湯けむり温泉郷【4】なぜか絶倫
ラヴェイドの温泉郷では緊迫した状況が続いていた。誰もが簡単に成せると思っていた人間相手の子種穫補作戦が、事もあろうか薬で理性を弱くしたはずの相手に難行しているのだ。百戦錬磨の第1王妃が2分もたずに玉砕するというトラブル。あり得ない事だと恐れおののく奥の衆たち。
誰もが恐怖心で足をすくませる中、気丈な第8妃アフロディアが進み出て2番手として挑む。しかし、実のところお堅いタイプのアフロディアには誰も期待していなかった。麗々でダメなら、第8妃ではすぐに終ると半分あきらめていたのだ。
しかし、予想に反し凄まじい粘りを見せるアフロディア。その姿に、恐怖に染まった女衆も次第に落ち着きを取り戻していく。麗々同様、1分もしない間に痙攣して倒れてしまうアフロディアだったが、すぐに起き上り、休む事なく再チャレンジする。何度気を失いかけたのか分からないのに、必死に意識を保ちながら行為を続けたのだ。
彼女の不屈の闘志は、やがて怯え尻ごむばかりであった者達に勇気と希望をあたえはじめた。このまま攻め続ければあるいは、という思いがアフロディアコールとなって温泉郷を揺るがす。
アフロディア!
アフロディア!
アフロディア!
倒れるたび、周囲から悲鳴が上がる。
しかし、わき起こる声援がアフロディアに力を与えた。
「頑張ってアフロディア!もう少しよ!」
「アフロディアさま~負けないで~!」
「ああ、アフロディアさま!なんてお美しい姿!」
「立て!立つんだアフロディア~!」
応援は徐々にヒートアップし、その波は湯けむりを熱い蒸気に変えた。アフロディアから飛び散る汗が、周囲を興奮の渦に巻き込んで行く。何度倒れても不死鳥のように甦るアフロディア。割れんばかりのアフロディアコールに、最後には必ず勝てると誰もが信じて疑わなくなっていた。
しかし、終焉の時は突然に訪れた。
鶴に似たカン高い声を上げ昇天したアフロディアは、白目を向いたまま動かなくなってしまった。見ていた者達は放心したように硬直していたが、誰かの口から出た「アフロディアさまに続け!」という声によって意識は1つに纏まり、狂気に向かって走り出した。極度の興奮状態による集団暴走というヤツだ。
恐怖心を無くし暴徒と化したウサ耳達は、玉砕覚悟で次々に挑み掛かっていく。こうなると女は怖い。特売セールの品を漁るがごとく、ただ一人の男に襲いかかった。
だがそれも2時間と保たずに鳴りをひそめる。復帰できない者が続出し、ベテラン達ですら気を失って動かなくなった。残されたのは遠巻きに見ていた若葉マークの者と、未経験者達が16名。それに、両手両足を押さえていた凛々と蘭々の他に2名と、合計20名だけになっていた。
「なあ、そろそろ終わりにしないか?」
俺は言った。口はもう塞がれてはいない。
モゴモゴ言うのをやめて抵抗しなかったからだが、今や拘束も緩やかになり、凜々と爛々もただ腕の上に乗っているだけの状態になっていた。
「抵抗しないから拘束を解いてくれ。背中が痛いんだ。それに体も冷えて来た。湯に入りたい。このままだと風邪引いちまうよ」
「冷えて来ただって?何を贅沢なこと言ってんだ。アタシらが温めてやってるじゃないか!」
母親が気を失ってから、ふたりの口調は変わっていた。ヤンキーみたいなしゃべり方だが、こちらが素なのだろう。母親の前では猫を被っていたわけだ。
「手足はな。背中は直に岩だし、固くて冷たいんだ」
「そ、そうか。風邪ひきそうなら仕方ないかな・・・」
少し考えこむ凛々。第一王妃の長女である彼女は、残された中ではリーダー的存在だった。彼女がよしと言えば逆らう者などいないだろう。
「逃げ出さないと誓うなら離してやるよ」
「ありがたい。まあ、逃げたりしないから安心しろ」
2時間ぶりに開放され、自由になった肩と腰をコキコキと鳴らしながらほぐすと、すくっと立ち上がり湯に向かって歩き出した。ドボンとつかると両側に凛々と蘭々が詰め寄って来て、不参加のまま見ていた者達も少しだけ距離をあけて湯に入って来る。
「なあ、聞いていいか?」
これは凛々のセリフ。今までの剣々とした雰囲気は消えている。毒気を抜かれたような表情で俺の顔を覗き込んできた。
「ふぅ、暖まるぜ。ここの湯質って本当に最高だな。で、何が聞きたいって?」
「アタシら異世界人の男なんてはじめてなんだが、皆そんなに凄いのか?見た感じこちらの人間達と変わらないのに」
「分からん。俺はこの世界に来てまだ4日目だ。他の人間がどうとか分かる訳ないじゃないか」
