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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王城の便所姫~高貴な乙女は無残に汚れる~

作者: 左高例

※この物語は排泄物などが頻繁に登場したり連呼されたりしますので注意してください






 痔の患者は男性よりも女性が多い。

 理由は色々あるのだけれどそれは事実のようだ。そして厄介なことに、顕在化している患者数でも女性の方が多いのだけれど、女性の中では痔を隠して病院に行かない人も多い。

 痔などおっさんの病気。肛門を診察される。それらの意識で恥ずかしさを覚えて中々足が踏み出せない人も多い。


 そういう私もそうだった。痛くても血が出てもひた隠し、そして痔が原因で死んだ。

 グロいことを言うなら、痔瘻(肛門内部に裂傷ができて糞便のバイキンで化膿し、内側の肉を侵食して腐らせていく最強コンボ)になったのに病院に行かず悪化させ、尻にアリの巣のように大量の穴ができて、激痛と共に腸がシモから飛び出て死亡。なんかこーあまりにも行き過ぎた痔瘻の症例として記録に残ったのではないだろうか。


 そして気がついたら異世界に生まれ変わっていた。どうやらどこぞの国のお姫様らしいけれど、私の目標は一つ! 今度こそ痔にならないこと。 

 幸いなことにこの国は、文明こそ中近世レベルだけれど上下水道が発達していた! トイレはやや原始的だけど、私が改善すればいい! 痔予防の第一歩は尻穴を清潔にすることから! あと腹筋。腹筋バキバキプリンセスに私はなる!


 そんなことを考えていたんだけど。



『フハハハハ……モーレル姫よ! 貴様はこの魔王城で便所姫になるのだ……!』

「くっ! 殺しなさい!」


 なんてこった。ウェルカムトゥニュージョブ。この私がお姫様から便所になるなんて。

 現状を振り返ることにした。ここは魔王城。私はフンバルト王国の第一王女、フンバルト・ウォーシッコー・モーレル。この世は腐敗と自由と魔力が支配する世界。

 昨日まで王国で普通に暮らしていたというのに、この魔族という敵対種族の長、魔王によって連れ去られてしまったみたいだ。まるでRPGみたいに!

 なんで私が、と思うけれど我がフンバルト王国は魔族との最前線に位置する国家。小競り合いはしょっちゅうで、必殺の固めた汚物を投石機で投げ込むアタックで多大な被害を与えていた。いわば憎き敵国の重要人物が私だった。


 しかし! しかし! なんてことだ!

 このままじゃ魔王たちにグチョエロ肉便器R18コースにさせられてしまう! 私はエロ漫画(レディコミ)を読んでいたから詳しいんだ!

 いや前世からまったく男性とは縁のない生活をしていたけれどエロ知識だけは人並み以上にある私としては興味がないわけじゃないんだけど。

 問題は尻だ。

 エロ漫画によればこういうチーム竿役は容赦なくおしりの穴へ、お笑いコンテンツのように突っ込んでくる!

 

 尻に異物をぶっこまれる→尻の中にミチミチィって裂傷ができる→裂傷が不衛生なうんうんで膿む→痔瘻コース


「くっ!! 殺せー! 殺せー!」


 私が叫ぶと魔王の近くに並んで立っている(なんか部屋の中が暗くて背後で雷とか鳴っててシルエットしか見えない)恐らく幹部連中が残忍な笑いをこぼしつつ言う。


『叫んでも無駄だ……クククたっぷりと働いてもらわねばな……』

『恐怖に叫べ、屈辱にあえげー☆』

『イヒーッ! こんなやつとっとと始末しちまおうぜ……!』

『フン。役に立つものなのか』

『やれやれ皆さん。すぐに壊さないでくださいよ』


 くそー! なんかやる気満々って感じがする! シルエット的に身長3mぐらいありそうなやつもいるし!

 痔瘻は本当に痛いんだぞ! キングオブペインだ! イヒー! また体験するなら死んだほうがマシだ!

 

『さあ……我らの道具となるのだ、便所姫モーレルよ……!』

「くっころー!!」


 私の体は魔法で自由を奪われ、無理やり運ばれていった──



******



 場所は便所だった。非常に汚い和式……というか、ボットン便所である。うんうーんが便器周辺にこびりついているし、アンモニア臭もきつい。

 バケツと雑巾を雑に渡される。


『さあ便所係。今日からお前は魔王城の便所掃除をするのだ……!』

「ちょっと待てー!!」

『なに?』


 魔王が首を傾げる。

 魔王というのはこう、どでかい鎧の上からマントをカーテン羽織ってるのかってぐらい被っていて、頭にはドクロっぽい意匠の兜を付けていて人相はさっぱりわからない巨漢の男である。全体的に黒かったり紫だったりそんな色だ。全身からオーラ的な物を出している。

 それはともかく、


「これはなに?」


 私は田舎の築五十年の集合住宅にありそうな便器を指さして聞いた。


『便所』

「私は?」

『便所掃除の人』

「なんで?」

『貴様は囚われの身……いわば奴隷! その役目を果たさぬのならば死あるのみよフハハハハハエホッエホッオエッ!!』


 高笑いを上げるとトイレの壁がビリビリ震えるような迫力であったが、笑い声をあげるためにこもったトイレの臭い空気を吸い込んだのか魔王はむせていた。


「いやだからわざわざお姫様の私攫って、便所掃除やらせるの!? もっとこう性処理肉便器とかそういう方向性じゃなくて!?」

『なにその異常性癖みたいな発想……こわっ……』


 魔王がドン引きしてるんですけど!


