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プロローグ【3】

挿絵(By みてみん)

ゆかり&ミーチャ



プロローグ【3】 



 空に双子の月があった。

怪しげな光を放つ二つの天体が、空を埋め尽くすかのように占拠している。その圧倒的な存在感は巨大すぎて恐いくらいだ。


 しかし世界は穏やかで、これほど大きな天体がぶつかりそうなほど接近していながら重力干渉を受けた様子はどこにもなかった。雲ひとつない澄みきった夜空に浮かぶ二つの月は、闇を照らしながら静かに時を待っている。


 ヒュールルと風が鎮魂曲(レクイエム)を奏でる。

間もなく訪れる『赤合』の時が、140年の沈黙を破り、奇跡の存在と言われる『種の調整者アダム』を再びこの地上に連れて来るのを知っているかのように、時に優しく、時に激しく風は吹いた。


 風で乱れた髪をそっと右手で押さえながら、バルコニーに立つ一人の少女が月に想いを巡らせる。様々な思いが交差し、浮かんでは消えを繰り返す。そう、走馬燈(そうまとう)のように。



「この時のために、私は・・・」


 (つぶや)きながら目を伏せ、成し遂げられるだろうかと不安と迷いが彼女を襲う。試す事も出来ないぶっつけ本番に全てを賭ける。失敗すれば、その時を待たずして物語は終る。大切なひとに何も伝えられぬまま、同じ時代のくり返しを強要されるのだ。


 それがたとえ、超人的な能力を持つ勇者であっても例外ではない。システムに組み込まれてしまえば逆らう事など誰にも不可能だ。なぜなら、それが召喚という儀式であり、管理者に反旗を翻せば排除できるようセキュリティを仕掛けておくのは当然の事だからだ。


 そのセキュリティを掻い潜る為に全力を尽くして来た。だが、召喚される側と連携できないのだから完璧とは行かない。自分の意思をどこまで伝えられるかが勝負だが、時間がほとんど無い事も重々承知していた。


 少女の横顔にフッと笑みが浮かんだ。

今さら何を恐れる?この刹那の時に全てを賭け、これまでずっと努力して来たのではないか。ここまで来て躊躇する必要はどこにも無い。それに時間もない。引き返す事も中止する事も出来ないのだから、彼を信じて前に進むしかないのだ。


 これから数刻の間に、天に浮かぶ二つの月が急速に近づき完全に重なる『赤合』と呼ばれる現象が起きる。目にするのは三度目であり、同時に自分という存在が役目を終えて地上から消える。それは絶対に避けられぬ運命であり、そうなる事は受け入れたはずだ。


 彼女の名は『姫城(ひむろ)ゆかり』

20年前に行われた異世界召喚の儀式で、この世界に招かれた16歳の女子高生だ。彼女は当初の姿のまま20年を過ごし、外見的には変わっていない。だからと言って歳を取らないでもなく、精神年齢はそれなりだと思っている。突然降りかかった信じられぬ出来事を前に、心の崩壊という危険性を抱えたまま苦しみ続けた時を乗り越えた先に今があった。


 なぜ自分なのか?

どうしてこんな目に会わねばならないのか? 何度も繰り返し考えた問いは、今日というカタチで終止符を打つ。


 逃れたくても逃れられない非情な現実は、彼女の理性をボロボロに砕いた。強引に招かれたこの世界は、死と狂気が蔓延した地獄のような世界だった。


 その狂気の中でも最悪の存在である大量殺戮兵器として召喚された彼女は、人類側の最終兵器である『勇者』への対抗手段として死にたくても死ねない体を与えられ、ひたすらに戦う事を強制され続けた。そして最後は、次なる召喚のための生け贄となって一生涯を終える運命だった。


 そうなると知らされた時の絶望感は、どのような言葉でも表現できぬほどの深く底の見えない暗闇だった。今こうして正気を保ち、あまつさえ希望を持ちながら笑みを見せるなど普通では考えられぬ事だろう。