「母さま達の房中術に全く平気だなんて、異世界人の男はバケモノだよ。そんなに固くして痛くないのか?」
「そうストレートに言われると恥ずかしくなるが、自分でもよく分からないけど大丈夫みたいだぞ?子作りはあきらめて、このまま帰してくれれば、今回の事は誰にも言わないし俺を騙した事も水に流そう。ラヴェイドは後一時間程で戻って来るんだろう?なんとか穏便に終るよう説得してくれないかな?」
言うと、ざわめきがおこった。信じられないと、湯殿から立ち上がる者もいる。
「あんた、これだけの事をされて、それでも水に流すっていうのか?何の賠償も要求せずに?」
「賠償?俺はそういうのが嫌いなんだよ。争うとか出来ればしたくないんだ。もちろん、降り掛かる火の粉は払うけどな」
信じられない!心が広すぎるだろ!と驚く凛々。
その彼女のすぐ後ろまで進んで来た娘がいる。シュジュと呼ばれていたアフロディアの娘だ。
「今の話は本当ですか?何の償いも求めず全てを水に流すというのは。にわかに信じられませんが?」
「本当だとも。なんなら約束してもいい。ラヴェイドを説得し、このまま無事に俺を帰せば全てなかった事にしょう」
約束すると言うと、皆の中の緊張した雰囲気が一気に消えた。この世界では約束や契約という言葉は俺が想像する以上に大きな影響力を持つ。約束を守るというのは、この世界では呼吸をすると同じくらいに当たり前の事であり、とても重要な事のようだ。
ニコリと晴れやかな笑顔を見せて、シュジュは俺のすぐ前まで進んで来た。この娘と妹のアリスという娘だけは他の子と違って裸でいることに恥じらいを見せる。顔つきも少し違うし、聡明でことば使いもしっかりしていた。
「貴方さまは兄さまにどこか似ています。喋り口調もお姿も全く違いますが、見かけよりずっと大人であるかのように聡明で優しい。このように一方的に騙したにも拘らず、平和的に事を納めようとして下さる。命令するでもなく、威圧するでもなく、私達にさえ頼むように協力を求める。本気を出せば私達の拘束など紙紐のように断ち切れましたでしょうに、それをせず誰も傷つけぬようじっと時を待っておられた。
私も皆も、もう解っています。
貴方が少し本気を出せば、ここから簡単に逃げ出せる事を。異世界人が妖気を纏うなど聞いたこともありませんでしたが、こうして目の前にしてしまえば、その秘めたるお力がどのように偉大で、強力無比であるかの想像がつきます。このように素晴らしい方とは思わず、数々の御無礼をした事を心からお詫び申しあげます」
シュジュがそれだけ一気に語ると、聞いていた者達から驚きの声が上がった。
「うそぉ〜、そんな凄い人だったの!」
「ワタクシは気付いてたわ。もちろん当然よ!」
「妖気を纏うってナニ?それ凄いの?」
「やっぱり只者ではなかったのね!凄かったモン」
「きゃ~!どうしよう?惚れちゃったかも!!」
「闇のアダム LOVE うふ(ハート)」
それぞれに思い思いの事を口にして、若い娘達は盛り上がりを見せ騒ぎはじめた。驚いたのは俺も同じだ。妖気を纏う?本気を出せば?確かにベテラン夫人達を一周した辺りから体の変化には気付いていた。女性達が気を失う度にエネルギーが流れこみ、ぐんぐんと力が増して行くのを感じた。だから余裕を持ってこの異常事態を傍観できたのだ。
妖気とは、そのとき流込んできたエネルギーの事か?今の俺は本当に強いのだろうか?そんな事を考えていると、目を輝かせた凛々と蘭々が何かやって見せてくれとせがんで抱きついて来た。この二人は裸でいる事を全く気にしない。その理由は後で分かった。
「なあ、あんた。マジで強いのか見せてくれよ」
「み~たい!み~たい!蘭々にも見せて~!」
う~ん?見せてと言われても、現在の俺はこれと言った戦闘スキルを何も持っていない。何すりゃいいんだ?と、頭を悩ましていると蘭々が助け船を出してくれた。
「じゃあさぁ~、あの岩を蹴るか殴るかしてみてくれ」
「あの岩ってどれさ?まさか真ん中にあるデカイやつ?」
「そう、そう、あの丸くてデカイやつ!表面はツルツルだから殴っても怪我しないと思うんだよ」
いや、いや、表面うんぬんより岩殴ったら普通に痛い。でも他には何もないし、んじゃ、ちょっとだけ蹴ってみるか?俺のスキルは足に関係してるみたいだし、少しくらいなら動くかもしれない。
俺は直径3㍍弱の大きな丸岩の際まで近付くと、先日習ったばかりの猿王拳の構えから前蹴りを繰り出した。
グガァァーン!!