『それにどっちかっていうと便所掃除やらせるために攫ったというか』

「なんで!?」 


 すると魔王は何やら紙を取り出して見せてきた。


『これはお前の国で……あっ普通に喋っていい?』

「どうぞ」

「うん。お前の国でアンケートを取った、『便所掃除が得意そうな人ランキング』なんだけど」

「その声のエコー消えるんだ……っていうかなに人の国で、やたら限定的なアンケート取ってるんですか」

「いいだろ。一番近い人間の国なんだから。それでランキングダントツ一位! 第一王女ウォーシッコー・モーレル姫! おめでとう」

「……どうも」


 うちの国の人。それでいいのか。自分とこの王女が、便所掃除が得意そうなイメージで。

 とはいえ私は国に居るときから運営に……下水道の普及とトイレの衛生化について民間にまで普及させまくった経歴がある。

 町中に設置しまくった、糞尿の資源化を財源とした清潔な公衆トイレに『モーレル』という名前が付いたぐらいだ。ローマ皇帝ウェスパシアヌスかよと思ったけれど。(ウェスパシアヌスは有料公衆トイレを作って公衆トイレの代名詞になった)


「で?」

「うむ。実はな、ここ十数年、魔王城で問題になっているのが便所の汚さなのだ。あまりの汚なさに我ら上位魔族は平気なのだが、城にくる下位魔族や召使い魔族共の間で疫病まで流行る始末。だが魔族に便所掃除などしたことがあるやつはおらん」

「えー……どうしてたんですか便所は」

「魔族では伝統的に野糞か、便所にある程度溜まったらそのまま埋めて新しい便所を作っていた。だが土地の問題で限界に達して、地面まで腐り始める始末……そこで、人間の国でも便所掃除のエキスパートを攫ってきてやらせてしまえということが決まったので、モーレル姫! 後は任せた」

「酷い雑なプランだー!」


 チクショウ! R18な展開じゃなかったけど、まさか敵国の掃除婦として攫われるなんて!

 

「っていうか私一人で!? なんならうちの国の処理業者の人も十人ぐらい連れてきてくださいよ!」

「フハハハハ、馬鹿め! 人間を複数自由にさせてたら徒党を組み仇なすに違いあるまい。どちらにせよお前の命は我が握っておるのだ! つべこべ言わずに掃除をせよ!」

「くぅー……せ、せめて魔族で手伝ってくれる人とかは……」

「魔族は便所掃除など誰もせん!」

 

 くっ! どういう文化してるんだ魔族! ウンコ垂れ流しか!

 しかし魔族の多くは都市生活ではなく、村落で暮らしているあたり、人口密度が低くて疫病が流行らない程度の糞便しか野に放たれないのだろうか。魔王城近辺ではとうとう環境が閾値を越えたということで。

 何はともあれ、拐われたのは事実。魔王に命を握られているのも事実。

 エロ目的でズタボロにやられるよりは便所掃除の方がマシと考えて、私はげんなりと項垂れるのであった。



 とりあえず、便所掃除に必要だということで魔王と幾つか契約を交わした。


・私を迫害とか邪魔とかイジメとかしないように魔族全員に従わせること。

・私が必要な食事や休息は認めること。

・便所掃除に必要なことに限り、道具の調達や城の工事、設備の利用を認めること。


 これらがなければ便所掃除も進まず、私が病気とか怪我して終了するというので認めさせる。私が失敗したから次の人を攫ってくるような雑なプランではいつまで経っても解決されないことも告げて。

 魔王はそれなりに納得して魔法パワーで契約をした。


「ぬぅん! 契約魔法! 魔王サンダー契約!」

「凄い便利な魔法」

「これで、邪魔をしてくる魔族が居たらモーレル姫の体に宿った魔王サンダーで制裁されて、逆に貴様が暗殺とか破壊工作を心の中で考えながら活動すると魔王サンダーでビリビリ来るぞ!」

「魔王サンダー……」


 兎にも角にも、この魔族というのは人間をヒャッハーして殺したり略奪したりする蛮族であって私の祖国の敵だけれど、こうして命を握られている以上は手伝いをしなければ私が死ぬ。

 便所掃除するぐらいで人類の裏切り者呼ばわりはされないだろう。多分。されたとしても生き延びるために便所掃除するけれど。

 



 *****


 


 さてお掃除を開始するのだけれど、ああは言ったものの全くの魔王城知らずな私に対して助手を魔王は紹介してくれた。

 それはメイド型ホムンクルスのクルスちゃん……クルスくん?


「えーとクルスくんちゃん?」

「好きなようにお呼びください」

「クルスくゃん」

「どう発音しているのですか?」


 いやだって。メイド服っぽいのは着ているのだけれど顔立ちとかはイケメンに見えるし。銀髪イケメン男子が学園祭でメイド喫茶をするためにメイド服を着ているような違和感。ボケてるわけでも恥ずかしがってるわけでもなく真顔だし。

 まあそれはそうとしてクルスは魔王たちの世話をするために生み出された人工生命体だ。


「じゃあクルスが便所掃除すればいいのでは」

「便所掃除のやり方がインプットされておりません。クルスは学ばねば仕事を行うことが不可能です」

「融通が利かない」


 無表情無感情にそう言う。魔族は便所掃除を誰もしないので、作り出したクルスに説明することもできないらしい。

 主な仕事は料理とその片付け。魔王城のゴミ拾い。それぐらいだけれど、魔王城を案内することは出来る。


「とりあえずこの魔王城ってトイレ何箇所あるの?」

「七ヶ所です。魔王様と、五幹部様と、それ以外のトイレが一箇所」


 五幹部というと魔王の間に居たあのシルエット軍団だろうか。皆トイレを大事にしているようだ。それなら掃除ぐらい考えてほしい。

 ちなみにこの魔王城は魔王城ガッデム!って感じのキャッスルではなく平屋建ての一階構造だ。トイレの場所には縦穴を掘っているらしい。

 

