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最強が来る

あらすじにも書きましたが、この作品はニコニコ漫画に投稿されている同名作品(http://seiga.nicovideo.jp/comic/28900)をノベライズ化したものです。

漫画版とは設定やストーリーに多少の差異が存在しますが、しょうもなさは概ね同等なのでご安心ください。

 ある日、とある漢が異世界にやって来た。

 その漢の名は神崎勇次郎(かんざきゆうじろう)(なび)く火の如き猛々しい黒髪に、サイズを間違えて注文してしまったかのように前合わせが短い学ランが特徴的な高校生だ。頭も悪い。

 彼はなんやかんやあって最強の状態(こうげき:999ぼうぎょ:999すばやさ:999かしこさ:2)で現代から転生したのだ。そこに至る経緯には筆舌に尽くし難い壮大なドラマが存在するが、言葉では到底表現しきれないので詳細については割愛させていただく。

 神崎は自らの力を遺憾無く発揮してこの世界の頂点に立ちついでに自然な流れでハーレムを作る、壮大かついい加減な計画を企んでいた。異世界に来てやる事と言えばそうと相場が決まっているからだ。

 他にも第二の人生だのスローライフだのを享受せんと躍起になる輩もいるようだが、座右の銘が破天荒と唯我独尊の彼にとってそんな老人めいた生き方は死にも等しい苦痛だ。火を起こしてその中に栗を放り込み、わざわざそれを誰に唆された訳でもないのに自ら拾ってみせる。神崎勇次郎とはそういう漢なのだ。因みに神崎は破天荒も唯我独尊も座右の銘も意味はよくわかっていない。もちろん火中の栗を拾う意味も然りだ。


 めったやたらに暴れまわって天下無双の力を誇示するのもやぶさかではなかったが、悪党として巷説にあがるのはちっともやぶさかではなくはなかった。とはいえ、出来の悪い頭をどれだけ絞ったところで、事を荒立てずに頂点に立つ為の妙案など思い浮かぶべくもない。

 痺れを切らして癇癪を起こすのも時間の問題かのように思われたが、実に都合が良いことに近くで馬鹿でかい学校の入試が行なわれていた。どうやら覇者となるべくこの地に舞い降りた神崎の事を世界は歓迎しているようだ。

 神崎は何の躊躇も手続きもなく学内へ突撃した。手始めにこの世界の学校で頂点を取り、尚且つハーレムまで形成してしまおうと欲張ったのだ。

 我々の世界であればこんな無礼者はすぐさま追い出され、その中身の入ってなさそうな軽い頭を刎ねられていた事だろう。しかし、ここは異世界。無礼、無道、無双、無職、無戸籍、無教養、無いものを挙げ出したらキリがない程に無い無い尽くしの神崎であっても、平気なツラして入試を受ける事が出来るのだ。

 会場である階段教室に案内された神崎は、指示に従い席に着いた。机の上には裏返しになった紙が数枚置いてあった。


「それでは用紙を表にしてください」


 試験官の声と共に受験者が一斉に紙を表にする。

 神崎は用紙の内容が目に入った瞬間に、思わず手で目を覆ってしまった。そして心の中で、「入学できないかもしれない……」と嘆いた。

 可哀想な事に神崎は極めてかしこさが低い。哺乳類にはまず勝てない。鳥類相手も怪しい。爬虫類や魚類相手で五分と言ったところだ。流石に昆虫とならば勝率九割は固い。植物は相手にならない、無敗である。

 控えめに言って、神崎の知能レベルは今まで生命活動を維持出来てきた事自体が奇跡と断じられる程度であった。そんな彼が筆記試験の問題を見て、入学は無理だと悲観するのは道理である。むしろ、その可能性に気づいた事が驚愕すべき事実だ。

 やはり彼のありとあらゆるステータスは、転生以前より格段と上昇している事が窺える。今ならば嘗て知恵比べで敗北を喫した、近所の幼稚園で飼育されているインコにだって勝利する事も夢ではないだろう。

 弱点であった頭脳すら補強され、彼は文句なしで史上最強の生物となったのだ。故に運すらも彼の味方をし、試験問題の形式は異世界にあるまじきマークシート方式であった。

 文明レベルのちぐはぐを指摘されかねない有様であるが、そういった根本的要素すらも自分の都合のいい方に捻じ曲げてこそ史上最強の称号を欲しいがままにするに相応しい。

 今、神崎はこの世界に存在する遍くもの、その全てから渾身の愛を注がれているのだ。身に余る程の寵愛(ちょうあい)を受けて、遍くもの全てにやたら喧嘩を売る彼の勇姿は涙無しでは見られないだろう。余りにも気の毒で。

 傍若無人、無知蒙昧、悪漢無頼、都合主義、そんな罵声も今の神崎にとっては褒め言葉でしかない。なんせ彼はそれらの言葉の意味を全く知らないし、漢字が四つ並んでるとなんだかカッコよく見えてとっても嬉しいのだ。

 神崎は内から湧き上がる野生の勘を頼りに、全ての問題の解答を終えた。その速さはまるで、問題すらも読んでいないのではないかと疑いたくなる程だ。事実、問題には目を通してないので、この速度が出てもなんら不思議ではない。

 テストを終えた神崎は、次の実技試験に向けて英気を養う為に机に突っ伏して静かにいびきをかいて眠った。





 神崎含め受験生は皆、実技試験を行う為校庭に集められた。周りの受験生は実技試験の内容が気になりそわそわしているが、神崎は突っ伏して寝ていた事で額についた赤い跡の方を気にしていた。


