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最強のその後

 ボスが何者かに倒された。

 この朗報は瞬く間に学校中の巷説を席巻せしめ、そもそもボスとは一体何者なのかという身もふたもない疑問を善良な生徒の間で巻き起こした。

 ボスが一体誰なのかも知らぬ無関係な学生にまで早々と噂が広まったのは、生徒会長の謀略の成果である。ボスの敗北を触れ回る事により、彼の持っていた威厳と権威を弱めてしまおうという魂胆なのだ。

 いち早くこそこそ陰謀を巡らせた生徒会四天王と時期を同じくして、ボスの配下である不良生徒達も行動を開始していた。彼らは生徒会の講じたまどろっこしい策とは異なり、直接神崎の下へ訪れる不良らしいアグレッシブな戦法をとった。

 ボスとの激闘の熱が冷めないまま一日が経ち、神崎は膨れ上がった風船のようにその限界を探っていた。どれほど些細であれ、きっかけさえあれば爆発すること必至である。

 そんな一触即発の様相を呈する神崎の前に在ろう事か不良生徒達は現れてしまったのだ。

 ぷりぷりしながら神崎が校内へ足を踏み入れた時には、何十人もの不良生徒が周りを取り囲んでいた。


「カンザキ・ユウジロウだな。ちょっと話がある」


 不良生徒の一人はそんな事を言うが、今から侃侃諤諤の大論争でも始めるわけでもないのに話し合いの場にこれほどの人数を引き連れるのは幾ら何でも不自然である。神崎を逃がしまいと取り囲む不良生徒の面構えも何やら穏やかな様子ではない。

 こうして不良生徒達はただならぬ雰囲気を一生懸命に醸し出し、舐められないようにと体裁を整えていた訳だが、彼らの化けの皮を容赦無用の拳がいきなり微塵に砕いた。「おっしゃ、じゃあ話し合おうぜ!」


 神崎の発言と行動の噛み合わない蛮行に、周囲を取り囲んでいた不良生徒達が一斉にどよめく。ただ予めこうなる事は考慮していたのか、彼らはその場から逃げ出したり、激昂して襲いかかる事はしなかった。殴れるか否かの絶妙な距離を保ちながら、頑張って不良達は悪い顔を続ける。

 顔面に拳を貰った不良生徒がぷるぷると情けなく震えながら立ち上がった。「流石はボスをやった男。手が随分と早い。それでこそ我らの――」


 言葉を遮り、神崎は産まれたての子鹿のように頼りなく震える不良を押し倒して馬乗りの状態になった。

 そこから拳を何度も顔めがけて振り下ろした。その様子はどっからどう見ても話し合いには見えない。本人も「死ね!」と口走っているのでその気がないのは明らかだ。つまりこれは話し合いなどではなく、ただの暴行である。しかも極めて強力な。


「おい! 誰か奴を止めろ!」「死ねとか言ってる! これ絶対話し合う気ない!」「だから言ったじゃん! 最初から土下座でいこうって!」

「何やってんだあいつら」


 大騒ぎしている不良生徒を見かけたミラが、渋々神崎を宥めてくれたお陰で死人は出ずに済んだ。ボロボロになり口も聞けそうにない不良生徒は他の生徒が引きずって保健室まで連行した。


