〔悪魔と化け者〕
「体調も安定しているし
この分なら、もう来なくても大丈夫かもしれないね」
「本当ですか?やったぁ」
私は掛かり付けの先生の言葉に喜んだ。
毎週木曜日は病院に検査しに行く日のために
学校も一日中休んでいた。
そのせいもあり、特定の友達はできなかったから
もう行かなくて良いとなると、とても嬉しい。
「焦らず、ゆっくり減らしていこう。」
「はい。解りました。」
私は先生にお辞儀をして診察室を後にした。
誰も私の病の理由が解らない。
母は精神的なものだろうと思っている。
それは、私が人以外の言葉が理解できたからだ。
そして、言葉を理解したあとは決まって体調が悪くなる。
まるで貧血を起こしたように力が抜けてしまう。
「聞こうと思わなければ平気だし。」
人と同じだ。
こちらが聞く意思を持たなければ何も聞こえてこない。
倒れることもない。
少し寂しいが、私は人間なのだから、人としての生活の方を優先しないと。
そういえば神氷さんに何も言ってなかったけど、平気かな?
大丈夫だよね。
別に待っては居ないだろうし。
明日。普通に話しかければ。
「神氷さん!
こんにちは~。」
「どうして…」
前と同じように、普通に声をかけたつもりだったのに、神氷さんは目を見開いて驚いていた。
「ど、どうしたんですか?」
そんな神氷さん、見た事なかったからしどろもどろになってしまった。
「だって、もう来ないはずじゃ…」
「えええっ!?
誰がそんなことを!?」
私はそんなこと言ってないし。
どうしてそんな事になってるんだろう…。
「言ってないけど…
みんなそう思ってたわ!」
みんなって…。
凄くざっくりしてるなぁ…。
「もしかして、昨日来なかったせい?」
まさかとは思うが、それ以外思い浮かばない。
「そうよ。
酷い事何度も言ったもの」
「酷い事?」
「ええ。冷たく突き放したでしょう?」
神氷さんは苦しそうな顔でそう言った。
私にはどうして神氷さんがそんな顔をしなくちゃいけないのか分からなかった。
「神氷さんは一回も私の悪口言ってないもん。
本当に酷い事言ってるのは、後ろの人達だよ。」
神氷さんは若干つれないだけで私に酷い事を言った事はなかった。
関わりたくないとか。
頭おかしいとか。
私がイラッとする事を言ったのは、勝手に聞き耳を立てる知らない人たちだ。
「神氷さんは自分の事を冷然 冷徹 冷酷って言ってたけど、
私の事を一度も無視しなかったじゃない」
ちょっと考えてみればわかる事だ。
何で誰も気づかないんだろう。
神氷さんは優しくて、押しに弱い、可愛い人だ。
「そうかもしれないけど、」
「それが全てだよ!
私は神氷さんに友達になって欲しい」
人がどう言おうと私の瞳には、神氷さんしか映ってない。
これが私の全て。
今の、全身全霊の想い。
「私と友達になってください!」
私は神氷さんに手を差し出した。
ギュッと目を閉じて居ると、神氷さんも手を握ってくれた。
「よろしく…」
「うん…。うん!」
私は嬉しくって何度も握った手を上下に振った。
「あれ?蕾凰くんは?」
「…今日は一緒に帰るって言ったでしょ」
ちょっと拗ねたような顔をしている。
神氷さんはやっぱり可愛い。
どうしても口角が上がってしまう。
「ふふっ」
「…そういえば、ファンタジー読むのよね」
前話してた話だ!
神氷さん覚えててくれたんだぁ。
「うん!」
「古代の闇って読んだことある?」
ファンタジーで古代の闇と言ったら、あれしかない。
化け物と心を通わせられる少年の冒険物語だ。
未完なので、古代の闇の正体も解っていないが、設定がしっかりしていて、面白いのだ。
その舞台は、異世界ではなく、昔々の、動物を狩っている時代だそうだ。
「あるよ!面白いよね!」
「ええ…!古代の闇の正体って何なのかしらね」
それがこの物語の最大の謎だ。
少年の親はその古代の闇に殺されたというのだ。
七人の魔導師が関わっていると言うが、どう言う事なのだろう。
それに、化け物も謎に満ちている。
「やっぱり、化け物がカギを握ってるのかな」
「そうでしょうね…
それに、少年はどうして化け物と心を通わせられるのかしら。」
それも謎の一つだ。
化け物は少年以外とは会話すらしない。
あるいは、できないのかもしれない。
「何でだろ。少年も悪魔を倒せるし
化け物と同じなのかもね~」
化け物が化け物と呼ばれる由縁は、人には絶対に倒せないと言われる、悪魔を倒す力がある事にある。
でも、少年も化け物には劣るが、それなりに悪魔に対抗できる。
だから私は少年と化け物は同じ何じゃないかと思った。
本当は誰にでも悪魔は倒せるのかもしれないけど。
「悪魔、と化け物か…」
神氷さんは何故だか切なげな顔をした。
「どうしたの?」
「ねぇ、菫。
悪魔って信じてる?」
小説じゃなくて現実に居るかってこと?
うーん。
信じてる…けど、小説の中の悪魔が本当に居たら嫌だなぁ。
たくさんの災いを持ってきて、人をたくさん殺すから。
「信じてるよ?」
「じゃあ、化け物は?」
「もちろん!
化け物が居なきゃ、みんな困っちゃうよ」
小説の世界で、化け物は忌み嫌われてるけど悪魔が居る世界じゃ、化け物が居てくれないと人はみんな死んでしまうのだ。
むしろ、感謝すべきだといつも思う。
「じゃあ、もし私が…」
神氷さんは言い終わる前にサッと顔色を変え、私の手を引いて走り出した。
「え!え!?
なに?どうしたの!?」
「しっ。追われてる」
神氷さんは前を向いたまま、ぼそっと呟いた。
追われてる?
まさか…ストーカー!?
どうしよう!
ああ、もう息が上がって来た。
苦しい。心臓が痛い!
「菫!―と、も―少――」
…神氷さんが何か言ってる。
何だろう。
あんまりよく聞こえない。
どうしよう。
これ、倒れるやつだ。
逃げなきゃいけないのに。
もう、前が―――