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招かれし者【1】奇妙な体験

挿絵(By みてみん)

二年前にトビラ絵として描いた作品。

この頃はセル画っぽく描いてました。

******************************



 俺は夢を見ている。


 なぜ夢と認識できるかというと、それがあまりにも現実とかけ離れており、自分の姿をまるで映画のように客観視しているもうひとりの自分が存在しているからだ。


 もちろん、こうして思考している方がもうひとりの方だ。体の方は中世風の天蓋がついた豪華な寝具に横たわっている。薄く半透明な掛布が掛けられているが、下着1枚の半裸であることは透け透けなので見てわかる。


 なぜ俺はここに?

と思ったが、夢なんだからそういうもんだろうと考えるのをやめた。と、外で聞いたこともない動物の鳴き声がした。ぎゃイ、ぎゃイ、ぎゃイと二匹が鳴き交わしているように感じられる。


 なんだろうと外に意識を向けると、ベットがあった部屋から建物の外へと移動していた。それもかなり高い空中にフワリと浮かぶ状態でだ。


―――うん、やっぱり夢だな。


 先程の鳴き声の主は?と探してみると、赤い月を背景に奇妙な格好で飛ぶ巨大な鳥が遠退いて行くのが見えた。どうみても地球上の生物ではない。過去に存在した生物に当てはめるなら翼竜プテラノドンが一番近いが、プテラノドンが双頭であるはずもないので全く別の生き物だろう。


 俺は動物には詳しい。

まあ、詳しいと言っても専門家ではないので素人にしては詳しいという程度なのだが―――


 死んだ親父が獣医だったせいもあり、子供のころから動物が好きでいろんな本や図鑑、野生の王国などのテレビ番組を見て育った。中学生の時、野犬に襲われて大怪我した事もあったが、それでも動物の事を嫌いにはならなかった。


 ムツゴロウさんも猛獣に噛まれて大怪我しているが、それでもやっぱりムツゴロウさんはムツゴロウさんのままだ。まあ、それと同じだと思ってくれ。


 野犬で思い出したが、先程ゆかりの夢を見た。

父方の従妹の名前なんだが、長野の親父の実家に遊びに行った時は一緒に遊んだ。ちょっとおませで人懐っこく、目が大きく鼻筋が通り、一般的な基準からすれば美人でかわいい女の子だった。不幸にも16歳の時に命を落としたらしいが、詳しい事は叔母も話してくれなかったからよくは知らない。


 彼女が死んだのは俺がちょうど20歳の時だ。

その頃の俺は世捨て人というか、アウトサイダー的な感じで世の中の出来事にほとんど関心がなく、大学を中退して日本を飛び出し、カナダの親戚の家にやっかいになっていた。


 カナダで何をしていたかというと、農業をしていた。親戚が農家なので、それを手伝う形で住み込みで働いていたんだ。あちらの農業はとにかくスケールがでかく、農薬を撒くのもセスナで空中散布する。熊や鹿も出るし、護身の為や家畜を肉食獣から守る為に銃も当たり前のように使う。


 カナダ人の銃保有数はひとりあたり2丁とアメリカ人よりも多いが、犯罪数はきわめて少なく治安はとても良い。カナダの人は温和で優しく、争い事が嫌いだったりする。それに正直者が多かった。家の扉なども鍵を掛けず、昼間はほとんど開けっ放しだ。日本の田舎の方では今でもそうだが、外国にもそんな地域があったのには驚いた。


 もっぱら、親戚の家は超が付くほどのド田舎で、隣の家まで車で10分以上かかるのだから、鍵など必要ないのかもしれない。カナダで過ごした2年間は、世捨て人だった俺の殺伐とした心を癒してくれ、生きることの喜びを取り戻させてくれた。そのまま永住する事も考えたが、両親の墓や遺された家を放置するわけにも行かず、これ以上滞在すれば里心がついて戻れなくなるぎりぎりのタイミングで日本に戻った。