「クルスはどこでトイレを?」

「多いのは魔王様用トイレです。近くにトイレがあると言っても専用ではなく、用事がある者は普通に使いますので」

「ふーん。いやしかし、このメイド服美白ビジュアル系イケメーンもぶりぶりするわけだ」

「生物として当たり前かと」


 あのゴルベーザ四天王の上司みたいなごっつい鎧マントの魔王も、あの汚いトイレにまたがってぶりぶり。

 なんだろうか。当然なんだけど凄まじい絵面だ。

 現実世界に存在するイケメンや美女、或いはラノベや漫画アニメに出てくる美少女やニヒルな二枚目、暗い影のあるライバル、転生してチートしてモテモテの人、虫も殺したことのない聖女みたいな人も、私と同じく必ずぶりぶりしている。

 そう思うとなにかこう心の余裕ができるというか。


「とにかく、まずは普通に軽く掃除しつつトイレを見て回ろ。掃除用具がこんなバケツと雑巾だけだとアレだから……まずはキッチンとか竈のある場所でお湯を沸かそう。案内して」

「了解しました」


 メイドボーイは素直に頷いて私を案内してくれた。

 魔王城の中を歩き回ると、あちこちにゴミが散らかっているのが目につく。主に食べかすだ。果物の皮とか、骨が落ちてたときはぎょっとしたけれどチキンの骨らしい。

 魔族は行儀よくテーブルで食べるのは少数派で、食事は適当に歩きながら食べてその辺にゴミは捨てるらしい。クルスは火ばさみでそれらをひょいひょいと拾っては背負っている屑籠に放り込んでいく。

 食卓がある広間では山盛りに、湯でたり焼いたりした肉や果物が大皿に乗っていて、適当に腹が減った城勤めの魔族がやってきては食い散らかしたり部屋に持っていったりするシステムらしい。なので食卓近くもとても汚れていた。

 

 台所に入り、とりあえず私は設備を見回す。

 竈と大鍋で大量のお湯を作ってトイレを洗うことにしよう。水程度じゃあの汚れは落ちそうにない。


「クルス、雑巾にしてもいい布切れとかあるだけ持ってきて。あと裁縫道具とかはある?」

「確か……五幹部の一人、パペットマスターのトーマ様が個人的に持っていましたが」

「魔王との契約を盾にして接収してきて」

  

 物資の調達は必要な権利だ。クルスにそう頼んでから私は大鍋を竈に載せた。

 

「水瓶は……運ぶの大変そうだなあ……ええい、秘技ウォーシッコー・ウォーターの術」

 

 私は発動媒体の指輪に気合を込めて魔法を使うことにする。この世界では元日本人の私も便利な魔法が使えるのだ!

 まあ、便利とはいえやれることに制限はかなり多い。まずは魔力をファーっと体から放出する。次にその魔力に火、水、風、土のいずれかの精霊を発現させる。そうすると込めた魔力分、精霊がそれぞれの属性で力を貸してくれる。

 鍋底に貯めた魔力に水の精霊を宿らせるとたっぷりの水が生み出された。大体、この世界の人類側で教えられる魔法で出来るのは『その属性の現象を出現させる』『出現させた現象を操作する』の二つだ。回復魔法とか、汚れを消す浄化魔法とかは無い。

 ちなみに魔族は独自の魔法技術を持っていて、個体ごとに出来るのが違うらしい。魔王サンダーとか。

 次に竈の方に火の魔法で着火して水を温める。出現させた水や火は、暫く操作しなかったらただの現象になり普通の水や火としての役目のみをこなす。 この水魔法に関してはお城に居た頃から結構使いこなし、お尻シャワーとしても使ったりしていた。


「持って参りました」

「サンキュ。じゃあ次は……えーとレムオンの実があるね」


 台所には多数の果物が置かれている。肉は別の場所に保管しているようだ。その中にある黄色い果実を指さした。ぶっちゃけこの世界のレモンである。


「あれ絞ってジュースにしといて。洗剤にするから」

「了解しました」


 レモンにはクエン酸が多く含まれていて殺菌、消臭効果もありトイレ掃除に適している。レムオンも同じである! 実際国に居た頃には色んな洗剤を作って試していた。

 お湯が沸くまでにクルスの持ってきた布切れを裁縫道具で大雑把に縫い付けて頑丈な雑巾に変える。家庭科の成績は5だった。

 クルスは素手でグシャーってレムオンを潰して絞り汁を瓶に貯めていた。凄い握力。ハッ。教えられてないからできないのならば、私がトイレ掃除を教えてやれば人員一人ゲットじゃん。

 そんな野望を燃やしつつ、絞ったレモン汁入りの瓶に水と塩を適量加えストローを突っ込み、お湯をバケツに入れてクルスに持たせた。洗剤としてはレモン汁100%より水を混ぜたほうが効果がある。塩も。

 布切れで作った三角巾を頭に巻きつける。マスクも作った。いつも城で身につけていたドレスグローブ。君は今から清掃用手袋だ。幸いなことに、水洗いに強いタイプの生地を使っていた。

 クルスも付けているエプロンも借りてそこにインクで『便姫(べんき)』と書いてやる。こうなれば意地だ。

 

「便所姫出動!」


 やけくそ気味にそう叫んで私は出発した。どちらにせよ、ここに囚われている以上は私も使わないといけない便所なのだから清潔にする必要がある。



「クッサ魔王便所クッサ」


 改めてまずは魔王便所へ向かうが、臭いがこもりまくっていて、ほぼ固形化したうんうーんがしぶとくこびりついている。

 雑巾で剥がすの無理じゃない?と思うけれどまずは熱湯を便所にエンチャント。汚れを柔らかくするのが目的だ。


「クッサ、熱でかつての力を取り戻した魔王うんうーんクッサ」

「あの……私もここでしてるんですが」

「クルスうんうーんクッサ」


 どんな美女だって美男子だってウンコは臭い。それは世界の摂理だ。私だって当然臭い。

 当然ながらウンコを温めると臭いが増す。しかしやむを得ないことだ。充分にお湯をふりかけて次にレモン果汁を用意する。

 ストローの表面に風魔法を操って強力な指向性のある風を吹かせてやる。そうするとベンチュリー効果によってストローに吸い上げられたレモン果汁が風で散らばって霧状に噴出される。簡単に言うと霧吹きだ。これで洗剤を散布。


