ドラゴンにお弁当として召喚されたよ!
「――目覚めなさい。アルケオネスの加護の下に」
優しい声だった。
本当に、優しい声だった。
何と言うか、まるで温かい暖炉の前で、絵本でも読んでもらっているような。
私が守るからねと、そんな親しみをめいっぱい詰め込んだような。
そんな、そんなとても優しい声に呼びかけられて、僕は、起きた。
目の前に、超弩級のドラゴンが居た。
「うわああああああああああああああああ!?」
「酷いです。顔を見るなり叫ぶなんて……もう、人でなしというやつですっ!!」
「ご、ごめん。でも人でないのは完全に君だよね」
ううっ、と更に泣き出してしまう藍色のドラゴン。
それを見て僕は、はあとため息を吐いた。
まさか、ドラゴンがこんなに打たれ弱い生き物だとは知らなかった。
「それで、ここはどこなのか。それを教えて欲しいんだけど?」
「ううー、ずびび。ここは、貴方が先程まで住んでいた世界とは違う世界です」
まあ普通なら、驚いて腰を抜かして失神の一発でも華麗に決める所だろうけど。
「そっか。異世界的なあれね」
コチラと一発目であれだけ驚かされたのだよ。
もうコレ以上、驚く元気も気力も活力も、完全無欠に皆無と言うわけなんだよ。
「驚かないのですね。やはり貴方は他の人間たちとは味が違うようです」
「一味な!? ドラゴンが言うと洒落にならないから、本気でやめて!?」
「はあ、……人味?」
「ニュアンスで分かるそれも違う!」
うう怖い怖い。
泣いたりしてるし喋り方可愛いから忘れてたけど、コイツはドラゴンなんだ。
と言うか、まさかとは思うけど、コイツ人間食べたりしないよね?
とか思ってたら、隅の方に何か骨を見つけた。
「あははは、ねえドラゴン?」
「何ですか?」
「いやあ昨日の晩御飯僕さ、お母さんが腕に振るいをかけて作ってくれたオムライスだったんだー。いやそれがめちゃくちゃ美味しくてさ、ベタ褒めしたら母さん調子乗って作りすぎちゃって。あはは馬鹿だよなあオムライス一個に卵五個とかどんな相撲取りだよ。そう言えばお前は昨日の晩飯何だった?」
「えっと、確か女の子でしたねー」
「いやあああああああああああああああああおかあさああああああああんん!!」
とりあえず叫んで、そして、僕は全力で考える。
いや待て待て落ち着け落ち着け、女の子って言っただけだコイツは女の子って言ったんだ。
それがどうして人間だと分かる? いや分からないし限らないはずだ。
人に性別が有り女の子が有るようにスライムにだって女の子男の子居るはずなんだ、そうだ。
だから、聞いてみた。
「あはは、ドラゴンてスライム食べるんだねー」
「あはは、何言ってんですかー。私はそんなもの食べませんよー。実はお肉苦手なんですよねー」
「え、そうなの? い、いいねえ草食。ほらこう、人畜無害って感じがまた」
僕は安心してため息を吐く。
そうだ、そうだよ。コイツは目の前で寝ていた、僕を食べなかったんだ。
だからきっと、本当にこのドラゴンは、人を食べたりしないんだ。
普通に考えて、コイツが人食いドラゴンとかだったら、僕は生きていないだろうし。
「あら、私草食ではありませんよ。あの苦い感じがどうも苦手で」
「あ、あら。そうなの」
「はい。私、こう見えても人畜無害な人食主義者なんですよ!」
「人に迷惑かけまくってますけどおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
何たることだ。
