最強に自己紹介
「てなことがあってな、生徒会四天王なんてぶちぶちのころころよ!」
事の顛末を嬉しそうに語る神崎の隣には、ぼろぼろな服にぼさぼさ頭が特徴的な少女ミラが一緒に歩いていた。
生徒会四天王暴行殺傷事件から一日が経ち、るんるん気分で登校してきた神崎に運悪くばったりあってしまったミラは、教室に着くまでの間にまるで武勇伝かのように語られる蛮行の数々を聞かされる羽目になった。
「はー、なるほどな」
神崎の自慢話にうんざりしながらも、ミラは現状に大いに納得した。二人を取り囲む生徒たちからは、ただならぬ殺気が露骨に垂れ流されていたからだ。
「だからあんた、こんな囲まれてんだ」
「ウケるな」
「ウケないからもう二度と私のそばに寄るな」
今にも飛びかかって来そうな生徒達に取り囲まれて、厄介な事に巻き込まれたことは火を見るよりも明らかであった。どうにか怪我も、面倒ごとも、後腐れもなくこの場とこの馬鹿から離れられる方法はないかとミラが思案していたところに、人の群れを押しやって男が一人やってきた。
男は一見は冷静そうに振舞っているが、眉間に深く刻み込まれた皺からは神崎の狼藉に対する憤怒が見て取れる。
「お前がカンザキ・ユウジロウだな?」
「ちゃいます」
「この期に及んでしょうもない嘘つくなよ。話進まないから」
男とて誰が神崎かは見当がついている。ミラが神崎のしょうもない嘘を咎めなくとも、無視して話を進めていただろう。わざわざ確認したのは、一種の様式としての振る舞いだ。
「貴様が我らが敬愛する生徒会四天王を傷つけた事は知っているのだぞ!」
びしっと指をさして、男は憤然と叫ぶ。
「その罪は貴様の血と臓物で償ってもらう」
「自らの蛮行を悔いながら地獄に堕ちるがいい!」
「えっと……その……とにかく死ね!!」
「そうだ! そうだ!」
それに続いて後ろから次々生徒が前に来ては神崎に罵倒を浴びせる。浴びせ終わった生徒は律儀に人混みの中に戻って行った。
「ふふふ、幾ら何でも生徒会四天王直属の部下で、各委員会を指揮する委員長、その中でもトップクラスの戦闘力を誇る風紀委員長、図書委員長、放送委員長、体育委員長、あとその他諸々が一斉に掛かればひとたまりもあるまい!」
「誰かよくわからんけど、説明ありがとう」
眼鏡をくいっとしながら説明をしてくれた男子生徒にミラはお礼を言った。
「なるほど。お前らはあの生徒会四天王の部下なんだな」
人の為になるような事は意識的に一切せずに、人の恨みを買うような事は無意識のうちにこなしてしまう生粋の人間の屑である神崎は、他人の良識を図る尺度などは持ち合わせてはいない。だが、恨みや殺意といった悪意の類には日頃から晒されて続けてきた為、それがどの程度のものか自然と理解できるようになっていた。周囲を囲む生徒達の思念は、まがい物などではない。本気で神崎を殺すつもりである。
「そうだ。生徒会四天王の無念を晴らすため、貴様を殺しにきた」
風紀委員長が言った。神崎にはそれが口だけではないとわかっていたが、どうも腑に落ちない様子で首をこきっと鳴らした。「まぁ、それはいいけど」
「四天王をやった俺に勝てると思ってんのか?」
神崎の言葉に集まった生徒たちは押し黙ってしまった。
生徒会四天王は文武双方において右に出る者がいない秀才集団である。そんな四天王を相手にたった一人で戦い、ついには張り倒した神崎に勝てると本気で思っている人間が一人でもいよう筈がない。誰もが口にしないが生徒会に注がれる敬愛に比例するように、神崎に対する恐懼の念も相当なものとなっていた。
「やめたれってそういう事言うの。本人達が一番わかってんだから」
ミラがその様子を不憫に思ってそう呟く。
