↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/91

湯けむり温泉郷【17】ヨムルの事後処理


「今回の事はラヴェイドの独断で行なわれたものであり、他の者は無理矢理に従わせられただけだったと大魔王ゾーダには報告しておきます。それでも何らかの罰は与えられると思うけど、誰かが責任をとって死なねばならないような事にはならないと思うわ」


 死に値するような厳罰を覚悟していたアレンは、ヨムルの言葉に驚き、声を震わせた。


「我々はアダムを騙して誘拐し、一時は殺そうとまでしたのです。計画が父の一存で行われたなど、ゾーダ様を含め他の魔王様方も納得などしないでしょう。しかし・・・馬鹿な自分には分かりませんが、なぜそのように温情を掛けて下さるのか。よろしければ理由をお聞かせ下さい」


 精一杯の胆力を捻り出だし、ヨムルの正面にて発言するアレン。罪の意識があるだけに、かなり勇気がいる行動だった。この国の絶対的権力者だったラヴェイドが、あのような形であっけなく消されたのだ。怖くない方がおかしい。ヨムルの実力は想像を超えた領域にあり、元より抵抗する意思はないが、気分を害されただけでこの国はおしまいだった。


「私の決定に不満があるのかしら?」


「いえ、とんでもございません。ですが、理由も分からず優しくされれば裏があると思うのが戦国の習い。イヴ様のご活躍により休戦となりましたが、闘いに明け暮れた日々の習慣が身より離れないのです」


「アレン。そなたの豪胆さは紙一重となる。以後気をつけた方が身のためよ?」


 ヨムルは言うと、少し考えてから次のように言った。


「成り行きとはいえアダムとの試合に居合わせた私が、勝者に対し褒美の一つも与えなかったとなれば、最も古き伝統ある蛇族を統べる長としての名折れとなる。今回の事は私からの褒美として受け取りなさい。アレン、あなたは良く闘いました。正々堂々、見事な試合だったと褒めてあげるわ」


 褒美と聞き、場の緊張感が和らいだ。

公式でなくとも、勝者に褒美を与えるという慣わしは古くから続いており、闘いの結果で是非を問うやり方は魔族間で推奨されていたのだ。話し合いより試合で決める。それが魔族共通の文化だった。


 規模に応じて内容も違うが、全国区で行われる武道大会ともなれば与えられる褒美も桁外れだったりする。ほとんどの場合、金品かレアアイテムだったりするが、褒美を与える魔王が誰であるかでも内容は大きく変わった。


 アレンが二連覇を達成したとき、褒美を与えたのは獣王だった。獣王はアレンに『闘迅剛気』というスキルを与えた。


 気力が続く限り、たとえ致命傷を負ってもバトルモードを維持できるという実に脳筋魔王らしいスキルだ。ただし、回復持続系魔法などと組み合わせて使うのが普通で、それ単体で使うには少々危険なスキルだった。間違った使い方をすれば、試合終了と同時に死んでしまう危険があるからだ。


 アレンが満身創痍の状態で『三身一合手』を使えたのも、このスキルがあったからこそだったが、回復術を併用しなかった為に危うく死ぬところであった。


「はい、これでこの件はおしまい。

後はあなた達の運次第ってところね。当然、詳しい調査などが行われると思うけど、全て包み隠さず協力する事。たぶん知王チョロスの部隊が来るでしょう。彼らに掛かれば何もかも丸裸にされてしまうでしょうから、ヤバいモノがあれば早めに処分しておく事。得にあの結界術式は格好の餌でしょうね」


 ヨムルはそう言って笑い話を終わらせると、湯けむりの向こう側を見つめながら心の中で呟いた。


ーーーさて、例の小娘に会うとしょうかしら。

でも、随分と生命反応が微弱ね。死にかけてる?なんにしても、このままでは長く持ちそうにないわ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「アリスの状態はどうなんだ? あんたらには分かるんだろう?」


 アリスが眠りについてしまうと、俺は娘の体を抱いているアフロディアに問いかけた。アリスの聖天の力を封印した程の人物だ。正式な巫女の修行をしており、かなりの実力を持っていたと聞く。いまの状態も正確に把握しているだろうし、回復させる手段も知っているはずだ。