ヤバイ、コレは本当にヤバイ。
どうやら僕は、人食主義者であるドラゴンと二人きり、この場所に閉じ込められてしまったようだ。
あれからしばらくの間、僕はこの空間を探ってみた。
一面藍白色の壁に覆われたこの場所は、お世辞にも広いとは言えない。
まあそれはドラゴン一匹が入るには適していないってだけで、僕一人にとっては割と広いんだけど。
まあ、具体的に広さを表わすとすれば、体育館の半分くらいって所かな。
それだけの空間に、僕とドラゴンの他には、小さな小川一つしか無い。
一言で表わすのならば、人工的に作られた洞窟、というような感じだ。
「なあ、ドラゴン」
「なんですか?」
「お前が、僕を召喚したんだよね?」
「ええ、そうですけど」
「それじゃあ、お前。どうして僕を呼び出したりしたんだ?」
そう言うと、ドラゴンは少し考えてから、言った。
「お腹が減るから、ですかね」
「……ですよね」
どうしよう。
どうしようかな。
どうしよう。
おめでとう、川柳俳句の完成だ。
「じゃあ、あそこに有る骨っ子ちゃんは?」
「ああ、一昨日食したペロリーちゃんです」
「ペロリー!? 凄く食べやすそうな名前だなっ!?」
ペロリーちゃんは、パーツがどこも掛けることの無い、それはそれは綺麗な人骨だった。
まるで理科室に置いてあった人骨模型のような。ってあれ、人工模型だっけ。
というか、僕もいつかあそこに並ぶ運命なのだろうか。
ほろりと涙が零れた僕に、ドラゴンは言う。
「そう言えば、貴方の名前は何と言うのですか?」
これから食べようとしてる奴に、名前聞くかね普通。
でも、だけど、ちょっと待とう。
ここでもし、このドラゴンと凄く、仲良しになったらどうだろう。
もしかして……僕を食べるのを辞めるんじゃないだろうか。
そうだよ、辞めるよ! 辞めるに違いないそうと決まれば早速――、
あれ。
「名前が……思い、出せない」
「あ、すみません。私召喚ってどうもニガテで。記憶結構飛ばしてしまったりするんですよね」
「そう、か。まあ、無くて困るもんじゃないし、いいよ」
そうそう、こうやって僕の優しさをコイツに見せつけるんだ。
さすれば最後、コイツは僕にメロメロ。
お弁当から求愛対象者へと変貌を遂げるのであるよ。
……って、あれ。どっちも微妙じゃね。
「それじゃあ、私が名前をお付けいたしましょうか?」
「お、それはいいな」
「では貴方にはゴクリンという名前を――」
「凄く飲み込みやすそうだっ!?」
「ご不満でしたら、貴方には、マロニーちゃんと言う名前を――」
「僕はママの味だったのかっ!?」
駄目だった。
どう考えても、アラビアンナイト的現象など起こるわけがなかった。
「なあドラゴン」
「なんですか?」
「お前、暇じゃないの?」
これは、結構素朴な疑問だった。
因みに、僕は暇です。
「暇じゃない――と言えば、嘘になります」
「そう、なのか」
「お腹が減っていない――と言えば、嘘になります」
「聞いてないッ!! と言うかそれは嘘だよ嘘だから忘れよう!?」
「あれま、嘘でしたか。あははー」
ヤバイヤバイマジでヤバイ。
お腹が減っていないのが嘘なのは本当にやばい。
いや、駄目だ違う、落ち着け僕。
とりあえず冷静にだ。僕はまだ生きている、その事実を噛み締めて、そして考えるんだ。
考えて考えて、考え抜きさえすれば、活路は必ず見えてくる。
じいちゃ――じっちゃんは、そう言ってたじゃないか。
そして、結局。
「昔話、しようぜ!!」
「はあ……」