「よし次!」

「拭き掃除などはされないのですか?」

「まずはお湯と洗剤を染み込ませてから! 清掃中使用禁止の札貼っといて」

 

 順番に洗浄の前準備を整えてから最初のトイレに戻り軽く拭き掃除。どうもここの薄汚い便所は、一日や二日の掃除じゃキレイにならなそうだ。




 *****



 次の便所は五幹部の一人、『獣魔人』レオンという男と、その側近などがよく使っているらしい。

 獣の特徴を多く残した魔族の中でもリーダー格で、その雄叫びは戦場だと怖すぎて聞いた人間が死ぬほどだとか。

 

「クサすぎ! トイレ汚すぎ!」

  

 今度のトイレはさっきの魔王便所より強烈な臭いだった。目に染みるような酷さ。呼吸をするだけで病気になりそう。

 

「ここを利用する獣系魔族の方々は肉ばかり食べる食生活も関わっていそうです」

「さっきのトイレもそうだったけど、なんで換気窓作らないの!? おえっ!」

「そう申されましても」

「クルス! この壁の向こうは外!?」

「はい」


 私は土魔法を使う。土魔法の特徴は土……つまり質量の重たい個体を作り出すということだ。

 ニョキニョキと魔力で出現させた土塊を操作し大きな杭の形にして、壁に叩きつけた。

 ボゴッっと壁にレンガ四つ分ぐらいの穴が開く。ついでに風魔法を使って空気を循環させ、まだ悪臭が便器から漂ってくるものの多少はマシになった。

 

「おい! 便所からすげえ音が……ってコラ! 人間! 何やってやがる!?」


 勢いよくドアを開けて踏み込んできたのはムキムキマッチョレスラーの頭をライオンにしたような感じの生き物。

 

「獣魔人レオン様です」

「てめえクルス! 人間がなんで暴れてやがる! ぶっ殺すぞ!」


 声がビリビリと響いて失神しそうだ。レオンの毛も逆だっていていかにも殺気満々ですよみたいな態度が怖い。

 けれど、


「トイレがクサすぎ汚すぎです! 私はトイレ掃除のために工事の許可も得ているので、換気窓をつける権利があります!」

「なにィィ!? 確かにトイレに入る度に小一時間は鼻が死ぬが……」

「大体なんですかこのトイレ! 便器周りならまだしも、なんか壁とかにうんうーんのカスがこびりついてるんですけど! 最悪!」


 何をどうアグレッシブな排泄をすればそうなるのか。

 私は疑問に思ったけど、その獣魔人レオンの姿をジロジロと眺めて考えた。

 

「? なんだよ」


 獣タイプの魔族。人間の国に居たときでも魔族の系統は本で見たことがある。人間に近いタイプも居るけれど、獣や竜、鳥や虫の特徴が人間とミックスされたタイプの種族も多い。

 そんな中でもいかにも「ライオン人間です」みたいなレオンの姿は、前に述べた通りにレスラーオンライオンヘッド。そして背中側にはふさふさの尻尾。


「ちょっと失礼──クッサ! 信じられない! このケモ、尻尾にウンコが若干付着してる!」


 本来の獣だったらそうそう付着しない尻尾への汚物。しかし変に体型が人間ライズされているので尻尾の座りが悪く、トイレが汚いこともあってうんうーんが若干付くことがあるようだった。

 スススッとクルスがレオンから距離を取った。レオンは「な!?」と動揺したように叫び、


「う、うるせえ!! そりゃおめえ、偶然付いたんだろ! ここで屈んでぶりぶりしてるとき、尻尾が垂れてたらちょっとぐれえ付くだろうが!」

「それで尻尾を振り回すからうんうーんがそこらに付着するんですよ! どうにかしてください!」

「こ、このアマ! 調子に乗るんじゃねえぞ! ああああーん!?」


 牙をむき出しにして私の頭を齧らんばかりに威嚇してくる! 怖い! 口臭い! 

 そして発動する魔王サンダー。


「アババババババ!!」

「レオン様。モーレル姫に手出しは禁じられております」

「こいつがー! 俺様を馬鹿にしてー!」

「事実を言っただけでしょう! 何か尻尾に付着しない方法を考えてください!」

「うううー!」

 

 悩んだ結果、魔王城のトイレ全域に貼られるルールとして『尻尾のある種族は人化の術を使うこと』となった。人化の術は魔族が一時的に人間に化ける魔法で、ある程度の強さがあれば大抵使えるらしい。

 レオン氏が人化の術を使ったのを見たけど、尻尾が消えて顔がオールバックの不良といった感じの割とイケメーンになったのだけど。


「いつかぶっ殺してやるからな、人間!」

「尻尾にウンコ付けて日常生活を送っていた人物と考えると色々台無しというか」


 どんな美女でも糞袋にすぎない。お釈迦様はいいことを言ってくれる。私はお湯と洗剤を掛けて次へと向かった。あと清掃ブラシが欲しい。




 ****



「次は『トロルキング』のプリガン様がよく利用されているトイレです」

「トロルキングっていうとあの幹部勢揃いでデカいシルエットの人だよね……ううう」


 トロルというと前世では、ゲームなどに出てくる巨漢で棍棒とか持ってるモンスターという印象だけれど、そのキングである。強そう。

 そして巨人。ウンコとかでっかそう。

 私達がトイレに近づくと、ちょうど中から誰か出てきた。

 私より低いちんまりとした背丈で、ちょっと耳が尖っている以外は人間とそう変わらない容姿。女の子みたいな顔立ちをしているけれど濃い青色の髪の毛を短く坊ちゃん刈りにしている少年で、大きなポンチョをすっぽり被っていた。