「既にお気付きかも知れませんが、アリスの状態は術による反動ではありません。『義友の絆』がある以上、リンクによる誘導でこれほど衰弱してしまう事などないのです」


「ならどうしてこんな事に!?」


「あなたが闘っている間、アリスは自身の存在力を提供し続けていました。そうしなければならなかった理由を私は知りません。ですが、存在力を渡すという行為は生命力を渡す事と同じなのです」


 しかし、と続けたアフロディアは、巫女の特異な体質と存在力の関係を説明してくれた。巫女の存在力は自然エネルギーに近い性質を持っており、無くなれば周囲から自然に補填され永久に尽きることがないのだそうだ。だが、アリスには存在力を補填している様子がない。補填されるべき力が補填されない為、涸渇した存在力は生命を削り出してあれ程に衰弱してしまったのだ。


「正しく修行をした事のないアリスは、自然エネルギーを存在力に変換して取り込む事が出来ません。こんな事になると分かっていたら、ラヴェイドの目など気にせず巫女の修行をさせておくべきでした」


「なら、どうすればいいんだ?なんだってする。方法を教えてくれ!」


 アフロディアは目を伏せ、苦しげに首を振った。


「この子を成したとき、私は巫女力のほとんどを失いました。今の私には自然エネルギーを巧く扱う事が出来ません。今こうして完全に枯渇しないよう繋ぎ止めるだけで精一杯です。シュジュも頑張ってくれていますが、この子の力では難しいでしょう。ましてや、何の知識もないあなたに出来る事は・・・申し上げ難いのですが、本当に何もないのです」


 何もないと言われ、ハイそうですかなどと引き下がれる訳がない。俺はそれでも何かあるだろう!と言いかけて思い止まった。気丈に振るまってはいるが、母親が娘の危機に平気な訳がないのだ。こうなる原因を作った俺に抗議してもよいだろうに、その様子すら見せない。


 シュジュも同じだ。

アリスの頬に手を添えた俺をとても優しい目で見た後は、ただひたすら祈りを捧げてアリスの回復に努めている。


ーーー俺は・・・なんて無力なんだ!

助けられるばかりで何も出来ないなんて、情けないにも程がある!俺の意思を尊重し、無理を承知で協力してくれたアリスにどう報いる事が出来る?どうしたらこの恩を返せるんだ?


ーーー誰か・・・誰か教えてくれぇぇ!


 俺は心の中で叫んだ。叫んでどうなる訳でもないのに、そうする事しか出来なかったのだ。


「あら?死にかけてるという訳でもなさそうね。でも、この存在力の量では眠りから醒めるのは難しいんじゃないかしら?」


 後ろから唐突に声がして振り向いた先に、ヨムルが立ってアリスの顔を覗き込んでいた。足音も気配も何もしなかったのに、いつの間にか手の届く距離にいる。


「ヨムル!?」


「あちらの事は片付いたわ。アレンはリュオンのところに向かったみたい。それより、この子とあなたの関係を教えてくれるかしら?ただの友達という訳でもなさそうだけど?」


 怒っている訳でもないのに、ヨムルからモノ凄いプレッシャーを感じた。下手な言い訳をして彼女の機嫌を損ねなら、なぜだか分からないが絶対にマズイ気がした。だが、どう説明したらいいのか?どのルートを辿ろうと、俺のアリスに対する気持ちを説明せねばならなくなる。


「どういう関係?」


 すぐに答えない俺に、ヨムルは同じ質問を繰り返した。


「アリスは・・・俺の命の恩人だ。

彼女がいなければ、俺が今こうしてここにいる事はなかった。そして彼女は、君の恩人でもあるはずだ」


 考えながら、そう答えた。嘘は駄目だ。しかし、ストレートに全てを説明するのも何だか怖い気がした。


「私にとっても恩人?それはどういう意味かしら?」


「君の目的は、自分の子供を先祖返りさせる事なんだろ?その為には俺の協力が不可欠だという事を知っている。ラヴェイドは、魂を交換する秘術で俺の体を乗っ取る計画をしていた。術が成功すれば、俺という存在はこの世から消え、君の目的も達成できなくなっていたはずだ」


 アリスから得た情報もあるが、自分の見聞きした内容になるべく主観を加えないよう注意しながら、ここまでの経緯をヨムルに話した。既に知っている情報もたくさんあったと思うのだが、ヨムルははじめて耳にしたという雰囲気を作り俺の話を聞いている。


「魂爆丸という、魂だけにダメージを与える特殊な爆弾を紅兎衆に服用させ、俺に抱き付いて起爆するよう指示を出していた。その上で秘術を実行されたら、何の抵抗も出来ずに体を乗っ取られてしまったと思う。君とメリーサがここに向かっている事も、助け出してくれる事も信じて疑わなかったが、時間的に間に合わなかった。俺は君達が到着するまでの時間稼ぎをする為に決闘を申込み、勝てたらどんな要望でも飲むと約束したんだ」


「―――なるほどね。

あなたがアレンと試合をしていた理由は分かったけど、それとこの子がどう関係して来るの?」


「おかしいとは思わなかったか?