僕は、話を逸すことにした。
逸らすのは、何からかって? 勿論彼女の空腹さ。
「うんうん。ドラゴンの昔の話とか、聞きたいなーって」
「昔の話……ですか」
少し戸惑いながらも、ドラゴンは話し始める。
遥か昔の、遠い過去の記憶を。
悲惨で、悲壮で、それでいてとても悲しいお話を。
僕はこの時、彼女の口からこんな話が出るとは、思ってもいなかったんだ。
「実は私、昔は人間だったんです」
「えええええええええええええええええええええ!?」
開口一番で僕の口が完全開口した。
というか、驚きすぎて口が閉じなくなった。
「ううっ、お話、止めますよ?」
「ご、ごめんごめん。でも流石にそれは、いや、信じるけどさ」
でも、確かに、人間味はすごく有るんだよな。
さっきみたく味の方ではなくて。
「私、人の言葉喋ってるじゃないですか。それも、昔まだ人だった時に覚えたのです」
「そう、なのか」
「はい。私は、実はとある王国の、王族の長女だったのです」
なんとまあ。
お姫様だったらしい。
「私の王国は、とても、それはそれは、幸せな国でした。父上も母上も、国民の皆様も、素晴らしくいい人たちで、私はあの国が本当に大好きで……だいっ…すきで……ううっ」
「おおー、よしよし」
泣き出してしまった。
泣き出すほどに嫌な過去なのだろうか。
「すみ、ません。もう大丈夫で、で、でで……でっでっででで」
デデデ大王、とは言わない。
「ほらほら、この優しい僕が組んできたお水を飲んで。そして一呼吸だ」
「あ、ありがとうございます……がぶり」
手を食われた。
「痛ってええええええええええええええええ!? 何すんだこの糞ドラてめえ!!」
「ひいいいごめんなさいごめんなさい。……美味しそうだったから」
「態度と言動が微塵も一致していないだとっ!?」
駄目だ、今は全力で話を逸らさなくては。
今度は噛まれる程度ではすまない。
「そ、そんな事より続きが聞きたいなー?」
「そんな事より続きがしたい? 食べればいいのですか?」
「言ってないっ!!」
そんなこんなで、絶体絶命のままお話は続いてゆく。
「私には、小さな妹が居ました。それは可愛い、本当に凄く可愛……あ、背中さすって貰っちゃって、ありがとうございます」
「いいっていいって」
対策は万全な僕なのだった。
「その妹が、ある日突然消えてしまったのです」
「……ほう」
「妹は三時間ほどすると帰ってきました」
「……へえ」
「ある日私はりんごを食べました。とても美味しかった」
「ちょっと待てえええええええ!!」
僕は絶叫する。
「はい?」
「はいじゃあねえよ!? 何なんだよお前何の話をしてるんだよ!?」
「昔話ですけど」
「ぐはあ確かにっ!!」
でも違う、僕が聞きたかったのはそう言う、にこやかあははな日常ストーリーではないんだ。
出来れば、どうしてドラゴンがドラゴンになってしまったのか、とか。
そう言った類のストーリーが、聞きたいな、なんて。
「なる、ほど。――珍しい、方ですね」
「珍しい? 何がさ」
「いえ。これまで、私に食べられてきた可哀想な者達は、誰も私になんか構いもしなかったので」
「それは、そう、だろうな」
まあ僕だって、食べられたくないからこうやっているのだし。
一概に僕が珍しいとは言えないのかもしれないが。
「――と、そう言えば私。大変です」
「ん? どうした」
「お腹がへりました」
「突然の死刑宣告きたあああああ!?」
駄目だ、続きをッ。
話の続きをしなければッ、食われるッ!!