 戻ってからは、カナダでの生活が嘘のように自然とは接点もない毎日が待っていた。その時の日本はちょうど就職氷河期で、大学を中退した俺には厳しい現実が突きつけられる事になった。はっきり言ってカナダに居ればよかったと本気で後悔したくらいだ。


 高校で得意分野だった情報処理スキルを生かし、システムエンジニアの道を模索したりもしたが、付け焼き刃が通用する訳もない。結局派遣会社を転々とした後、年齢的にも最後になると半分やけくそ気味で今の会社をうけた。奇跡的に受かりはしたが、すぐに子会社に出向命令。で、毎日毎日ビルの裏通りを走っていた訳だ。


 どっからどこまでが現実に起きたことで、どこからが夢の出来事なのか、ビルの裏通りを走っていた辺りから分からなくなる。


 今朝、会社に出勤すると課長に呼ばれた。これはもちろん現実だ。新卒入社の課長は俺より年下だが、人を見下す事には相当に高いスキルを有していた。何が気に食わないのか今朝は特に虫の居所が悪く、ここ2週間あまりの俺の仕事ぶりについて散々嫌味を言われた。俺の報告書が抽象的過ぎるというのだ。


 もっと具体的な数字を示せというのだが、それは無理な話だ。この件については専門外だし知識が不足している。


 今進めているプロジェクトは、本社からの依頼によるものだ。開発中の人工知能を有したモンスターを街に放ち、GPS機能付専用端末で捕獲するという、いわゆる都市型ハンティングゲームの開発だった。


 専用端末の開発は、別会社に発注されて急ピッチで製作中らしい。スマホでも対応可能なのだが、処理能力に差が有りすぎてどうしてもバグが発生してしまう。


 取り敢えずはスマホ用アプリとして売り出し、専用端末の方が100倍楽しめるとしてハードで儲けようという腹積もりなのだが、スマホ用にハードルを下げて売り出す予定のアプリが不具合連発では、専用端末を売り出す頃にはユーザーから見放されているのは目に見えている。


 そこで、どこまでスマホでバグらず遊べるのかを実際に動かしてみて調べるというのが俺に命じられた仕事だ。複数人でリンクしてチームプレー可能なのが売りなので、相棒に入社1年目の新人くんをつけられ、毎日毎日くそ暑い街の中を試験データのレア物を追いかけて走り回っていた訳だ。


 人工知能付モンスターの売りは学習能力にある。

レア物は仕留め損ねて逃がしたり、捕獲してからリリースすると成長する仕組みになっている。自ら考え、罠を回避し、捕獲者の裏をかく。ようするに野生の動物のようにヒネるのだ。


 ヒネたレア物は覚醒レアとなり、捕獲ポイントが爆発的に上がる。わざとヒネらせ、大量ポイントをゲットするのがこのゲームの醍醐味という訳だ。獲得ポイントは提携先のショッピングサイトで実際にお金として使えるので、カップ麺なども購入可能だ。もっとも、獲得ポイントは捕獲用機器のレベルアップに使う人がほとんどだろうが・・・


 しかし、どのようにヒネるのかは環境で大きく差が出る為、AIがどう判断してどのように進化させるのかは開発者にも解らない。あまりにも難度が高くなりすぎれば、無理ゲーとしての評価を受け、開発費の回収も出来ずに終了となるは確実。そうならない為にはとにかくデータが必要だった。


 俺はバグって捕獲不能になっていると推測される覚醒レアを、課金アイテムをばらまくように使い寸手のところまで追い詰めた。課長の鼻をあかしてやる為にも、今日でなんとしても捕まえなくてはならない。走って、走って、走って、ここだ!っと飛び込んだビルの非常扉の向こうが白い空間になっていて、足場を失い落っこちた。


