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最初から失敗宣言!

気がつけば知らない場所にいた。

石畳の部屋、地面には魔法陣、周囲には5人程の人間。


聞こえた言葉は


「失敗か」


だった。




その言葉に続いて周囲の人間はそれぞれが口を開く。


「ですが貴重な勇者です。とにかく様子を見ましょう」

「そんな時間はないぞ。すぐに使える勇者を揃えないとライナック国が攻撃を仕掛けてくる」

「どうしますか。大元帥殿」


最後の言葉を皮切りに、視線が一人の老人に集まる。

そして、大元帥と呼ばれたその男は、召喚された少年を見て深くため息をついてから、静かな口調で話し始めた。


「身長は160あるかないか、体格は細め、筋力は...あまりなさそうか。一般的な勇者像からは遠くかけ離れている。

だが、伝説に伝わる通り黒髪黒眼じゃ。再召喚している時間がない以上はこの要素を生かすしかなかろう。」


そこで初めて召喚された少年が口を開いた。


「ここは...どこ?」



少年の怯えきった目はほぼ前髪で隠れており、見た目からは明るい性格ではないことがわかる。

声もか細く、周囲の人間はその声を聞いてより一層落胆してしまった。


大元帥だけはその様子を見せず、少年に優しく声をかける。


「意識ははっきりされていますか?勇者殿。召喚されたら小一時間は話すこともできないくらい取り乱されるのですが、勇者殿は優秀ですな。」


そう言って、未だ床にぺたりと座っている少年に手を差し伸べる。


訳もわからない少年は、ただ一人優しく声をかけてくれた大元帥の手を取り、立ち上がる。


そして、立ち上がった少年に大元帥は間髪入れずに言葉を続けた。


「勇者殿は、石の剣の勇者としてこのセントオズ国に召喚されました。こちらがその勇者の宝具、石の剣に御座います」


そう言って大元帥が指差した先には、煌びやかに彩色された棺のような箱の中に、大きな石の塊が入っていた。

その石の塊は、よく見れば剣のような形はしているが、剣にしては如何せん大きすぎる。

全長は150cmくらい、刃の部分は全て分厚い石で作られており、刃物というよりは鈍器という印象だった。


少年はそれをみてもいまいち状況が理解できず、石の剣と大元帥を見たり見なかったり、首を鳩のように動かして説明を待つ。

本当は今すぐに状況を説明してほしい少年だが、この場の空気がそれを許さない。

周りの人間は皆冷たい視線を少年に向け、口を一文字に結んでいる。


そして、手を石の剣に向けたままにっこりとして動かない大元帥に対して、焦りを感じた少年はとうとう口を開いた。


「あの、これを僕が持つのでしょうか...」


「石の剣を持たない『石の剣の勇者』がいますかな。さぁ、一刻を争います。この宝具を持って王の元へ向かいましょう」


さぁさぁと急かされた少年は慌てて石の剣に手を伸ばし、片手で刃の胴部分、もう片方の手で柄を持ちグッと持ち上げようとしてみる。


が、


「うぐっ」


今のは少年のうめき声。

石の剣は少しだけ動きそうな様子を見せたが、その見た目通り相当な重量があるらしい。

少年は体勢が悪かったのか体ごと箱の方に倒れこみ、さながら棺桶に吸い込まれるホラームービーのような光景になってしまっていた。


それを見ていた周囲の人間が、


「石の剣を持てない勇者ですか...」


とボソッと呟いた。


少年は体勢を立て直しながらそれを聞いてしまい、必要のない人間だと判断されるのを恐れた。

今彼にとって頼れる人間は大元帥のみ。

いきなり訳のわからない状況で、唯一説明をしてくれそうな大元帥から必要のない判定されてしまえば、

なんの情報もなく野に放たれるか、最悪この場で死ぬか。


ちらっと大元帥の顔色を伺ってみるが、案の定眉間に皺を寄せていた。


少年は体勢を改め、腰を落とし、剣を肘まで使って抱え込んだ。そして、膝の力を使いぐっと腰をあげる。

なんとか石の剣を抱き上げたが、少年の表情からは「すでに限界です」と言った気持ちが伝わってくる。


しかし、大元帥は気にせず歩を進めた。

少年もなんとかそれに付いて行こうとするが、全く追いつかない。


結果として王のいる間までは、身長と同じくらいの石の塊を抱えて、半ば引きずるように歩く少年に合わせて大元帥が歩を緩める形になった。



そして、王の間に到着した時には、少年は虫の息だった。