「続きですか? しょうが無いですね」
「ああ、お前がその姿になった経緯とか。ショックで食欲がなくなる類の話をお願いします!!」
わかり、ました、と。
そう言ってから、ドラゴンは口を開いた。
「私は、実験台にされたのです」
「――は?」
「私は、特別でした。生まれつき持っていた魔素量が多かった。だから、ドラゴンにさせられました」
「だって、お前、さっきお姫様だって」
僕がそう言うと、ドラゴンは静かに首を振った。
「あれは嘘です」
「嘘だったああああああ!?」
「それも、嘘です」
「本当だった!!」
はあ、と僕はため息を吐く。
何なんだろうこの天然ボケしたドラゴンは。
「すいません、疲れますよね私の相手」
「……いやいや大丈夫だよ。だから続きを――」
「お腹とか、空きませんか?」
「続きをッ! どうか僕に話の続きをッ!!」
仕方がありませんね、と呟き、ドラゴンは続ける。
「お父様は、幸せ過ぎました。幸せすぎて、そして、欲に魅せられてしまったのです」
頂にたどり着けば、人は自ら高みを造る。
これは、僕がたった今編み出したありがたい名言。
帰ったら本にして売るんだ……ううっ。
「欲に魅せられた父上は、国王は、魔女に憑かれました」
「――魔女」
「そう、魔女です。彼女は言いました。私は、人を強力な魔獣に変える力を持つ。だから捧げろ、人を捧げて魔獣を作り、軍隊を作り上げ、隣国を攻め落とすのだと」
人を、捧げる。
それは、途轍もなくぞっとする話だと、僕は思った。
「最初父上は、我慢しました。我慢して我慢して、捧げてしまったのです」
「捧げたって、まさか――」
「ええ。国民を、父上は、魔女に、捧げた」
その後、国はなし崩し的に壊れていったらしい。
壊れたと言っても、それは別に滅びたとか、侵略されたとか革命が起きたとか言うわけじゃない。
ただ、体制とか人権的に、モラル的に、壊れた。
その国が、彼女の父が世界征服を狙うまでにも、時間はそれほど掛からなかったらしい。
そしてもっと強く、もっと強大で、もっともっと残虐な魔獣を、望んだ。
人が保有している魔素量が多ければ多いほど、強い魔獣が生まれると、彼は知った。
自分の娘が、生まれつき異常なほどの魔素を保有している事も、知っていた。
「――だから、お前を、実の娘を捧げたってのか!?」
「はい。でも私は父の望むような仕事はしなかった。人は殺さなかった。だから――閉じ込められました」
「――ッ!!」
「笑っちゃいますよね。あの時はあれ程人殺しが嫌だったのに、お腹が減れば、本能に逆らえず、簡単に人を殺してしまうのですから。私という人間――いや、怪物は」
それは、本当に、心の底から寂しそうな目だった。
これ以上無いくらい、自虐的で、自分が嫌で嫌で溜まらなくて、本当に苦しそうな、目だった。
「お前は、怪物なんかじゃないよ」
「怪物ですよ」
即答だった。
「だって、こんな話をしている今でも。貴方がとても美味しそうで」
そう言って、彼女は黙り込む。
そんな彼女の目、その可愛らしい、青い瞳から。
「辛くて……悲しくて――」
ぽろりと、雫が落ちた。
「……私。わたし、もう人を、食べたく――無い」
僕は、何も言えない。
言えるわけなかった。
彼女は、別に、食べたくて食べているわけじゃないんだ。
仕方なくて、さっきからふざけたようにしてるけど、あれも本気で食べたくて食べたくて溜まらなくて。
それでも我慢して、我慢して、彼女は我慢を続けているんだ。
彼女の、とても寂しそうで、綺麗なその瞳が、そう僕に告げていた。
「はあ……」
僕は、ため息を吐く。
「いいや、もう」
そう言って、パタリと倒れた。
「いいやって何が――」
「お前、今召喚とか、僕を元の世界に戻したり出来るのか?」
「えっと、いいえ。貴方がいる間は使えないし、残念ながら貴方を返してあげる事も出来ないです」
やっぱりか、と僕は呟く。
それは、普通に考えてそうだろう。
仮に、僕を送り返せるならば、自分の気に食わない人間が出るまでガチャ感覚で回し続ければいい。
彼女だって、僕みたいな優しいナイスガイを望んで食べようとはしないはずだ。
「だったら、さ。僕は結局死ぬしか無いじゃん」
