招かれし者【6】夢の世界
俺は夢の中にいた。
目の前一面に霧がかかっている。3歩先も分からない程に深い霧だ。そしてこの状況は、ゆかりと精神世界で再会した時とどこか似ているが、似て非なるものだという事はなんとなく理解できた。これは俺が作ったものではなく、別の誰かが作ったものだ。
しばらくして少し馴れて来たのか、視界がじんわりと開かれてきた。そして、霧の向こうには俺の部屋と同じように家具が一式取り揃えられた空間があった。ただ違うのは、フリルのついたレースのカーテンや花や人形などが置かれ、極めつけはベットの横にある壁に巨大なポスターが貼られている事だ。
そこには、どこかで見たような若い男のニヤケた面が笑顔を見せていた。っていうか、俺の顔だった!!
ベットに伏して肩を震わし嗚咽を上げ泣いていた部屋の主は、俺の存在に気付くと「え~!?ヤダぁ~!!」とすっとんきょうな声をあげると、布団をかぶって丸くなる。
「ど、どうしてダーリンがここにいるの!?」
「俺にも分からないんだけど、帰ってシャワー浴びた後、メシを食って寛いでたら寝ちまったらしくてさ!気付くとここに居た」
「そんなバカな!ここはメリーサのプライベート空間だよ?パパやママだって入れないのに!」
「と、言われてもなあ~」
メリーサは布団の中からこちらを覗き見ながら、来るなら来るって言ってよ!部屋の片付けもしてないし、恥ずかしいよぉ~などとぶつぶつ言っている。俺だって来るつもりで来た訳ではないし、そんなこと言われても困るだけだ。
「あ!そうか、これはアタシの夢なんだ!だからダーリンがここに居るんだ!ハハハ、こんな夢を見るなんて完全に参っちゃってるよね!」
――――いや、俺が夢を見てるのは確かだが、夢魔のお前が夢見るとかってあるのか?
俺はどうしたらよいのか対応に困り、その場に立ったまま様子を見ていた。布団から顔だけを出し、ああでもない、こうでもない、もしかしたら?などと顔面おもしろ百面相をしている羊娘を見ていたら愉快になり、自分でも知らない内に声を出して笑っていた。それをキョトンとした顔で見ていたメリーサは、やがて大きく頷くと、布団をはね除けてベットからピョンと飛び出して来た。
「メリーサのお部屋へようこそ!びっくりして取り乱しちゃったけど許してね!」
舌をぺろっと出してごめんちゃいのポーズをすると、昨日のようにガバっと飛び付く素振りを見せたが、思い直したのか、俺の左手を両手で握るに留めてそっと寄り添って来た。
「来てくれるなんて思ってなかったから、片付けもしてないの。散らかっててごめんね」
「いや、綺麗なもんじゃないか。俺の方こそ突然でごめんな」
師匠にやさしくしてやれと言われたからという訳でもないが、魔族とか魔王とかいうのではなく、普通の女の子としてメリーサと接しようと思っていた。仮にも婚儀を交わした相手であるし、子孫の件も、ゆかりが約束した事とはいえ俺に直接関係している事だ。子どもにしても作りっぱなしで後は知らないという訳にも行くまい。
それにしても、二人でいる時のメリーサは普段と全くイメージが異なり、こちらとしても、どんな態度をしてよいのやら迷うところだ。キャピキャピ自称アイドルで少しタカビーな態度は、外に対して作ったイメージなのか、今が猫をかぶっているのか判断材料が少なすぎて分からない。
どたばた続きで1日が長く感じられるせいもあるし、ゆかりの記憶が混じったおかげで感覚がマヒしてしまっているが、実際のところ俺がこの世界に召喚されて今日が4日目だ。知らなくて当然だし、本来は知っているのが異常なのに、物事を知らない事に対して罪悪感を感じてしまう自分がいた。
「ねぇダーリン。ダーリンはアタシの事をどう思っているの?」
――――うおっ!いきなり直球で来たか!