 ビューンと落ちて、グーンと引かれ、目も開ける事が出来ないようなとんでもない光の中を、もみくちゃにされて突き進み、気付くと目の前にドでかい赤い月があって、めちゃくちゃに驚いた。


 たぶん俺は扉の向こうで何かにぶつかり、そのまま気絶でもしたのではないかと思う。それからずっと夢を見ているのだ。考えるまでもなくそうに違いない。


 今も目の前には赤い月が浮かんでいる。

高さが変わっていないところをみると自転してないのかもしれないが、初めて見たあの時と比べると光量がかなり違って見える。


 キョロキョロと周りを見渡すと、目下に街並みが見えた。その全てが低層住宅で質素なレンガ造りだ。高くても三階建てで、それもあちこち崩壊していたりする。月が見えるという事は今は夜の筈だが、街のいたるところに光の点が動いていて、人々があわただしく活動している様子がうかがえた。


 しかし、なんだろう?

自分が夢の中に居ると思った時から感じるこの違和感は?


 で、俺は気が付いた。

見えない右目が見えるのだ。


 現実の俺の右目は15歳の時に負った大怪我のために、極端に視力を失なってしまった。野犬に追われて逃げている最中に橋から落っこち、そのとき頭を強く打った後遺症というヤツだ。河原で発見された時は心臓も止まっていたらしいが当然覚えちゃいない。医者から聞いた話だと、蘇生したのも奇跡だが、そのあと昏睡状態を脱してからの回復力は常識的にあり得ないスピードだったそうだ。


 切れかかったアキレス腱や、各部所の重要器官のことごとくがみるみるうちに回復し、頭蓋骨の陥没骨折と脳挫傷で酷い後遺症を残すと思われた脳神経系の末端細胞も、右目の視力を除けば全くもとの通りに戻った。


 いや、前より調子がいいくらいに丈夫になって、それから現在に至るまで病気なんかした事はないし、怪我をしてもすぐに治る。いわゆる特異体質になってしまったという訳だ。


 担当医だった橋下などは、退院した後も何かにつけて俺を呼び出し、とにかく俺の体を調べたがった。3年目からはウザったくて無視したが、25年過ぎた今でもたまに電話がかかって来る。もう70歳近い高齢のはずだが現役で頑張っており、なんでも不老不死の研究をしているという噂だった。


 橋下医師いわく、俺の体細胞は特別なのだそうだ。

妄想に取り付かれた哀れな老人に付き合うつもりもないので完全に無視してしまいたいところだが、命を救ってくれた恩もあるし、先の短い老人の楽しみを奪うのも忍びないと電話にだけは出てあげる事にしている。


 つい4日程まえにも電話があり、なんでも俺の脳組織から採ったサンプルからアルツハイマーの特効薬が出来たらしく、特許が認められたら莫大な契約金が入るので、その一部を細胞の提供者である俺に渡したいというのだ。


 脳細胞の組織など提供した覚えもないのだが、これ以上関わるのが恐ろしくなって申し入れは辞退した。が、その金額が二千万円は下らないと言うので、にこやかに「宜しくお願いしま〜す」と営業スマイルで答えてしまった。


 お金は大切だ。

無くては困るが、あっても邪魔にはならない。


 この話まで夢の中の事だと悲しいなぁと思いつつ、右目が見える感覚を久し振りに体感し、嬉しくて思わず笑いが込み上げてきた。


 うすぼんやりと霞がかかったようにしか見ることが出来なかった右目が、今はハッキリくっきり、見えすぎるくらいに見える。タイマツらしき光に目を凝らすと、瞬時にズームアップされたように視界が近付き、その持ち主の顔やホクロまでもがはっきりと識別可能だった。


――――うん、夢だな。こりゃ確実だ。嬉しいけどな!


