第一話 動き始めた歯車
「えーっと、何処でヤンスかねぇここは」
と、すっとぼけた声を出したのは自分こと稲付 禎司である
何故こんなことを言っているかといえば周りには西洋風の騎士や魔術師の服を着ている人がいる上に石造りの部屋に居たからである
もちろん、自分はこんな所に元々居たわけではなく、また西洋のコスプレなんぞに興味もない
しかも自分はこれから尊敬する親分の為にジュースを買いに行くところだったのだ
正直こんな訳の分からない所で時間を食うわけにはいかない、となれば話は早い
「あー、あんたたち。さっきからざわめいている所悪いんスけど質問に答えてくれないでヤンスか?」
再び言葉をかけるが返事は無く、代わりにざわめきが増すだけだった
(言葉が通じて無いんスかね?)
言葉が通じて無いとなるとここは間違いなく自分の居た日本では無い筈だ、と禎司は思った
「困ったでヤンス・・・早く持って行かないとおやびんに怒られるでヤンス」
と、禎司が考えていると人々のざわめきが収まり始め、痩せ型で白い髭を伸ばした中世の王様の格好をした人が出てきた
「あー、異世界の勇者よ。私の言葉が分かるだろうか?」
一瞬の静寂の後、王様らしき人はそう発言し、再び静寂が訪れた
「勇者?・・・いや、そんな事より異世界でヤンスか?おっちゃん頭おかしいんじゃないでヤンス?」
普通に考えて異世界などあるはずもない。いや、あってたまるか
だが、そんな常識が当てはまらない体験をわずかながらしているのも事実であり、禎司は戸惑いながらもそう発言した
「異世界の勇者よ。戸惑い、そう発言する心境は想像するに難しくない。だが事実なのだ」
そう発言し続ける王様らしき人の目はしっかりとした光を宿している様に見え、禎司も流石に真剣に考え始めた
自分がいかにしてこの場所へ来てしまったのかを・・・
事の始まりは禎司が通う西節流高校の下校時刻にまでさかのぼる
あの時自分は走っていた。もちろん家に帰るわけではない。尊敬する親分いる外の非常階段へと行くためだ
「おそーい!」
腰まである綺麗な黒髪を風にのせ、その美しいとしか言い様のない顔をほんのり赤らめつつ、階段の上で仁王立ちしながらそう叫んでいる女性がいた
「すいませんでヤンス!ホームルームが長引いて遅れてしまったのでヤンス!許して欲しいでヤンスおやびん!」
そう、彼女こそ自分が尊敬する親分である牧山 葵である
「そうか、なら私を寒いなか散々待たせた罰だ。暖かい飲み物を2本買ってきたら許してやる。あと私をおやびんと呼ぶなといつも言っているだろう」
何故2本も要るのだろう?と禎司は考えながら
「了解したでヤンス!早速ココアを買ってくるでヤンス。おやびん!」
と、言いながら自動販売機へ走って行った
「おやびんじゃなくて名前で呼んで欲しいのに・・・」
彼女がそう呟いた声は誰にも届くことはなかった・・・
禎司が校門前に設置されている自動販売機まで来て財布をポケットから出そうとしたその瞬間、回りが光に包まれ気がつくとこの石造りの部屋に居たわけで・・・
「えーっと、何処でヤンスかねぇここは」
そう呟いていた
うん、普通に考えると誘拐だな。と禎司は思ったとか思わなかったとか
(まあ、この際面倒な事は考えないようにして、どうすれば帰れるか聞くッス)
「勇者よ、頭の中は整理できたかね?」
王様はそう聞いてきたので
「ボチボチってところッスね。質問が2,3個あるんスけどいいッスか?」
ここを異世界だと仮定して、こちらの都合もお構い無しに無理やり召喚したのだから嫌とは言うまい。普通なら・・・
禎司はそんな不安を持ちつつ聞いたが、返事は予想通りのモノだった
「2,3個と言わず納得するまで聞いてくれて構わん。勇者の都合もあった筈なのに、いきなり召喚してしまったのだからな。答えるのは当然の事だ」