ヨムルから見て、昨日までの俺にアレンと闘うだけの技量があったと思うか?」


「正直に言って驚いたわ。猿王があなたを連れ去ってから2日と経っていないのに、あなたは想像を遥かに超えて劇的に強くなっていた。その理由がこの子の能力にあるのね?」


「そうだ。ゆかりとのリンクが回復していない俺には、時間稼ぎをしたくともその手段がなかった。アリスが協力してくれなければ、玉砕覚悟でラヴェイドに挑むところだったよ。そうしていたらどうなっていただろう?」


「誓約がある以上、直接手を下されるような事はなかっただろうけど、あの手この手で絡み取られて結局は思惑通りになっていたでしょうね」


 腕を組みながら答えるヨムル。

彼女が俺と会話をしている間も、アフロディアとシュジュはアリスの存在力を回復させる為に祈りを続けている。


 かざした手の平が微かに光り、そこから光の粒子のようなものがアリスに流れ込んで行くのが見えた。このような現象が見えるのはもちろん右目の力だ。アリスの指導と訓練でゆかりから与えられた視力は進化を続けている。今まで見ていた世界がゆっくりと変化して行くのを俺は感じていた。


「この子が私達の協力者であり、あなたにとっての命の恩人だという事は分かったわ。でも肝腎な事をまだ答えてもらってない。あなたとこの子はどういう関係なの?出会って間もない相手に、命の危険を犯してまで存在力を提供するなど普通では考えられない。何を企んでいるのか知らないけど、隠し立てするとために為らないわよ?」


 ズバッと核心に切り込まれ、俺は言葉に詰まった。大袈裟に思うかも知れないが、ここで答えを間違えればアリスの命に関わる可能性だって有り得るような気がした。それはヨムルの雰囲気から察した事だが、ラヴェイドとの闘いにおいてあれほどまでに圧倒的な力を見せた彼女が、アリスに対しては明らかに警戒していたのだ。


「俺はアリスと義友の契約を結んだ。アレンと闘う為にはリンクを形成し、彼女の力を借りる必要があったんだ」


「そういう事を聞いているんじゃないのだけれど」


「・・・どういう意味だ?」


「分からないならこちらから質問させて貰うわ。まず1つ。この子と体液を交換するような行為をした?」


「体液の交換?よく分からん表現だが、性行為の事を言っているなら答えはNOだ」


「ではもう1つ。この子の本当の名前を知ってる?」


「本当の名前?ますます意味が分からないな。アリスはアリスだろう?彼女が俺に嘘の名前を教えたとでも言うのか?」


「そう、知らないのね。それを私に誓えるかしら?」


「誓えるも何もアリス以外の名前なんて知らない。誓えと言うなら誓うけど?」


 俺がそう言うと、ヨムルはゆっくりと息を吐き緊張を解いた。あの凄いプレッシャーも薄れている。もう何がなんだかさっぱり分からない。今度はこちらの番だとばかりに質問をぶつけた。


「今の質問の意味を教えてくれ。先程までの切迫した雰囲気といい、まるでアリスを殺そうとしているかのようだったぞ?」


「その通り。殺すつもりだったけど?」


 まかさとは思うけどと続けようとした俺に、ヨムルは躊躇なくそう返して来た。


「な!? 今、なんて言った?」


「殺す予定だったと言ったの。状況次第でこの子を殺すつもりだった。殺意は隠していたつもりだったけど、タクヤの観察力は大したものね」


「なぜだ!? どうしてアリスを殺そうとする!?

こんな状態になってまで俺を助けてくれたのに、そのアリスをどうして!?」俺は取り乱して、そう叫んだ。


「その答えはここにいる女がよく知ってるわ。そうでしょ?天啓の巫女アニエス」


 アニエス?何を言ってるんだ?