 それに先程飛び去った怪鳥同様に、ズームアップされた者達の容姿は人間でもなければ動物でもない、全く俺の知らない生き物だった。あえていうなら、空想上の生き物のゴブリンやリザードマン、獣人といったところだが、想像力を遥かに超えるリアルな造形と種類に驚きを隠せない状態だった。


 ブウウウウ―ン

 ブウウウウ―ン


 変な音がしているのに気が付いた。

何か機械的な駆動音のような、低く重い音がどこからか聞こえて来る。


 どこからだ?


集中してみると、音の出どころが分かった。上空の月だ。音は月から聞こえてくる。


―――機械音?なぜ月から機械の音がするんだ?


 不思議に思ったが、まあ夢だから深く考える必要もないだろう。月をもう一度まじまじと見てみる。


 赤い大きな月。

なんだが2重にぼやけて見えるが、夢にも乱視があるのかな?


 それにしても奇妙な夢だ。

普通夢というのは過去に体験した事や、本人の頭の中にあるデータを基準にしているもので、本人ですら想像もつかないような空想を基にすることは珍しい。


 空を飛ぶ。見たこともない街を徘徊する。海の中で海洋生物と戯れる。好きな異性と親密な交流をベットの中で行うなど、いずれにしても想像の範囲内の事で、全く知らない物事を夢で体験するなどという事は統計的にはほとんど無い。


 例えば、童貞くんがエッチな夢を見ていざ挿入となったところで、実際の感触を知らなければそれ以上の事は起きないのと同じだ。空想にもおのずと限界はある。



 先程のゆかりの夢を思い出してみる。

ゆかりは透けるように薄い黒い布を羽織っていた。服と呼ぶにはあまりに簡素な、ただ布を巻き付けただけのような格好をしていた。


 はじめはゆかりと気付かなかった。

目も眩む光の渦の中をもみくちゃにされた後で頭はクラクラしていたし、声を掛けられたが耳鳴りが酷くて聞き取れなかった。口が動いていたのが分かったので、声を掛けられたと判断しただけだ。


 俺が困ったような顔をしていると、もう一度ゆかりが声をかけてきた。


「ようこそ、タクヤさん」


 今度は聞き取れた。

そのあとゆかりは震える指先で俺の頬に触れた。

すると急に頭がすっきりして、思考がクリアになった。


 この声に聞き覚えがあった。

 この目に見覚えがあった。

 この手の温もりと感触に覚えがあった。


 すると指先から何かが流れ込んで来るのが分かった。急に心臓が熱くなり、続いて右目に突き抜けるような痛みが走った。


「やっと逢えた・・・お兄ちゃん」


 この時、俺ははっきり確信した。

この子はゆかりだ。従妹の姫城ゆかりだった。


―――だが、なぜここに?


 彼女は16歳の時に行方不明になり、発見された時は死んでいたと記憶している。いや、発見されたのは靴と鞄、服の一部だったか?何しろ20年も昔の話だ。そのとき俺は日本におらず、ゆかりの事を聞いたのも何ヵ月も過ぎて葬式も済まされた後の事だった。


 それに、本人ならば若すぎる。

全く歳をとっておらず、16歳の姿のままだ。

仏壇に置かれた当時の写真そのままだった。


「まさか?――――本当にゆかりか?」


 目の前の少女が“姫城ゆかり”だと確信しながら問いかけた。頬に触れた彼女の手に自分の手を重ねて体温を確かめてみる。


 暖かい・・・

 その暖かさが、彼女が生きている事を証明していた。


 ゆかりが何かを言った。

唇は動いたが、声は聞こえなかった。

手が、顔が、体の全てが急に白く染まり、サラサラと崩れはじめたと思った瞬間、ばさりと音をたてて視界の下へ落ちた。ゆかりが消えた場所には、白い砂山のようなものが残されていた。


 俺は膝を落とし、白い砂のようなものを手に取った―――と思うが、その辺りからの記憶はあまりにもあやふやで自信がない。


 俺はこのあと絶叫した。

 いや、叫んだのが先か?