バキバキバキ!!
ピュウゥーン!!
「ええーっ?!!!」
説明しょう。
最初の音は岩を蹴った音だ。
岩盤からちぎれた際の細かな破片をまき散らし、埋もれた部分を含めると4㍍程になった丸岩が物凄い勢いで空中を飛んだ。
続く音は岩が建物を破壊した音だ。
ほぼ水平方向にすっ飛んだ岩は、温泉をぐるりと囲んだ建物の一画をほぼ全壊させ、そのままの勢いで直進し続けた。
最後の音は岩が空に消えた音だ。
そして、俺が声を上げてからしばらくして、奇声がわき起った。
「キャァァ、凄~い!!!」
跳ねあげた温泉水が雨のように降り注ぐ中、蹴りを繰り出した格好のまま硬直する俺に向かって娘達が集まって来る。
「あんたマジ凄いな!!しびれたぜ!」 凛々談
「マジ?マジ?マジ?凄~い!」 蘭々談
「あらら、建物が無くなってますネ」 シュジュ談
「見込んだ通り。当然だわ」 アリス談
「決めた!あたし、この人に決めた!」 その他A
「ヤダ~!!もう凄すぎですぅぅ!!」 その他B
俺の周りに集まった娘達が興奮してきゃあきゃあ大声で騒ぐ。目の前に起きた一連の出来事を整理してからゆっくりと蹴り足を降ろすと、駆け寄ってきた娘達によって揉みくちゃにされた。この脚があの岩を?と言いながらベタベタと足を触り出す。
「待て、待て、そう興奮するな!落ち着けって!」
「これが落ち着いて見てられるかよ!ただの蹴りでこれだぜ? おい、マジ凄い脚力だな!」
「蘭々も感動しちゃいました!兄さま並みかも?」
「皆さん落ち着いてください。この御方が困っていますよ。そこのあなた!どさくさに紛れてヘンな所を触るのはやめなさい!」
シュジュが皆を収めようとするが、一度興奮状態になった若い娘達を落ち着かせるのは難しかった。と、そこに騒ぎを聞き付けた警備の男衆が駆け付けて、なに事が起きたのかと大声を上げた。続いて隊長格と思しき男が岩風呂の側まで入って来て、何やら騒ぎが大きくなりそうな雰囲気になった。
「今の音は何ですか!? うお!建物が壊れているぞ!」
男の声を聞き、何だ?何だ?と他の警備兵も駆け寄って来た。裸の娘達に揉みくちゃにされてる俺と、全壊した建物を交互に見比べて仰天している。娘達はキャと声を上げ、頭だけを残して湯の中に沈み男たちを睨んだ。物凄く騒いでいたので、すぐ近くまで警備兵が来てい事に気づかなかったらしい。
「いったい何事ですか!? 状況をお知らせ願いたい」
「うるさい!てめぇら勝手に入ってくんじゃねぇ!」
男を一喝したのは凛々だった。
裸のまま前も隠さず、堂々とした態度で正面から男衆に向かって言い放つ。
「ここは脚王直轄の家族湯だ!許可なき者の立ち入りが禁じられているのは知っているだろう。耳を切り落とされたくなければ早々に立ち去れ!」
男は、それでも引かずに質問を続けた。仕事熱心なのかスケベ心なのかは分からないが、すぐに立ち去る様子はない。
「建物の一部が全壊しています。それに、今しがた結界に穴が開きました。すぐに修復しましたが、内側から何らかの物理的な力で破られた形跡があります。もし心当たりがあるのでしたらお教え願いたいのですが」
男は俺の方をチラチラ見ている。胴着の上から肩と胸と腰に小ぶりの金属鎧を付け、腕と脛には木製の当て物をしていた。手にした棍棒を地面に直角に立て、軍隊でよく目にする直立不動の構えをとる。理由を聞き出すまで動かぬという意思表示だろう。
「お前、リジンだな?第120児の末席か?ここはお前如き身分の者が入っていい場所ではない。建物の事は大丈夫だから早く去れ。今は調査より、外敵に備えて警備陣形を強化するのが先だろうが!」
「僭越ながらお聞きいたします。そちらの方はどちら様でしょうか?見たところ人間であるように思えますが?」
「お前は知らなくていい事だ。詮索すれば首が跳ぶぞ。そちらの6名は知らぬ顔だが、500番以下だな?私の裸を見た代償は高くつくぞ。片目は失なうものと覚悟せよ。リジン、お前もだ!」
驚いた。ただの頭の弱いヤンキー娘だと思っていた凛々が、堂々と男達に指示している。しかも名前を覚えているなんて全く意外だ。言い方からすると500児以内は名前を覚えているという事か?破廉恥の意味も知らん娘が?
