第九話 不穏な香り
謎の少女に逃げられたテイジとアベルハルはとりあえず近くの村へ向かっていた
「一体何者だったんでヤンスかね?」
「さあな、だが少し獣人領が動きにくくなったのは確かだろう」
「なんででヤンス?さっき女の子が言っていたレオナムって人が関係してるでヤンスか?」
テイジがそう聞くとアベルハルは苦い顔をしながら答えた
「ああ。レオナム・トラータはレクアール国第26代目国王で国民を愛し、国民に愛される王だ。何でも彼は"民がいるから国があり、国があるから王がいる。故に王は民なくしては存在しえぬ、故に王の宝は民なのだ"と言い、国民からとても信頼を得ているし、国民を傷つける者には容赦しないらしい」
「良い王でヤンスね。今のオイラ達からすると悪魔の王って感じになるかもでヤンスが・・・」
げんなりしながらも村を目指して歩き続けるテイジたちだったが、ふとテイジが思いついたように言った
「そういえばレクアール国は世襲制じゃないんでヤンスね?レオナム・”トラータ”ってことは」
「いや、一応世襲制ではあるよ。ただし次期国王に不満があるなら襲名式の時に次期国王と対決をして、勝った方が国王になる。勝った方が国民だった場合、姓は本人のままだからレクアールの名は消えると言うわけだ」
成る程、完全では無いが武力国家ではあるみたいだ。恐らくレクアール国は王を筆頭に戦いを行うのだろう。でなければこんな面倒な襲名式は行わないはずだ
なんやかんやで山林を抜けた二人は平野の向こうにうっすらと見える村を目指して歩いていた
ところ変わってクレイマール城では一人の兵士の声が響いていた
「勇者さまー!どこですかー!」
彼の名はニド・ラークマシュルート、少しあどけなさが残る青年兵士である
彼は異世界から来た勇者の世話係をやっていた。進んでという訳ではなく、ただじゃんけん(こっちではフェイクファイトという)に負けたからやっているだけである
「勇者さまー!もうすぐ剣の稽古の時間ですよー!出て来てくださらないと私が叱られるんですー!」
負けたからやってはいるが根が真面目なので手を抜いてはいないらしい。回りからは良い奴をもじりヨナとこっそり言われている。
「勇者さまぁ~、どこですかぁ~・・・ん?」
彼は立ち止まりある一点を見ていた。視線の先には城の中庭があり、中心には大きな木が一本生えていて陽当たりも良いので昼寝スポットとしてもってこいなのだ。そしてその木の根本を彼は見ていた
「居た~。良かった、これで怒られずにすむよ・・・」
木の下にはスヤスヤ寝ている葵がいた
「しかし可愛い人だよなぁ。こうやって寝ているとただの女の子で勇者とは思えないよ・・・って違う違う、起こさないと」
ニドは近くまで行くと何処からともなくハリセンを取りだし、スヤスヤ寝ている葵の頭にめがけて躊躇なく降り下ろした
スパーン!と気持ちいい音がなり、間髪入れずに、イタッ!とこれまた可愛い声が響いた
「おはようございます。剣の稽古の時間です」
葵は何事かと周りを見回しながら頭をこすっていたが、やがてニドを見つけ状況を飲み込むとすぐさま立ち上がり服をパンパンとはらった
「あ、ニドさん。ごめんなさい、寝てました?」
「ええ、それはもうぐっすりと」
葵は"あちゃー"と小さく呟き
「あの人厳しいんだよねぇ・・・すぐに準備していってきます」
そう言うと走って行ってしまった。その後ろ姿を見ていたニドはふと何かを忘れている様な気がしたが特に気にせず城の見回りに戻った。
「・・・あ、場所変更になったの忘れてた」
その日、女の子の悲鳴が城内に響き渡ったのはニドが思い出してからわずか5分後の事だった
一方その頃、テイジとアベルハルは必死に走っていた
「なんでこんなに必死に走らなくちゃならないでヤンスか!」
「ハッハッハ、なんでだろうなぁ」
必死になっているテイジに対しアベルハルは余裕、というよりはのんきに答えている
「何でってアンタのせいでヤンスよ!よりにもよってシルフルフなんかの巣に入るから!」
「いや、なに。ただ食料を調達しようと思ったら巣だっただけで狙った訳じゃないさ」
そう、今彼らは追われていた。大量のオオカミ型モンスター、シルフルフに
シルフルフとはエメラルド色の毛を持つオオカミ形モンスターで、足は無く代わりに風が渦巻き、足のようになっていてシルフルフを獲物へと走らせる