途中から意識が途切れ、真っ暗になってしまったのでよくは覚えていないが、声を張り裂けんばかりにゆかりの名を叫んでいたような気がする。


 次に意識がはっきりしたのはつい先程の事だ。

自分が豪華な天蓋付のベットに寝ている姿を上空から見ているという状態で俺の意識は目覚めた。


 だが、こんな夢なんかあるんだろうか?

リアルすぎるし、思考にも矛盾がない。もっと支離滅裂であって良い筈なのに、でたらめな世界設定であることを除けば非常に現実味がある。


 匂い、音、気温、それにシーツの心地よい感触。


 寝かされていた部屋は、切り立った岩壁の上にそびえ建つ黒を基調とした厳めしげな中世風の城の、最上層に近い場所に位置しているという事も同時に理解出来た。不思議な感覚だった。幽体離脱?それとも少し違う気がする。



 その時、俺の寝ている部屋の扉がノックされた。

 外に居るんだから聞こえる筈もないのに、だ。


 扉がゆっくりと開き、女がスルリと入って来た。

まるで足音もさせず、こうして見ていなければ気配すら感じないだろう。その体捌きからして只者でない事は明らかだ。それに、その容姿は更に人間離れしていた。


 引き締まった手足にくびれた腰。

くっと上がった形の良い臀部から太股にかけてのラインは、まさに芸術品の域に達している。胸はそれほど大きくはないが、形の良さは服の上からでも充分に見てとれた。


「スレンダー美女」と一言でいえばそうなるが、そんな言葉では表現しきれないほどの完璧なフォルム。それに、容姿は文句の付け所がないほどに整い、その切れ上がった眼元に知性と色気が混じりあい、男であれば抗う事は不可能な程の妖艷さをかもし出している。それに唇の形が絶妙に美しく、それでいて卑猥だ。


 超一流企業の美人秘書もかくやというその美人は、寝ている俺の横に腰を下ろし、薄い掛け布団をそっとめくりあげた。そして上半身裸の俺の胸に指先を当て、ゆっくりと嘗め回すように動かしはじめたんだ!


――――なんだ!なんだ!?どうなってやがる?


 俺は激しく動揺した。こんな見たこともない美人が俺の体に触れ、指先で弄んでいる。その頬はわずかに上気し、目には獲物を狙うかのような焔のたぎりが見えるではないか!


 女は、あきらに発情していた。

2つに割れた細い舌先?がチョロリと見え隠れし、ゆっくりとその唇が俺の唇に近づいて来る。


 そして、女はキスをした。

はじめは優しく、そして次第に強く激しく貪るように!


 俺の胸の周りをもてあそぶように動かしていた指先は、円を描くようにユルリユルリと動き、ゆっくりと焦らすように俺の下半身へと向かう。


 おい、おい、おい!どうなってるんだ!?

 こんな事あっていいのか!

 夢だ!これはかなりヤバい夢だ!


 俺はかなり欲求不満だったらしい。

しかし、何だというのか?夢にしてはリアル過ぎる感触に、俺はひどく動揺しながらも反応していた。この世の物とは思えない程の淫靡な感覚が俺の心を翻弄する。



 と、女はいったん唇を離した。

しばらく余韻を楽しむかのように俺の寝顔を眺めていたが、何かを確認すると、ふぅと息を吐き言葉を漏らした。


「残念だけど、まだ早いみたいね」


―――まだ早い?何がまだなんだ?


 女は名残惜しそうに手を離すと立ち上がった。

俺をしばらく見つめた後シーツをもとに戻し、チュッと軽い接吻(キス)をしてから部屋から出て行った。


――――ええっ!?

ここまでしといて途中で放置!?

なんなんだよコレ!

夢にしてもあまりに酷くネ?

こんなのオジサンは許しませんよぉ!!


 あんなに期待させておいて途中でやめるとか、俺の気持ちはもう其こそ欲求不満で爆発しそうだった。


 見てくれ!俺の可哀想な状態を!