 可愛いショタですぞ。心の中の愛でたい感情が鎌首をもたげる。なでなでしたい。


「あっ! 掃除の人?」

「うん。そうだよ。私はウォーシッコー・モーレルって名前」

「変な名前ー」

「だよね!!」


 私は自分の名前だというのに激しく同意した。なんだよフンバルト・ウォーシッコー・モーレルって。日本語じゃないから全然ツッコまれないけど。妹の名前なんかヘーデルだった。フンバルト・シッコト・ヘーデル。凄い。


「お掃除をどうかお願いします」


 ぺっこりと頭を下げるショタ。可愛い。一緒に掃除したい。

 

「モーレル姫。こちらがトロルキングのプリガン様です」

「……?」

「プーリガーンでっす☆」

「えええええ!? トロル!?」

「プリガンはねー、トロルキングだけど子供に化けられるの。あんまり体が大きいと不便だから普段はこっちなんだけど」


 美ショタに化けられる巨人。そういうのも居るのか……本当に見た目からはトロル要素無いのに。

 なにはともあれトイレ掃除だ。私はトイレのドアを開けた。

 閉じた。

 

「……」

「モーレル姫?」


 恐る恐る再び開けてみる。するとどういうことでしょう。ボットン便所の穴からそびえ立つ糞のタワーが。


「コロコロコミックか!」

 

 漫画のような量のうんうーんに思わず突っ込みを入れた。完全にキャパオーバーでウンコがせり上がっているううう!


「プリガン様は普通の魔族の数倍は物を食べて排泄しますので、一番トイレの埋め立てが多い方です」

「照れるなー」


 ニコニコと両手を頭の後ろに手をやって気楽に言うプリガンちゃん。ズボンは履いていないのかポンチョから太ももが見える。そしてその可愛らしい足の間からぶりぶりと大量に排泄したわけですね。

 

「いや……まず、これ、もう掃除とかそういうレベルじゃ……」

「……トイレ作り直しが必要ですね。土木建築はパペットマスターのトーマ様が担当しております」

「次はもっと容量たっぷりでお願い☆ってトーマに言っといてねー」


 無邪気に手を振るプリガンちゃんに見送られ、私達は次へと向かった。




 ****




「またですか。やれやれ、私の人形たちはそんな役目のために生み出すのではないのですが」


 『パペットマスター』トーマ。メガネを付けた怜悧な印象のイケメンで、自室には色んな人形が置かれ、本が山積みになっている。

 しかし関係ないけど幹部なのに彼ら仕事は無いのだろうか。全員揃って本拠地で過ごしてるけど。

 

「折角便所姫を連れてきたのですから貴女がやればどうです?」

「メッチャ効率悪いです。トイレを潰して埋めるぐらいはできますけど」


 土魔法の応用で、言ってみればゴーレム生成ができる。ただしこのゴーレムというのは命令が非常に単純なものしかできない上に融通も利かない。

 そこで私が考案したゴーレム操作方法、マスタースレーブシステムだ。ゴーレムに行う命令は「術者と同じ動きをしろ」で、私が殴ったり物を掘り返す仕草をするとそれに追随してゴーレムが動く。これで重機の代わりに作業が出来たりする。

 問題は見た目が悪いというか、私がやたらエッサホイサとその場で動いている図が出来上がるということだけど。


「ほう?」


 私がそう説明すると面白そうだな、といった声を出してピカッとトーマのメガネが光る。クール系に見えるけど彼もまたウンコを日々垂れ流す生き物。そう考えれば相手が悪の幹部だからといっても怖さは無くなる。

 

「では私だけ働くのも面倒ですので、今のトイレを始末するのは任せましょう。正直、私の人形でも汚物に触れるのは勘弁願いたいのでね。新たなトイレの穴を掘るぐらいはしてさしあげますよ」

「あっそれなら……えーとこうしてください」


 トーマが座っていたテーブルに置かれていた白紙の紙とペンを借りて、トイレを外から汲み取り可能な構造を示した。

 大量の排便が行われるトイレをその度に埋めて建て直すのはいたちごっこだ。それなら外から糞便を回収して捨てに行くほうが長持ちする。誰が回収するって? 私が。

 本当ならこの魔王城にも上下水道完備して、ウンコしたら下水に流されていくシステムにしたいのだけれどそれは大規模工事の準備が整ってからで、今今の対処法では汲み取りが限界だった。


「ふむ。仕方ありませんね。これも魔王様の指示ですから」


 彼は肩を竦めて、どこかへ出ていった。

 ちなみにトーマが使うトイレは下痢便がプッシャーって飛び散っていた。いつの日でも思い出してほしい。あのやれやれ系クールハンサムは、下痢便に悩んでいるということ。




 ****




 下痢便をお湯で溶かして次に向かったのは四番目の幹部『血魔導師』ブラド。


「ブラド様は独自の血魔法を使い、その凄まじい破壊力から一人で国を滅ぼせると噂されています」

「そうなの?」

「彼が操れる血とは自分のみならず、外に流れ出たものならば他人の血すら自在に操りそれを刃や矢、毒や炎に変化させて攻撃に使うのです」

「なるほど……殺傷した相手が多ければ多いほど、魔法の規模が上がっていくわけね」

「とはいえレオン様は咆哮で地平線まで人間を恐慌させ、プリガン様は山のような巨人に変化し、トーマ様は不死の人形を一万も操るので幹部の方々は皆戯れに人間の国を滅ぼせるのですが」


 恐ろしい。魔族の扱う魔法は人間の使える魔法とはまったく違うものが多いらしい。人間はどんな魔法使いでも、火と水と風と土を操るだけだ。組み合わせたりすることで強くなるみたいだけど。

 ただ人間にも軍に匹敵するぐらい強すぎで勇者と呼ばれる人も居るらしい。本当にゲームみたいな世界だ。


「ブラド様は気難しく、この自分の部屋があるフロアに他人が入ることを拒み、日々自室で魔導の研究をしておられるとか……」

「まあ私は掃除の許可を得ているから大丈夫だろうけど……」


 そんな会話をしながらトイレのドアを開けた。


「キャアアアー!」


 惨劇の悲鳴! 上げたのは私だった!

