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最強の愚行

もう既にお気づきでしょうが、何事もなければこの作品は毎週日曜の午後五時頃に更新するようにしてます。

 教室内で好き勝手にうごうごしていた生徒の目つきは、神崎含め殆どが人の一人や二人殺していそうな程に悪かった。

 神崎はガンを飛ばすバンダナの男にメンチを切りながら、取り敢えず黒板に書かれた自分の席へと向かう。

 ずるずるとダルそうに身体を引きずって道を開けるバンダナで顔半分を覆った男もやはり悪人らしい顔つきだ。おまけに頭も悪そうだ。

 残念なことに神崎をはじめとして世界には悪人がそこそこ幅を利かせている。とはいえ、同じ学び舎の同じ教室に、こうして悪党が一堂に会する事はそうあることではない。それこそ何者かが策略せねば起こり得ないだろう。そこで神崎は、入試の結果によってクラス分けがなされているのだと見当を付けた。もしそうだとするならば、神崎含め、クラスの大半が極悪人のような風格を恥ずかしげもなく垂れ流しているのにも合点がいく。

 貴重な恥も外聞も投げ出して裏口入学を決行した神崎の入試結果は、ダントツの最下位もぶち抜いて更に下、もはやランク外である。

 成績の程度でクラスが決まるのならば、神崎がいるところがこの学校で最も程度の低いクラスである事は確定的な事実だ。それどころか、ここにいる連中が全員、裏口入学者である可能性だってゼロではない。そう思わせる程の風貌を彼らは見せびらかしている。

 どちらにせよ、澆季混濁極まる末世の地に神崎は足を踏み入れた訳だ。これから血も涙もない連中による、血で血を洗う不毛な争いが頻発する事になるだろう。

 しかし、寧ろこれは喜ぶべき事だ。

 良い奴をぶん殴ると問題になるが、悪い奴は幾ら殴っても問題にはならない。むしろ殴れば殴るほど、正義としての箔がつくというものだ。それに落ちこぼれから始まるのは、最強主人公の特権でもある。玉と石が混淆するが故に、玉の価値は上がるのだ。

 一時こそ女性の比率に愕然としてしまったが、何もクラス内の女性だけがハーレムの対象ではない。学校内だけに限っても女子生徒は無数に存在するのだ。学校全体を手中に収めれば、何ら問題はない。

 出来る限り前向きに捉えれば明るい最強伝説の幕は切って落とされたかのように思えたが、玉も然るべき場所になければただの石ころと変わりはしない。ドブ川に投げ込まれた石ころの一つとなっているのが神崎の現状である。

 少々納得がいっていない神崎は、席に着くと不貞腐れるように机の上に足を投げ出した。少しでも機嫌が悪くなると、感情のコントロールが効かなくなり見境なく暴れだすような神崎だが、今回ばかりは例外であったようだ。

 神崎は無知で無学で無教養、おまけに粗暴で横暴な暴れん坊だ。控えめに言って友達になりたくないタイプ、控えずに言うと人間の屑である。しかし、毒虫もかくやといった彼でも殊と力を振るう事に関しては、なけなしの知性が働くのだ。より良く暴力を行使する為の努力であるならば、彼は一切惜しまない。

 幾ら力があっても、それを振るう場がなければ意味がない。

 神崎は理解している。暴力の本質には善も悪もなく、良し悪しはただのタイミングでしかない事を。それを失した暴力が悪と断じられ、排斥されるにすぎない。神崎は虎視眈々と暴力の振るい時を見計らっているのだ。

 でも頻繁に我慢できず手と足が出てしまうのが、彼の唾棄すべきお茶目なところである。


「なぁ、そこの君」


 前の席に座っていた包帯で右目を覆っている男が、神崎に話しかけてきた。

 悪党ばかりが集められたクラスであると見当を付けていた神崎はそれを怪訝に思った。一体何を企んでいるのかと中身の少ない頭を捻って疑っていたが、包帯男が「クッキー食べるかい?」と言って、クッキーの入った箱を差し出してきたのですぐに邪念も消え去った。「ウソ、この人ちょーやさしい」なんてときめいてしまったぐらいだ。

 貰えるものは病気でも不幸でも世界の半分でも躊躇なく貰うのが神崎の流儀である。それがたとえ毒入りのクッキーであったとしても例外ではない。

 包帯男は無遠慮にクッキーを食い散らかす神崎を見てほくそ笑んだ。

 クッキー内に仕込まれた猛毒は、一度でも口にすれば瞬時に身体に回り、吐き気や目眩、高熱、息苦しさ、腹痛、様々な症状が一気に襲い三日三晩苦しんだ後に何やかんや死ぬ、即効性があるのかないのか判然としない恐ろしいものである。