動けないのに感覚だけはしっかりとあるのだからタチが悪い。自己処理も出来ぬまま悶々と時間だけが虚しく流れ去って行った。



 先程の美女が去ってから20分が経過しただろうか?突然バーンと部屋の扉が開け放たれ、ピョンと音をたてて少女が飛び込んできた!


「メリーサちゃんだよーん!」


 元気いっぱいに名のりながらクルリと回転し、お尻と胸を強調するポーズをそれぞれキメて、最後に「てへっ!」と舌を出しながらウインクを飛ばす。ひと昔前のぶりっ子アイドルみたいな仕草に少しだけイラッとしたが、よく見るとこの子も超が付くほど美人だ。


――――なんだ、なんだぁ?

少し頭の弱そうなコスプレ美少女が現れたぞ!?


 この展開にはさしもの俺も戸惑いを隠せない。

これが俺の夢で、俺の願望だとしたら、自分は自覚しているよりもかなりヤバい中年男という事になる。


 見たとこ歳は18歳くらいか?

かなり発育がよくスタイルは抜群だが、あどけなさが残るその容姿は女性というより少女といった感じが相応しいようにも見える。薄い金色テンパの髪毛の両側の耳にあたる部分にはクルリと巻く角がついていて、モコモコの羊毛で出来た水着のような露出度の高いパジャマみたいな服を着ていた。


 アクセントの赤いリボンが肌の白さを際立たせるが、どうしても目が行ってしまうのは凶悪なまでに谷間を強調したその胸だ。Eカップは確実にある。Fだと言われても納得するだろう。


 羊さんのコスプレをした美少女は、ニコニコしながら俺に近づくと、すっとんきょうな声をあげた。


「ああ!おテントさまだぁ!おテントさまが元気してるよぉ!!」

 キャハっと笑い、ルンルンしながら俺のすぐ横に来ると、そのままの勢いでバーンっとシーツを剥がしやがった。下着一枚の俺は先程の興奮状態が抜けきれず、自己主張したまま横たわっている。


「アタシが来るのを察知してもう準備していたんだね!」


――――いや、いや、そうじゃありませんから!

俺にはそんな超感覚は備わっておりませんって!


「嬉しいなぁ。そんな期待されたらメリーサちゃんも頑張んなきゃだねぇ~」


 きゃ、恥ずかしい!とか言いながら顔を赤らめ両手で頬を挟み、イヤンイヤンをしている。


 アホだ!この娘、アホだ!

 しかも、この羊娘も発情している?


 はっきり言って目がヤバい。

 羊の皮をかぶった狼だ!洒落でなくマジで!


 肉食獣と化した羊は、俺の下半身をロックオンしたまま、いそいそと服を脱ぎはじめた。全裸になってポーンとベットの上に跳び乗ると、最後の砦をことも無げにポイと投げ棄てた。そのまま背を向け馬乗りになると、ガシッと膝で俺の両脇を固定するなり変な事をしはじめる。ムフフっと笑い、ヨダレを垂らしそうな顔を俺の下半身に寄せると、犬のようにクンクン匂いを嗅ぎ出したのだ。


「クンクン、クンクン、

うん、ヨムルちゃんに先越されたりしてないみたいだね!」


 ラッキーみたいなポーズをとって手を合わせた後、娘はクルリと反転して俺の顔を見ながら空中に光る文字のようなモノを出現させた。ヨムルとは先程の美人秘書の名前だろうか?何をするつもりなのか薄々気づいていたが、やっぱりという感じで娘は言った。