さて、どう答えたらいいんだろう?正直に好きでも嫌いでもないと答えるべきなのか?俺が言葉を選びかねていると、メリーサはふたたび言葉を続けた。
「ダーリンもやっぱり、アタシの事を夢魔のアバズレ女とか思ってるの?夢魔の女ってやっぱり嫌なのかな?」
「なぜそんなふうに思うんだ?」
「世間一般的に夢魔の女イコール、サキュバスってイメージでしょ?夢に忍び込んで男と交わり、精気を食らう淫魔。でもね?皆が食事の時にそうしてる訳じゃないんだよ?エナジードレインが出来る人達はみだりに交わったりする必要もないの。そりゃあ、そういった行為が好きな人達もいるけど、アタシはそんな女じゃないんだ」
「そうなのか?」
俺は世間一般的に夢魔がそう思われているという事に対して返事をしたつもりなのだが、メリーサはそうは受け取らなかったようで、苦しいような悲しいような顔をした。
「やっぱりダーリンもそう思っていたんだ。だからアタシじゃなく、ヨムルと血の契約の約束をしたんだ・・・そりゃそうだよね?食事と称して人と交わる女をお嫁さんには出来ないよね?」
「いや、そうじゃなくてだな・・・」
「信じて貰えないと思うけど、アタシ、ダーリンがはじめての男性だったの!」
「なぬ!?」
「はじめては全然良くないって聞いてたけど、ダーリンとは違ってた。すぐに凄く幸せな気持ちになれた。だからアタシは、この人が運命の相手だって思ったの。ヨムルには取られたくなくて返事も聞かずに交魂の儀をしちゃったけど、アタシは本気で・・・」
メリーサはそこまで言うと泣き崩れ膝を落とした。
ううっ、と声を殺して泣く姿は魔王などではなく、普通の女の子のように見えた。
「なあ、メリーサ。俺はお前の事を淫魔だとか考えた事は一度もないよ。だいたい世間一般的にどうとか召喚されて4日しか経っていない俺が知る訳がないじゃないか」
メリーサが話を聞いているかを確認するように、目線を合わせるように俺も膝をついた。
「正直に言うと、俺はお前の事が嫌いじゃない。でも、特別好きというのでもない。俺はお前の事を何も知らないし、それはお互いに同じだろう?たまたまはじめての相手が俺であっただけで、今の気持ちの高ぶりを恋だとか愛だとか勘違いしてるんじゃないかな?」
「違う!それは違うよ!!
勘違いだなんて馬鹿にしないで!」
急に立ち上がったメリーサの勢いに押されて俺は尻餅を付いた。怒りにも似た目で俺を射すように見ている。だが、ここで流される訳にはいかない。俺にはもう目標が出来たのだ。
「だって、まだ話すらろくにしていないじゃないか?お互いの事をどれくらい知ってる?ほとんど知らないだろう?」
「お互いの事をよく知らないと好きになっちゃいけないの?好きになるのに理由がそれほど大切なの!?」
メリーサは俺をまっすぐに見据え、強い口調で言った。
「好きになっちゃったんだから仕方ないじゃない!もう好きになる前には戻れないよ!」
「メリーサ、お前・・・」
「ダーリンがアタシの事を何とも思ってなかったとしても関係ない。アタシはダーリンを愛しているの!」
メリーサは、ダイブするように俺に抱きついて来た。
「お願い!アタシの気持ちを受けとめて。アタシにはもう時間が・・・」
もう時間が??どういう意味だ?
「君の気持ちはとても嬉しいよ。これだけストレートに想いをぶつけられて応えないのも男らしくないと思う。だから正直に言う。俺はゆかりを大切に思っている。だからこれ以上傷つけたくないんだ。子作りの件はゆかりと君たちとの約束もあるから受けるけど、それ以上の事は・・・
本当にすまない!」
嘘はつけない。俺は正直に答えた。
「そうなんだ・・・」
メリーサは俺を組伏せたまま大粒の涙をこぼした。俺の頬にその涙がぽとりぽとりと落ちて流れてゆく。
「血の契約は解消するよ。子孫を残すのに俺の血が必要だって聞いてたから血を渡す契約って意味で言ったんだけど、この世界では全く違う意味を持つ言葉だったんだね。知らなかったといえ、これ程にメリーサを傷付けてしまうことになるとは思いもしなかった。本当にごめん」
「え?嘘・・・」
「本当だよ。だからヨムルを選んだとかそういうんじゃ全くないんだ。君たち二人に対して血を渡すって意味で、二人に血の約束を果たすって意味で出た言葉なんだ。全ては俺の知識が足らなかったが為に無用な争いを生んでしまった。謝るよ」
「知らなかった?でも姫ちゃんはダーリンに自分の記憶を全て渡すって言ってたよ?」
「ゆかりからそんな事も聞いていたのか?
