ームゲンなノベルのフラグメンツー 02.
【前回まで】
宇宙空間に浮かぶステーションの病室。原因不明の昏睡状態にある恋人・佳世を見舞いに来た遠流は絶望感に怒り狂い、アンドロイドに拘束される。
佳世の主治医である女医は遠流に強力な鎮静剤を注射、彼は意識を失ってしまう。
病室の窓に向かって鉄パイプの椅子が二度、三度と振り降ろされる。
ガラスの表面にはひび一つはいらない。外の宇宙空間と室内をへだてる特殊ガラスの気密ウィンドウは簡単なことでは破れない。
外の通路から病室へ、二名のロボット看護助手、通称カンゴロイドが走りこんできた。
カンゴロイドたちは何度もパイプ椅子を窓に打ちつける男を、背後から取り押さえる。抵抗してますます暴れる男。
もみあいがしばらく続いた。そのあいだも、白いシーツをかけられベッドに横たわる若い女性は目ざめることなく、騒ぎに気づいた気配もなかった。
「もういいっす。止めてください」
画面を見ていた遠流は、こらえきれなくなって声をあげた。
これ以上、自分の醜態を見せつけられるのは、耐えられない。
遠流のそばで一緒にビデオを眺めていた女医が、ふふんと鼻で笑い、リモコンの一時停止ボタンを押す。
モニターのなかで、暴れまくる男の映像が動きをとめた。
遠流はほっと息をつく。
「どう、あなたのしたこと覚えてる?」横から女医が尋ねかけてきた。
「覚えてるもなにも」
まだボーッとしている頭を軽く振り、遠流は答える。「目がさめたら、この部屋のリクライニングシートに寝かされていた。カンゴロイドに両脇からつかまえられたことまでは覚えているが、そのあとはなにがなんだか――」
「ここは私の診察室です。昏倒したあなたをカンゴロイドと一緒にここまで運びこみました」
「そいつはご苦労でしたね」
「かれこれ地球時間で8時間半眠っていたわ、あなた」
「そうか、まだ頭がフラフラするわけだ」
「鎮静剤、ちょっと強すぎたのかな。ごめんなさい、あなたそうとう興奮してたから」
女医はいたずらっぽく笑う。クールに整った表情が、その瞬間だけ少女のようになる。遠流は少しどぎまぎした。
佳世とはまったく別のタイプだが、この女医にも成熟した女性独特の輝きがある。
「私があの部屋に入ってきたことは覚えてます?」
彼女は小首をかしげるようにして、じっと遠流の目の奥をのぞきこんだ。
遠流は答えられず、しばし無言が続いた。
昏睡から覚めてからずっと続いている頭痛が、ひどさを増す。
「思い出せないようね」
「どんな強いクスリを打ったんだ? 俺はこの病棟の患者じゃない。逆に見舞客だ」
「患者より凶暴な見舞客ね」
女医は笑う。「安心して。クスリに有害な成分はないわ。入眠直前の記憶にブランクが生じることって、ミン剤や鎮静剤にはよくある副作用なの」
そして白衣の胸を突きだすように身を乗り出しながら「聞かせて。どうしてあんなふるまいに出たの?」
遠流は力なく、女医の胸のプレートに記された名前に視線を漂わせる。
――黒澤冷香か。
何となく聞いた覚えがある。
おそらく以前、佳世の見舞いに来た時に会っているのだろう。ともかく彼女の容態のほうが心配で、ほかのことはあまり印象にない。
こうしている今も、佳世の意識はどこか見知らぬところを漂っているのだ。いたたまれない気持ちにおそわれ、居ても立ってもいられなくなった。