案外礼儀が分かっているらしい王様だな・・・と考えながら実際は一つなんスよねぇ。と小さく禎司は呟いた
「んじゃ、遠慮無しに聞かせて貰うッス。まずこの世界の名前、現在地、そして帰れるのか」
正直、最後の質問だけでも良かったのだが、異世界だという証拠はまだ少なく、もしかしたら自分は閃光弾等で気絶させられ誘拐された可能性もあったので質問を増やしたのだ
「良かろう。答えよう・・・と言いたいところだが立ちっぱなしもなんだ。食事でもしながらどうかね?」
王様の口の端がニヤリと歪んだ様に見えた
「お断りッス。何が入っているかわかったものじゃないッスからね」
実際に異世界だとしたら余計に食べ物には気を使わなければいけない。何故なら食文化、いや食べ物そのものが違う可能性だってあるのだから
食事に誘われてもし岩や鉱石等が出されたらたまったものではない
「用心深いな、勇者よ」
「あんただっていきなり誘拐されて食事でもどうだ?って聞かれたら食べるッスか?」
「・・・ハッハッハ!確かにその通りだな」
王様は楽しげに笑い出したが、自分としては死活問題なので一瞬も気を抜いていない
「ふぅ、笑った笑った。では質問に答えようかね」
王様は真剣な顔つきになり、話をしだした
「まず私の名はノーランド・クレイマール。クレイマール国第37代目国王である。そしてこの世界はヴァラージという」
(ヴァラージなんて言葉は聞いたことがないし、すんなり出てくるって事は恐らく本当にその名前なんスね。異世界というのが信憑性を持ち始めたッス)
「そして帰れるか、についてだが無理だ」
・・・は?今なんて言った。この髭もじゃは
「そう露骨に嫌な顔をするでない。無理と言ったのは今の状況では帰る魔方陣の情報が『機械族』と『獣人族』のどちらかの王立魔法協会にしかないのだ」
「マシナイズ?アニマライズ?国の名前ッスか?」
「いや、種族名だ。この世界には機械で出来た人の『機械族』。獣と人の中間の見た目の『獣人族』。さらに悪魔の見た目を持つ『悪魔族』。羽の生えた小さい人の『妖精族』。そして私たち『人間族』が存在している」
「種族なのは理解したッスけどなんで無理なんスか?」
「今、この世界は戦争になりそうで緊迫しているのだよ。そこに別の国に王族もしくは国王関係者が行けばどうなるとおもう?戦争の火種になってしまうだろう」
なるほど、話が読めてきた。つまりこの王様は戦争になったら自分たちを助ける人間が欲しくて召喚をしたわけだ。だが予想外にも即帰りたがってしまったのでなんとか引き留めようとしているらしい
「なるほど。つまりオイラを召喚したのは戦争になった場合人間を救う為ッスか」
「話が早くて助かるよ。協力してくれるね?」
再び王様の口が歪んで笑って見えた
「お断りッス」
「なっ、何故だ!」
王様がそう叫ぶと同時に周りの騎士たちが剣を向けてくる
「オイラは親分と決めた人にしか着いていかないし、アンタはオイラの親分じゃないし、何より自分のケツくらい自分で拭えないヤツには協力しないッス。自分たち異世界人の失敗を他人に押し付けるような奴らに協力する気は無い!」
そう叫ぶと一目散に部屋を出て勘を頼りに外へと向かった
「国王!いかがいたしますか?」
騎士の1人がそう尋ねると王は面倒そうに
「捨て置け。また改めて別の勇者を召喚すれば良い。私たち人間族の為に働くバカで扱いやすい勇者をな・・・」
この時、運命の歯車が少しずつ噛み合い、動き始めていることに気がつく者は誰もいなかった
えー、ってな訳で始まりました子分気質の魔法創造者。楽しく読んで頂けたら幸いです。ちなみに小説を書くのは初めてなのでヨロシクお願いします。