蛇神の聖域【12】光と闇の破壊神 (その壱)
―――さらばだ、孫悟空。
天馬に跨がり天高く舞い上がったタケミカヅチは、心の内に生まれた感傷にも似た感情に戸惑いながら、愛馬の背に鞭を振った。とおに捨てた悟空への想いがなぜ今になって甦ろうとするのか?
「全てにおいてお前を越えた今、学ぶモノは何もない。俺の目の前から消えてくれ」
二度目の旅が終わり、軍役を退く事になった孫悟空を前に言った言葉だ。その時の悟空の顔は今でもはっきりと覚えている。弟子の自立を喜ばしく思いつつも、愁うごとき寂しげな笑顔。それさえも疎ましく、追い出すように遠避けた。
「困った事があったらいつでも呼べ。退役スッけど、オラはずっとお前ぇの友だちだ。その事を忘れんじゃねぇぞ」
高天ヶ原の宮廷に仕える近衛の護神達が外へと誘い、タケミカヅチの持宮から半ば強引に悟空を退廷させた。あのとき誰かが隣に居たような気もするが、その部分の記憶はなぜか曖昧ではっきりとしない。
ーーーいつからだろうか?
これ程までに疎ましく思い、孫悟空を遠ざけるようになったのは? 旅の間は何度も衝突し、喧嘩ごしに言い合った事など数えきれぬ程あった。しかし、その事で悟空を疎ましく思った事などなかったと思う。彼は常に隣にあり、どんな窮地も共に乗り越え、共に闘った最大の友だった。
ーーー最大の友だった?
バカな! 奴を友と感じた事など一度もない。奴が我に近づいたのは名声が欲しかったからだ。天帝の息子である我に取り入り、近衛を勤める事で自分の神格を上げようとしただけの卑しき獣神だぞ!
ーーー本当にそうか?
ただ名声の為だけに、危険を顧みず我の背中を護ったのか? いや違う。我は知っていたはずだ。孫悟空がどのような男で、どれ程に信頼できる者であったのかを。でなければ、あれほど父が気に掛けるはずがない。宮中で我の顔を見る度に「悟空はどうした?一緒ではないのか?あの者は元気にしておるのか?」などと質問した。孫悟空は天帝からも信頼されていた。
ーーーそうだ。それが最も気に入らぬ事だ!
個人的に会う時、父はまず我の事ではなく奴の名を口にした。元気にしているかだと? 当たり前の事を聞くな! 奴が元気でない時などあるものか! 殺しても死なんような奴だぞ! だが、さすがに今回は駄目であろうがなーーーククク。
ーーーなんて事を・・・
我は取り返しのつかぬことをしてしまったのではないか? 孫悟空を殺すなどあってはならぬ事だ。彼の忠義を忘れたのか? 何度命を救われた? どれほどの事を教わった? 我は誓ったはずだ。覚えているだろう? あの日ふたりで交わした誓いの言葉を!
ーーー知らん! 何かを誓った覚えなどない。
いったいコレは何だ!? なぜ我はこのような自問自答を繰り返す? まるでもうひとりの我が心の中にいるような違和感を感じる。これは本当にただの思考なのか!?
ーーー分からないのか? 武甕槌命ともあろう者が、なぜ気づかん? 我はお前の・・・
「タケミカヅチ様! タケミカヅチ様!
