招かれし者【7】メリーサのおねだり
イラスト:ハートのメリーサ
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「あのねメリーサさん、これはどういう事でしょう?」
くねくねしながら微笑み、凶悪なふたつの物体を揺らす羊娘に抗議の意図を含めた質問をしてみた。周囲に漂う微香に加え、床にあしらった薔薇からも良い香りがしている。どんと中央に置かれた大きなベッドを見れば、これから何が行われようとしているかなど想像するまでもないだろう。
「え?これダメかな?
いま人間界で大流行してるお香を取寄せてみたんだけど、匂いが気に入らないなら別のに替えてもイイよ?」
天然なのかボケているのかは分からないが、自分が一番かわいく見える角度でポーズをキメながら股を摺り合わせモジモジしている。もう、エロティックの極みだ。
「いや、いい香りだと思うよ。キツくもないし、こういう時にはとても良いと思う・・・」
馬鹿な答えを返した。
そうじゃないだろ俺!! しっかりしないと彼女の思う壺だ!
「でしょ!でしょ!これは妊娠の確率を高める効果もあるらしくって、大奥でも大人気の極上品なんだ」
「香りの事じゃなくてベッドが・・・」
「ベッド?やっぱベッドにはこだわるよね!
変な音したりギシギシいうと興醒めだもん!大丈夫だよ。どれだけ激しく動いても音はしないし、マットレスも敷布も極上品で通気性抜群!どれだけ汗かいても吸収してくれるから、いつもサラサラで気持ちいいよ!」
「じゃなくて!!」
「え!?照明?もっと明るい方が好みだった?
メリーサはいいよ。明るいところだと恥ずかしいけど、ダーリンになら全部見せちゃうよ!メリーサのこと忘れないように、全てを見て。メリーサの全部はダーリンのものなんだから!」
そう言って着ていたものを全て脱ぎ捨て生まれたままの姿になったメリーサは、ゆっくりとベッドに横になって俺を迎え入れるように両手を大きく広げた。
薄紅色に頬を染め、潤んだ瞳が俺を誘う。
俺はとてつもない引力に逆らいながら、なんとか絞り出すように言葉を吐きだした。
「血液で・・・繁殖するんじゃなかったのか?」
「血液?それはヨムルちゃんの話だよ。夢魔族にそんな特技はありませ〜ん!こうするのは姫ちゃんも了承してたと思うけど?」
「ゆかりが?まさか・・・」
「これは子孫繁栄のための神聖な儀式だよ。姫ちゃんと交わした契約なんだ。それとも、ここまで来て腰が退けちゃうほどお兄さんはチキンなのかな?」
声のトーンを落としたメリーサの目付きが急に変わった。人を見下したような挑発的態度で「な〜んだ、がっかりだネ」と吐き捨てる。コレには俺もカチンと来た。香に感情を高ぶらせる効果があったのかも知れないが、普段より興奮しやすくなっている気がする。
「口で何だかんだ言っても本当はびびってるんでしょ?姫ちゃんを気遣って操を立てているのは立派だと思うけど、契約を反故にする理由になるのかな?姫ちゃんの魂が契約不履行によって汚れてしまうのも平気なんだね?結局ダーリンは自分がかわいいだけの臆病者なんだよ!」
「俺が臆病者だって?言ってくれるじゃないか!」
「だってそうでしょ?さっき言ったよね?心の準備は出来てる、いつでもOKだって言ったよね?舌の根も乾かぬうちにこんなんじゃ、そう思われても仕方がないと思うけど?」
これが彼女の本性なのか?今まで見て来たのとは打って変わり、娼婦が男をあしらう時のような妖しい眼光が俺を射抜く。途端、怒りがふつふつと沸き上がり心を沸騰させて行った。
「そこまで言われちゃあ退く訳にはいかない!そんな口叩いた事を後悔させてやるぞ!」
「へぇ、どんなふうに後悔させるのさ?たかが人間に、夢魔のアタシを満足させられるって言うの?どんなに頑張っても無理だと思うよ?手加減して欲しいなら今のうちだけど?」
「ぬかせ!俺がはじめてだった初心者が!その減らず口が叩けないようにメチャクチャにしてやる。後で勘弁してくれって泣いて頼んでも許してやらねぇからな!」
「やってみなよ!出来なかったら笑い者だね?」
まんまと挑発に乗せられた俺は、羊娘をぎゃふんと言わせるべく無謀な挑戦をするのだった。完全に彼女の手の内だが、分かっていても逆らえない。この空間を支配しているのはメリーサなのだ。魅了のような力を使われていたとしたら防ぎようがないし、そんな事を感じる余裕すら俺にはなかった。
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「なあ、メリーサ。時の感覚がおかしいんだけど今何時くらいだ?」
「ごめんねダーリン、この部屋はアタシの力で外の時空間とは隔絶させてあるの。時間の流れが違うからアタシにも正確な時間は分からないよ」
「感覚的にはまる1日は経ってる気がするけど、お腹も空かないし、水分補給すらしてないよね。これは夢?現実ではないのか?」
「ううん、現実だよ。食べ物や水分補給が必要ないのは交魂状態だからだよ。離れてる時より繋がってる時の方が快調な感じしない?」
「ああ、不思議なんだけどその通りだ。離れるとドッと疲れが襲って来るから、自然と繋がりっぱなしになっちゃうんだよな。これが交魂の効果なのか?」