ここにいるのは母親のアフロディアと姉のシュジュだけだ。先程からのヨムルの話にはおかしな点が目立つ。俺があまりにも無知なせいかも知れないが、それにしてもここに居ない女性の名前をあげるなど・・・それとも誰かがすぐ近くに隠れているとか?


「やはり気づいておられましたか?」


 声はアフロディアから発せられた。


「まさかあなたがアフロディアと名乗り、ラヴェイドの妃になっていたとは思わなかったわ。ローツオの里は何十年も前に消滅し、生き残りはひとりも居ないと思っていたのに・・・よく今まで私達の目から隠し通して来れたわね。それが天啓の力なのかしら?」


「そうです。あなた方魔王様方の目からローツオの里を隠す為の賢能、"天ノ岩戸隠れ"です。私は既に巫女の資格を失なっていますので、ほんの小さな空間でしか作用させる事は出来ませんが、自分と子供たちの存在を正しく認識させない程度には使う事が出来ます。ですが、アリスの存在力を回復させる事に力を使っている今は、ヨムル様にも分かってしまうのですね」


「あのリュオンという術士もあなたの子ね?あれほどまでに高度な結界を魔王でもない者が形成できるのはおかしいと思っていたけど、消失血統(ロストブラッド)の血をひく者ならそれも納得が行く。それに、その息子にも認識阻害の術式を使っていたわね?私を含め、メリーサまでもがあれ程の術士の顔を知らないなんて事がある訳がない。名前は聞き及んでいたけど、あの青年がリュオン本人であるとは分からなかった」


 ヨムルとアフロディアは俺を置き去りにして話を続ける。この話の展開に、俺の頭はついて行けてない。話に集中しようにも、時おり苦しそうに呼吸を乱すアリスの様子が気になって、ところどころ上の空だった。


「絶滅したはずのローツオの巫女がどういう訳でラヴェイドの妃になり、またこうして血を受け継ぐ者を増やしているのか、分かるように説明して貰うわよ?あなたの娘はまだ巫女として覚醒してないようだし、神降ろしをする前の段階のようだから、このまま眠り続けているうちは殺さないでいてあげるわ。


聞いてるタクヤ? これは特別よ」


 俺に視線を移したヨムルは、強い口調でそう告げた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!! 俺には話の内容がよく分からないんだが、このまま眠り続けているうちはってどういう意味だ!?」


「目覚めたら殺す。当たり前でしょう?」


「当たり前?」


「魔王が消失血統の者を排除するのは、啓示を受け入れた時から定められた事なの。この世界の驚異となる存在を抹殺しろと頭の中で指令が下るのよ。それには誰も逆らえないわ」


「誰がそんな指令を下す!? アリス達が何をしたと言うんだ!!」


「神よ。

旧世界の古き神々を追いやり、新世界を創ったと伝えられる現在の神々よ。消失血統(ロストブラッド)とは、追い遣った古き神をこの世界に呼び戻す役目を負って覚醒すると聞く。古き神と今の神が闘う事になれば、この世界は消滅するかも知れない。だから殺すの」


――――――なんだって!?

では、魔王全員がアリスの命を狙うというのか!?


 ヨムルの言葉に愕然としながら、恐怖に体を震わせた。ヨムルの力を目の当たりにしたばかりの俺には、魔王達がアリスに迫ったとして、自分は何も出来ない事がよく理解できる。魔王の中では弱いとされるラヴェイドにすら歯も立たぬというのに、全員を相手にアリスを守りきるなんて現実的に不可能だ。


 それに、魔王側にはメリーサも師匠も含まれる。

 二人と闘うなんて、出来るわけがない。


「そんな目で私を見ないで。心配しなくても今の状態のままなら殺さないと言ってるでしょう? 本当なら状態に関係なく殺すところなんだけど、あなたを助けてくれたみたいだし、神降ろしの依代(よりしろ)とする為にあなたを利用するのでもない様子だから、今回は特別に見逃してあげるの。私としては最大限の譲歩をしているつもりなのだから、感謝して欲しいわね?」


 俺には何も言う事が出来ない。頷く事しか出来ぬ無力さに打ちのめされながら、アリスの笑顔をもう二度と見る事が出来ぬという現実を受け止められぬ俺は、暗く沈む心の行き場を無くして立ち尽くした。