「えっと、それは」
「だってそうだろ? ここには僕とお前と、小さな小川しか無い。これじゃあ、何もしなくたって一週間もすれば、飢えて僕は死ぬさ」
だから、と僕は言う。
「食べても、良いよ」
「――っ!?」
今度は、ドラゴンの方が驚く番だった。
「そんな、馬鹿なこと……」
「いや、良いんだよ。どうせ死ぬなら、ドラゴンに食われてってな」
でも、確かに馬鹿だとは思う。
自分を食べていいなんて、そんな馬鹿すぎることを言う人間が、一体どこに居るんだよ。
まあ、無論ここに居たわけだけど。
「では、遠慮なく――パクリ」
「ちったあ遠慮しろオオオオオオオオおお!!?」
そう叫びながら、ドラゴンの口に含まれながら、思う。
でもまあ、コレでよかったんだ。
彼女だって嫌がる人間を無理やり食うより、こうやって食ったほうが心良いに決まってる。
別に僕はああ言って、彼女が食べるのを止めさせようとか、そう言う浅はかな事を考えたわけでは無かったのだし。
でもまあ、たったひとつ、後悔があるとするならば――、
「……最後に、妹に、会いたかった、かな」
「ぺっ、ぺぺぺっ」
何故か吐き出された。
「おえっ、おえおえおっえ、不っ味」
「お前ええええええええええええええ!!」
凄いことを言われていしまった。
僕は何と不味いらしい。それも吐くほどに。
「失礼、冗談です」
「……何なんだよ」
本当に、何なんだ。
あれ程、僕を食べたかったのではないのか、この女は。
「私、貴方は食べれません」
「は? 何でだよ」
「私、言いましたよね。小さな妹が居たって」
それが、それがどうしたのだろう。
僕を食べれないことと何か関係が――、
そして、僕は気付いた。
「私。死ぬ直前に妹さんを思って、何か言った人とかは、食べないと決めてたんですよー」
「は? お前、だって――」
「大丈夫ですよ、貴方ならここ、出れます」
そして、僕もこれは、少し予測していたことだけれど。
彼女は、こう言った。
「私が死ねば、貴方はここから出れます」
あれから、少し経った。
一日は、経っていないと――思う。
今、僕の前で、彼女は、死にかけていた。
「……何で」
僕は言う。
「どうして、こんなに痩せてんだよ」
今気づいた。彼女の身体は途轍もなく、ガリガリだってことに。
もうあまりに惨めで、悲惨で、見ていられなくて、目を逸してしまいそうなほど。
皮と骨を取り去ってしまったら、何も残らないんじゃないかと――本当にそう思うほど。
「いやあ。あまり人を、食べたくなかったので」
「お前……最後に食べたのは、いつなんだ?」
「――さあ。いつだったんでしょう」
そう言って、彼女は、笑った。
笑ったけど、僕は気付いた。気付いてしまった。
「お前が、ここに封印されたのは、何時なんだ?」
「お覚えて、ませんけど……十年、くらいですかね」
十年という数字。
そして、そしてだ。
ここに骨が一人分しか無いのは一体どういう事なのだろう。
どこをどう見渡したって、僕は一人分しか見つけられなかった。
しかも、綺麗に全てのパーツが整った人骨が、一つだ。
それは、おかしいだろう。
もし本当に、本当に彼女が、ぺろりーちゃんを食べたのだとすれば。
丁寧に、あんなに一パーツ欠けもせずに綺麗に残っているのは、おかしいだろう。
「……お前」
そう。僕は、気付いた。
彼女の言った、とある嘘に。
「お前、本当は――」
悲しくて、優しくて、とてもとても痛々しい、その嘘に。
気づいて、しまった。
「人間なんて、食べたこと、無かったのか」
ドラゴンは、笑った。
「あはは、バレちゃい――ましたか」
「――ッ!?」
今度は、完膚なきまでに、僕が絶句する番だった。
「食べれるわけ、無いじゃないですか。これでも、人間だったんですよ――私」
そう言って、微笑むドラゴンを。
僕は、痛々しくて、見ていられなかった。
「私は一度、お腹が空きすぎて、ぺろりーちゃんを召喚してしまった。――あれは、本当に一生の不覚です。私は彼女を助けようと、何としても助けようと、何度も何度も死のうとしました。私が死ねば封印は解ける。そうすれば彼女は帰ることが出来るかもしれない。仮にそれが出来なくても、彼女は死な無くても良くなるはず――。そうやって、馬鹿な私が死のうと躍起になっている間に、彼女は」
