた。


「自立結界は召喚陣本体同様に自然エネルギーを利用している。ワシはそれに僅かな魔力と術式を乗せ、複数回重ね掛けしたのだ。ひとたび術が確立してしまえば後はワシへの負担は少ない。確立させるまでは数が多いだけに大変ではあったがな!」


 オオ!スゲー!!

 さすが大王さまだ!という周囲の声に気分を良くしながら「後はこれだ!」と、首に掛けていたネックレスのひとつを外し、高々とかかげて見せた。


「これは3年前に『イヴ』から渡されたモノだ」


 直径5㌢ほどの水晶球が12個列なり、その一個一個に何やら文字のような模様が浮かび上がっている。


「この文字はイヴの世界で使われている魔法文字で、『梵字』というモノらしい。文字の意味までは分からんが、ワシはこの数珠玉に3年間毎日欠かさず魔力を注いできた。それも今日という日を想定しての事だ」


 実は半ば強制的に指示されての事だったが、それは伏せておいた。言う必要はないと姫城ゆかりからも言われている。


「この数珠には、召喚終了後疲弊したお前たちを回復させるに余りある量の存在力が貯められている。故にその一部を使えば、制御する陣がひとつふたつ増えようが心配には及ばぬのだ!」


 回復が保証されていると聞かされた魔王達は、今度こそ本当に歓声を上げた。初挑戦のフルスペック召喚に納得済みで参加したものの、やはり心配だったのだ。


 回復できずに魔王から引退せねばならなくなった時、残された一族はどうなるのか?資格消失者が多数出た場合、召喚が成功したとしても重大な戦力不足に襲われるのは必定。そのとき、新しい召喚者ひとりで人類側の戦力に対抗出来るのか?そもそもパーフェクトリングなるものが本当にそれほどの者を召喚出来るのかの保証など何処にもない。


 魔王達は、姫城ゆかりが言っていた事を信用しない訳ではないが、今回の召喚が最後になり、次に現れし最強の異世界人により全の争い事は終結し、世界が平和と繁栄に満ち溢れるという夢物語のような話を手放しで信じる事は出来なかった。


 確かに、姫城ゆかりと同格の者が来る可能性はかなり期待が持てるだろう。逆に通常の異世界召喚をこの人数で行った場合、彼女の劣化盤が来る可能性は高くなる。今の状況で彼女が消えるのは魔族にとっても非常に芳しくない事態となる事は間違いなかった。


 人類側は彼女が召喚により消えることを知っている。ここ数年、人類側とは小競り合い程度で済んでいるが、もし『姫城ゆかり』という抑止力が無くなれば、すぐにでもあの『イカれた勇者』を前面に立て総攻撃を仕掛けて来るに違いないのだ。



「急げメリーサ!ヨムルと共に!!」


――――ってか、テメー話長すぎだ!


 不満を漏らしながら、ふたりの女魔王は大魔王の激令を受けて少女に近付いて行った。


 さすがに正面に立つ勇気はなかったので、死角の背後からゆっくりと気配を消して忍び寄る。メリーサが直接肌に触れさえすれば、蛇王ヨムルが彼女を拘束して動きを封じた隙に精神ダイブが出来る。


 ヨムルは能力を封じるのも得意だが、同調した相手の能力を何倍にも高める同調覚醒(ユニゾンドライブ)という特殊スキルを最も得意としていた。これから行うのはさしずめ同調覚醒精神潜(ユニゾンドライブダイブ)といったところか。


 とにかくスピードが勝負だった。

取り付くのに失敗し、反撃でもされたりしたら水妖のヨムルは特にだが、雷属性に耐性がないメリーサはあの強烈な雷に撃たれたら一瞬で黒焦げになる。死ぬかどうかは別にして、重傷で行動不能になるのは間違いない。


――――うわぁっちゃ〜、メッチャ緊張するなぁ~


 メリーサとヨムルが組んだ事は一度もない。同じ女性魔王という立場もあってか、なんとなく反目しあっていた。自分の事をかなりイケてる女子と思っているメリーサも、蛇の妖魔であるヨムルには一目も二目も置いていた。ヨムルは彼女からから見ても相当な美形なのだ。


 タイプは違えど、美しさという視点だけを見れば負けているとさえ思う。スレンダーではあるがやたらと妖艶な雰囲気を持っており、実力も相当なものだと聞いている。あの大魔王ですら一目を置き、重大な事が起きた時の切り札として蛇王ヨムルを起用している。


――――大王さまが太鼓判をおす、その凄〜い実力ってのを見てせもらおうじゃないさ! ダイブの途中でビビッたら笑い者にしてやる!!