 事実、正気を失なって暴走する者も多く、魔族を支配する大魔王は、この時期になると次の生贄となる異世界人を拘束して特殊な方法で自我を奪うのが通例だった。


 しかし、それは彼女にそれは必要なかった。

姫城ゆかりは自ら召喚儀式に尽力し、彼女の活躍で過去に例のないほど巨大な、史上最大規模の異世界召喚陣が準備できたのだ。


「姫さま、そろそろお時間が参ります。お支度を」


 全身毛むくじゃらの姿。

 顎から突き出した大きな口。


 頭にピコンと耳を立てた、つぶらな瞳を持つぬいぐるみのような姿の者が、少女の背後から近寄り優しく声をかけた。二本足で立ちメイド服を着たそれは、着ぐるみなどではなく犬の容姿をした魔族だ。


 身長は120㌢ほどで、少女より頭二つほど小さなその者は、目にいっぱいの涙を溜め、思わず抱きしめたくなるような愛くるしい姿で彼女のことを見つめていた。


「ありがとうミーチャ。覚悟していたはずなのに、この時が来てみるとやはり辛いものね・・・」


 姫城ゆかりはミーチャと呼んだ者を振り返らずにそう答えた。声を聞いた途端に涙腺が緩み、顔を見れば確実に泣いてしまう事が分かっていた。だから、無駄だと分かっていても少し抵抗してみたのだ。


「姫さまぁ!」


 背中に抱きつくミーチャを振り返り、見上げた瞳を見たとき涙がドッと溢れ出した。同時にミーチャの目からも大粒の涙が止めどなく流れ落ち、ふたりはお互いを想いながら抱きあい、そして声を殺すことなく大声で泣いた。


 ああ、駄目だ。やっぱり泣いちゃったよ・・・


「泣いたらダメって言ったのに・・・」ミーチャの頭をやさしく撫でながら彼女は思う。この子と出逢わなかったら、私はどうなっていたのだろうかと。


 今でこそ人類側との間に大きな争い事もなく、ほぼ休戦に近い状態にあるが、彼女が召喚させた当時は全くこうではなかった。人類側が新たに召喚した『イカれた勇者』の異常な能力により、魔族側は歴史上類を見ないほどの劣勢の極みにあり、次々に領土を侵略され女や子供、老人までもが虐殺されて、村々のことごとくが焼き払われ荒れ果てていた。


 兵器として召喚された彼女に与えられた使命は、奪われた領土を取り戻す事であり、敗戦濃厚である地区の戦況改善であった。


 自分の唱えた魔法で多くの人間たちが死んで行く。その様は彼女の精神に重大な傷跡を刻み続けたが、やがて慢性化したように罪悪感が麻痺して行き、意志を持たぬ本物の殺戮兵器と化してゆく自分に気付きながらも、何も出来ないまま時間だけが虚しく過ぎて行った。


 自分が自分で無くなる感覚は恐怖以上の絶望だった。そしてある戦場で唐突に倒れ、そのまま意識を失なった。何日も気絶したまま意識が戻らず、目を覚ました後も人形のように無表情で、言葉も喋らず食事もとらなかった。精神に限界が来たのだ。


 戦場に出れない状態が続き、療養の為にしばらく前線から離れることとなった。休養地として選ばれた静な湖畔の小さな村で、世話係として配属されたワンダ族のミーチャと出逢った。


 ワンダ族は戦闘力のない犬の姿をした魔族だ。見かけより器用で、主に下働きとして採用される事が多いが、優秀な者は貴族や王族の付き人やメイドとして働くこともあった。ミーチャは特別優秀というタイプではなかったが、全ての事柄において充分に平均点以上を出す気質の穏やかな優しい女性だった。


 ミーチャの可愛い容姿と、それに見あわぬ優秀な仕事ぶりとのギャップにゆかりは驚かされた。特に料理の腕には本当にびっくりした。


 こんな感じのこれこれこういう味でとか、そんな説明で分かるか!と言われそうな抽象的表現を数日間の試行錯誤のすえに見事に再現し、故郷の味に近いものを本当に作ってしまったのだ。材料も調味料も味覚すら違うというのに、どうすればこの味になるのか理解が出来なかった。


 生まれ故郷の味と湖畔の穏やかな環境。

それに、ミーチャとの女の子らしい会話という、この世界に来てはじめて味わう人間らしい生活を送る事が出来たゆかりは、次第に病んだ精神を回復させ自分を取り戻して行った。