――そうだった、のか。なんて、分かったような口は聞けない。
そんな事、言えるはずがなかった。
彼女の苦しみが、悲しみが、僕なんかに分かるはず無いのだから。
「でも、そんな私みたいな化物の最後が。こんな私の最後を見届けてくれる人が、貴方でよかったと、私は思います。……と言うかさっき、貴方、本当に危なかったんですよ? 私もう我を忘れてましたし、あそこで貴方が妹さんの事を口に出さなかったら、私は貴方を食べていたと思います。だから――」
ありがとう、と彼女は言った。
「――ッッ!?」
「私を、人喰いにしないでくれて、有難う」
そう言って、ドラゴンは、静かに目を瞑った。
「ばか、野郎……」
彼女は、十年も、何も食べずに、ずっと一人で生きてきたのだ。
食べたくても、お腹が空いても我慢して、我慢して我慢して、死ぬ寸前になるまで我慢して。
耐えきれずに呼び寄せてしまった餌を目の前にしても、それでも我慢して。
最後には、有難うなんて言って、死ぬ。
「そんなの、悲し……過ぎるだろ」
でも、ドラゴンは、もう何も言わない。
「畜生!! 良いんだよ!! 僕が良いっつってんだから黙って食えよ!!」
僕は、その口を、無理矢理にでも開こうと、こじ開けようと藻掻く。
でも、開かない。
僕がどんなに押したって、引いたって、力を込めても持ち上げてみても、その口は開かない。
「クッソ!! 何したってんだよ!! コイツが一体何したってんだよ!! 何も、……何もしてないんだろうが!!」
何もしてないのに、ただ幸せに過ごしていただけなのに。
ああ、人生とはどうしてこんなにも。
どうして彼女は、こんなにも。
「幸せになれないんだよ!!!」
そんな時、ガラガラと、音がした。
壁が崩れる、音がした。
僕は、ゆっくりと、その方向を振り返る。
「ついに――死んだか」
そこに居たのは、真っ黒な鎧に身を包んだ、男達だった。
しかも、三人。
その三人を見て、僕は、問いかける。
「誰だよ、お前ら」
その問いかけに、彼らは答えない。
ただ、ドラゴンを指差して、何かを囁くだけだった。
「お前ら、手に持ってるナイフで、何する気だ? 何を――削ぎ取る気だ?」
誰も、答えない。
けど、だけど、それでも。
僕は、分かった。
奴らが、彼女をこんな目に合わせたって事。
コイツらが、彼女をこんな風にした張本人だって事。
この糞野郎どものせいで、彼女があんな目にあったてことくらい。
だから、僕は――
「お前らああああああああああああああ!!」
僕は、この洞窟にやって来て、何度となく叫んだ。
それこそ声が枯れるくらいに叫んだし、正直チビるくらいに怖かった。
でもさ、だけどそれらと同じくらい、あのドラゴンと二人で居た時間は、
楽しかったんだよね。
はは、馬鹿だよなあ僕。
だって、自分を食おうとしている奴と過ごしていた時間が、楽しかったんだぜ?
そんなの、完全に、頭がおかしいと僕は思う。
薄れ行く意識の中、途切れゆく意識の中で、僕は本当にそう思う。
こんな、死ぬ直前になって自分の愚かさ加減とか、そんなもの知りたくはなかったなあ。
本当に、常々損な役回りだったと思う。
でも、どうしてだろう。 不思議と嫌な気分は、しないんだよ。
ああ、誰か近づいてきた。
多分僕にトドメを刺す気なのだろう。
もう、本当にダメなんだろうな、僕は。
そう思いながらも、怖かったけど、薄目を開けてみる。
そこには、顔はよく見えなかったけど、淡い藍色の髪をした、髪の長い人間がいた。
そう言えば、あのドラゴンもこんな色だった。こんな風に、綺麗な藍色を。
そして僕は、もう一度目を閉じる。
でも、だけど、こんな終わり方も、良いんじゃないかな。
世の中に溢れ返る、世の道理とか、理屈なんかを全部すっ飛ばして、
愛の力とか、そんなよく分からないもので、取って付けた様に幸せな結末を迎えるよりも。
こんな終わり方も、良いんじゃないかと、僕は思う。
これと言って、大した悔いはない。
でも、前もこんなこと言った気がするけど
だけど、ただ、本当にちょっとした心残りがあるとすれば――
「――妹さんは、良いのですか?」