「ヘマだけはしないでよね?今回はアタシがメインで君はサポート役。そこんところ間違えないように注意してよネ!」


「ええ、承知しているわ。アナタも気を付けて」


 短く鋭い答えを返すヨムル。

誰もが浮足立つ中、彼女だけは不思議なほどに落ち着いている。肝が座っていると言うより、全て分かっているというような確信に満ちた眼差しだ。自分の実力によほどの自信がなければこうは行かない。


――――くぅ~、なになに、出来る女ってやつ~?


 ライバル心を剥き出しにした夢魔王メリーサと、そんな事は全く意にかえさずといったふうの蛇王ヨムルは、初のコンビを組んでかなり危険なミッションに望む。



 ゆっくりと慎重にふたりの女魔王が少女に近づく。

これ程の緊張感は魔王といえど貴重な体験だったが、それを楽しむ余裕はメリーサにはない。落ち着いて涼しい顔をしているヨムルの方が異常なのだ。


――――くううっ、心臓が張り裂けそうだよぉぉ


 メリーサはイヴの背後にまで到達した。すぐ後ろにはヨムルが控えている。距離はあと30㌢。しかし、触ればさすがに気付かれるだろうし、振り払われでもしたらそれでオシマイだ。


 少しでも注意をそらして欲しい。

そう願いを込めて、正面に位置する獣王と蝕王に目とジェスチャーで合図を送った。


 このふたりははっきり言って脳筋だ。

魔王の中でも最も多い卷族を従える二人が揃って筋肉バカというのも何だか自然の摂理めいたものを感じないでもないが、今回、偶然にもほぼ正面にふたりが来ていたのはメリーサとヨムルにとって不運でしかなかった。先程から身振り手振りで合図を送っているのに、全く理解出来ていない様子だ。


 獣王はなぜか元気に耳を立てて嬉しそうにニコリと笑い、両腕をつきだしてサムズアップをし、その口元にガ・ン・バ・レの四文字を繰り返しながらウインクを送って来る。


 対して蝕王はナニを勘違いしたのか興奮しはじめ、ハアハアと息を荒くして目をハート型にしながら涎をたらし、肥満体を揺らしながらメリーサを見つめてブヒーと叫びながら円陣の中をクルクル回わりだした。


 駄目だコイツら!

 後で殺す!


 ふたりは拳を握りしめて怒りをなんとか抑え込むと、もはや我らだけでやるしかないと目配せして頷き、ゆっくりと少女の肩に手を伸ばした。


 やった!

 触れたよぉ〜!


 後はヨムルが少女の動きを封じることが出来れば、その隙にダイブする事が出来る。


 頑張って!ヨムルちゃん!


 相棒に期待を込めてエールを送り、精神ダイブへと意識を集中しようとした。が、なにやら相棒の様子がおかしい。首をふり、涙目でメリーサを見てくる。


 額には大量の汗が吹き上がり、少女を拘束する為に突きだした両の手はブルブルと震え、何かの力が衝突していることを示すように爪の間から血が滲み上がっていた。


 そしてメリーサは気づいた。

少女の首がゆっくりと動き、後ろを振り向こうとしているのを!


 拘束できていない!?

今触れている肩を振り払われたらダイブは不可能になる。そればかりか、結界なしの状態であの目に見据えられたら無事では済まないと直感が告げていた。


 意識してやっている訳ではないと思うが、あの視線の先にある白い世界は虚無へと続く空間呪縛呪の牢穴だ。呑み込まれたら異空間に飛ばされ、この世界へと帰る事は出来ないだろう。


 ヨムルが必死に堪えるが、少女の首はゆっくりと回転を続け、90度をこえてもなお止まる気配がない。歴代最強であり、規格外の強さだと言われた姫城ゆかりに何が起きても不思議はなく、彼女は常識や理屈が通用しないチート的存在なのだ。


 あの『イカれた勇者』に唯一対抗できた彼女の能力は、魔王達が束になろうと絶対に敵わぬ特殊なモノだった。故に『規格外』と呼ばれているのである。


 ヤバい!ヤバいよヨムルちゃん!