 いや、だってこのトイレ。汚いのは汚いとして……

 鮮血付いてるし。真っ赤に染まったー鮮血だーからー

 

「これはひょっとして……痔!」


 便器に染まった血の色判断。赤色だと出口付近が傷ついて出た血だよ! 黒色だと奥深くの大腸あたりから出血してる、痔よりも深刻な病気だよ!

 ただし前日に食べたものも考慮しよう。柴漬けとか食べまくったら赤くなるし、イカスミや海苔とか食べ過ぎたら黒くなるので。


「ナムアミダブツ」


 念仏を唱えながら惨劇の痕跡をお湯で洗い流してクエン酸をふりかける。はっ! 唐突にビッグアイデア!

 この痔の幹部を助けたら色々協力とかしてくれないかな。ポジティブシンキング。

 それに目の前に痔で苦しんでいる人がいたならば、私はそれが悪人でも共産主義者でも助けようって痔で死んだことで誓ったのだった。今ここで。

 あと魔族の幹部なのに痔ってなにか親近感湧いてテンション上がってきた! いや別のこの世界の私は痔じゃないんだけど。


「クルス、そのブラドって人の部屋は?」

「あの扉です」


 私はそっちに向かって扉の前に立ちノックをした。


「もしもーし! こんにちはブラドさん! 便所係のモーレルです! お話があります! 開けてください!」


 バンバンバン。ところで面接時のノック回数マナーってアレ絶対、マナー解説会社が勝手に決めてるよね。

 しかしノックしても反応がない。これは……居留守……


「ブーラードーさーん! 貴方の体に関することで重大な話があるんです!」


 無視されている。確かに、ちょっと顔を見たことがあるかな?程度の出会って一日目女にそんなことを言われても、「何言ってんだこいつ」としか思わないかも知れないけれど。

 

「あの、モーレル姫。ブラド様は大変気難しい方で……」

「話を聞いてください! 命に関わるんです! ──貴方痔ですよね! 痔! コーモンから血が出るやつ! イボですか内部ですか! すぐに対処が必要です! おケツからブラッドが出る(ケツ)魔導師ブラドさん!」


 そう説得していると、あまりこの周辺は他の魔族も近寄らないとはいえ、たまたま通りかかった魔族の人が騒ぎを聞いて「まあ」と口に手を当てて足早に立ち去っていったりもした。

 ──瞬間、ドアがスパパパーンと十六分割されて崩れ落ちた。

 ドアの向こうには凄い怒り顔をした男性が、赤い極薄の刃を手からムチみたいに伸ばしてこっちを睨んでいる。

 ブラドさんだ。こう、見た目は黒いロン毛をだらーっと左右に垂らした、若干暗め怖めの顔つきをした二枚目。いかにも闇の魔導師でございますって格好をしていて、血の気が失せたような顔色をしている。ひょっとしたら痔で貧血気味や熱っぽいのかも。

 

「……貴様ッ! なんのつもりだ! 来い!」

「ウヒャー!」

「ブラド様。あまり乱暴に扱われては──」

「ビビビビビ!!」


 無理やり引っ掴もうとしたブラドさんに魔王サンダー。ごめんね。今のは私が悪かったかも。

 素直に私とクルスはブラドさんの部屋に入った。クルスは壊れたドアを木工ボンドで補修している。

 椅子に座り直したブラドさん(座る瞬間に痛みに耐えたように顔をしかめたのを見逃さなかった)が向き直って私に話しかけてくる。


「それで? オレがなんだと?」

「痔ですよね。お尻から血出てて痛いですよね」

「ハッ」


 馬鹿にしたように彼は鼻で笑う。


「この血を媒体にして万能の魔導を操るオレが? 尻を負傷している? 馬鹿も休み休み言え」

「いやだってお便器に血付いてましたもん」

「人の便器を見るなァー!」

「人の便器を掃除させるために拐われたんですよこちとら!」


 大体、掃除するなというほどキレイにしているわけでもないしあの便器! お母さんが掃除すること前提で汚す子供みたいだし!

 

「とにかく! 痔は重大な病気です! 早いうちに対処、予防しておかないと!」

「やかましい! キレてるのを見つけたときは、血魔法で傷口を塞いでおるわ!」


 便利な魔法だ。私達人間が使う魔法だと、怪我の治癒に使えるのは精々水で傷口を洗い流すとか、火で焼いて塞ぐとかその程度ぐらいだ。


「その割には痛そうで熱っぽい感じじゃないですか」

「む……まあ多少、この程度なら魔法を使うまでもないかな……とか、血が出ているわけじゃなくてちょっと被れてるだけだな……というので放置することはあるが……」

「悪化フラグですよ! いいですか、まずは痔の予防から! ちゃんとバランス良く食事してます? 野菜果物お肉穀物。水分も沢山取らないと駄目ですよ」

「ぬ……血魔法では血液の生成が重要なのだ。だからいつも肉多めで……飲み物はワインも血を増やすからそれを」

「肉ばっかりじゃ駄目です! 便通は悪くなるしうんうーんは固くなってお尻が切れる原因になるし、脂で下して下痢になったら被れたり傷口が膿んだりするの一直線! 水分といってアルコールを飲んでるのも駄目! 余計に水分が体で消費されてうんが固くなります!」