「じゃあさっそく子作り開始と行きましようか!」







~~~~~~~~~~~~~~~~~


 彼女が奏でる魂のダンスは俺を容易く翻弄すると、波に呑まれる小舟のように軽く意識を奪って行った。


 彼女が普通じゃない事はすぐに分かった。行動や容姿が普通じゃないのは見て分かる通りだが、それ以上に快感が普通じゃない。今まで経験したものとはまるで次元が違った。


 人間が行う情事とは別次元のモノだ。意識が霞み、思考力そのモノが奪われて消えて行くのが分かる。彼女は捕食者であり、俺は捕食されるだけの小さき存在だ。


――――ヤバイ・・・このまま続けられたら死んでしまう


「ありゃ?何かおかしいなぁ?」


 羊っ娘は動きを止めてペチペチと俺の頬を軽く叩いた。


「ネェ、ネェ、お兄さん?」


 ペチペチペチ


「お兄さんってばぁ、聞こえてる?」


 ペチペチペチ


「ありゃりゃ?これって少しヤバくない!?」


 今ごろ気付いたか、このバカ娘!

 俺の体は現在進行形で死にそうだよ!!

 やりたい放題しやがって!!


「儀式からまる一日経ってるからもう大丈夫かな?って思ったんだけど、もしかして“魂の定着”がまだ終わってないの?コレ、終わってないよね?」


 あちゃ~、こりゃマズイわ~。と、言いながら俺の瞼を指で摘まんでパカっと開いた。


「瞳孔開いちゃてるし、確実だぁ~」


 何ぃ、瞳孔開いてるだと!?

 死んでんじゃん、俺!!

 どうしてくれるんだよ!

 俺の命を返せ!!


「メリーサちゃんがあんなに頑張ってるのに無反応とか変だなぁとは思ったんだけどネ!先を越されたくなかったから、ちょっと先走りしちゃったよぉ」


 ごめんチャイ!とか言って舌を出し、てへぺろしてる。


 む、む、む、なんか腹が立ってきたぞ!

先を越されるとか、越されないとか、何で競ってるのかは知らないけど、そんな事で俺の命を奪うとか頭おかしいだろ!親はどうしたんだ親は!こんな若いうちからこんな事する娘に育てて恥ずかしくないのか!責任とれ責任。親を連れてこい!!


 夢である事も忘れて一頻り怒りをぶちまけると、ちょっとづつだが落ち着いて来た。―――そうだった。これは夢だったんだ。何マジになってんだ俺は?こんな事が現実であるわけないじゃないか。こりゃ、あの嫌味たらしい課長に毎日イビられて、相当ストレスが溜まっていたんだな。うん!


 しかし、この後どうすんだ?

俺のこと殺しちゃったみたいだけど、どう後始末を着けるつもりなんだろうか?展開が全く読めないなぁ〜。羊っ娘は俺に跨いだまま、ポッコリ脹れた下腹を手で擦っている。


「せっかく貰ったんだけど、返さなきゃだね・・」


 返す?何を?


「正式な契約を交わす前にコレをするなんて、本来ならあり得ない事なんだよ?でも、もう混じっちゃってるから、今のお兄さんの状態だとギフトになってしまうかも知れない。でも、お兄さんとならイイや!特別にサービスしちゃうよ!」


 何を言ってるのか、全く意味が分からん。

 契約?ギフト?混じってる?


 羊っ娘の態度が変わり、真剣な表情で俺を見つめた。そして、ゆっくりと唇を近づけるとキスをした。何か暖かいモノが流れ込んで来た。何かとは液体でもなく舌とかでもない。唇どうしが軽く重なるだけのソフトなモノだが、かなり長い時間そうしていたような気がする・・・


 暖かいな・・・なぜだろう?

心がやすらぎ、フワフワと夢見心地になる。

この感じを幸せと表現するなら、まさにそれだった。


 時間の感覚が消えて行く・・・

 右目が・・・ほんのりと熱い?


 やがて羊っ娘は唇を離した。

潤んだ瞳に俺の姿が映っている。

頬をほんのりと赤く染め、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