ヨムルとメリーサの視線が交差した。


「ごめんメリーサ・・私じゃ無理みたい・・」


 途端、ヨムルの全ての爪が剥がれ吹き飛んだ。

それを追うように指が、手が、腕がよじれてネジ切られ、無残に四散し肉片(ミンチ)になって行く。


「びちゃぁぁ」と大量の血液が吹き上がり、両の腕を根元から無くしたヨムルは、そのまま吹き飛んで仰向けにドサリと倒れた。


「ヨムルぅ!!」


 相棒の哀れな姿に硬直するメリーサ。

それを真っ白な瞳の無い空洞が犠牲者を求め更に回る。首はついに180度を向こうとしていた。


「ちくしょーっ!アタシはこんなたかちで終わる為に召喚に望んだ訳じゃないんだ!姫ちゃんお願い!正気に戻ってぇっ!!」


 メリーサは叫んだ。

が、その声は少女には届かない。

白い虚無の双眼がゆっくりと、しかし確実にメリーサを正面に捕らえようとしていた。焦点が合えばその時点で全てが終わる気がした。この手の感が外れた事は一度もない。


 と、その時だ!


「ブヒヒーン!!」と、下品な叫び声が前方より大音量で立ち上がった。見ると、先程円陣の中をクルクル回っていた蝕王が着ているローブを破りながら雄叫びをあげている。醜い瘤だらけの黄色みがかった分厚く硬い皮膚を露にし、巨大な猪頭魔人がメリーサの視界の中で衣服を放り捨てた。


 しかも!歪な形をした生殖器官から気持ちの悪い膿汁がドクドクと流れ出して、信じられないほどの悪臭を放っていた!


「もう、我慢出来にゅわぁい!!」


 ブヒーンと叫び、よだれ)が飛び散る。

聖魔石の床が酸に侵されたようにシュワシュワと溶け出し、さらなる異臭を周囲に放った。蝕王と呼ばれるこの魔人は、血液を含む全身の体液があらゆる物質を腐食分解する特殊な酸で出来ていて、少し触るだけで究めて危険だ。


「メリーサちゃん、君の気持ちは受け止めたぁよ!今すぐ交わろう!ボキのお嫁さんにしてあげるよぉぉ!」と叫び、醜い魔人は脂肪で揺れる体躯を引きずるように突進してきた!


「うぎゃあぁぁぁ!!」


 あまりにも醜い姿に身も凍り、メリーサは目をふせる事すら叶わず絶叫する。先程のジェスチャーをどうやら求愛と受け取ったらしい。


 メリーサは動けなかった。

いや、あまりにも突拍子もない蝕王の挙動に、全員が行動不能になった。


 その時、


 ビシャァーン!!!


 閃光が魔王達の視界を奪い、振動が落雷を告げた。焦げた肉と蛋白質が焼ける嫌な臭いが周りに充満する。視力が回復した魔王達が見たモノは、円陣の端に転がる焦げて炭と化した肉の塊だった。


「あわわわっ」


 隣に居た獣王は腰を抜かしてへたり込んでいる。

しかし、程なく絶命したものとばかり思われた黒焦げの肉がもぞもぞと動き出したのを見ると、ため息とともに「チッ」と舌打ちが周囲から洩れた。


 蝕王と呼ばれるこの魔人は、たいした魔力こそ持っていないが再生能力と食欲だけは半端なく超魔王クラスだ。


『増殖大爆発』と呼ばれる固有能力(ユニークスキル)は、巨大化した蠢く肉の塊と化した蝕王が、触れるもの全てを喰らい尽くしながら無限増殖を続けるという、見るに耐えない忌むべき能力った。


 同族ですら無限の胃袋に飲み込み、消化し、自らのエネルギーに変換しながら更に増殖を続ける。魔王の中でも特殊な存在である彼には、友人もいなければ話し掛ける者すらひとりも居なかった。


 そんな孤独な彼にナントした事か、全魔族の中でもアイドル的存在の夢魔王メリーサが必死に何か伝えようとメッセージを送って来たのだ。その唇が「好き好き大好き、お嫁さんにしてぇ」と読みとれたとしても誰が彼を責める事が出来るだろう。


 責める者など誰もいない。

何故なら、彼は今も、そしてこれからも壊滅的に孤独な存在であり、それはこの先、命が尽きるまで永遠に続くのだから。


 そんな嫌われ者の蝕王であったが、今回ばかりは役にたった。あまりにも醜悪なその姿は、心を閉じてしまった少女にも影響を及ぼし、束縛術を得意とするヨムルですら止めること叶わなかった姫城ゆかりの動きを完全に停止させ硬直させたのだ。