 ミーチャを専属メイドとして離宮へ連れて行き、寂しくならぬよう家族全員を働き手として雇った。ワンダ族にとって異例の大出世であったが、ゆかりにそんな事など分からない。ワンダ族は優秀で、気遣いに優れた種族であると感じたからそうしただけだが、それ以後、その影響でワンダ族を好んで雇う貴族が爆発的に増えたのは事実だった。


 ワンダ族は以前のような慰みモノやペットとしてではなく、魔族としての地位と職業を約束された、社会にとって必要な存在となった。意図してしたのではなかったかが、戦闘力=価値という概念が塗替えられた瞬間だったのだ。


「姫さまも泣いています!」


 ミーチャは無理に作った笑顔を最愛の主人(あるじ)に向けた。16年を共に過ごし、忠誠を捧げた尊きも大切なひと。その主人を見つめる瞳に涙が浮かび、堪えようとしてもどうしても止まらなかった。恩を返しきれぬまま別れの時が来るなど受け入れたくない。今こうして社会的に認めて貰えた背景には、主人の影響力があった事は間違いないのだ。


 その最愛の主人と間もなく別れの時が来る。

可能ならば、自分が代わりに死にたいとミーチャは真剣に思っていた。


 しかし、それは不可能な事だ。

10年周期で行われてきた魔族側の異世界召喚は、20年前に召喚した異世界人を生け贄にして次の召喚を行う。もうひとり、10年前に召喚された女性が城には居るが、その女性も10年後に生け贄となる運命だった。


 なぜこんなルールになっているのかミーチャには分からない。しかし、それが逃げることの出来ない絶対的な定めだと分かっていても、最愛の主人を失なう理由になるものかと思えて仕方がなかった。


「このまま遠くに逃げる事は出来ないのですか?」


 泣き腫らした目にはまだ涙が溜まっていた。

どれほど泣こうと変わらぬ運命に小さな体はうち震え、そしてまた涙を浮かべ身を削るように泣き続けるのだ。


「哀しまないでミーチャ。私はただ死ぬ訳じゃないの」


 そう言ったゆかりの瞳に光が戻り、涙はもう止まっていた。


「今日で全てが変わる。間もなく世界を一変してしまうような巨大な歯車が回り出すの」


 月を仰ぎ見る彼女の口元に爽やかな笑みが浮かび、優しく包み込まれたミーチャにもその変化が暖かな波動となって伝わって来た。


「私のお兄ちゃんが来る。負の連鎖を断ち切り、全てを変える事が出来る唯一の希望がこの世界を救いに来る!」


 もう、誰も苦しまなくていい。

理不尽に運命を引き裂かれ、絶望に泣く夜を過ごす必要もなくなる。そう言いながら、ゆかりは優しくミーチャの頭を撫でゆっくりとうなずいた。


 彼女には召喚とは別の、ある目的があった。

その目的を果たす為に自ら進んで準備に加わり、誰にも気づかれぬようこっそりと仕掛けを施しておいた。


 地球と異世界がシステム的に繋がる時、召喚魔法の莫大なエネルギーを流用して時空間ゲートをこじ開ける。そして過去の時間軸に干渉する術式を強引に展開させ、その目的を果たす計画だった。


 ゆかりは自身の胸に手を当て、ドクドクと規則正しく鼓動を打つ心臓を確かめながら心の中で強く祈った。自分が消えてしまってもコレがあれば大丈夫だ。きっとお兄ちゃんは気付いてくれる。そしてあの場所に、自分の想いを連れて行ってくれるはずだ。


 だからお願い、お兄ちゃんを守って!


 私の想いをアナタにあげる。

 彼を導き、孫くんに会わせてあげて。


 その後の事は心配しなくても大丈夫。

だってお兄ちゃんは特別なんだもん! 今の私にはハッキリと分かるよ。死が近いせいかも知れないけど、今まで体験した事がないくらい感覚が研ぎ澄まされ、恐いくらいにいろんな事が分かる。見えないはずの時間枝やその流までもが、手が届きそうなほど身近に感じられる・・・きっと世界は変わるよ。凄い事になるんだ!



 姫城ゆかりはミーチャに最後の別れを告げ、異世界召喚が行われる石舞台(アマノイワト)へと足を向けた。二度と逢うこと叶わぬ親友に、最高の笑顔を贈りながら・・・




イラストの追加間に合った〜!!

良かった〜(^o^;

毎日更新と書いておきながら三日坊主になるところでした。三枚ボツにしました(笑)

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