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305号室の世界  作者: 瑞希
風舞う向日葵
7/11

〔律儀な奴〕

「葵さん…」

聞こえてきた声に、俺はハッとして振り返った。

そこに居たのは、ももなとは似ても似つかいない、しっかりした雰囲気の子供だった。

つっても、三四才くらいしか変わんないんだろうが。


「…ああ、姉貴の友達の」

その姿には、貸すかに見覚えがあった。

菫の病室によくお見舞いに来ている奴だ。


「セツナです。秋風あきかぜ 屑梛せつな

そいつは至極丁寧にお辞儀してきた。

別に、名前に興味なんかないけど。

なんで俺の名前を知っているのかは、気になった。


「そ。

 俺のことは姉貴から聞いたのか」

「色んな方から…」

その答えに、なんか違和感は抱いたけど、別に良いや。

他人とそんな関わりたくもない。


「あっそ。姉貴なら病室にいるよ」

「葵さんは行かないのですか?」

不思議そうな顔に俺は少し苛立ちを覚えながらも、平常心を保って返した。


「俺は行かないよ」

行けない。

今さら、どんな面して会いに行く?

今さら、なんで俺が菫の人生に関われる?

それに、あいつに会いたくない。


「どうしてですか」

「別に。あいつと鉢合わせしたら嫌だし」

「あいつ…?」

っ…。

喋りすぎたな、と俺は後悔して頭を掻いた。


「あー、もう良いだろ

 じやーな。」

俺は説明するのを放棄するために、足早にその場を去った。


「あ、はい。

 すみませんでした。」

チラッと横目に見ると、セツナは至極丁寧に頭を下げていた。











「あ、また会いましたね」

数日後、またその小学生に会った。


「あー、何だっけ」

「秋風屑梛です。」

忘れたっつぅのに、またご丁寧に自己紹介された。

なんか気分わりぃ。


「ああ。また姉貴の見舞い?」

「はい。葵さんは?」

「何でも良いだろ。」

見舞いだが、別に菫に会うつもりはない。

来て、様子を確認するだけだ。


「あ、はい。不躾に…すみません。」

また…俺が悪いのに、こいつはご丁寧に謝る。


「別にそこまでじゃないけど…。じゃあな」

「はい。」

チラッと振り返れば、そいつはご丁寧に頭を下げていた。

ホント、気分わりぃよ。








「おー、何だっけ。

 セツナ?」

いい加減、覚えた小学生の名前。

ていうか、子供相手に話すのはコイツだけかもしれん。

大抵は最低限の父親との会話と、教師とのしょうもない会話だけだ。

同級生と話すことなんてねぇしな。


俺が嫌ってるから、相手も嫌ってる。

「はい!葵さん。」

それなのにコイツは、なんでか嬉しそうな顔をする。


そんな風に接せられたら、こっちだってあんまり雑には扱えなくなる。

「また見舞いか。律儀だな」


俺の言葉に、セツナはちょっと困った顔をした。

「ああ、はい。

 色々ありまして」


特に何の意味もなく、俺は軽い気持ちで聞いた。

「色々って?」


「…葵さんは菫さんの実の弟ですよね」


セツナの質問にちょっと戸惑った。

「まあ、そうだけど。」

血縁的には確かにそうだが。

もう互いに大した関わりもない。


「でしたら、菫さんに関して

 色々教えていただけませんか?」

「は?なんで」

つい、あからさまに嫌な顔をしてしまった。


「お願いします。」

また…こいつは至極、ご丁寧に頭を下げやがる。


「…わーったよ。

 頭下げんなよ面倒くさい。」

俺は頭を掻きながら了承した。


また…

「ありがとうございします!」


俺は溜め息を吐いた。

「で?なに聞きたいの」


「そうですね…菫さんは

 昔から…その、」

「病弱かって?」

「はい。」

言いにくそうにした割りにはしっかりと頷くんだな。

自分が言い難いんじゃなくて、相手を思っての行動らしい。

それ言うとこも、気分わりぃ。