だからなんだな。昨日の席でも二人とも俺が全て知っているって前提で話をするもんだから、ついていけない話がいくつかあって答えに困ったよ。ちょっとしたトラブルがあって記憶の定着が進んでないんだ。たぶんこの世界で生活するのに必要な記憶や、君たちの情報も含まれてると思うんだけどね」
「じゃあ、リンクは?」
「うん、切れてる」
「えええ~っ!?
簡単に言うけど、それってむちゃくちゃ大変な事じゃない!どうしてそんな落ち着いていられるの?信じられないよ!」
よく分からないが、メリーサは俺以上にあわてオタオタし出した。この隙に彼女の下から脱しようと体を動かしたが、両脇をしっかりと膝に挟み込まれ、肩を返そうにも体を浮かす度にその肩を床に抑えつけられて反転出来ない。完全にマウントポジションを取られてしまっている。オタオタしている割に全く隙がなく、押さえ込みの技術は柔道の黒帯クラス以上ではないかと思う程に完璧だ。ここまで完全に極められると、さすがの俺でも逃げ出す術がない。
「師匠は大丈夫だって言ってたから、そのうちリンクは回復するはずだよ。俺の成長次第では数日のうちにね?」
「師匠?」
「俺、猿王に弟子入りしたんだ。ゆかりの第一協力者って聞いてたし、賢者の心臓についてもいろいろと精通しているみたいだったしね。俺はこの世界じゃあ生まれたての赤子みたいなもんだろ?誰かに指導して貰わなきゃすぐ死んでしまうよ」
俺はにこやかに笑いながら答えた。湿っぽいのは嫌いだし、あのまま話を進めたらややこしくなりそうだったから、これで話題が変わるのなら願ったりかなったりだ。
「あの気難しい、何を考えてるのか全く分からない格闘マニアに弟子入りをしたぁ?なにそれ?そんな話は聞いてないよ!」
「あっ、これは師匠と俺の秘密だった。誰にも言わないでくれよ。なんでも、それが知れると世界中から不幸の手紙が寄せられるらしいんだ」
「ぷぷぷ、確かにその通りだね!
猿王に弟子入りしたいって格闘家は世界中に何十万っているだろうから、その一番弟子がダーリンだって知れ渡れば挑戦状の山が出来る事は間違いないよ!」
「そんな凄いのか?」
「凄いなんてレベルじゃないよ。猿王は武術の神さまなんだから」
「武術の神さま!?魔族の王だろ?」
「本当に何も知らないんだね。魔族の中には神の末裔ってのが何種族もあるんだよ。竜王は龍神の末裔だし、ヨムルちゃん女媧の子孫だって言ってた。アタシも創世に関わった原初の精霊の子孫だから魔族というよりも神に近い種族だよ?」
「この世界じゃあ、神も悪魔もいっしょくたになってるのか?」
「ううん、違うよ。神は神。悪魔は悪魔だけど、その下のアタシ達みたいな半端な存在はひとまとめに魔族って呼ばれてるの」
「でも猿王は神なんだろ?」
「アタシもよく知らないんだけどね?なんでも何百万年も生きてるって話だし、存在の起源もアタシ達とは全く違うんだよ。そもそもこの世界ではない別の世界から来たって話だし、どこまで本当か嘘か分からないけど謎だらけなんだ。本人はあんな感じで付き合い悪いし、話し辛いし」
「そうか?人相は確かに凶悪だし、あの独特のオーラは凄い威圧感があるけど、話してみると友好的でいい人だったぞ。人ではないけど」
「それはダーリンが姫ちゃんの身内だからだよ!普通の方法では近付く事も難しい存在なんだから。無口で会話する事すら不可能だよ」
そうか!俺は、そんな凄い男に弟子入りした訳か!何となくノリで師匠と呼んだら想像以上に嫌がるから、面白半分に営業トークを駆使して相手をその気にさせ、とうとう師匠と弟子の間柄をゲットした訳だが、思わぬ収穫というか想像以上の後ろ盾を得てしまった訳だ。
虎の威を借る狐のように卑屈な考えを巡らす俺であったが、それを察したかのようにメリーサが釘を刺した。
「なんでも、猿王の修行ってメチャクチャに厳しいらしいよ?我が子を千尋の谷に落とすライオンっていうか、容赦のない厳しい指導で、その試練を生きて通過した者が誰もいないんだってさ!だから弟子を取るのは止めたって噂を聞いた事があるよ。それでも志願者は絶えないみたいだけど、最初のテストでふるい落とされて、結局誰も正式な弟子にはなれなかったんだよ。自称弟子ってのはいっぱいいるみたいだけど」
