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 ファミレスで夕食を済ませ、三人は湯船家の別荘へと来ていた。

 日はとっぷりと暮れ、周囲の家には光が灯っていないせいか、室内は山独特の不気味な静けさに包まれていた。

 春日はまず、室内に大きな地図を広げて様々な場所にピンを刺し、その近くに付箋を貼って詳細を書き記した。

「さてと、それじゃあ現地協力員、神部くんの為に私達の事をさらっと紹介しちゃいましょうか」

 そう言うと、春日は以下のような説明をした。

 自分は国のとある研究所に勤めている研究員であり、知り合いのいた研究所が何者かによって襲撃されて実験生物が逃亡したので、その調査の為に個人的にやってきた。的葉も個人的な協力者であり、素性はただの学生である。

「……とまあ、こんな所かな」

 もちろん、二人が未来から来たという事については伏せてあった。

「何だか、眉唾な話ですね……。研究員なんて、とても見えないんですけど」

 春日は無言のままデバイスを操作すると、水晶のアイコンをタップした。すると、数秒後には姿が消え、どこにも見えなくなった。

 神部は大いに狼狽え、辺りを見回したが、当然目に見えるわけもなく、一気に顔を青ざめさせた。

「これで分かってくれた?」

「ひゃう!」

 突然、背後から声がかかり、神部はあられもない悲鳴を上げてしまう。そして、今度は赤面しながら黙って春日に頭を下げたのだった。

「さて、それじゃあ今日の成果をまとめましょうか」

 春日はまず、発見した順番に口に出しながらノートにまとめていく。

「九条なるみ、佐藤、加納と謎の一名がいじめに関与、主犯格と思われる。男子生徒一名が蛇を入れる。教頭はいじめ対策には消極的であり、担任の安田先生は積極的。九条家に強盗未遂事件が発生、その後に不審者の目撃情報が寄せられる、と」

「ねえ、加賀くん。君らって本当に何を調べてるの?」

「実験生物ですよ。人間に擬態してる可能性がありましてね、しかもあの小学校に関係があるらしい、と」

「はあ……」

「まあ、今はとりあえずそういう体で動いて下さい。ぼくらも、どこまで喋っていいのか分からないもので」

 そのやり取りに、春日が一つ咳払いして場を仕切り直した。

「……続けるわよ。ここから、アンタらはどういう事が分かる?」

「「…………」」

 問いかけられた二人はお互いに顔を見合わせてから、ノートに書かれた内容に目を落してしばらく沈黙した。

 少ししてから、的葉が挙手した。

「ハイ。質問がざっくりとし過ぎていると思います」

「そのセンスは並以下ね。やり直し」

 にべもなく切り捨てられ、的葉は心なし悲しそうにしながら、再びノートへ向かう。

 それから数分後、今度は神部が手を挙げた。

「……ハイ。わかりません」

「並以下」

 春日は舌打ちすると、親指を下に向けたサムダウンのジェスチャー付きで批判した。

「じゃあ、湯船さんは何か見つけたんですか? まずは自分の意見を言うべきだよ」

「私は専門外だからいいのよ。自分がやるべき事はちゃんとやってるわ」

「卑怯だ! こういう時は皆で協力するべきでしょうに。ホラ、何でもいいから言って下さいよ!」

「チッ。……ちょっとばかりクールダウンが必要みたいね。的葉! 何か面白い話をして頂戴よ。場の雰囲気が一気に和らぐような、とびきりのヤツよ!」

「ちょっと! 何、加賀くんに無茶な要求してるの! 話を逸らすにしても強引すぎる!」

「よし、春日。それなら任せておけ」

「ええ!? 加賀くん、承諾しちゃうの!?」

 的葉は少し考え込むようなそぶりを見せてから、ポツポツと語り始めた。

「これは、去年の夏にあった出来事なんだが。ぼくがいつものようにベッドでG行為に勤しんでいたんだけど、事を終えた時に右手に血が付いてるのを発見したんだ。驚いたよ。どこか怪我をしたのかと思った。でも、そうじゃなかった。何と……」