如何されたのですか。しっかりして下さい!」
杷倶羅の声にハッと我に返ると、タケミカヅチは周りを見回してから義理の弟の顔を見た。
「我は・・・いったい何を?」
「様子がおかしかったので呼び掛けましたが、何やら考え事に耽り、私の声も聞こえていらっしゃらないご様子でした。ここのところ色々ありましたし、きっとお疲れなのでしょう。 今日のところは一旦引き上げ、少し休まれてはいかがでしょうか? 姉上に癒しの曲を奏でて貰えば気分もスッキリするはずです」
「あ、ああ。そうだな、少し疲れたのかも知れん。
ーーーいや、ダメだ! 軍を動かすのもタダではない。一番厄介な奴を始末したのだ。予定通りこのまま遠征し沙悟の領地へ向かう。ハヌマンを少しでも匿う様子があれば沙悟の国も滅ぼす。我にも縁ある土地だが、逆らうのであれば致し方あるまい」
少しの間、様子を伺っていた杷倶羅だったが、大きく頷くと微笑を浮かべながら言った。
「分かりました。では予定通りに致しましょう。沙悟の国は領主不在が続いておりましたが、近年新しく先王の勅子、沙乃左玖良王が跡目を継ぎました。豪の者ではありませんが、水術方面に非常に秀でているとの事。知恵も回るようですので、くれぐれも油断されませぬようご注意下さいませ」
「油断? 誰に向かってそのような事を言っているのだ? 孫悟空に比べれば何の障害にもならぬ小物と雑兵だ。黙って居なくなるような家臣の息子など眼中にないわ!」
「いえ。息子ではなく娘です」
「なんだ、そうか。 張り合いが無くてつまらんな」
ふたりがそんな会話を交わしている時だ。
突然に空が翳り、月詠の力の象徴でもある月がぶ厚い雲に覆われた。そしてその雲は渦を巻くように凄い勢いで後方へと流れて行く。
月の光を無くした夜の世界は、真の闇を迎え、鋭く光るタケミカヅチの後光がなければ本当に何も見えなくなっていたに違いない。天馬や徳の高い上位神クラスの幹部達の体も光を放つが、タケミカヅチの後光とは根本的に質が違っていた。
「何だ? 何が起きた!?」
タケミカヅチはその原因が何であるのかすぐに気づいた。だが、それを口にしなかったのは認めたくなかったからであったが、その自覚は今の彼にはない。
「北の空が!?」
「何だ!? この神圧は・・・禍神か!!」
「まだ膨れるぞ! うぐっ・・・む、胸が!?」
幹部の者達は皆、胸をおさえ顔をしかめた。突如現れた得体の知れぬ神気に当てられ、その圧力と感情の渦に巻き込まれたのだ。
苦しい・・・
哀しい・・・
憎々しい・・・
そして、愛おしい・・・
感情の渦が発せられている場所。それは焼き討ちしたハヌマンの村があった方角だ。振り返った先にあったモノ、それは数々の戦場で武勲を挙げた屈強の武神達ですら見たことのない異常な光景だった。
森が赤々と燃えていた。
燃え広がった炎は、広大な土地をその熱で無に返そうと猛威を奮っていた。しかし、異常な光景とはその事ではない。これくらいの事など何度も見て来ている。もっと少ない手勢でひとつの神域ごと焼き払った事すらあるのだから。
孫悟空のいた村を出て、既に10分以上が経過している。天馬の脚であれば、村などは遥か遠く見えない距離だ。しかし上位神である彼らには千里眼の能力があり、意識を向ければその倍以上の距離であったとしても見る事ができた。その彼らが見た光景。それは、炎の中より立ち上がった見た事もないほどの巨大な人型であった。
千里眼に重ねて鑑定眼を使い、その正体を掴もうとするが、力が吸い取られるようにその人型の中に消えて行く。この感覚は間違いなく禍神だった。しかも、ただの禍神ではない。天地壊滅の危険すらあり得る超大型の天災級クラス、いやそれ以上の存在か?
胸を押さえていた幹部達の中より、気を失ない落馬する者さえ現れた。今まで、神圧のみで意識を奪う禍神などに直面した事は一度もない。幹部達ですらこの有り様なのだから、少し遅れ、地上を走り旗頭を追っていた一般の兵達は全滅しただろう。たとえ助かったとしても、重大な精神的疾病を残し現場復帰は不可能と思われた。
「まさか、孫悟空か!?」
分かっていた。分かっていながら叫けばずにはいられなかった。なぜなら、あの状態で禍堕ちなどあり得ないからだ。禍堕ちには力の暴走が不可欠であり、暴走する力さえない者が堕ちて禍神となる事はない。絶対にだ!
