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最強の入学

 運も世界すらも味方につけ、それでもなお神崎が学校に入学する事は叶わなかった。

 何が足りなかったのか。彼は熟慮する。しかし答えは出ない。足りないのが知能である事に気づけないでいるのは、彼に知能が足りないからだ。

 終わってしまった。神崎勇次郎の異世界転生は、始まる前に終わったのだ。

 始まる前に終わっただけなのでもう一度改めて始めればよいだけなのだが、一度これだと決めたら融通が全く効かなくなるのが神崎の悪いところであり致命的な欠点でもある。しかし、木を隠すなら森の中というように神崎は欠点だらけになる事により、欠点が目立たないように工夫をしているのだ。

 もう一度死んでもっと都合のいい世界に転生させてもらおうと、彼はふらつく足取りで死に場所へと歩みだした。行く先々で敵を作る割には向かうところ敵なしの神崎が一体どこで死ぬ気なのかは想像もつかないが、神崎自身行く当てなど考えていないので世界各地で死屍累々の惨憺たる惨劇が繰り広げられる事になるだろう。


「そこのあんた、少しいいかな? 実はいい話がぐふっ」


 失意に肩を落としながら学校を去る神崎に、フードを被った怪しい男が声をかける。それと同時に男の顔面には拳が突き刺さっていた。

 男は拳の威力にふらついて、尻餅をつきそうになる。そこを神崎は透かさず胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「いいか? ふざけた真似はするなよ? 真実だけ話せ。俺が少しでも怪しいと感じた時には、てめぇはそのフードなしじゃお外に出られなくなるぜ?」

「ええ……この人こわっ」


 神崎の有無を言わせぬ暴力の前に恐れをなした男は、震える声で裏口入学を斡旋するものだと自己紹介をした。神崎の力を見込んで裏口入学を勧めに来たのだという。


「んー、成る程ね」


 むせ返るような胡散臭さはあるものの、入試に落ちてしまった神崎にとって男の登場は渡りに船である。邪険に扱う訳にはいかない。なんせこれが、この世界の学校に通うための最後のチャンスであるからだ。

 どんな醜態を晒そうとも、どんな法外な事をしようとも、取り敢えず入学さえできれば実力と腕力と暴力で後は何とでも出来るはず。神崎はそう考えた。出来なかった場合は大暴れしてやるつもりだ。無事入学できてもどっちみち大暴れする事にはなるので、せいぜい変わるのは暴れる場所が学校の内か外かになる程度である。


「如何ですか? お値段はお安くしておきますよ」

「チッ、金とんのかよ。まぁそりゃそうだよな。あこぎな商売しやがって」

「どうします?」


 神崎の態度から興味を持った事を察したのか、フードの男はさっきまでの怯えた様子から一転して下品に笑ってみせた。

 もしかしたら男から見たら、自分はいいカモなのかもしれない。神崎はそれが気に食わない。男が裏口入学を斡旋する者であるという話も眉唾物である。

 しかし、男が悪辣な山師であるかどうかは今はさして重要ではない。騙されるものか、とこの持ちかけを断れば男の真贋に関わらず結局入学することは叶わない。そうなれば死に場所を求めていたずらに死者を増やすだけの旅に出る羽目になる。状況を変えるためには騙されたと思って騙される他ないのだ。

 ぎりりと一回歯ぎしりをした。そうして遂に決心して、「背に腹はかえられぬってか! ええい! 持ってけドロボー!」と叫んでなけなしの全財産を男に握らせた。

 金剛よりも硬く、オゾン層をも見下す程に高い彼の矜持も、如何ともし難い現実の前にはポッキリ折れるしかない。どうせほっとけばまたすぐにすくすくと成長して、辺り気にせず誰彼構わず唾を吐き散らすので折る事に躊躇する必要はないのだが、そこに葛藤を生じさせるのもプライドというやつの厄介なところである。


「あの、これは?」


 男が掌の十円を見て唖然とする。同じ地球上にある国家であっても国により違う通貨を使用しているのだ、次元の壁を飛び越えやってきた世界で日本通貨が使えないのは至極当然な事である。

 カブトムシとの知恵比べに辛勝する事が出来る神崎は、そうなる事も当然想定していた。想定していてなお、ゴリ押す心機である。

 異世界の金など持ち合わせていないし、日本通貨もこれが手持ちの全てなのだ。あと神崎が持っているものといえば、膨大な暴力と性懲りも無く生えてきた自尊心ぐらいだ。前者はともかく、後者は豚の餌にもならない。


