入部届
先輩の話は至極簡単な話であった。
去年我が校の天文部は全部員が3人。そのうち2人が今年で卒業してしまったので今はこの先輩だけなのだという。しかも今週中に3人の部員を確保しなければ廃部になるのだという。まあ、自由過ぎるこの学校のことだし別に部員ゼロの部活があってもいいように思うがそれでも決まりならばしょうがないのだろう。
だがしかし、今もってわからないことがある。
「あのひとついいですか?」
「なになに?何でも聞いてね!」
少し慣れてきたのか、先輩のテンションが無駄に高い。
「えっと、なんで俺を選んで誘ったんですか?」
わざわざ手紙を下駄箱に入れてまで。部員を確保するためならそこら辺の歩いている奴なんかを適当に勧誘すればいい話だ。それにしなくてもこの先輩が声をかければそこら辺の男子はホイホイ入部届が借金の連帯保証人の用紙に代わっていてもサインをするだろう。無論間違いなく僕もする。
「ああ。えっと。それはですね……」
先輩はほんのりと頬赤く染めもじもじとしている。なにこれ可愛い。
「今は秘密です。いつか話せるときが来たら話すね!」
にこっと笑顔を作る先輩。
可愛い!!!じゃなくて、うまくはぐらかされてしまった感があるがどうだろう?
僕は天文部に入部するべきなのだろうか?なんやかんやでここまで来てしまったが、来てみれば僕の当初の期待とは全く別の要件での呼び出しであったわけだし。なにしろ僕はこの先輩と今日初めて会ったのだ。それなのあれよあれよという間に入部してしまってもいいのだろうか?僕はもっと深く考えて用心すべきではないのか?大体なんで先輩は僕の名前やクラスを知っていたのだろう?僕は間違いなく先輩と会うのは今日が初めてだ。それは間違いない。先輩自身もそういっていた。でも、なぜだか先輩は今日この場で僕と会う以前から僕のことを知っていた。なぜだ?先輩が僕を選んで誘ったのには理由があるはずだ。しかし先輩は教えてくれなかった。初対面の相手にいきなりの頼みごとをするのに、隠し事までする人のことを僕は信用していいのだろうか?
「……えっと、やっぱりダメかな?」
下から上目遣いで見てくる先輩。
僕は先輩の目を見た。
時が止まったようだった。
その瞳を覗き込みすべてを奪い取られたような感覚に落ちた。
何もかもが生まれ変わったような感じがした。
さっきまで考えていたことがどうでもよくなるくらいにその瞳に惹かれてしまった。
「……先輩。入部届、どこですか?」
「え?」
「入部届はどこですか?」
もう僕の中では決まっていた。
「僕、はいりますよ。天文部に」
僕は渡された入部届に自分の名前を書き込んだ。
これで僕は晴れて天文部一員となったわけだ。