「た、確かに我々一人一人では生徒会四天王の足元にも及ばないかも知れないが、一斉に掛かればわからんだろう!」
仇敵である神崎の知人であろう人物にフォローの言葉を吐かせてしまった事に屈辱を感じた風紀委員長が強がりを言う。
「いや、カンザキ君の言う通りだよ」
しかし、後方から諭すような言葉が投げかけられて、集まった生徒達が一斉に振り返る。その声には神崎も聞き覚えがあった。
「君達が幾ら束になったところで彼には勝てない」
「せ、生徒会長様!!」
群がっていた生徒たちが自然と左右に分かれて形成された道を堂々と渡って来たのは、生徒会四天王会長カインと、彼の座る車椅子を押す副会長マーインであった。
「車椅子姿になって……なんとお労しい……」
風紀委員会が涙ぐみながらカインの痛々しい姿を嘆いた。
「いや、これはカンザキ君にやられた怪我ではなく、今朝方に階段から転げ落ちた怪我だ」
いつも通り凛然とした態度でマーインが説明するのに、カインは慌てふためく。「あっ! 余計な事を!」
「あのまま黙ってたらこの怪我も彼にやられた事にできたのに」
「会長そんなこすい事考えてたんですか?」
「そ、そんなわけないだろ?言ってみただけだよ」
「アホだろあいつ」
泡を食って口を滑らせたカインを神崎がストレートに罵倒する。ミラは生徒会長があまりにも惨めだったので「やめたれってそういう事言うの。本人が一番わかってんだから」と呟いた。
「とにかく、彼にやられたのは私達から仕掛けたのであって、カンザキ君の責任ではない」
ミラの呟きに存外傷心したカインは、急いで体裁を取り繕う。周囲の生徒も会長の遅すぎる努力を汲んで先程の失言など、どこにもなかったかのように振る舞い始めた。
「しかしなぜ、生徒会四天王ともあろうお方が、あのような痴れ者に勝負を挑まなければならなかったのですか?」
涙ぐましい努力によりエラソーな雰囲気を取り戻したカインは威厳たっぷりに「うむ」と相槌を打つ。「彼を試したんだよ」
「カンザキ君。君は合格だ」
「おう。遺言はそれでいいんだな?」
「え? なんで?」
しかし、とどめを刺さんが為に拳を固めた神崎の言葉により、せっかく取り戻したエラソーな雰囲気も一瞬で粉々になった。長年空気をぶち壊す事に心血を注ぎ、振り回した棒により人生の大半を粉々にしてきた神崎にだからこそ出来る荒技である。常人が真似しようものなら、瞬く間に周囲の赤の他人から親類縁者に至るまでありとあらゆる人影が影を潜めて雲散霧消する事になるだろう。
「カンザキ君、君そういうところほんっと直した方がいいと思うよ? やばいもん。ちょー怖いもん」
装う事をやめたカインは素直に矯めるように促す。神崎は指をパキパキ鳴らして応えた。
「てめぇらをぶち殺した後で直してやるよ」
「いやー、怖い。本当に怖い」
口振りからして、四天王全員を冥府送りにしたのちも悪行三昧の生活を送り続けるに決まっている。カインはあまりに恐ろしくなってしまって、神崎の怒りの炎が爆発する懸念を忘れて思わず問いかけた。
「なぜなんだい? なぜそこまで君は僕たちに噛み付くんだ?」
「あ? バカかお前? 前に言っただろ」
胸の前で右拳と左の手掌をぶつけた。パン、と乾いた音が響く。「俺は偉い奴全員ムカつくんだよ!!」
「君、それ名言みたいに使ってるけど、発するごとに好感度下がるだけだからやめたほうがいいよ?」
◇
「君の性分はわかった。だが、これはきっと君にとっても悪い事じゃない筈だ。だから話を聞いてくれ」
「わかった。じゃあ死ね」
「だから話を聞けって言ってんでしょ」
もはや形振り構ってられなくなったカインは、粉々の散りとかして天高く舞い上がっていく威厳に見向きもせずに、早口で怒鳴り散らした。