「むむむ……」

「それに研究ばっかりしてるってクルスから聞きましたけどちゃんと日常で立って歩いたりしてます? 一日中座っていたりしません?」

「……」

「あっ目を逸らした。それモロに駄目ですからね! お尻にも悪いし血行にも良くない!」

「なに!? 血行にだと!?」

「一時間座ってたら五分十分でいいから軽く歩くぐらいしてください! 次に腰を冷やさないようにして──」


 まくしたてる私に、次第にブラドさんは相槌を打ちながらメモを取り始めた。

 とりあえず日常の生活態度から見直して予防をしなければ、痔が多発するような環境だと治療しても焼け石に水だ。

 話は次第に、痔が悪化した際の痔瘻にまで発展してブラドさんを軽く引かせた。


「──というわけで気をつけてくださいね! 何か心配事があったら相談に乗りますから!」

「ふむ……わかった。しかしお前のような面白い女は初めてだ」

「乙女ゲーみたいなセリフを言っても痔なんだよなあ……」


 とりあえず時間が掛かったけれど、ブラドブラッド便所を後にして次へと向かった。




 ****




「ええと次は……」

「最後の幹部、『朧銀』のギン様ですね」

「どういう人なの?」

「一言で言えば『残虐』……幹部衆の中でも一等に人間と多く戦い、そしてなぶるように殺戮を楽しむ恐ろしいお方です。能力は魔族すら逃れられない恐るべき幻術や悪夢を使い、人間の軍を同士討ちさせたり、街一つを狂気で包み破滅させたりしてきました。また、近接戦闘でも幻影の剣を実体化する能力で近づく者を切り裂く使い手でもあります」

「うわあ関わり合いたくなーい」


 けれどトイレ掃除は待ってくれない。人間が生きるにはパンと牛肉とトイレが必要なのだ。 

 クルスに案内されてギン様とやらの部屋近くのトイレへと向かった。

 で、その問題のトイレ。

 扉の前に誰か通せんぼするように立っている。

 少し低めの身長をした細身の……男性? なんかこう、黒くてポケットの沢山ついた戦闘服みたいなのの上から大量の包帯をぐるぐるに巻きつけていて、特に顔なんてほとんど覆われてて四白眼の見開かれた目しか見えない。ボサボサの長い髪の毛が伸びまくっていた。


「あれがギン様です」

「もうなんか怖いんだけど。何してるんだろ」


 私がのそのそと近づいていき、中に入ろうと声を掛ける。


「あのー」

「イヒーッ! クッセエ汚え近寄るな! 便所人間がよォ! 俺のトイレに入るんじゃねえ!」

「第一声がこれ」


 凄まじく非友好的だった。なんなの?

 

「俺のトイレをお前みたいなションベンウンコ臭え女に触られると思うとヘドが出らあ! イヒーッ! 糞まみれで溺れ死ぬ悪夢を見たくなけりゃ、とっとと失せな!」

「いやそんなこと言われても。私掃除する役目なんですからね。大体これ、ギン様の専用トイレじゃなくて近くにあるだけでしょ」

「俺専用だっつーの!」


 クルスに振り向いて伺うような視線を送る。クルスは首を横に振った。

 時々いるんだよね。こういう公共のものを自分専用にしちゃう困った人。


「とにかく。ちょっとトイレ見せてください。どうせ汚いんでしょ」

「てめえ女! ナメてるとマジで肥溜めの中に頭突っ込む幻覚をアババババ! イヒーッ」

「モーレル姫がある意味無敵になってませんか、この契約……」


 トイレ関係で邪魔しようとすると魔王サンダーが発動するようで、残虐幹部は焦げて倒れた。

  

「さーて、塗糞便所にウンコタワー、下痢便噴出に血便惨劇。次はどうなるかな……」


 ホラー映画でも見るつもりで私はトイレのドアを開けると──


「き……汚くない……だと……?」


 そう。ギントイレはなんと他の便所とは一線を画して汚くない!

 便器周りに誤爆がこびりついていることもないし、誤射の尿染みも付いていない。換気用の窓はしっかり付けられていて空気は淀んでおらず、尻拭き用の紙どころか(他のトイレだと大きめの葉っぱとか積まれてた)水瓶と柄杓すら置かれていた。そして壁には『このトイレを汚く使ったやつは糞まみれの悪夢を見させる──ギン』と脅迫文のような注意が書かれた紙がナイフで縫い留められている。

 なにより、丁寧に使われているだけではなく恐らく掃除されているのだ。ここは。


「み、見たな……」


 よろよろと立ち上がるギン様。


「どういうことですかギン様! 魔族は便所掃除とかできないのでは!? これやってますよね! ギン様が手ずから雑巾でうんうーんを拭いては磨いてますよね!」

「うるせえ! おっ……俺の勝手だろう! 汚えところで用を足せるか! 大体掃除って、便器周り拭くだけだろうが! なんで出来ねえことがある!」

「そうだよね!?」

 

 なんで出来ないんだ他の魔族。いや、やる習慣が無いんだろうけど。

 やって出来ないことはないし、やる必要があるのはわかっているけれど、やるのには凄い抵抗がある。そんなことがあるのかというと、言ってみれば古代ローマ市民や古代ギリシャ市民が奴隷労働を自分でやってみるかなって思うかというと思わないだろうなってそういう感じなのかもしれない。

 そんな中でギン様は相当の変わり者。


「他のやつに言うなよ! あいつら馬鹿だから『ギンがキレイに使ってるから便所がキレイ』としか思ってねえんだから! 便所掃除なんて軟弱な真似してるとか思われたくねえ!」