「話たいって言ってんだからいきなり殴りかかる事はないだろ」


 話にならない神崎の代わりに不良達の話を聞いたミラは、神崎の短気に呆れ果てて言う。

 神崎には一切悪びれる様子はなく、「馬鹿言うんじゃねえ。太古の昔から漢の話し合いといえば拳でやるって決まってんだよ」と訳のわからぬ理屈をこねた。


「マジで? 女でよかったわ」


 古からの常識を聞いて自らの生まれに感謝していたミラに、不良生徒がこそっと耳元まで近づき囁いた。


「姉御、どうかカンザキさんに話聞いてもらえるよう口利いてもらえませんかね?」

「誰が姉御じゃ。殺すぞ」


 姉御というのは不良生徒なりの精一杯の尊敬と敬愛の意を込めた呼称である。しかしミラにはその尊敬も敬愛も煩わしいものでしかなかった。


「聞いてやれよ、カンザキ」髪の毛を掻きながらミラが言う。


「話って何だよ」


 神崎は口をへの字にしながら言った。

 ようやく話ができる事に相成り、不良生徒達はもうヨレヨレになって格好つかない威圧を引き締めて一斉に平伏した。


「カンザキさん! どうか俺たちの新たな『ボス』になってください!」


 言っている事はわかるが言っている意味がわからずに、神崎達は思わず呆然としてしまった。その様子を見て台本通りと言わんばかりに「ボスが姿を晦ませました」と不良生徒は頭を上げる。


「常々ボスは自分を倒した者に自分の座を譲ると言ってました。つまり新たな俺たちの『ボス』はカンザキさんなんです」


 ボスというどでかい笠を失い白日の下に晒された彼らが次に日除けに選んだのが、神崎という暴力で編み込まれた笠であった。ボスに比べ些か歪で小さいが破壊力においては他の追随を許さず、近づく者は皆傷付ける荒々しい威圧は不良にはお似合いの一品である。

 ボス指導の下、最低限の暴力と綿密な謀略によって気まま勝手に横暴を続けてきたボス一派の不良どもであるが、自らの腹の底で燻る衝動を抑圧する事は酷く苦痛を伴うものであった。

 一転、神崎がボスの座に就けば、綿密な謀略などは雲散霧消して暴力のみが横行する実にわかりやすく不良らしい悪党ライフがやってくる事だろう。

 今までボスのお陰で散々旨い汁を啜ってきたのにも関わらず、己が衝動の発散を優先するその卑しい発想はどう考えても自らの身を滅ぼす愚案である。不良の中にもそれを案じる者もいたが、細かい心配など押さえつけて余りある程の魅力と腕力が神崎にはあった。

 神崎を新たなボスに添える事は、概ね不良生徒の総意として可決されたのである。

 事の成り行きを知った神崎はむすっと押し黙ってしまった。その沈黙が肯定なのか否定なのか判断できずに、不良生徒は神崎の開口を待ち受けた。

 しばらくして神崎は黙って不良生徒を指で招いた。意図が読めずに神崎の行動を訝しんだが、手をこまねく訳にもいかず不良の一人がおずおずと神崎の前まで歩みを進める。

 神崎はやってきた不良を殴り飛ばした。

 あまりにも急な事に、不良生徒達は呆けて文句の一つも言う事が出来なかった。神崎は厳しい表情でまごまごしている不良達を睥睨する。


「俺はお前達の『ボス』にはならない」


 神崎がはっきりとそう口にすると、不良生徒達は一斉に慌てふためき、「だったら俺たちはどうすりゃいい?!」「見捨てないでくれ!」などと都合の良いことを口々に喚き散らした。

 ぴーちゃか喚く不良達のみっともない姿が、神崎の癇癪玉の導火線を一瞬で灰に変えた。「うるさい!!」と大喝しながら神崎は不良を殴り飛ばす。「ボスは常々言ってただあ?だから俺が新たな『ボス』だあ? てめえらはナメてんのか!」


「ボスが自分をやった奴に『ボス』の座をやるって言ったのは、つまりてめえらの誰かにそうなって欲しいっていうメッセージに決まってんだろ!!」


 暴力と大声でその場を完全に抑えつけた神崎は、恰も演説のように大袈裟な手振り身振りで語る。根拠にかける印象を受けるが、神崎の細かい所を気にしない大雑把さが伝わったのか、さもなければただ単に頭が悪だけか、不良生徒達は感極まった様相で顔をぐしゃぐしゃにした。