「クッキーありがとな」


 が、神崎はそれを満足いくまで食べたが苦しんでいる様子は一切なかった。包帯男はもしや毒を入れ忘れたのではないかと、一口クッキーを齧った。しかし毒はちゃんと入ってたので包帯男は吐き気や目眩、高熱、息苦しさ、腹痛などの様々な症状が一気に襲いその場で倒れた。


「誰か!! 誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんかー!! 誰かァー!!」


 自分で盛った毒を自らで摂取して倒れただけの間抜けだが、毒の存在にすら気づかなかった神崎にとって彼はクッキーをくれた友人である。泣け叫びながら、いるはずもない医者の存在を懇願するのも無理はない。


「そいつは重症だな」


 神崎に声をかけたのは、和風ぽい服を着た巨漢であった。その風貌にはオッサンと称するに相応しい貫禄がある。


「お前まさか医者なのか?!」

「いや、俺は医者じゃない」

「じゃあ、あれか、回復魔法とか使えるのか?」

「そんなもんは使えない」

「じゃあてめえは何が出来んだよ」

「俺はそいつを楽にしてやれる」

「帰れ!!」


 一連の無意味な問答が終了して、神崎は再び蟹のようにぶくぶく泡を吹く包帯男と向き合った。死に至るまでは三日三晩かかるので今すぐ死ぬ訳ではないが、それを知らない神崎は耳元で「死ぬな」と頻りに叫ぶ。

 その姿があんまりにも憐れで煩かったので、見兼ねたボサボサ頭の女が神崎に「なあ」と声をかけた。「落ち着きなって」


「なんだ! お前まさか医者なのか!!」

「違うけど」

「じゃあ殺すぞ!! へんな格好しやがって」

「えぇ……」


 神崎の焦りは尋常ではなく、おそらくファッションの類であろう彼女の服装にまでケチをつけた。

 確かに所構わず破けてボロ布なのか服なのか見分けが付かない彼女の服装は、控えめに言っても見窄らしい。だが女性の格好をいきなりへんと評するのは些か紳士的ではない。きっと貧乏で服も買うお金もない、と考えるのが紳士流邪推である。


「あのさ、一部始終見てて思ったんだけど、こいつクッキーに毒でも盛ってたんじゃないの?」


 彼女は神崎の暴言に激怒するどころか、むしろ冷静に対話を試みた。見た目に反して意外と常識的な一面があるようだ。


「それを馬鹿みたいに自分で齧ったから泡吹いてぶっ倒れたんだろ」


 包帯男が自分を毒殺しようとしていたなどと、微塵にも考えなかった神崎は素っ頓狂な声を出してしまった。そこにバンダナを頭に巻いた半裸の男が現れて、クッキーを一口齧って驚いた。「おっ! このクッキーには確かに毒が盛ってある!」


「わかるのか?」


 巨漢が聞くと、半裸の男は平然と「毒の味がした」と答えた。巨漢もそれには「食ったんか!」と驚いた。


「はっはっは~。そっか~、毒入りクッキーを自分で食べたのか~。原因がわかって良かったわ~」


神崎はどこからか取り出した十字架に包帯男を磔ると、クラスメイトに見えるように立てた。


「よーし、じゃあみんなでこいつを死刑にしよっか~」

「わーい」

「おーい、お前ら初日から何やってんだー」


 その暴挙を諌めるように担任のエドが声をあげた。





 エドは坊主頭に所々妙な剃り込みで模様を入れて、右目の下と左目の上にタトゥーを彫っている。その険しい顔は、教師という知的なイメージからは逸脱している。タンクトップの様な衣服から露出する太い腕も、その偏見に拍車をかけた。


「俺はお前たちの担任を任されたエドだ。決して怪しい者ではない」


 それはエド本人も自覚しているからこんな事を言った訳ではない。単純に神崎の手により、包帯男と同じように十字架に磔にされたからである。やった張本人はその下で松明を両手に持って踊っていた。狂気の沙汰である。


「だからここから降ろしてくれ」

「シュッボッボ。シュッボッボ」

「火を手に踊ってないで早くしてくれ」


 エドの言葉に全く耳を傾ける事なく、神崎はアホ丸出しで「シュボ~」と言って、十字架に火を付けた。「あっ! てめえ!! 火付けてんじゃねぇぞ!」


「ぜってぇ許さねえからなぁ!! 化けて出てやる! 俺の手で殺してやるぅうう!!」

「なんて執念なんだ……」


 燃えながらも神崎への怨恨の叫びを発し続けたエドの憎悪に、神崎ですらただただ怯えるしか出来なかった。まったくもって、狂気の沙汰である。





 学校入学初日から教師を焼くという人類未踏、人類未満の偉業を成し遂げた結果、それ以降に行われる筈だった授業はエドと共に一切合切が灰となって消え去った。それを良いことに神崎は学校探検と称して、広大な校内を当てもなく彷徨っていた。その隣にはなんやかんや仲良くなった赤バンダナの男も付いて来ている。