「うん。人でいえば精気、魔族でいえば魔素になるんだけど、それをお互いに吸収しながら循環させているの。その流れでエネルギーを発生させて生命エネルギーに変換しているから、疲れも感じないし飢えも渇きもないんだよ」
「水力発電みたいだな。じゃあ無限なのか?」
「無限じゃないよ。魂には負担がかかちゃうから、精神的に疲れてやる気がなくなれば自然にこの流れも止まって交魂状態は終了かな?相性が良ければ負担も少なくて、継続状態も長くなるんだよ」
「ふううん、そうなのか?俺はこの再構成された体が異常なのかと思ってたけど、そうじゃなかったんだな」
体感時間で1日以上交魂状態は続いている。二時間くらい前に一度離れて立ち上がったのだが、立ち眩みがして意識が飛びそうになり、床に倒れかけたのをメリーサに受け止められてベッドに寝かされ再び交魂状態に入った。すると体調は改善され、気分も良くなったから不思議だ。
――――まるで麻薬だな・・・
俺はこの状態から抜けられなくなりそうで、少し恐くなって来た。
「ねえ、ダーリン。今何を考えてるか当ててみようか?」
「ん?」
「このまま離れられなくなってしまったらどうしようって心配してたでしょ?」
「ノーコメント」
「なにそれ?」
クスクスと幸せそうに笑いながら、彼女は俺の髪を指に巻き付け遊んでいる。
「心配しなくても、もう少ししたら終りだよ。もう少しでこの空間がタイムリミットをむかえそうなんだ。所々ほころびが見え始めてる。元々がこんな長時間の使用が可能な術式じゃないから、我ながら良くできましたって褒めてあげたくなるような改心の出来だったよ」
「そうなんだ」
「アタシの得意能力はね、夢渡り系じゃなくて時間操作系なの。ここは精神世界の限定空間のみに作用させる事が出来る時間の流れを変えた場所。流れを早くも出来るし、遅くも出来るよ」
なぜこの娘は今になって自分の能力の説明などはじめたのだろうか?俺はうん、うん、と頷きながら不思議に思った。他に何が出来るとか出来ないとか、使用する時の注意点とかいろいろ教えてくれた。
「なあメリーサ、なぜ俺にそんな説明を?」
「気に入った能力があったら今日の記念にどれかひとつダーリンにあげようと思ってさ。何か気に入ったのあった?」
「能力をあげる?そんな便利な能力があるのか?」
「譲渡契約だよ。元々は奥義などを後世に残す為に行う契約なんだけど、奥義でなくても能力ごとあげちゃう事も可能だよ」
「あげた本人はどうなるんだ?その能力が使えなくなるとかの心配はないの?」
「うん。使えなくなるけどすぐにって訳じゃないし、あげてもしばらくは使えるよ?使い方をマスターさせるまでの猶予期間みたいな感じかな」
「お前は一族を背負って立つ魔王だろ?能力が使えなくなったら困るじゃないか!気持ちはありがたいけど、俺の事は心配しなくていいよ」
「ええ〜っ、そんな事言わないで何か貰ってよ!メリーサの能力って魅力なかった?」
「いや、説明されて分かったけど、お前って本当に天才だったんだな?俺じゃあ時間操作なんて難しすぎて習得不可能だよ。効果を聞いた時はすげぇなぁ、使えたらいいなぁとか思ったけど、理解出来ないんじゃ覚えようがない」
「う~ん、姫ちゃんとのリンクが切れてるのは痛いよね。いま理解出来なくても姫ちゃんのデータベースに入れておけばいずれ役立てれるって考えてたのに・・・」
「なんで急にそんな形見分けみたいなこと言いだすんだ?能力くれなくてもお前がその能力で俺を守ってくれればいいじゃないか?」
「そうだね・・・その通りだよ」
メリーサは優しく微笑んだ。
しかし、何だろうこの違和感は?
何かがおかしい気がするが、ただの見当違いかも知れないし、確証も取れぬまま聞き出すタイミングを逃してしまった。
「ねえ、ダーリン。アタシ謝らなきゃいけない事があるの」
「ゆかりがこの事を了承してるってのが嘘って事だろ?方法については勘違いしたまま契約したか、確認しなかったってところだろう。そんなん、とっくに気付いてるよ」
「気づいてて付き合ってくれたの?」
「乗り掛かった船だからな。途中で根を上げたら笑うとか言われたし、あそこまで啖呵を切っておいて途中下車はないだろ?」
「挑発的な事言ってごめんなさい。どうしてもダーリンの子どもが欲しかったの」
二人は体を重ねたまま会話を続けた。
子孫繁栄の為の儀式は今も継続中だ。彼女が夢魔であるという事も忘れて夢中になってしまったが、今は落ち着いて精神状態も良好と言える。これもきっと交魂の効果だと思うが、彼女の事がじんわりと好きになって来ていた。
子を授けるだけの契約なのだから、本来なら結婚する必要すらないはずなのに、彼女は俺と結婚する道を選んだ。夢魔の王が妻であれば、俺に手を出そうとする者に対して抑止力になると彼女は言った。守ると約束したからにはどんな手を使ってでも守り抜くから安心してねと言いながら、彼女は俺を赤子のように胸に抱きおでことおでこをくっつけて来る。
この娘は本気だと俺は思った。
俺と交わる事で最強の子を得るという報酬以前に、本気で愛してくれているという確信が持てた。それが一時的なモノなのか永続的なモノなのかは分からない。しかしこの心地よさが、久しぶりの安らぎと温もりを俺に感じさせてくれたのは確かだった。