「いいか! この学校には「ボス」と呼ばれる男がいる! そいつはめちゃ強いんだ! 私達でもまったく相手にならない。正直言って学校最強だ。最強だぞ、最強。君を差し置いて。どうだい? 興味が湧かないかい? ボスを倒してくれは――」
「断る」
神崎の役に立たないだけでは飽き足らず嫌に暴力的な自尊心を揺さぶる作戦だったが、当ては外れてしまったようだ。
挑発じみた言葉に神崎が癇癪を起こすことも視野に入れていたが、存外冷静な神崎の態度はむしろカインの恐怖心を煽る結果になった。
「な、なんで?」
カインは観念したようにぽつりと呟いた。
「俺はやるなと言われた事をやるのは大好きだが、やってくれと頼まれた事をやんのは大っ嫌いなんだよ」
「何食べて育ったらそんなしょうもない人間になんの?」
どこか格好つけて言いのける神崎に、ミラが呆れを通り越してもはや感心したように言った。
「カンザキ君。君ならそういうと思ったよ」
「ほら、会長さんもお前の事屑だと思ってんよ。生きてて申し訳なくないの?」
「もぉー、お前ちょっと黙ってろよー、一々さあー」
あまりの横暴ぶりに後ろ指を刺されすぎて、終に正面からも後ろ指を刺されるようになった神崎と言えども、ミラの一々は流石に応えたようだ。ミラは悪びれもなくそっぽを向いた。
「無理強いはしない。そもそも私達より強い君に強いれる訳もないのだがね」
残念そうにカインは言うと、車椅子を押しているマーインに目配らせする。車椅子は反転して人混みの方へと向かった。
「あー、これは独り言だが、ボスは東端にある旧校舎を根城にしている。私は怖くてとても近寄れない」
不意に会長はそう言った。それを聞いた神崎が「おい。生徒会長」と車椅子を言い止める。
「正直に聞かせろ。俺とそのボスっての、強いのはどっちだ」
聞かれてカインは「ふむ」と顎をさすった。
「私には見当もつかない事だが、君が勝てる可能性もあると思うよ」
そう答えるまでには数秒を要した。その空白が一体何を意味しているのか、頭の悪い神崎でもわかってしまう程にその間は露骨であった。
「それじゃ、私達はこれで」
神崎は遠ざかっていく車椅子をじっと睨みつけた。小さくなっていくカインの背に反して、むらむらと怒りだけが大きくなっていく。一体誰にぶつけるべきか、持て余した癇癪玉を懐にしまって神崎はその場を後にした。
◇
廊下での一件により苛々を募らせていた神崎は、自分の席にどっかと態度悪く腰掛けて、見るからに機嫌が悪いと周りにアピールしていた。
「どうしたんだよ、あのバカ。イライラしちゃって」
件のやり取りを知らないバッドが一緒に教室にやってきたミラに尋ねた。ミラは肩を竦めた。「さぁ? アホが癇癪起こしてんのはいつものことじゃん」
「とばっちり食らわないようにカスには当分近づかない方がいいな」
和服っぽい格好のゼンが言いながらうんうんと頷くのに合わせて、周りの生徒も同意したように頷く。
「うがぁー!! 誰がクズじゃあー!!」
「うわあー!! ゴミがキレたぞー!!」
「クソから逃げろー!!」
バカだの、アホだの、カスだの、クズだの、言いたい放題言われるのに我慢ならなくなった神崎は、獣のような声を上げて立ち上がった。それに対して、各々楽しそうに悲鳴をあげて四散する。
「お前ら楽しんでんだろ」
ミラは呆れてそう言った。実際楽しかったのようで、神崎はさっきまで怒っていた事をすっかり忘れてしまったようだ。世にも珍しい三歩歩けばなんでも忘れる鶏と同系統の脳を持つ人種であるに違いない。
「おーい、騒いでないで席に着け。授業始めんぞ」
「あっ、先生だ」