そうか~、猿王に弟子入りを認めさせたダーリンはやっぱり凄いんだね。見込みがあるって証拠だもん。アタシの男を見る目はヤッパ間違っていなかった。などと、独り呟きながらニヒニヒと笑うメリーサの下から俺は尚も逃げ出せず、虚しく抵抗を試みてはことごとくを阻止されていた。
俺は自分よりも小さい体格の少女にすら抵抗出来ない程に情けないパワーを呪いながら、この体力で師匠の修行に耐えれるのか大真面目に心配になって来て憂鬱になるのだった。
「ヨムルとの血の契約の約束は撤回しなくていいよ」
メリーサは落ち着きを取り戻し、しっかりとした口調で俺に言った。
「もし撤回の話を出せば、ヨムルちゃんはその代償に従属契約を持ち掛ける可能性が高いと思うんだ。そんな契約をしたら、逆らえなくなって服従するしかなくなってしまう。彼女の目的は子孫の先祖帰り、即ち神の地位への復帰なんだ。神となった子どもに世界を支配させて、自分は聖母としての神格を手に入れるつもりなんだよ」
「そんなんで神様になれるのか?」
「産まれた子が神格の高い神様なら可能性はあるよ。アタシはヨムルちゃんの独り勝ちを阻止すると同時に、最悪の状況になった場合の抑止力として、ダーリンとの間に子どもを作って世界のパワーバランスを保たなきゃって考えたの」
「パワーバランス?」
「アタシはこう見えて、夢魔一族の天才児って言われた神童だった。ものごころ着く頃にはエナジードレインを使えていたし、夢魔の秘奥義を幼年期に全て修得していた。魔王の掲示を承けた時も、誰もが納得する程に夢魔としては飛び抜けた力を持っていたんだ。でも、そんなアタシでもヨムルちゃんには絶対に勝てないんだよ。個体としての基礎能力が全く違うんだ!」
「同じ魔王だろ?そんな差があるものなのか?」
「魔王なんて召喚の為のただの数合わせみたいなものだって皆も言ってるよ。儀式に耐える魔素を有するに至った者が掲示を受けるってアタシも思ってる。現に、同じ魔王の竜王や猿王、蛇王のヨムルちゃんにしたってアタシ達夢魔族とはかけ離れて強い存在なんだから」
急に雄弁に語るメリーサ。
彼女の知らない一面が語るにつれ現れ、俺の興味をくすぐっていく。その話をマウントポジションを取られたまま聞いている俺は端から見たらかなり間抜けだろう。メリーサは抵抗を止め話を聞く姿勢になった俺からゆっくり降りると、手を引いて俺を立たせてベットに座らせた。
「パワーバランスの話に戻るね?そんな飛び抜けて強い力を持ったヨムルちゃんが最強の素材を手に入れて子どもを作ったら、その子にこの世界は完全に支配されてしまうよ。それは防ぎようがない程に確実にね?現状、対抗できるとしたら唯一猿王だけだろうけど、彼は全くそういう事には興味を示さない変わった人なんだ」
「別に誰が世界を支配したって、争い事がなくなって平和になればそれでよくないか?俺はそう思うけどな?」
「うん、支配者が人格的に優れていて平和を愛する人ならね」
「ヨムルの子はそうならないって思うのか?」
「アタシはユニゾンをした時にヨムルちゃんの精神の深いところにある闇を見てしまったの。あれは憎悪と復讐心に固まったドス黒い危険なものだよ?彼女自身呪いを受けたって言ってたし、呪いを破り、再び神として君臨するのが一族の悲願だと言っていた。どういう経緯で神から魔族に落とされたのかは知らないけど、あの強い闇の属性は危険な臭いがプンプンしたよ」
「恐怖支配の世が訪れると言いたいのか?」
「うん!」
「そうならない可能性だってあるだろう?俺は少なくとも自分は平和主義者だと思ってる。自分の子どもを暴君にはさせるつもりはないけどな」
「それはダーリンがそこにいたらって話でしょう?もし、そう出来なかったら?」
「それはどういう意味だ?ヨムルは子どもが出来たら邪魔になった俺を殺すって事か?」
「そこまでしないと思うけど、彼女の能力には無限牢獄という自分の全能力を代償に行う究極の封印術があるんだ。もしそのスキルを使われたら誰にも解除出来ないの」
「ヨムルの得意能力は封印術だったな?」