「どうやらその様です。これほど離れていて尚、放たれた穢れが上位神クラスの個有防壁を容易く突き抜け、あまつさえ精神汚染させるなど前代未聞ですが、事実だと認めざるを得ません。これはただの禍神ではなく、あるいは伝説クラス出現の前触れかと」
「伝説クラスだと? スサノオか!? 奴が暗黒の破壊神スサノオと同化したと言うのか!?」
「見て下さい。私とタケミカヅチ様以外の全員が既に精神汚染されました。アレがスサノオであるのか、この段階では分かりませんが、奴の神圧は超越神に届くほどの大きさです。それが今現在も膨張し続けている」
「ははは、凄い、凄い力だ! これが伝説級の力!?」
炎から立ち上がった巨大な人影は全身に炎を纏い、さながら炎の巨神の如くその力はまだ膨らみ続けている。神界において体の大きさは力を示す象徴でもある。しかし、この大きさは尋常ではない。渦を巻く雲に届かんばかりに巨大化し、更に大きくなって行く様子を見せた。
「暗黒の破壊神スサノオ! 我が求めし究極の力!
素晴らしい! 本当に素晴らしい力だ! その力、我が貰うぞ孫悟空!」
「お待ち下さい、タケミカヅチ様!!」
杷倶羅が止めるよりも早く、嬉々として飛び出したタケミカヅチは、瞬きする間の一瞬で遥か遠くに移動していた。主人を失った乗り捨てられた天馬が、戸惑いながらゆっくりと天を回っている。
「・・・ったくよぉ、先走りやがって。だから脳筋は好きじゃねぇんだ。毎回毎回、後始末してるこっちの身にもなってみろって!」
態度を変え、悪態をつく杷倶羅。
こちらが本性であるのか、表情も言葉使いも全く違う。そこには天才軍師といわれた礼儀正しい知識神の姿はなかった。
「姉貴は何であいつを選んだんだ? 確かに単純でコントロールし易いけどさ。『闇の深淵の力』を手に入れるんなら、月詠の方にしとけって言ったのによぉ」
ったく、と更に一言二言の不満を漏らした後、杷倶羅は胸元から『鏡乎石』を取り出し陰印を唱えた。
「ってな訳で、結局姉貴の予想した通りになっちゃったんだよ。
―――うん? だからぁ〜、仕方ないだろう? なっちまったもんを今更ごちゃごちゃ言ってもはじまらない。あの超神様が俺の言う通りに動く訳がないんだからさ。基本、自己中で我儘なのは知ってるだろ? ―――うん? マジ? 俺が? めんどくさいなぁ・・・
―――ああ、分かった。分かったよ。
だから、そんな怒鳴るなって。やるよ。やるから怒鳴るなって!
―――はい、はい、分かりました。お姉さまのご希望のままに!」
『鏡乎石』を懐に戻して頭をボリボリと掻いた後、杷倶羅はタケミカヅチが残した天馬の名を呼んだ。近寄ってきた馬の手綱を掴んで、自らの鞍の端にくくり付ける。
向かう先はもちろんハヌマンの村があった場所だ。既に戦闘がはじまったようで地面が時折グラグラと揺れる様子があり、森の中には動物が逃げ出し移動する気配がある。おおかたの予想はついているが、きっと苦戦している最中だろう。
「少し痛い目にあった方が、あのひとの為になる。高く伸びたその鼻をへし折って貰えばいいさ。ピンチに駆け付けた方が俺の株も上がるしな」
それほど急ぐでもなく、杷倶羅はタケミカヅチの愛馬を連れて走り出した。その顔に残忍な笑みを浮かべながら。
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タケミカヅチの前に、炎の巨神が聳え立つ。
でかい! とてつもないデカさだった。
これが見せかけでなく本物の大きさならば、今のタケミカヅチに敵う相手ではない。しかし分からなかった。本来なら瞬時にして解るはずの神力の総量や、どのような力を持つのかの情報が全く感じ取れない。タケミカヅチの眼は『神通超門眼』レベルにある。つまり、鑑定眼の最終形態だ。彼の眼力で見通せぬモノなど存在しないはずであった。
「何だコレは? なぜ奴の力が解らん?」
神圧は感じる。とてつもなく凄い事も分かる。
しかし、その底も本質も属性すら解らない。炎に見えるが炎の属性を示さないし、巨大な炎の体から予想されるような膨大な熱量が発せられていない。むしろ、眼下で燃え盛る森や山々からの放射熱の方が熱いくらいに感じた。
―――禍神ではないのか?