 現在は放課中という事もあって、廊下は生徒たちでごった返していた。そんな中、堂々と廊下の真ん中を歩く二人の周りだけは人が寄らずにぽっかり穴が空いている。


「いや~、先生焼いたおかげで授業なくなってラッキーだったな」


 神崎が言った。


「ああ。明日には学籍がなくなってるだろうよ」


 バンダナの男もそれに笑って応えた。

 小粋な会話を仲睦まじく織り成す二人だが、実は神崎はバンダナの男の名前がバッドである事も知らない。バッドも神崎の名前を実は知らない。名前など知らなくとも仲良しこよしになれたのは、きっと波長があったのだろう。頭が悪そうなところなど、いかにも気が合いそうだ。


「そんな事より、一つ気になった事があるんだけどよ」


 そう言って神崎は道行く生徒に目をやる。

 彼らは同じ服、つまりはこの学校の制服を着て、神崎たちをチラッと見たかと思うとばつが悪そうに俯いたまま早足でその場を立ち去ったり、逆に馬鹿にしたような目でにたにた見たりしている。両者の反応はまるで両極端のように思えるが、どちらも奇異な存在に向ける反応であった。


「なんで俺たちだけ制服支給されてないんだ?」

「それどころか、露骨に避けられたり馬鹿にされてんな」

「それはお前が半裸だからだろ」


 神崎の身に着けている学ランもこの世界では十分に奇天烈な服装であるが、首と両腕に巻きつけた包帯以外は上半身に何も身につけていないバッドの出で立ちよりかは、服を着ている分ずっとマシである。

 動きやすさ重視であるとのバッドの主張をひたすら無視して、神崎は担任であるエドに事情を聞きに行こうと提案した。今しがた火刑に処した相手に会いに行くというアクロバットな提案にバッドは、「お前は殺されないように気をつけろよ」と軽く注意を促す。「おう!確か保健室に運ばれたんだったな」


 保健室の存在を知っていても学校のどこに存在しているか知らない神崎たちは、道行く生徒に保健室の場所を聞いては迷子になるのを繰り返して、約三十分ほどかけて保健室に到着した。その間に何故保健室に向かっていたのか忘れかけたのは内緒だ。


「おじゃましまーす」


 ちゃんと挨拶できてエライ神崎一行は、保健室に誰もいない事に驚いた。


「ありゃ。先生は?」

「死ねえい!!」


 そこにエドが居る筈、その前提が崩れた瞬間に元から隙だらけの神崎に隙が生まれた。エドは入り口側の隅に隠れて、その機を待ち受けていたのだ。神崎のクソッタレをブチ殺すために。

 身体中重度の火傷を負ったエドはミイラ男のように全身を雑に包帯で覆っていた。その一部を解き、神崎へと伸ばした。

 包帯などおおよそ武器にはならなそうだが、エドの放った包帯は刃物のような鋭さを持って神崎に突き刺さる。秀でた技術を持つ者が武器として使えば、例えそれが水でも砂でも包帯でも一変し凶器と化すのだ。


「効かん!!」

「あっ! 強い!」


 しかし、神崎は強いのでそんな攻撃は効かなかった。





 神崎の強さによって千切れてばら撒かれた包帯の一部を綺麗に掃除し終わると、エドは何事もなかったかのようにベッドに腰掛けた。それがあんまりにも何事もなかったかのような振る舞いなので、神崎はすっかり何事もなかったように錯覚してしまった。


「で、なんの用だ?」

「ちょっと聞きたいことがあんだけど」

「なんだ? 言ってみろ」

「なんで俺たちには制服が支給されてないんだ?」

「ああ。その事か」


 交互に聞いた神崎とバッドは、エドの「そんな事か」とでも言いたげな様子に眉を顰める。いつ神崎が癇癪を起こすか気が気でなかったエドは少々不機嫌そうな神崎の様子にギョッとした。


「実はFクラスの生徒たちは特別にその力を認められて、入学が許可されたんだよ」


「え? 俺、裏口入学なんだけど?」神崎は思わずそう思ったが、口には出さなかったのでエライ。かしこい。


「他の生徒たちとは根本的に違うんだ。だから、お前たちには制服もない」

「マジかよ! 俺たち特別だってさ!」


 エドから告げられた真相に、二人は同時に歓喜の声を上げた。


「明らかに避けられてたからもっとろくでもない理由だと思ってたぜ」

「ああ! もしふざけた理由だったら息の根を止めてたね!」


 バッドと神崎がそれぞれ物騒な事を口走るのを聞いて、本当は戦闘力以外に何かしらの問題や複雑な事情があるものが集められたクラスである事は伏せておこうとエドは決意した。

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