 的葉は十分に溜めた後、

「してる最中に蚊を潰してしたんだ……」

 と、言った。

 話をされた春日と神部は、しばらく反応できずに固まっていたが、唐突に春日が吹き出し、大声で笑い始めた。

「あはははははははははは!! バカだわ! 本当にバカ!」

 よほど気に入ったのか、春日は腹を抱えてもんどり打ちながら笑い続けた。

「何よソレ! 事の最中に巻き込まれて死ぬなんて、その蚊、前世でどんだけ業の深い事したのよ! あっはっはっは! バカ! ヒーッ! 死ぬ! いひひひひひ!」

 彼女ほどではないが、神部も口元を押さえながらピクピクと震えていた。そして、的葉と目が合うと、堪えきれずに吹き出した。

 当の的葉はと言うと、ここまでウケるとは思わなかったので、期待に応えられた嬉しさよりも何か取り返しのつかない事をしてしまったような恥ずかしさを感じて赤面していた。

「よくやったわ、的葉! アンタが大将よ! アンタが……ブッフゥ!」

 それからしばらくはマトモに会話にならず、二人は笑い転げていた。それが収まったのは、十分も経ってからである。三人はそれぞれペットボトルに入ったお茶を飲んで落ち着き、本題に戻る事にした。

 切り出したのは、春日。

「あー……。それで、そろそろ本格的に話し合いを進めなきゃいけないんだけど……」

「ハイ」

 それに対して、的葉が挙手した。

 最初、春日はその反応に対して怪しんでいたが、的葉の表情が先ほどとは打って変わって、真剣になっている事に気づき、彼の回答を促した。

「まずは順番に見て行こうか。挙がっている物証から、何が起こったのかを考えよう。この、消しゴムに切れ端についてだが、四種類あったって言ったよな? この残りの一種類、これは蛇を入れに来た少年のものだと思うよ」

「ふぅん、それは何故?」

「改めて言うと、ぼくらが目撃した時に実際に行っていたのは女子三人だよね。途中から入ったわけでなく、途中で抜けた人間。ぼくはこう予想する。最初はやっぱり女子の三人でやっていたけど、そこで先ほどの男子生徒が参加して来たんだ。しかし、何かのミスをやらかして途中で離脱した。多分、主犯格の九条にでも当たってしまったんじゃないかな。そして、その汚名返上の為に過激な行動に出た、と」

「ふぅん……なるほどね」

「もちろん、これは蛇少年が九条なるみに対して一方的に協力をしたいと考えている事が前提だけどもね」

「二人が全然無関係で、残り一種類の消しゴムも別人である可能性は消えてないわね」

「まあ、その辺はおいおい確かめてみるしかないね」

 そこで、神部が質問をした。

「ねえ、加賀くん。そうだとしたら、蛇少年の動機って何だろう? この子一人だけが参加するっていうのは、どうもしっくり来ないんだよね」

「彼女に脅されている、という見方もあるけれども、そうなるとあそこまで協力的な理由が分からない。となると、彼はやっぱり九条なるみに気に入られたいのだと思うよ」

「それってつまり……」

「まあ、好意的に見られたい心境って事だよ……」

 的葉はあえて明言はしなかった。これがまだ想像の範囲でしかないからだ。

「学校での発見はここまでかな。あとは、九条家の災難についてくらいか」

「不審者の件ね。その目撃情報からすると、ターゲットに間違いないわね」

「ぼくはまだ、敵の詳細を知らないから分からないけど、君がそう言うんなら、そうなんだろうな」

「アンタも見たでしょ。蟻人間。本体はアレをもっとゴチャゴチャさせた感じよ」

「要領を得ない説明だな……。まあ、いいや。明らかに人間と違う外見ならいい」

 的葉は一度、地図をざっと見直してから、喋り出した。

「問題は、こっちについてはどれくらい関係がある出来事なのか図りかねてるって事だな。原因に直結しているかどうか分からない。それよりも、意図を読み解く努力になるわけだから……」

「ちょっとちょっと、意味が分かるように言いなさいよ。それじゃあ、具体的に何の事を言ってるのか分からないわ」

「……うーん、論理的に説明できたらいいんだけどね。かなり直観に頼ってる所があるから材料が集まるまでは具体的な説明は遠慮させて貰いたい……」

「何よソレ、さっきまで自信たっぷりに推理をブチ上げてたくせに」

「すいませんね……。とにかく、明日はそういう所の補強をしつつ情報を集めたい。例の蛇少年の動機固めができれば、ちょっとスッキリする」

「ふぅん、それじゃあこうしましょうか。私はしばらくここで情報をもう一度洗い直してみるから、アンタ達は外で情報収集をよろしく」

「うん? 一体どういう風の吹き回しだ。君なら、現場に居なければ気が済まないって言うと思っていたんだけど」

「今日、二人で行かせてみてよく分かったのよ。そういうのは得意分野じゃないって。私はいざという時の為にどっしりと構えていればいいんだわ。そう、言わばボスのポジションよ。司令塔ね」