その疑問がタケミカヅチの脳裡をよぎる。
禍神ならば黒く染まるはずだが、その様子もない。真っ赤な巨大な炎の体を持つソレは、天に向かい大きく吠えていた。
あまりの大音量に『轟』としか聞こえないが、その叫びが生み出す感情の渦が強すぎて、受けた側の精神を容易く昏倒させた。それは禍神が放つ悪気に当てられたときの症状に酷似するが、別物だという事が徐々に分かって来た。悪気の類いならば、三貴神の後光を宿すこの身に影響を及ぼす事などあり得ないからだ。
―――禍つ堕ちでないのなら何だというのだ?
どうやってこの状態を体現させた? 悟空、お前はいったい何をしたのだ!
知りたい。その方法をなんとしても知りたいとタケミカヅチは思った。自分は既に頂点である超神となり、神としては完成してしまっている。完成した先に成長はなく、このままずっと姉と兄の下であるなど耐えられぬ事だった。
それでも完成神の上を望むのであれば、禁断の呪法に手を染める他に道はないのかも知れないとタケミカヅチは思っていた。確かな事は分からないが、そのような呪法があるという噂だけは耳にした事がある。が、どの書物にも語り部の知識にも記録がない。しかし、「確信はありませんが・・・」と前置きしながら、その方法と可能性を示したのは、巫女神である妻の阿美羅だった。
呪術や祭事を生業とし、古来より高天ヶ原に宮仕えする天帝の懐刀『櫛名田』の一族。その中にして、稀代の超天才児と云われた双子の姉。阿美羅は『麗琴の櫛名田姫』とも呼ばれる通り、奏でる立琴の音色で全ての神々を癒し魅了する力も持つ。
その美しく聡明で才気あふれる妻は、櫛名田家に伝わるある伝説をタケミカヅチに話して聞かせた。禍神となった者は堕ちる前の状態より何十倍も強い力を持つ。阿美羅が言うには、堕ちても神格を失わず『深淵の力』を己のモノとする事が出来たなら、無限にして絶大な力を得る事ができるというのだ。
そして、その力を手にした唯一の存在、それが暗黒の破壊神と呼ばれる伝説上の超絶的絶対神『スサノオ』であると。
タケミカヅチはその言葉に光を見た。己が越えると明言した兄に少し及ばず、泣き虫で頼りない姉にすら届かなかったと知った時の絶望感の中で、唯一示された希望の光だった。そして求めた。可能性を信じ、やれる事は何でもやった。しかし、禍つ堕ちから神格を保持する方法が分からぬタケミカヅチは、不用意な事も出来なかったのだ。
三神界の理は父イサナギが創ったものだ。それをアマテラスが引き継ぎ創世の神となった。
アマテラスが認めない行為は全て咎となる。それが三神界を支配するという事だ。咎神はある条件下において禍つ堕ちすることがある。禍神となってしまえば神格も地位も失ない、討たれ浄化される事になる。それがこの世界の理だった。
「炎の巨神よ! お前は孫悟空であった者か!」
タケミカヅチは叫んだ。しかし、返事はない。
「やはり自我のない状態か。現象は禍つ堕ちする時と同じだな」
タケミカヅチは正面には立たぬよう注意しながら、相手から自分が見える位置に身を置いた。
―――奴はスサノオではない。成りかけか、或いは失敗したのだ。自我が無ければ力を制御した事にはならん。それとも、まだこの先があるのか?