「ま、まあそれはいいですけど……私も仕事の手間が省けますし」

「うるせえ! 今日からお前が掃除するんだよ! 舐めるように! むしろ舐めて掃除しろ!」

「えええ……」


 そんなことを言い合っていると、エコーの掛かった声が響いてきた。


『モーレル姫……モーレル姫よ』

「あっ魔王」

『なんかあちこちのトイレが清掃中になってて入れないって苦情が出てるんだけど』

「そうでした」


 ちょっと時間が掛かりすぎたかな。っていうか順番に洗剤漬け置き作戦なので、既に五箇所もトイレ封鎖してしまっている。

 

「えーと、朧銀のギン様の部屋近くのトイレならもう清掃終了しているので、皆さんもう暫くそこを使うようにと」

「おい!? わたっ俺のトイレをマナーもクソもねえやつらに一般開放するんじゃねえ! イヒーッ!」

『おーけー』

「もおおおおおお!」


 ギン様から避難の声は上がったけれど、ここは皆が使えるトイレ。掃除の間は犠牲になって貰おう。



 *****



 残虐幹部の意外な几帳面さはともかく、清掃は続く。

 最後に城のエントランス近くにあるトイレを掃除する。六個ほど便器(というかぼっとん穴)の並んだトイレで、やはりと言うか大勢が利用するだけあってミックスされた様々な便臭と汚さがそりゃ病気にもなるだろってレベルだった。私大丈夫かしら。

 そこもお湯とレモン洗剤で洗って換気窓を二箇所開けて使用禁止。幸い今日は城の人は少なめらしい。


 そして大急ぎで魔王トイレから順番に洗い直して行く。

 一日や二日で取れるような黒い塊(ダークマター)ではない。根気よくお湯で溶かして、ブラシなどで擦らねばならなかった。今日はブラシが無いのでバケツで何度も雑巾を洗って便所を拭く。あっという間にバケツの中は汚染物質で満たされていくので、キッチンの大鍋に用意しているお湯ととっかえていく。 

 下水道が欲しい。ひとまず汚染された水は取り潰し予定のプリガントイレに捨てておくけれど、この際川の汚染問題を後回しにしてでも、汚水を流すシステムが必要だと思った。

 

 何もかもが足りない状況。ひとまずの味方はクルスだけ。しかし食料品の買い出しなどを行うクルスが味方で良かった。


「えーとクルス。じゃあこのメモにある物もついでに買ってきてね。魔王の予算で」

「了解しました」


 そしてクルスに掃除用ブラシ、雑巾用の布切れや手袋の予備、石鹸、市販されている安い紙(トイレットペーパーという概念はなく、ギン様は文書用紙を使っていた)、柑橘類、それに食生活の改善から野菜なども買ってくるように頼んだ。

 魔王城のトイレでうんうーんがコールタールのようにベッタリとしつこく張り付いているのも、日頃肉ばっかり食ってるせいかもしれない。お通じにも良くない。トイレの環境改善を目指すなら、利用者の体調も関わってくる。


 やることは山ほどある。私だけでは手が足りないほどに。 

 どうにかトーマとかみたいに手伝って貰えるように他の魔族とも交渉しなければならない。そのためにはまず今のトイレを綺麗にするという実績が必要だった。

 

「よし! 生きるために、魔王城の便所姫として頑張るぞー!」


 恐らく、最終的に私が手を出さなくても便所掃除の習慣が広まるぐらいになれば開放されるだろう! 多分!

 ポジティブシンキングだ、フンバルト・ウォーシッコー・モーレル姫!



 さて、今日も一日疲れたのでぶりぶりしてからお風呂入って寝ようかな。お風呂入って出た後にぶりぶりすると損した気分になるよね。




 ******



 これは。

 不潔で不衛生だった魔族の生活環境を改善し、文明化した魔族と人間の間で後にある程度の妥協を持って講和がもたらされるようになった原因である、魔王城の便所姫と呼ばれた乙女の、クソミソな物語である……



完。




 





 ──フンバルト王国にて。

 

「おお、勇者ベンデルよ! 我が娘ウォーシッコー・モーレルが魔王に攫われてしまったのだ! どうか取り戻してくれ! 成功した暁には王女を嫁にくれて公爵の位をやる!」

「わかりました。この勇者、リキムト・ベンデルにお任せください!」

「くっ……魔族の噂によればモーレルは魔王城で便所姫と呼ばれ……グチョミチョにやられているに違いない! ガバガバのビラビラの虚ろ目になるまで酷い目に……! 哀れな娘よ……!」

「なんて卑劣な……許せません! あと助けたら貰える嫁の方は、妹のヘーデルでお願いします!」


 そんなこともあったりなかったり。  


   

完。




「な!? 尻を柔らかい紙で拭くだと!?」

「あれで痔の対策になるんだ!」

「賢者の知恵か……!」

「私なにかやっちゃいました?」

みたいな糞尿トイレファンタジーを考えてこうなった。

敢えて似たようなやつを検索して探さないで書いたのでネタ被ってるかもしれない。

クソ小説お目汚し失礼しました。


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[良い点]  こんなネタを16,957文字も読ませるとは……できる!  いや、まともに『みんな気安く自分より弱い人ばっかりで魔法の存在以外文明度低い世界に行くけどトイレどうするのかしら』と不安に思って…
[良い点] 魔王城のトイレ掃除という題材、それに伴う絶妙な(いい意味での)タイトル詐欺 主人公の死因である痔瘻に対する説明や公衆トイレを作ったローマ皇帝のくだりなどよく調べられていて話に説得力を出して…
[良い点] 今日からトイレ掃除ちゃんとする。 [気になる点] 糞みたいなネーミングセンス(褒 [一言] 笑える話が読みたい気分だったのでぴったりでした。 明日からもふんばれそうです。
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