「お前らがそんな腑抜けだからボスはあんな歳になってまで学生やってたんだぞ! きっと親御さんの目とか痛かったんだぞ! わかってんのか! おい!」


神崎が畳み掛けると、心当たりがあったのか不良生徒達は次々に懺悔の言葉を漏らし出した。


「確かにそうだ」「俺たちのせいでボスは」「すまねえ、ボス……」「あんな歳で学生はつれえよなあ……」

「今更後悔したって遅え!!」


 神崎がむせび泣く不良生徒を殴り飛ばした。


「さてはお前、ただ殴りたいだけだな?」


 この短時間に無意味に幾度も人を殴っていれば、ミラがそう勘ぐるのも致し方がない事である。

神崎による一頻りの暴行を受けた後、不良達はお互いのボロボロな身体を庇い合いながら頭を下げた。


「カンザキさん、あなたのお陰で目が覚めました。ありがとうございます」


 神崎は不良らの殊勝な態度に「うむ」と偉そうに踏ん反り返った。

 せいぜい神崎のやった事などと言えば、怒鳴り散らしながら他人の顔面を叩いたぐらいである。それでも彼らが感謝を感じているのは、神崎と同じアウトローに通ずる人物であるからだろう。この手の人種は細かいあれこれを理路整然と語るよりも、一言二言に拳を添えてやった方がわかりがいいものだ。

 ぺこぺこ頭を下げながら帰っていく不良集団は満足げに帰っていく。


「一つだけ、お前達に言っておきたい事がある」


 遠ざかっていく背中に向けて、神崎が大声を張り上げた。「これからはお前ら全員がボス候補だ。それを忘れず、大暴れしてやれ!」


 神崎の言葉に再び不良生徒達は頭を下げる。清々しい面持ちで神崎は踏ん反り返りながら、彼らを見送った。

 神崎はこの時、考えもしなかった。自分の無責任な言動により、学園の有り様が地獄もかくやの澆季へ変わろうとは。





 神崎と不良生徒達の心温まる青春物語から更に一日が経ち、学園は暴力と恐怖が支配していた。

 清楚かつ歴史を感じさせる面持ちであった学び舎にかつての面影はなく、学校中の窓ガラスという窓ガラスが破壊され、校庭には棒の上に横倒しの車輪を刺したような珍妙なオブジェが立ち並んだ。

 学園の治安が如実に現れたかのように、空を晴れぬ暗雲が覆い、時折稲光を走らせた。どこからともなく現れたカラスが、不気味にがあがあと頻りに鳴いている。

 生徒に目を向けても活気溢れる十人十色の個性的な生徒の姿は見えず、モヒカンかスキンヘッド、それに棘のついた肩パットを装着した俗称「健全不良ファッション」に見に包んだ不良生徒が跋扈し、優等生狩りに勤しんでいた。

 この優等生狩りとは、優等生を対象とした暴力行為の総称である。優等生を見かけたら片っ端から問答無用の暴行を加える優等生狩りは世紀末的暴政を強いる黒い行事として、生徒諸賢を悉く震え上がらせた。

 優等生狩りは何を持って優等生であるかとする判断基準は行なっている本人に一任される自由さが売りである。この手軽さがあんまり頭の良くない不良生徒や、ボス失脚を機に悪党デビューした初心者悪党にウケて大流行となったのだ。ただ大方の場合は健全不良ファッションをしているか否かが判断基準となっていた。とどのつまり優等生でもそうでもない生徒も殆ど全ての生徒が狩りの対象となったのだ。

 優等生狩りは熾烈を極め、何のために行なっているのかなど細かい事を考える暇さえ与えず、不良生徒はスコア稼ぎの為に狩りに躍起となった。言うまでもないが不良達の盛り上がりの割りを食うのは健全な生徒達である。