「ヨムルちゃんに限らず、彼女の一族は生まれながらに封印術のスペシャリストだよ。呪術系が得意で生命力も桁違い。とにかく怖い一族なのさ」
「で、ヨムルが暴走した時の唯一の対抗手段は、同じ最強因子を持った子供達だけって事か?」
「うん、そういう事だよね!」
「そうなると支配者がメリーサの一族って事になるだけで、根本的にはあまり変わらないんじゃないか?」
「何言ってるの!全く違うよ!!」
「全く?」
「アタシ達夢魔は基本的に平和主義なんだ。人間の精気を奪ったりするけど、あくまで食事の為であって殺したりはしないし、対価としてちゃんと気持ちのいい思いをさせてあげてる。エナジードレインにしても、夢魔のやり方はスポーツした後のように、疲れたけどスッキリしたって感じに調整させてるんだ。他にもエナジードレインをする種族はたくさんいるけど、夢魔のそれとは全く別物なんだから」
「そうなの?」
「そうだよ!夢魔は人間が嫌いじゃないし、共存共栄を目指している種族なんだ。増えすぎても困るけど、居なくなればアタシ達も困る。出来ればいい関係を築きたいとさえ考えてるんだよ?ただ、魔族だってだけで恐がられてしまうし、エナジードレインで死んだのを夢魔のせいだって思われる事が多くて、実現的には難しいんだけどね?」
「夢魔は人間が好き?」
「そうだよ。嫌いな種族とは例え夢の中でもエッチしたりしないでしょう?夢魔族のほとんどは他の魔族より人間の方が好きなんだよ」
メリーサの話はなかなかに衝撃的だった。
人間を好きな魔族?共存共栄?人間が家畜やペットに感じるような感情に似ているのだろうか?
むしろ殺して食べたりしないぶん、人間が家畜に対してしている事よりも慈愛に満ちた行為と言える。元々人間に対して好意的な種族であるなら、俺に入れ込んでしまうメリーサの気持ちも何となくだが理解できる気がしてきた。
「メリーサも元々人間に興味があったって事?」
「うん、そりゃアタシだってお年頃なんだし、周りの皆は経験者だしね。いろいろ聞かされたら興味を持たない訳ないよ」
なんか微妙に話が食い違ってるな。俺はそういう意味で質問した訳ではないんだが?
「友達とかとそういう話をするの?」
「ああ、ひど~い!ダーリンはアタシが友達のひとりもいない可愛そうな子とか思ってたの?アタシにだって友達はいるよ!たくさんとは言えないけど、それなりに深い付き合いしてる友人は居るんだ。ガールズトークで盛り上がるなんて日常茶飯事だよ!」
「いや、魔族の生活って知らないからさ。普段何してるとか、どんな会話してるとか想像も出来ないんだよね。友達いないとか思ってないから。本当に」
「そんなの人間の社会とあまり変わらないよ。寿命や食べ物とか違うけど、全く共通点がない訳じゃないし、同じ部分もたくさんあるよ」
「へぇ、そうなんだ?ゆかりの記憶が定着してないぶん、聞く事全てが新鮮でおもしろいなぁ」
「メリーサの話はおもしろい?喜んでくれるの?」
「ああ、おもしろい。新鮮だ」
「うれしいな!ダーリンに喜んで貰えるならもっともっとたくさん話がしたいよ。本当はもっと時間をかけて、ゆっくりアタシの事を知ってもらいたいと本気で思ってる。でもね・・・」
言葉を詰まらせ、悲しそうにうつ向くメリーサ。
なぜか分からないが、彼女の笑顔や仕草にはどこか哀しげで消えてしまいそうな儚き危うさが付き纏う。それは昨晩から感じていた事だけれども、彼女の心のうちが分からなかった俺は最後の瞬間までそれを知る事はなかった。
黙ってしまったメリーサを不思議に思うも、俺はその事には触れずに彼女が話し出すのを待った。
「ダーリンにお願いがあるの」
「ん?」
「姫ちゃんとの約束を今ここで果たして欲しいんだ」
子孫を残す為に血液を提供するって約束の事だ。これについては既に了承している事だし、今だろうと何時だろうと断る理由もない。俺は二つ返事で了解した。
「別に構わないけど、今の俺は実体じゃないよ。この状態でも出来るなら協力するのに依存はないけど、そんな急がなくちゃいけないのか?」
「うん、急がなくちゃいけないの。ヨムルちゃんは今夜にでも血の契約を求めて来るはずだよ。理由を付けて引き延ばす事はできると思うけど、あのヨムルちゃん相手にその交渉が出来る?」