 ドキッ!


 な、なんだよ?それ?

先程までとは全く雰囲が気違うじゃないか!

あんだけしといて、キスを恥じらうとかありなん?

凄いギャップだよ!凄いギャップ萌えだよ!萌!!

この歳でキュンとかしちまったじゃないか!反則技だろ!


 体は正直者だ。可愛く微笑む彼女はクスッと笑い、いたずらっ子を嗜めるように片目をつむりメッっとすると、名残惜しそうにベットから降りた。


「今はダメだよ。魂が定着してない状態だと、組織が壊れちゃうみたいだから」


 下着と掛布をもとに戻したあと、自らも衣服を正して俺の隣りに立つ。なぜかは分からないが、あの長いキスを終えてから羊っ娘の態度が変わっていた。顔は赤らんだままだし、瞳も潤ませてモジモジとして恥ずかしげにしていた。


「少し早いかな?とも思うけど、いずれはそのつもりだったし、損はさせないよ。アタシこう見えて、夢魔族を統べる王にして魔王の証を持つ者なんだ。充分な待遇と安全を提供できる自信があるよ」


 ン?いま魔王って言ったか?


「さっき、姫ちゃんが渡したギフトとアタシのギフトが呼応してたのを感じたし、きっと相性とか最高だと思うんだよね」


 相性ってねぇキミ!

 俺は死にそうにってってか、死んでたでしょ!


 ん?先程のキスで蘇生してるのか?呼吸はしてるみたいだから生き返ったみたいだな?なんにしてもだ。したら死んじゃうんじゃ相性最悪だと思うんだけど、どうよ?確かに君は可愛いと思うよ。でもなぁ・・・


 

 そう言えば、夢魔一族を統べる王とか言ってたな?

 で、魔王でもあるわけか・・・


 ちょっとこの夢の設定が分かって来たぞ。

ヨムルとかいうあの美人さんもきっと魔王なんだな?

で、なぜだか俺の貞操を狙って争ってるっていうハーレム設定か?


 ふたりのタイプが違う美しき魔王が俺を巡って争い、襲われて犯されちゃう訳かぁ???


 いやぁ参ったなぁ~

俺の夢、かなり変態してるよ~

自分ではストイックで渋いナイスガイのつもりだったんだが、これが俺の願望なら相当にヤバいぜ!


「ギフトがどんな形で顕現するかは分からないけど、魔王からの贈り物だからね。きっと役にたつよ!」


 それにね~、と続ける。


「アタシ、100人は最低でも欲しいから、子作りいっぱい頑張ろうね!1度に8人が限界だけど、何度でも頑張るからさぁ〜」


 ヌなにぃ~!?

 100人産むだと~!?

 んナ、アホな!!


「じゃ、また明日ね。ダーリン!」


 きゃあ~、言っちゃった~!!と叫ぶと、

ハートマークをいっぱい飛ばしながら、入って来たとき同様に部屋の扉をバーンと開け、テテテテテ~っと羊っ娘は走り去った。


 おいおい、扉くらい閉めてけよ!!

 それに、ダーリンって誰のこと!?

 俺の事じゃないよねぇ!


 ねぇ!?


 いまだ動けない俺は、虚しく開け放たれた扉の向こうに消えたヘンテコ娘に、声にならない声で叫んだ。


 何なんだよ、もう!

 夢なら早く醒めろって!


 ところが、いつまで経っても夢は醒めない。

状況が変わらないまま時間だけが過ぎ、幽体離脱も出来ずにずっと天井を眺めていた。やけに右眼が熱い。その内側から湧き上がるような熱が全身に広がり、湯上がりの時ように心地よい感覚が眠気を誘う。夢の中で眠くなるなんておかしな話だが、俺は少し寝てしまっていたようだ。


 開け放たれた扉の向こうに二つの目が光っていた。いつからかは分からないが、しかし、じっと俺を見つめるその視線に獣の唸り声が混じった時も不思議に恐怖心などは感じなかった。俺はこの視線の主を知っていたのだ。





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