 優等生狩りが学園に落とした暗い影は計り知れず、暴力に屈した生徒は自ら断髪を行い、屈しなかった生徒も家に引き困り小さな抵抗に走るのが関の山であった。

 斯くして善良な生徒は横行する暴力に震え、クラスは悉く学級崩壊を起こし、学校という体裁を保つ事すら危ぶまれていた。

 何故このような事態に陥ってしまったのか。全ては神崎の適当な言動に起因する。

 誰もがボスになれる。

 去り際放たれた神崎の言葉はボス傘下の不良達の心を打ち、彼らに生まれ出て以来最高のモチベーションを与えた。

 身体中を巡る推進力に彼らは居ても立っても居られなくなり、衝動を矯める事を知らぬ不良達の暴走はそのまま学校全体の治安を低下させた。更にそこにボスの威圧により鳴りを潜めていた有象無象の悪党どもが、ボス失脚の報を受け表立って活動を開始し、あっという間に学園は世紀末じみた有様までに荒れ果てたのである。

 今やこの学園は悪の温床と化したのだ。

 このような惨状を引き起こすに至った原因である神崎は、生徒会長の魔術により生徒会室に招かれていた。


「カンザキ君。この学園の現状をどう思う?」


 生徒会長のカインが真剣な面持ちでそう聞いた。「楽しい」と神崎は即答する。


「そうだねー、学校は楽しいねー。でも今はそういう事聞いてるんじゃないんだよー?」

「会長、子供をあやすみたいな口調になってますよ?」


 神崎に話が通じないのは何時もの事であるが、事が事だけにカインは必死に神崎を宥めようとした。しかしその対応は、どう見ても年端も行かぬ子供に対するものである。


「君がボスを倒してくれた事には感謝しているんだ」


 回りくどい言い方では神崎には通じない事を思い知ったカインは、いざこざが起きる事も辞さない覚悟で直接的な表現に頼った。「しかし皮肉にもボスの失脚により、学校の治安は更に酷いものになってしまった。カンザキ君、再び君の力が必要なんだ」


 頭を下げるカインにやはり神崎は嫌そうな顔を作った。「やれと言われたことをやるのは嫌い」と大衆の面前で言い放つようなしょうもない捻くれ方をした男である。真正面からお願いしますと頼まれても、快諾する筈がない。

 カインもそれは先刻承知である。知って尚、神崎に頭を下げたのだ。これは何とか神崎をこの場に留めるための苦肉の策であり、妙案が浮かぶまでの大いなる時間稼ぎであった。

 神崎は腕を組んで大げさに考える素振りを見せる。「力が必要つってもなあ」「何すりゃいいかもわからんしなあ」などとわざとらしく口にしては首をふらふら左右に揺らした。


「まあでも、土下座するってなら考えてやってもいいけどなあ~」


 神崎が言い終わらないうちに生徒会四天王は床に額を付けた。あまりの行動の早さに言った本人も仰天した。「早いな。お前らプライドってもんはないのかよ」


「馬鹿を言うな。この学校の為ならば喜んでプライドなど投げ捨てるぞ」


 学校に襲いかかる未曾有の危機を乗り越える為には、それを引き起こす原因となった神崎の力を借りねばならない。この矛盾を飲み込んだ時点でプライドなどは大量投棄されているのだ。今更追加で一つ二つのプライドをしてたところで、生徒会四天王にとっては痛いものではなかった。


「頼む! この通り! 我々生徒会四天王に力を貸してくれ!」


 神崎が自ら譲歩の条件を提示してきたのは今回が初である。交渉の余地があるうちに決着をつけたい生徒会四天王は、とことん床に額をこすりつけた。


「はあ~、言った通り土下座までされちゃなあ、断る訳にもいかんよな……」


 ため息交じりに神崎が言う。生徒会四天王は歓喜に顔を上げて喜んだ。「おお! 助けてくれるのか!」


「だけどやっぱヤダね! ばあーか! 一生地面にデコでも擦ってろ!」


 嬉々とする生徒会四天王メンバーを見て、神崎は空かさず満面の笑みで言った。


「一番プライドないのは君の方じゃないか」


 カインが呆れて言った。

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