「う~ん、そうだなあ。彼女の迫力は半端ないからなぁ」
俺はヨムルと会話した時の事を思い出した。あの勢いでこられた場合、上手く交渉をする自信は正直ない。何か用事や仕事があるのなら理由は付けられるであろうが、目下無職な上ただ飯喰いの居候の身だ。何日もかかるような事ならまだしも、すぐに終わるような事なら断る理由も見付からない。
「たぶん無理だ。正直自信がない」
「だよね?血の契約はすぐに効果を発揮するから、契約してしまったらダーリンとこんなふうに会える事もなくなると思うんだ。魂の共有だからどこに身を隠そうとすぐに居所がバレちゃうし、あの抜け目のないヨムルちゃんがアタシとダーリンが会うのを黙って見逃す訳がないと思うの」
「待てよ。ヨムルもこの事は了承しているんじゃないのか?なぜそんな権利が彼女にあるんだ?」
「血の契約だからだよ。当人が裏切り行為と見なせば、それは内容がどうであれ阻止できる理由になるの」
「血の契約の前に交わした契約でもか?」
「継続的に行われる事ならば制限をかけたり制約をかけたりする事だって出来るよ。アタシはヨムルちゃんと違って何度でも子どもが作れるし、子どもをたくさん作って数で対抗するって宣戦布告しちゃってるんだ。血の契約って切り札がありながら、何もしないで増えるのを待つって有り得ないと思わない?」
「えっ?そんな事を言ったのか?」
「言っても言わなくても同じだよ。ヨムルちゃんは血の契約がなくてもアタシ達を邪魔したと思う。たとえば呪術を使ってダーリンの心を操るとか平気でしそうだし」
呪術とかは流石に物騒だ。こちらの世界の呪いってかなり強力そうだし、呪い系の映画も昔から苦手だった。バケモノなんかは平気だけれども、実体のない幽霊や呪い系は本当にダメなのだ。スプラッター映画は見れても心理ホラーとか幽霊ものはNGだ。
「だから、ダーリンの心の準備とか気遣ってあげれなくて申し訳なく思うけど、今じゃないとダメなの!」
「そんな気遣ってくれなくても大丈夫だよ」
「本当に?」
「ああ、いつでもOKだよ。でも体は部屋のソファーに座って居眠り中だと思う。どうするんだ?」
「問題ないよ。肉体をここに召喚する。精神がここにあるんだから簡単にできるはずだよ」
「ふうん。まあ、そこは宜しく頼むよ」
なんか話がまとまって来るにしたがって、メリーサはウキウキしてきている様子だ。血を貰い子孫を作れる事がよほど嬉しいのだなあと思っていると、じゃあアタシも準備があるからと顔をほんのり赤らめて姿を消してしまった。
しばらくすると、ゴアっとした圧力を感じた後に肉体が召喚されて精神と重なる感覚があった。どこかで魔法陣を展開し肉体を呼び寄せたのだろう。手を握ったり開いたりして感覚をチェックした後、少し体を伸ばしてみたが軽い筋肉痛のようなものを感じた以外は全く問題なしだ。
朝食を食べた時に着ていた部屋着ではなくパジャマを着ているところを見ると、ミーチャが着替えさせて、もしかしたらベットに運ばれていたのかも知れない。
ほどなくして目の前に白い扉が表れ、中からメリーサの声が聞こえてきた。
「いいよ~。準備できたから入って来てぇ~」
ノブを握り扉を開けて中に入った。
目の前に想像したのと全く違う景色が広がっていて、俺は目を見開いて呆然と驚いた。
血を取るのだから医務室のような場所を想像していたのだが、目の前には巨大な丸いベットと床にはバラに似た植物の花びらが一面に敷かれ、香が焚かれているのか甘い匂いとともに薄く煙りが漂い、周りは薄明かるく光って照明の役割をしている球体が7つ、ふわふわと浮かんだ状態でゆっくりとベットの上を回っていた。
驚いて後ずさると背後に扉はなく、壁すらもない。
「どお?今度はちゃんと雰囲気も演出してみたよ!」
真横に声がして驚いてそちらを向くと、極薄スケスケのランジェリーを身に付けたメリーサが、両手を後ろに胸をポヨポヨと揺らしながらにこやかに微笑んでいた。
「メリーサさん?これはどういう事でしょう?」
「うん、子づくり頑張ろうね!!」
キャハっと笑って頬を染めるメリーサの目は、どこかで見た漫画みたいに見事なハート型をしていた。




