Episode3 旧友トノ再会
サフィとセクトはジルゴを倒した後、お互いに黙ったまま荒野を歩き続けていた。ひとしきり目の前の光景を確認するかのようにサフィは目を細めて見つめる。
「あれがもしかして……」
軽く頷くとサフィは視線の先にある中央の純白の豪邸が目立つ青空が似合う美しい街を指差して尋ねる。
「あの街が目的地ね?」
「はい、あそこで間違いありません。手紙に書かれていた街の特徴に酷似していますしね」
セクトは胸ポケットから取り出した手紙を見ながら答えた。神妙な面持ちでサフィは返答する。
「そう、じゃああそこに彼女が……。行きましょう」
サフィはどこか嬉しそうだ。セクトはもう一度深々と頷く。旧友、いいものですね……。微かにセクトは羨望するような表情を見せるがサフィは気付かない。
二人が先程よりも早く歩を進めるとすぐに街に到着した。しかし明るそうな外観に対して街の内部はやけに静か。まだ昼間なのだから子供の一人や二人、外で走り回っていても可笑しいような時間帯ではない。それどころか一人も人の姿が見当たらないのである。
「妙ね……。ねえ、セクト。本当にこの街で合っているのよね?」
不安そうな表情でサフィが尋ねる。セクトも無人の街を不審そうに見ながら首を傾げていた。違和感しか街にはない。二人が疑問を抱くのは当然と言えた。
「ええ、そのはずですが……」
「いらっしゃい、サフィ。」
突然の声に2人は驚いて前を見る。そこには一人の少女が立っていた。サフィよりも若干身長は高くサフィと対になるようなサファイアを思わせるブルーの瞳。濃い紫色のフリルのついた派手なドレスに翠色の長いカール髪が相まって高貴な雰囲気を放っていた。
「カナリア、無事だったのね!!」
サフィは目の前に立つ旧友カナリアに駆け寄る。
「久しぶりねえ。貴女も元気そうで何よりよ」
カナリアはサフィを見つめ上機嫌そうに微笑を浮かべた。
時は数日前に遡る……
サフィは“黒薔薇戦争”以来戻っていなかったアストレアの地に戻ってきていた。父と母の墓前に自分の無事を伝えた帰り道。悠久の自然広がる草原でサフィ達と、馬を引いている商人のような身なりの男が向かい合って立っていた。
「この家の人だね、お二人さん」
男が軽い調子で言うがサフィは無視して男を睨む。
「アストレア邸の跡地の周りを何故ウロチョロしている、何者か答えなさい」
腕を組んだサフィの表情は修羅の如く険しかった。男の後ろには昔の美しい姿は見る影もない、全壊して瓦礫の山と化したアストレア邸が寂しげに佇んでいる。“黒薔薇戦争”の凄まじさを物語るような光景だった。
「いや~おいらはただの使いですよ、お嬢さん」
髪を掻き毟りながら男が軽い口調で答える。男を警戒するように剣の柄に手を掛けてセクトが尋ねた。
「では何の使いですか? お嬢に手を出すようなら容赦は致しませんよ」
男は誤解だと言わんばかりに手を横に振る。
「暗殺目的なら、旦那達とこんな風に話しませんて。おいらはただ、アストレア家のサフィさんに手紙を届けよとある人に頼まれただけですよ」
「私に……手紙?」
急に名前を出されたサフィが困惑の表情を浮かべる。驚いたような顔をして男はサフィの方を見た。
「おや、貴女がそのサフィさんでしたか」
サフィは男の問いに頷く。警戒心を解いたようで、先程までの険しい表情は消えていた。
「ええ……。それで、あの人って誰なの?」
「それがですね。名前がわからないんですよ。この手紙を渡してくれって言われただけ。報酬に、ラプリス金貨一千枚を用意するって言われましたがね。前金だけで百枚って言うのは本当驚かされましたよ」
男の言葉を聞いてサフィとセクトは驚愕の表情を浮かべる。報酬の額が異常に高かった為だ。
「ラプリス金貨一千枚って小さな城が買えるわよ? そんな大金を持っているってことは貴族?」
男は頷く。
「依頼を受けた街には到底似合わない、高価そうで派手なドレスを着てらっしゃったんで、おそらくそうだと思いますよ。じゃ、手紙は渡しますんで~。おいらは報酬を受け取りに行きます」
そう言うと男はポケットから白い手紙を取り出してサフィに渡し、そのまま慣れた手つきで馬に乗り走り去ってしまった。
「行ってしまいましたね……」
「そうね。…とりあえず手紙を見てみましょう」
サフィが男から渡された手紙を読み始めるとその表情が歓喜に変わった。
「一体何が書かれているのですか、お嬢」
頭の上に疑問符を浮かべるセクトにサフィは嬉しそうに手紙を手渡す。内容を見てセクトも微笑みを浮かべた。
「これは……お嬢の旧友、カナリア様からの手紙。黒薔薇戦争により消息不明になっていましたが、どうやら無事だったようですね」
カナリアとは、サフィが幼い頃に遊んだ侯爵家の娘の事だ。互いの両親の関係もよかった為、サフィと年の近いカナリアはよくアストレア家に来てサフィと遊んでいたのだが、黒薔薇戦争でカナリアの家も黒獣達に滅ぼされて、カナリア自身も行方不明になっていたのだった。サフィに宛てた手紙には、カナリアは無事に生き延び、今はカナリアの家の領地外の別荘にいるとのこと。そして、同じく黒獣に襲われたサフィに対しての心配の言葉なども書かれており、無事ならば一度会いに来てほしいとの主旨が書かれていた。
「久方ぶりのアストレアの地で…良い知らせが聞けたわね。会いに行きましょう、カナリアに」
黄昏が美しい遠い地平線を見つめて微笑みを浮かべるサフィ。
「お供致します」
セクトは頷いた。
「ありがとう」
サフィ達は手紙に書かれていたカナリアの別荘に向けて歩き出す。それが悪夢の招待状と知らずに……。