「まぁ受け取っとけって」

「いや、お金くださいよ」

「これが俺の全財産なんだ。黙って受け取ってくれよ。俺だってこれ以上はしたくないんだ」

「だからお金を」


 男は全く譲る気はなさそうだったが、神崎が手を握る手に少し力を入れながらお願いすると、「受け取ります! 受け取らせていただきます!!」と喚いて男は金を受け取った。

 金を受け取った以上は契約が成立した事を意味する。無論フードの男は契約を反故にする事も出来たが、真っ赤になり激痛が走る両手を見てもなお、それを決行できるほど肝は据わってはいない。

 逃げていくように学内へ向かう背中を見ながら、神崎は恍惚としていた。

 やはり自分には知力も財力も必要はない。必要なものは既に持っている。この溢れてはちきれんばかりの暴力である。我は最強の漢なり。

 彼の歪んだ高揚感を餌に、自尊心は急成長を遂げる。より硬く、より高く、より太く。

 でも、やはり、こいつは屁の役にも立ちそうはない。





 フードの男とのやり取りから数日後、神崎は広大な校内を自分のクラスを探して歩き回っていた。

 約束を違えた場合にはどのような報復をしてやろうかと考えながら男からの連絡を待っていたが、神崎は内心、男が自分の前に二度と現れる事はないと思っていた。

 暴力による人心の掌握にはもうこいつには逆らえないと思わせるような、痛みと恐怖を心身に染み込ませる必要がある。神崎はそれを頭ではなく、本能で理解していた。

 十円玉を力を込めて握らせた程度で足りない。むしろ「このやろう。よくもやったな」と逆上させるのが関の山だ。だからこそ、その真っ赤になった鼻っ柱をへし折る事で、自分のちっぽけな怒りなど持ち合わせるだけ無駄とわからせる。そういうつもりだった。

 それが肩透かしを食らって妙に恥ずかしい。

 やり場を失った力は神崎の身体の中を跳ね回って、最終的に虚空に屹立するプライドをへし折った。

 尊厳がなくなると人はどうでもいいや、という気持ちになる。そもそも裏口入学も辞さない人間になくなるほどの尊厳があるか如何わしいが、史上最強の男もその例外ではないようだ。

 雑に「あんたはFクラス」と書かれただけの紙を片手に黙々と歩き続けて、既に三十分程は経過していた。半ばやけくそになっているとはいえ数十分も歩き続けては流石に疲れも出てくる。

 疲れがいよいよ苛立ちに変化を遂げ、無意識のうちに拳が壁に穴を開けそうになっていたが、神崎はぼろぼろの板にFクラスと書かれた看板を見つけて手と足を止めた。

 看板のすぐ下にある木製の扉は、三メートルほどのビッグスケールだ。

 この巨大な扉の向こうには、異世界での学園生活が待っている。そう思うと、扉を押す腕にも力が入った。


「はちきれんばかりの暴力を遺憾なく振るい、ゆくゆくはハーレムを作り上げてみせる」


 神崎は心の中で確かめるように呟いた。「ハーレムを、作っちゃうぜ!」


 勢いよく扉を開けると空気が肌を打擲するような音が、しんっと静まり返った教室に嫌な程響いた。音につられて教室内にいた生徒たちの目線が神崎に集まる。


 なんだこのクラス……何かが……何かがおかしい……。まさかこいつら……。


 集まった目線に只ならぬ気配を感じた神崎は、教室内にいるひとりひとりに、睨みつけるような目線をやる。


 ボサボサな頭にやみくもに付けているピアスとボロ布みたいな衣服が特徴的な女。

 血のように赤いバンダナを額に巻き、こちらを睨み返す半裸の男。

 大人しそうにも見えるが冷血そうにも見える、とどのつまりあんまし特徴的ではない赤髪の男。

 柔道着か甚平か、その間を行くような和風な服装に身を包んだ、間違いなく同い年ではない巨漢。

 右目を包帯で覆って、こちらに挑発的な目線を送る男。

 大きくドクロが描かれたフードを被っている少々幼く見える男。

 顔の右半分に火傷を負った眼鏡の男。

 気だるそうに地べたに腰掛けているバンダナで口を覆った男。

 変わったデザインの帽子を被って、にこにこと口角を上げている女。

 綺麗な黒髪をした、目つきの鋭い女。

 そして、最後に爆睡している男。


 全員に目をやって、彼は戦慄すべき事実に気づいてしまった。

 そう、このクラス、女の比率が少ないのだ。

 入学さえしてしまえば何とかなる、そう思っていた矢先襲いかかった絶望的な事実。神崎は絶句せずにはいられなかった。

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