「答えよ! お前は孫悟空か?」
神力を言霊に乗せて再び叫んだ。
と、巨神は反応する様子を見せ、叫ぶのをやめてゆっくりと声の主を探しはじめた。
凄まじき咆哮が止み静寂が戻る。
孫悟空だったそれが自我を持ち知性があるのかを確かめる為、タケミカヅチは抜いていた超神剣カヅチを鞘に納めて両手を広げると、自分には攻撃の意思がない事を示した。孫悟空の意識を残していれば、この状態で攻撃される事は絶対にない。しかし、目の前に立つ巨神が理性無き破壊の化身ならば、彼がとった行動は正に無謀ともとれる行為だった。
緊張が走る。
心臓は高鳴り、ほんの短かなこの沈黙を今まで体験した事がないほどに長くに感じた。額に浮かび上がった汗が頬を伝い、顎から先にポトリと落ちる。
「タケ・ミ・カヅチ・・・」
感情のないグモッた声が、巨大な体の顔らしき部分から聞こえて来た。どうやら孫悟空のときの意識は残っているらしい。炎に浮かぶ目のような部分を細め、タケミカヅチの存在を確かめようとしていた。
「そうだ。我は武尊大神王タケミカヅチ。お前は孫悟空だな? その姿はどうしたのだ?」
「ガッ・・・タケ、ミカヅチィ!」
はっきりと叫んだソレは、いきなり右の拳をタケミカヅチに向かって叩きつけた。それを紙一重でかわす。 が・・・
「ほんの少しかすめたただけでコレか!?」
タケミカヅチの鎧は著しく破壊され、ボロボロと焼け炭のように崩れていく。超硬質特殊鉱石で造られ、神技精製加工された特別製の鎧が、まるで安い木製鎧のようにその形を失なった。
―――熱は感じなかったのに焼けている?
この世の理とは違う性質の炎だ。直撃されたら・・・
「我は無手だぞ。見て分からないのか!?」
タケミカヅチは両手を広げ、先程と同じように巨神の前に立った。怖くない訳ではない。鎧と体の強度を比べれば、鎧の方が勝っている。鎧を失なった今の状態でまた攻撃されれば、避けたとしても命が危ない。タケミカヅチが全ての攻撃に対し不滅であるのはこの世界での属性のような力であり、理から外れた存在からの攻撃に対しても不滅であるのかは未確認だった。
だが・・・
全ての死と滅びは我に無縁。
兄が、兄の忠臣である冥界騎神がそれを許さない。我は死なぬ筈なのだ。喩え瀕死の重傷を負う事があろうと絶対に死なない。
その思いが彼を大胆にさせる。
それが実際そうなのか試した事も無ければ疑った事もないが、兄の月詠が「お前に死を与えない」と言ったのを疑う理由などあろう筈もない。
「我にお前と闘う意志はない。話がしたいのだ」
「・・・話だと?
きさま・・・オラの妻や子に何をしたか覚えてないのか!? きさまだけは許さない。きさまのような汚れた神は・・・」
大きく指を広げた炎の手がタケミカヅチに迫る。
だが、それは途中で止まりブルブルと震え出した。
「う・・・ぐっ、」
悟空であった炎の巨神は、胸を押さえ苦しげに膝を落とす。赤い炎が点滅するように黒く染まり出した。その様子は、まるで黒い炎と赤い炎が責めぎ合うかのように、黒が赤を、赤が黒を喰らいながら闘っているようだった。
―――何だ? 奴の中で何が起こっている?
悟空よ、このまま黒く染まり禍つ堕ちするのか?
駄目だ。その前に我に教えろ!何がお前をそうさせたのかを話すのだ。話す前に自我を失うなど絶対に許さんぞ!
究極に我儘な思考に突き動かされ、タケミカヅチは悟空の耳元に接近した。
「おい、孫悟空! どうやってその力を手に入れたのか話せ! 我にそのやり方を教えろ!」
「きさま・・・まだそんな事を・・・
・・・罪の意識すら・・・ない・・のか?」
苦しむ巨神は胸を押さえ踞る。
その体はもう八割がた黒く染まり、それに呼応するように渦巻く雲が加速して、大地の木々を根刮ぎ巻き上げながら渦巻く中心部へと呑み込んで行く。そして、その渦はやがて黒く大きな口をパクリと開けた。
渦の中心、台風の目のような場所に現れたもの。それは『深淵』と呼ばれる未知の超高重力体へと通じる地獄への扉『ゲヘナゲート』だった。