「ゾーダに報告するのは暫く様子を見てからにするけど、監視は付けさせて貰うわよ。私の使い魔が常にあなた達を見張っているからそのつもりで居なさい。どこに隠れようと私の蛇眼からは逃れる事は出来ないから、娘を想うなら変な気は起こさない事ね」


 ヨムルはアフロディアにそう言うと、サッと手を振る仕草をした。一瞬だがヨムルの足下から小さな細長い影が走り、母と娘の影に潜り込むように消えた。


「ヨムル様の恩情には心から感謝致します。私どもの命が続く限り、アリスはこのまま眠らせておきます。シュジュは結婚をしていますので巫女にはなれません。アリス以外に巫女の資格者が存在しない以上、神降ろしが成される事は二度とないでしょう」


「リュオンを含め、あなた達に女が産まれぬ呪いを掛けさせて貰ったわ。ローツオの驚異が無くなれば、大魔王ゾーダも喜ぶ事でしょう」


 ローツオの驚異・・・

ヨムルが警戒していたのは、ローツオの巫女が行う『神降ろし』という神儀だった。仮想現実世界で過ごした日々の中で、アリスはその事はおろか命を狙われてしまう事などひとことも触れていない。告げられたところで何も出来なかったろうが、もし知っていて黙っていたのだとしたら、それは俺への配慮であったろう。



 アリスはメリーサとの事を知っていたし、猿王と師弟関係にある事も知っている。絆を結んだ相手と闘う事になるかも知れないような事情を、アリスの性格ならして伝えるわけがないのだ。


 ラヴェイドが重要機密として国外に情報を漏らさなかったのも、もしかしてアリスを守る為にした事なのだろうか?いや、アイツがそんな奴でない事はもう知っている。目的の為なら身内までも犠牲にするようなゲス野郎だ。きっと巫女の力を独占し、上手く利用して世界を支配する為に使うつもりでいたに違いない。


「ひとつお聞かせ願えないでしょうか。ローツオを襲った災害というのは本当に自然現象だったのですか?私には信じられないのです」


 アフロディアもといアニエスは、アリスに手を翳すのをやめてしまい、ヨムルの方に向き直った。腕に娘を抱いたままだが存在力を補填することはしていないようだ。それは娘を、このまま昏睡状態にしておくと表明しているようなものだった。


「という事は、あのとき既にあなたはローツオに居なかったって事かしら?居たなら当然知っているでしょうからね」


「それはどういう事ですか?」


「ローツオを滅ぼしたのは自然現象などではないわ。私は参加しなかったけど、情報を持ち込んだラヴェイドを筆頭に、ゾーダの命令で魔王5名が出向いて里を滅ぼしたの。神殿に逃げ込んだ生き残り僅か100名足らずで5人の魔王相手に2日も持ちこたえたというのだから恐るべき血統よね。特に、大神官とその息子の戦闘力は魔王に匹敵するものだったらしいわ。『神降ろし』で神の力をその身に宿し戦ったそうだけど、依代となった肉体が耐えきれず自壊したと聞くわ」


 その話しを聞き、アニエスは「ああ、お父様・・・お兄様・・・」と涙を流した。薄々は気付いていたのだろうが、真実を告げられて衝撃を受けない訳がない。家族が魔王に殺され、故郷が滅ぼされたのだ。


 そのうえ、親兄弟のかたきであるラヴェイドの妻にされ、今まで過ごして来た年月をどう受け止めればよいのか?彼女と比べれば俺のほうが随分と救いがある。アリスは生きており、ヨムルはゾーダに報告せずに自身の責任で状況を見守ると言ってくれているのだ。


 時が経つにつれ、状況に俺の理解力が追い付いて来た。そして気付いた事がある。


「ヨムル・・・お前、大丈夫なのか?」


 俺の言葉に驚いた表情を見せた後、ヨムルはニコリと微笑んで俺に手を差し伸べた。


「大丈夫かは分からないわ。今まで神の命令に背いた魔王など居ないんだから。でもタクヤの悲しむ顔は見たくないの。仕方ないでしょう?」


「お前・・・」


「そんな顔しないで頂だい。私は私のしたいようにしただけ。このアリスとかいう娘の犠牲になる気はないわ。でも、何の手も打たない訳にはいかないから、この後すぐ大婆様の所に行かなくてはならない。あなたもついて来るのよ、タクヤ」


 ヨムルの差し出した手を取り、俺はその手に体温以上の温もりを感じていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。