何故こんなことになっているか、話は簡単である。アベルハルが食料調達の為に木の実を集めていたところ、うっかりシルフルフの巣、つまり縄張りに入ってしまい、更には思いの外数が多く戦うには不利なため逃げたのだ
(オイラの重力操作ならなんとかなりそうでヤンスが、MPがすっからかんで使えないってのがなんとも・・・)
道中、モンスターに出会いまくり、戦い続けていたテイジだが、先程の加速魔法で完全にMPがなくなってしまっていた
徐々にシルフルフとの距離が縮まって来ており、追い付かれるのも時間の問題かと思われたその時だった
「こっちに来な、早く!」
声のした方を見ると馬車があった。そして中から熊の様な女の人?が手招きしている
「早く荷台に飛び乗りな!」
まさに天の助けだとテイジとアベルハルは馬車に飛び乗った、その瞬間馬車は勢い良く走り出した、がシルフルフは未だに追いかけて来ていた
「もっと速く走れないのかい!」
「これでもかなり無理してんすよ、これ以上無理させたらライドホルスの脚が壊れちまいやすよ!」
馬車の先では熊みたいな人と犬みたいな・・・いや、人みたいな犬?が叫んでいた。ちなみにライドホルスはこちらの世界の馬に相当するモンスターで鳥の様な(例えるならカラスに近い)姿の大型モンスターである。
とにかくまずい状況に変わりは無さそうなので自ら動くことにした
「あのー、助けてもらった所すいませんでヤンスがMPキャンディってあるでヤンス?」
「ん?ああ、そこの箱のなかに入ってるよ。何するつもりだい?」
荷台には大量の箱が有ったため全て箱の蓋を開けキャンディがぎっしり詰まった箱を見つけると急いで舐め、MPを回復させると追って来るシルフルフに意識を集中し魔法を唱えた
「3倍重力操作!」
シルフルフの群れはその場にうずくまり動けなくなった。その間に馬車はシルフルフから逃げれたようだ
「フム、凄い魔法だな・・・テイジは時魔法の使い手なのか?」
アベルハルは何故か難しい顔をしながら呟いていたがテイジは聞いていなかった
「いやー、助かったでヤンス、ありがとうでヤンス」
「気にしなくてもいいさ、困ったときはお互い様だよ」
熊のような人は豪快に笑いながらそう言った
「そうそう、あんたたちどこまで行くんだい?」
「この先のハルミナの村までいく予定だな」
「そうかい、なら丁度良い。私たちも荷下ろしに行くんだけど乗っていくかい?」
「それは助かる。代わりと言っては何だが道中のモンスター退治は任せてくれ」
アベルハルはテイジを見ながら熊のような人にそう言った
「まかせたよ。あ、そうそう、私の名前はナタリア、見ての通り熊人族さ。こっちの犬人族の男はジャーマルだよ」
「へへへ、よろしく。ついでになんか買っていきなよ、安くしてやるぜ」
話を聞くに彼らは商人らしい。ハルミナの村に商品を下ろしに行く途中でシルフルフに追われるテイジ達を見て助けてくれたようだ。助けてもらった上に商品まで売ってくれるとは・・・とテイジは少しありがたくも複雑な気持ちになった
「んじゃぁMPキャンディをもらいたいでヤンス」
そう、先ほども言ったがMPはさっきの加速魔法で切れていた。旅に出る前に普通のキャンディと大きなキャンディを30個ずつ買ったのだがテイジの魔法の消費スピードが思いのほか速くアベルハルと出会った頃には底を突いていたのである。
「あいよ、つっても荷下ろしの分があるからあんまり多くは売れないぜ。せいぜい普通のキャンディが10個、大きなほうが30ってとこだな」
「じゃぁ全部欲しいでヤンス。大きなほうでも200しか回復しないでヤンスから・・・足りないんでヤンスよ」
「にぃちゃん・・・大きな奴でも足りないってその歳でそこまで魔力高いのか、ならキャンディよりも飲み薬のほうがいい気がするぜ。まぁちょいと高いが安い奴でも500回復、少し良い奴で1000は回復するからな」
なぬ?クレイマールの道具屋では飲み薬タイプなんてポーションくらいしかなかったぞ?どういうことなのかナタリア達に聞いてみた
「へぇ、王都の道具屋にマナポーションが無かっただって?妙な話だねぇ・・・」
「こいつぁ戦争の話も本当かもしれねぇっすね、魔術兵士隊あたりに流れているとするなら100や200じゃ全然たりませんからね」
クレイマールが戦争を仕掛ける・・・この国に入ってからその話ばかりだ。あの女の子も、見張りの兵士も、そしてこの人たちまでしている。これは一悶着ありそうだとテイジは馬車に揺られながら少しずつ近づいてくる村の影を見ていた