 彼女は正面を向き、醜いバケモノに雷撃をくらわしたままのポーズで動きを止めていた。意識して攻撃したのでは無い。それは本能的に行われた防御行動だった。


「今よ!メリーサ!」


 四肢を半壊させ、両の腕を無くしたヨムルが起き上がりながら叫ぶ。相棒の懸命な呼びに我を取り戻したメリーサは、再び少女に触れると精神ダイブを試みた。


「補佐するわ」


 ヨムルは人型の状態を解き、蛇の姿になるとメリーサに絡みついた。


同調覚醒(ユニゾンドライブ)起動!」


 輝きがふたりを包むとほぼ同時に、二人の女魔王はひとつの光の玉となって姫城ゆかりの内側にスッと重なるように消えて行った。




~~~~~~~~~~~~~~~


 メリーサは夢魔である。元々は肉体の無い種族だ。

精神体となった今の姿こそ本来の姿であり、本領を発揮するのに最も適した状態であった。


 夢に潜り込み、人間などから生命エネルギーを摂取するときも同じように精神体となって相手の精神と同化する。だが、今回は少し勝手が違っていた。ダイブした相手が絶対的魔法耐性を持つ異世界人であり、目的地が表層領域ではなく深層意識の更に深い、正確な場所も解らぬ未知の領域なのだ。


 ユニゾンで能力が急上昇していなければ、夢魔王であるメリーサであっても生還の保証がない危険なダイブだった。


「いい?ヨムルちゃん。絶対にアタシから離れちゃダメだよ」


 凄まじく妖艶な、それでいて知的なヨムルの存在を確かめるようにその手をぎゅっと握る。現実世界では四肢を破壊され酷い怪我を負ったヨムルであったが、精神世界ではその姿は元通りに戻っている。


 根元からネジ切られた両腕に傷はない。

しかし、あれはかなりの傷みだったはずだ。ヨムルはダイブする時間を稼ぐために体を張ってみせた。今度は自分が彼女を守る番だと覚悟を決めると、ヨムルを真正面から見つめた。


「ここは精神世界だから、距離感も移動感覚も現実とは全く違うよ。手を離せば隣に居たとしても感知できなくなるかも知れないから気をつけてね」


「ええ、分かってるわ。私も魔王の末席を汚す者として一応の知識はあるし、精神ダイブもはじめてじゃないの」


 でもしかし、と続ける。


「ここの雰囲気は異常ね。まだ表層なのに深層領域よりもずっと厳しい気がするの」


「うん、その通りだよ。この感じは深層域よりも深い超深層領域に匹敵する精神圧がある。ドライブした覚醒状態でなければ滞在しているだけでも消耗が激しくてかなりキツいと思うよ?」 


「どちらに向かうか分かるの?」


「正直ここまでとは想像してなかったから修正は必要かな?はっきり言って、向かうべき方向が全く分からなくなっちゃった」


「え!?」と驚くヨムルに

「大丈夫!大丈夫!」と頷き掛けニコリと笑う。


「アタシを誰だと思ってんの?夢魔のエリートにして、百万年にひとりといわれた超天才空前絶後の無敵のアイドル、メリーサちゃんだよぉ!」


と、言ってポーズをキメル。


 この子、真面目に言ってるの?

と、呆れ顔を浮かべたヨムルだったが、不安にならないよう努めて明るく振る舞う羊娘の気遣いを、ありがたくそして好意を持って受け止めた。


「この中では出来ると思えば出来る。出来ないと思えば出来なくなっちゃうの。修正は必要だけど無理ではないよ!」


 このメリーサちゃんにお任せあれ!とポヨヨンと揺らせた胸を張りドンと拳で叩いてみせた。


「そうね。任せたわ」


「「では、急ぎましょう!!」」


声をハモらせ、ふたりの女魔王は少女の心を探す為に深層領域へと深く潜って行った。





************************************************


挿絵(By みてみん)




人物紹介


夢魔王ナイトメアロードメリーサ


年齢:23歳(夢魔の暦による)

身長:163㌢

体重:ヒミツ

職業:魔王 & スーパーアイドル

特技:夢渡術、限定空間内での時間操作術



 メリーサは、夢魔の中でも時間因子を持って生まれた特別な存在。アイドルグループを結成し、夢の中でコンサートを開くなどしているが、本人が言うほど歌は上手くない。ただし可愛い事は自他共に認められているところであり、魔族だけでなく人類側にも彼女のファンは非常に多い。


 いったん思い込むと周りが見えなくなるタイプで、一途な性格をしている。大魔王ゾーダの同志、魔王12柱の一人。魔法や妖術だけでなく、体術もかなりのレベルで使いこなすオールラウンダー。特に寝技が得意。


 100万年にひとりと云われる天才超絶美少女だと自分では言っている。主人公の最初の奥さんとなる。

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