しばらく押し黙ったまま不動の体勢でいた兵達は、一礼すると去って行った。完全に姿を消すのを確認すると、娘達は湯から立ち上がって再び俺の周りに集まって来る。俺に対しては恥じらう様子もないし、逆に媚びて来るような感じで甘えてくる。
凜々は「ふぅ」と一息吐いてから向き直り、親指を立てて俺にウインクして来た。「お前、兵達の名前を覚えているのか?」近くに来た凛々にさっそく疑問してみる。凜々が近づくと若い娘達は少し離れた。風格があり、普段の凜々がどんな立場なのかと少しだけ興味が湧いた。
「当たり前だろ?父上はあちこちで手当たり次第に子を作るから全員は覚えちゃいないが、妻と認められた女が産んだ子の名前くらいは覚えてる」
「そうなのか?いや、正直意外だよ。申し訳ないが、お前の事をただの頭の弱いヤンキー娘だと思っていた」
「ヤンキー?何の事だか解らんが、あんたがアタシの事をバカにしていたって事は理解できたよ」
「いや、マジですまない。謝るよ」
「ハハハ、気にするなって。男がそんな細かい事にいちいち謝るもんじゃねぇ。勉強は苦手だし、難しい事は嫌いだし、馬鹿ってのは事実だからな。とくに歴史学とか純文学なんてからきしダメだ。本読み出したら速攻で爆睡確実だぜ!」
そう言って豪快に笑う凛々。
男みたいな性格の凛々に、俺は少しだけ好感を持った。気を使わなくていい女友達を見つけたみたいな感じで、知らぬうちに打ち解けていく。
「なあ、あんた。ものは相談なんだが、アタシと蘭々を嫁にもらっちゃくれないか?あんたの事がやたらと気に入っちまってさぁ」
「その話は断ったはずだ」と言ってみたが、凛々は引かなかった。
「まあ、そう言わず聞いてくれよ。元々そういう計画だったんだ。あんたという最強の召喚者を後ろ楯にして、一族の繁栄と、叶うなら覇権を狙おうって魂胆だったのさ。その為にアタシと蘭々はわざわざ離婚してまで準備してたんだよ。だからさぁ、今は相手がいなくてほんと言うと寂しいんだ。正式な妻と認めてくれとは言わない。側室見習いでもいいから、側に置いてくれよ」
「離婚して準備したって?これって、そんな前から計画してたのか?」
「ああ、そうだ。半年前の時点では計画を知ってるのは極少数の身内だけだが、計画自体はもっと前からあったらしい。母はもちろんだけど、兄貴のアレン、クルス、義弟のリュオン、タジル、ロッド、ライアン、それにアタシら姉妹だけしか知らされなかった。ここに来てる他の者たちは、2週間以内の間に聞かされたと思うぞ。今日いきなりって娘もいるはずだ」
「はい、その通りです。私達姉妹が呼ばれたのは今日の昼頃でした。母は随分前から知っていたようですが、娘の私達を巻き込むのを直前まで拒んでいたようです。私は結婚したばかりですし、アリスは先日成人したばかり。異世界人の子を孕ませる計画にかなりの抵抗感があったようです」
隣に来ていたシュジュが話に参加してくる。姉に寄り添うかたちで目立たないようにしていたアリスという娘が姉を補佐するように話を繋いだ。
「母さまは当初、この作戦には反対していました。凛々さまと蘭々さまが正式に妻となり、闇のアダムの了承を得てからでなければ筋が通らないと言って兄さまや父さまと言い争いをされているのを知っています。母さまは薬や催眠術を使うのは邪道だと反対しておられたのです。しかし、本筋では合意しながら、兄も作戦の一部にどうしても賛同できない部分、つまり女性を女性と見なさずただ子を孕ませる道具として犠牲にする事に反対していたのです。でも結局は押しきられるかたちで作戦は決行されてしまいました。私達の運命を大きく変えてしまうとも知らずに、最悪の手札を切ったのです」
アリスが語る内容を驚いた表情で皆が注目していた。アリスは少し間をおき、再び語り出す。彼女の立場では絶対に知り得るはずのない、極秘中の極秘である軍事最高機密の全容をが明らかにされる時が来たのだ。