「春日、まさか歩き回って疲れたから休みたいってんじゃないだろうな」

「…………。そんなわけないじゃない」

 一瞬、微妙な間があった事が彼女の嘘を正直に物語っていたが、的葉と神部は何も言わなかった。ここは見逃してやるのが人情だと思ったのである。

 当然、その微妙な空気は春日にも伝わっていたが、彼女はそれをとくに気にした風もなく、むしろ自信たっぷりにこう言った。

「まあ、一番いい場面ではちゃんと活躍するわ。期待してなさい!」

 この夜はこれでお開きとなり、三人はそれぞれにあてがわれた部屋へと戻って行った。

 一時間ほど部屋で過ごしてから、的葉は気になる事があって春日の部屋を訪ねると、彼女はそれを予想していたかのように、待ち構えていたのだった。

「こんな夜遅くに女性の部屋へ堂々と入って来るなんていい度胸ね。まあ、その顔を見ればお楽しみ目的で来たわけじゃないのは分かるけど」

「そういう事。ずっと聞きたかった事があるんだが、仮にぼくらが先に鬼食を見つけたとしても、一体何が変わるっていうんだ? どうせ戦うならおびき出してしまえばいいんじゃないのか?」

「まあ、最悪の場合はそれでもいいけどね。でも、戦闘はいつだって先手必勝。こっちから仕掛けるのが常道よ。私の希望として、相手の擬態能力を潰す事ができれば御の字なのよ。そうすれば、追跡は楽だしね」

「その、擬態能力っていうのは、すぐに破壊できるものなのか?」

「そうね、図が無いから何とも説明しにくいけど、擬態する際に敵は背中にある突起状の器官を使うそうなのよ。まあ、そこを潰したからといって確実に能力が使用できなくなるかどうかは不明ね。でも、上手くいけば相手の能力を一つ潰せるし、そうでなくてもダメージは与えられるわ」

「なるほどね。そういう事なら、今まで通りにやるのが賢明かもしれない」

「後出し後出しで情報を出して悪いわね」

「いや、いいさ。君がそうするべきだって言うんなら、そうした方がいい。しかし、という事はぼくに隠している事があるって事かな?」

「当然よ。いらない情報は話していないわ。それともアンタ、敵がどういう食べ物が好きかとか聞きたいの? 言っておくと、相手は何でも食べるわよ。同胞以外はね」

「そういうのもあるが、君自身の事だ。色々とまだ説明されてない事がある気がするんだがね。直観だけど」

「あるに決まってるじゃない。それこそ、いくらでもあるわよ」

 春日は当然でしょう、と言わんばかりの表情を彼に向けた。

「私は秘密だらけよ。そして、それはしかるべき時と場所でしか明かさない。私が体をどこから洗うのかは、一緒にお風呂に入れるくらい親密にならなきゃ明かせないって事よ」

「そうかい……。どこから洗うのかは別に興味無いけど」

「まずタオルからジャブジャブ洗うわね。でも、占いではどこにも該当しないみたいよ」

「当たり前だよ!」

「体のどこかって言うなら、私は頭から洗う派だわ。普通、上から順番に綺麗にしていかない? 掃除と一緒じゃない」

「教えてんじゃねーか!! ああ、もういいよ。ぼくは部屋に帰るから……」

 的葉は肩を落としながら、部屋を出て行こうとしたが、ドアノブを握った時に背後から春日に声をかけられて、立ち止まった。

「……いずれ全て明かすわ。必ず。約束する……」

 その声は、どこか悲しそうな色を帯びており、彼女が本当の気持ちを吐露したのは明白だった。的葉は振り向いて彼女の表情を見たい衝動に駆られたが、それをぐっと堪えた。

「……おやすみ」

 と、一言だけ残し、彼は足早に自分の部屋へ戻ったのだった。


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