「これより実技試験を行う!!」


 筋骨隆々の肉体とご立派なモヒカンがトレードマークの大男が、校庭中に響き渡る程の大声を張り上げる。寝起きの神崎にはちょっとばかし我慢ならない音量だ。

 しかし、寝ぼけている場合ではない。

 いくらマークシート方式であったとはいえ、運任せにマークを塗りつぶしただけだ。まともな得点が取れている可能性は極めて低い。

 神崎が入学を確実とする為にはこの実技試験で、教師も他の受験者も全員の度肝を抜くような記録を叩きださなければならないのだ。


「あの魔法のかかしにむかって、何でもいいから全力の一撃をぶちかませ!!」

「た、助けてくれ……お願いだ……死にたくない……」

「すっげぇーやりにくい!」


 モブが命乞いをする魔法のかかしに対してぴーちゃか騒ぎ出すのを尻目に、神崎はかかしの前へと歩みだす。その姿には一切の恐れや焦り、そういった類いの感情から引き起こされる萎縮した様子は絶無であった。悠然と右手を前にかざし、己が全力をかかしに叩き込む構えを取る。


「おい、お前の番はまだだぞ」

「必殺……!」

「だめだ。あいつ話聞いてない」


 モヒカン教師の制止も聞かずに、神崎は掌に魔力を集めた――つもりになる。

 この場の全員が仰天するような記録を叩き出すには、魔法の一つや二つどかんと出さなければならない。という神崎の考えは珍しくも正鵠(せいこく)を射ている。魔法の使い方を微塵にも知らない事を除けば。

 身体の中に流れているかも定かではない魔力と呼ばれる摩訶不思議な力に頼るより、確実に存在している腕力に物を言わせ、満腔(まんこう)の力でかかしをぶん殴る方が確実ではある。頭に関しては脳が存在しているか危ぶまれる程であるが、膂力(りょりょく)については一日の長があり、本人も自信があった。転生によりステータスが底上げされているとなれば、殊更魔術を使う事にデメリットに似合う以上のメリットは存在しないように思える。

 それでもなお、この土壇場で躊躇なく出来るかどうかもわからない事をやってやろうとするのは、自らこそが史上最強であると盲信して止まない証なのだ。

 その根拠もなく自惚れじみた自分への信頼は、次元の壁を超えて異世界に舞い降りた事により事実へと変貌を遂げた。


「コキュートスファイヤーサンダーエナジーボム!!」


 神崎は頭の中に自然と湧き出した呪文の名前を叫んだ。すると右手から微かに冷たくその上ほのかに暖かく、どことなくピリッとくる光が止めどなく放出される。

 それを見てモブ達は「おお!!すげぇ!!」と嬉々として一斉に喚く。無理もない。これ程のエネルギーの放出、やった本人である神崎ですら若干ビビっている。かかしも魔法に直撃し、大爆発して光の塊と化していた。


「だっせぇ名前!」「ファイヤーなのかサンダーなのかどっちだよ!」「語呂が悪すぎる!」「聞いてるこっちが恥ずかしい!」「バカ!」


 言いたい放題騒ぎ立てるモブの言葉に若干傷心した神崎は、次からは黙って魔法を使おうと心に決めた。


「ふぅ、驚かしやがって」


 ついでにかかしは魔法の直撃を食らってもぴんぴんしていた。

 どうやら神崎の身体には膨大な魔力が存在しているようだが、かしこさが低いと魔法の威力はでないらしい。





 四人の男女が部屋に一つしかない窓から窮屈そうに校庭を眺めていた。部屋はなんの理由があるかわからないが、灯りが点いておらずやけに暗い。そのせいで四人の顔には濃い影が張り付き容姿を窺い知る事は難しい。

 何やらただならぬオーラだけは無用に垂れ流している彼らこそ、泣く子も黙って泣く生徒会四天王の面々である。

 生徒会四天王は、成績優秀、文武両道、才気煥発、人気爆発のまるで神崎とは正反対の位置に存在する優等生の集まりである。彼らはその力と人気故学校運営の中核に食い込んでおり、実質的に学校を支配する立場に居るが、優等生である彼らは先生の言うことをしっかり聞くいい子ちゃんなので生徒会の独断だけで圧政を強いるような事は絶対にしない。

 また、生徒会四天王と名乗っているが、時と場合によってはメンバーが四人未満になったり、四人超過してしまう場合もある。一人二人、人数に差が出ても四天王と名乗り続けるが、一時期メンバーの数が九人になってしまった時は流石に四天王を名乗るのは事実と逸脱すると判断したため、生徒会九柱と名乗っていた。名称が変わったところで品質には一切影響はないので、学校関係者全員、改名について気にかけてはいなかった。

 暗闇でうごうごやっていた為、誰かが足を踏んだらしく、「痛っ」と短く声を出した。「ごめん。足踏んだ」

 一頻り実技試験を眺めていた四人は、それぞれの席に着いた。


「あのカンザキという少年どう思います?」


 校庭で行われていた実技試験を窓から眺めていた四人のうち、長髪の男が他の三人に問いかけるように口にする。


「あれ程のヤバイ力、我らに匹敵するかもしれません」


 紅一点の女性が危機意識を丸出しにした。


「ああ、あれはとんでもなくヤバイ感じの力だ。間違いなくヤバイなあれは」


 そして、同調するように、影のせいでどことなく犯人を連想させるスキンヘッドの男が唸る。

 最後の一人がふぅーっと息を吐き、「ヤバすぎて我らの語彙がヤバイ感じになるぐらいヤバイな。だが……」そう言いながらテーブルに広げられた用紙に目を向ける。

 その用紙には汚い平仮名でかんざきゆうじろうと書かれていた。ちなみに点数は一番高いもので十三点である。


「この点数じゃ入学できないだろなぁ。マークシート方式なのに……」


 神崎勇次郎はその場で不合格を言い渡された。

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