とはいえ了承しちまったし。

俺は溜め息を吐いて答えた。

「………いや、高校に入ってからだな

 元々強かった訳じゃないし、

 急な環境の変化に耐えられなかったんだろ?」

元々通院はしていた。

だが、だからって、入院するほどじゃなかった…。

不審者に、追い掛けられてからだ。

入院して退院して倒れて、また入院して

その感覚が段々狭くなっていって。

今じゃ、ずっと入院。


「そう、ですか…

 具体的にどう悪いのでしょうか」

真面目な顔して聞いてくるセツナに、俺は少し気が乗ってきた。


「血が足りてるはずなのに、常に貧血みたいでな。

 少し歩いたりするだけで倒れちまうんだ。」

なんか精気でも抜かれてるみたいな。

俺は呪いとか幽霊とか、そういうのは信じないが、そういうものはあるんだろうな。と思う。

じゃなきゃ…、もうモモナの痕跡がどこにもなくなっちまう気がする。


「そうですか…。

 ありがとうございしました。」

「こんだけでいいのか?」

てっきり、もっと質問攻めされるんだと思っていた。


「とりあえずはこれで。

 また聞くことがあるかもしれません」

せっかく乗ってきたテンションだったが、もう必要なくなってしまった。


まあ、良いんだけど。

「あっそう。

 で、なんでこんなこと聞いたんだよ」

今更感はすごいが、悪用はしないでほしい。

コイツがそんなことしないのは見るからに解ってるが、噂をバラ撒いたりとか、そういうのは本当に不愉快だ。

コイツじゃなくても、使い道によっては別の奴がするかもしれん。


「………」

まあ、コイツの場合そんなこともないんだろうが……

何で黙ってるんだ?


「何だよ。教えてくれたって良いだろ。」

つまりは興味本異なわけだが。


「………菫さんの病を治すためです」

セツナは顔を伏せて、何とか言葉を紡いだ。


「…は。は!?」

思いもしなかった言葉に、反応が遅くなった。


「姉貴の病気治せるのか!?

 どうやって!」

今までどんな医者だって、原因すら解らなかったんだ。

それを、治せるなんて…

信じられない。


「すみません。

 これ以上は…。」

話せないのか?それとも口止めされてるのか?

どちらにしてもセツナは話せないらしい。


そんな説明で、はいそうですか。って、終わらせられるわけがない…!

「どういうことだ。

 何で話せねぇんだ?

 そもそも、なんで子供のお前が…

 姉貴は知ってんのかよ!」

考えれば考えるほど可笑しな話だ。

そうだよ…!

考えてみれば、可笑しな事だらけだ。

何でセツナは、俺の名前を知ってた?

姉貴が俺の事話すわけがねぇ。どんなに仲良くたってだ。


話が、可笑しすぎる…!!!

「菫さんは知りません。

 無闇矢鱈に、希望を持たせたくありませんから」

言い難そうな口調はそのままだが、その瞳には確固たる意思があった。

やっぱり…、どうしても、コイツが、嘘をついて人を騙すような人間には、見えない。


「…治るかもってことか」

俺は努めて冷静に聞いた。

セツナが俺を怯えて、まともに話せなくならないように。


「はい…。

 絶対に治る、とは断言できません。」

セツナは俺の思った通りに、的確に話した。


「どうやって治すんだよ。」

努力したつもりだったが、俺の声には微かに怒りのようなものが滲んでいた。


「言えません。」

「何でだよ!」

俺は思わず怒鳴っていた。


セツナはビクッと肩を震わせた。

「言えません…っ。」

だが、それでもセツナは言おうとしない。

泣きそうになって、肩も震えていると言うのに、話そうとしない…!


「なんっだよそれ…

 意味わかんねぇ!」

俺はそう吐き捨てて、セツナの前から去った。


「すみません…っ。」

後ろで、泣き声を交えながらも謝るセツナの声が聞こえた。

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