その様子を見て、王と、王の側近達は非常に残念そうな表情をする。


気だるそうな王が少年を眺めて、ため息をつく。

こんなに短時間で何度も失望されるのは、少年のメンタルを痛めつけるのに十分であった。


「石の剣の勇者よ。今我がセントオズ国は危機的状態にある。ついては、お主には早々にこの世界に慣れてもらい、ランクを上げてもらわねばならない。

さぁ、冒険の旅に出るが良い」


豪華な椅子に肩肘をついたまま、王は一息にそう言った。

少年は息を整えるのに必死で、王が何を言っているのかよくわからなかった。

しかし、早くここから出て行けという意思は感じ取ってしまう。


少年には質問することすら許されない空気であった。

ただ、出口すらわからないのにいきなり旅に出よと言われてもどうしたらいいか分からない。


困惑している少年に対し、助け舟を出したのは大元帥だった。


「城の門に従者を控えております。さぁ、勇者殿。期待しております故、早速向かってくだされ」


そうにっこり笑って、手で出口の方向を指し示す。


これ以上この空気に耐えられない。

少年は、半ば追い出されるように王の間を後にする。

その背中には、知らない場所で知らない仕事を任され、頼れる人間がいない事から生まれる深い悲しみや混乱が滲み出ていた。


従者、それは果たしてどんな役割なのだろうか。

何度も失望され、何の期待もされていない自分に、生きる意味はあるのだろうか。

一人で門まで向かう途中、重たい石の剣を抱き抱えたまま少し頭が回転するようになってきた少年は、ふとそんな事を考えていた。




少年が出て行った後の王の間では、未だ憂鬱な空気が流れていた。


「大元帥よ。あの勇者は役に立つのか」


頬杖をつきながら視線だけを大元帥の方へ向け、王はそう問う。


「お言葉ですが王よ。召喚の儀式は当たり外れこそあるものの、必ず最適な勇者を召喚致します。望みは捨ててはなりませぬ」


大元帥は浅く頭を下げならも毅然とした態度で王に答える。

更に、一息おいた後、


「それに...」


ふっと頭をあげ王と視線を交え、不敵な笑みを浮かべながら大元帥は


「もし駄目でも、今のうちに再召喚の準備を致します。あの勇者に芽が出なければ、再び召喚の儀を行いましょう」


その言葉を聞き、王はまたため息をつき、


「時間がないと言うのに...また様子を見るしかないのか。他の勇者はどうなっている?」


大元帥の話に相槌を打った後、王は別の側近に他の勇者の現状を尋ねた。

聞かれた側近は、紙の資料をパラパラとめくり、淡々と説明していく。


「金の刀の勇者は、フロートと言う村付近でドラゴンを討伐。ランクも順調に上がっております。

水の衣の勇者はアイントと言う町に長期滞在。ランクは上がってはいますがまだ未熟という報告が入っております。

炎の杖の勇者は西の大賢者様の元で修行中、鋼の拳の勇者は...」


そこで淡々と説明していた側近が言葉に詰まった。

不審に思った王はその側近の方を向き、先を急かす。


「鋼の拳がどうした?続きを読み上げろ」


「...行方不明となっております」


側近は申し訳なさそうに資料を読み上げた。

が、王はその現状を知り、動揺が隠せず側近を問い詰める。


「行方不明?従者が付いていただろう。鋼の拳には20人程つけていたはずだ。そいつらはどうした」


「デジマル付近の洞窟で全員死亡しているのが発見されました。勇者の姿はそこにはなかったと...」


「何と言う事だ...嫌な事はどうしてこうも立て続けに...」


そう言って頭を抱える王に対して、大元帥が再び口を開いた。


「現状使える勇者は金の刀だけと言う訳ですか。後は『鏡の盾の勇者』がまだ召喚されていませんが、従者の数も少なくなっているので良くない状況ですな」


「従者も少ないのか。そういえば石の剣にも従者を付けたと言ったな。それを鏡の盾に回してはどうだ?」


王が大元帥にそう提案するが、大元帥はそれを最初からわかっていたように言葉を告げた。


「石の剣にはリースとグレンを付けております。”あれ”は従者として役に立たないでしょう」


「なるほど...まずは人員確保を急ぐか。各町から徴兵する。もう時間がない。早速使いの者を出せ」


その王の言葉を皮切りに、全ての側近が一度敬礼をしてから王の間を後にした。



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