馬鹿騒ぎがクラス前の廊下まで聞こえてきていたので、エドは注意しながら教室に入った。生徒たちはてっきりエドは鬼籍に入ったか、さもなければもう二度と教鞭を握れる身体になったとものだと思っていたので、彼の登場には流石に驚いた。
「生きてたんですね、先生」
「おうよ。このとおりピンピンしてらあ」
エドは腕を大きく回して健全である事をアピールする。未だにところどころ包帯を巻いてはいるものの、ついこの間火刑に処された人間とは思えない程に回復していた。異世界の医療は、現代のそれを遥かに凌駕するようだ。
「だったら今度こそ確実に息の根を止めなきゃな」
エドの健在を確認した神崎がしれっと言う。
「手伝うぜ」
「久しぶりに腕がなるわい」
それにバッドとゼンが同調した。
「知らん間に随分仲良しになったんだな。先生は嬉しいぞ」
神崎の奸計に怯えるよりも、クラス全体が和やかな雰囲気になっている事に喜びを覚えるエドは間違いなく教師の鑑である。それ故にこの先、いつまで人の形を保てていられるか定かでないのが悔やまれた。
「初日の授業はどっかの誰かさんに焼かれたせいでお流れになったので」
「はい! はい! 焼いたの俺! 俺!」
「ちゃあんと覚えてるから、今は黙って座ってろカス」
この学校創立以来の暴挙を成し遂げた神崎はそれを誇りに思っている節がある。誰もやった事がない事をやる事に無上の喜びと気高さを感じているのだ。ただ神崎は他人が思いついても絶対に行動に移さないような外道の行いであったとしても、躊躇なく行動に移してしまうので厄介である。
きいきい喚く神崎を座らせて、エドは仕切り直しと言った具合に一回咳払いをした。
「とりあえず今日は初日にやろうと思ってた自己紹介をしたいと思う」
「えー、自己紹介だあ?」
エドの提案に非難の声があがった。
「先生、うんなもんやる必要ないってば」
「そうか?」
ミラが呆れて言うのに、エドは教室の奥の方へ目をやる。「でもそうでもなさそうだぞ」
「そういえば俺、お前の名前知らんわ」
「奇遇だな。俺もだ」
「ウケるな」
ついさっきエドを殺す気でいた三人が仲睦まじく、お互いの名前すら知らなかった事を笑いあっていた。
「バカはほっときゃいいんだよ」
ミラは再び呆れたように言ったが、これから苦楽を共にしたり、殴り合ったり、勉学に励んだり、殴り合ったりする仲間たちの名前すら知らないのは些か問題である。エドは軽く名乗る程度でいいと付け加えてミラを説得した。
不服そうな生徒が数人いるもののやる気満々な馬鹿達の勢いに押され、Fクラス全員の自己紹介が始まった。
「俺は神崎勇次郎。よろしくな」
神崎が自己紹介すると、続いてバッドが立ち上がった。
「バッドだ。適当によろしく頼むぜ」
それに巨漢のゼンが続く。
「ゼン・ダンという。短い間になると思うがよろしくやってくれ」
「ミルランジェ。ミラでいいよ」
どこかいい加減にミラが自己紹介を終える。
「ノーニアです。よろしくね」
「セツナです。よろしくお願いします」
大きな帽子が特徴的なノーニアと黒髪に鋭い目をしたセツナの女性二人が続いた。
「ロンドニーシェです。皆さんよろしくお願いします」
赤髪のロンドニーシェが丁重に自己紹介を終える。
「ワン」
「トライン」
「ロー」
それぞれ名前だけ呟いたのが、バンダナで顔半分を覆ったワン、顔の右半分に火傷を負っているトライン、ドクロのフードを被ったローだ。
「僕はボンゼ。まあ、みんなよろしく頼むよ」
初日に神崎を毒殺せんと試みたボンゼが自己紹介を終わり、最後に熟睡しているヴォルベルドが自己紹介をした。「グー!!スピー!!」
「よし、全員終わったな」
「いや、起こせよそいつ」
こうしてFクラス全員の自己紹介が終了した。