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先輩

 十五分ほどぼんやりと座っていると、外の方が騒がしくなり始め、多数の学生がゾロゾロとそれぞれの部室へと入って行った。

同じ制服を着てはいるが誰もが見覚えの無い生徒ばかりなので、的葉は何となく別の学校にやってきたような感覚を味わっていた。

しばらくすると、一人の青年がこちらにやってきた。中肉中背、三白眼気味の目をしていて、刈り上げのような地味な髪型をしている。他に特徴らしい部分があるとすれば、顔にあるソバカスだろうか。

「えーっと、新聞部か、写真部に何か用?」

「写真部?」

「ああ、知らなかったって事は新聞部に用があって来たんだね。まあ、とにかく中に入ってよ」

「お邪魔します」

 的葉と春日はソバカスの青年に案内されて、部室の中へ入った。

 中は両壁に大きな本棚があり、床のそこかしこにも何かの本やノートなどが積まれており、何とも圧迫感のある雰囲気だった。部屋の真ん中には折り畳み式の長机と、いくつかのパイプ椅子があり、二人は勧められるままそこへ座った。

「ごめんね。実は今日、他の部員は全員風邪をひいて休みなんだ。ジャーナリスト精神を鍛え直す為に滝修行だって言ってね。それで全員が体調不良だもん。何をやってるんだかね。だから、居るのは俺だけなんだ」

「あの……アナタは行かなかったんですか?」

「もちろん行ったよ? でも、何故か俺だけは何とも無くってね。ピンピンしてる。おかげで三人分の『バカは風邪をひかない』ってセリフを聞く羽目になった」

「はあ、そうですか。あ、ぼくは加賀的葉。こっちは湯船春日です。二人とも二年生――――」

「じゃ、ないよね。というか、ウチの制服を着てるけど生徒じゃない。そうだろ?」

「ええ、まあ……その通りです。すごいですね」

「いや、俺がまさに二年だし。一度も顔を見たこと無いんだから、そりゃあ分からないはずが無いってば」

 ソバカスの青年はニッコリと笑った。

「ああ、俺は写真部二年の神部義男かんべ よしお。よろしく」

「よろしくお願いします。あの、写真部って仰いましたけど、新聞部とは違うんですよね?」

「今は一緒だよ。両方ともに部員がまったく居なくてね。合併して何とか存続させてるんだ。まあ、俺は報道写真とか好きだから、別にどっちでも良かったんだけどね。さて、それじゃあ世間話はこれくらいにして、ウチにどんな用なのかな?」

「実は、最近この辺りで起こった事についてお聞きしたいんです」

「ほう。それはどんなもの? 事件とか、そういうの? それとも、噂話?」

「両方です」

「うんうん。了解。ちょっと待ってて」

 神部は近くの棚を漁ると、そこから二冊のファイルと、一冊のノートを引っ張り出してきた。

「このファイルに入ってるのが地方新聞の切り抜きだな。そんで、こっちのノートが部員の耳に入った噂話。お望みとあれば、いくつか見繕うけど?」

「じゃあ、噂話の方だけ。二駅先に小学校がありますよね。そこの周辺か、もしくは関係者の噂みたいなのが欲しいんですけど」

「ほぉ。そうだなぁ……。数は少ないけど、何かしらはあったはずだよ。えーっと……」

 的葉は記事の切り抜きが入ってる方のファイルを一冊、先ほどから黙りこくっている春日に渡すと、自身はもう一冊の方に目を通し始めた。

「あの辺りでは……。暴走族の一斉検挙が失敗……。取り締まりの日だけ何故かルートを変更した。情報漏洩の疑い有り、か……ふぅん」

「こっちに何か怪しそうなのがあるわよ。強盗犯が未遂のまま何者かによって気絶させられる。犯人の顔には殴られたような跡があるが、誰がやったのかは不明。犯人の証言では、体格のいい、奇妙なヘルメットを付けた男にやられた、とのこと……」

「奇妙なヘルメット? もしかして……」

「可能性はあるわね」

 そのやり取りを聞きながら、ノートから顔を上げて神部が話に入って来た。

「君たちは、そういうのを探しているのかい? それなら、こういうのはどう? 謎の怪人が夜中に出没するっている話」

「怪人!?」

「興味深いわね」

「ふむふむ、こいつはあの付近だね。近くの茂みの中で、特撮用のスーツと思われるものを着用した男が、小学生をじっと見ていたって話らしい」

「それは、どこで? 誰が目撃したか分かりますか?」

「ちょっと待ってよ……。ああ、これはアレだね。その強盗犯に襲われそうになったっていう家庭の、ママさんだね」

「その人の住所とかって分かりますか?」

「ああ、もちろん。しかし、君たち……何だか、興味深い事情を抱えているようだ。それに、どうやら切羽詰っているらしい」

「…………」

「これは、あくまで提案なんだか……、君たちに協力させて貰えないだろうか。何だか、とんでもない特ダネが転がっているような気がしてならない」

「……記事になるような事はありませんよ。それに、とても危険で……」

「いいじゃない的葉。この人に協力して貰いましょう」

「おい、春日! いいのかよ、関係無い人を巻き込んで、もしもの事があったら……」

「どうせ、ここで私達が断っても、単独で調べ始めるわよ。それに、資料を見せて貰った見返りだって何も渡せないしね。同行させる事で対価を支払えて、なおかつ手の届く範囲に居て貰えるのだから、これ以上ない提案だと思うけど?」

「それは……そうかもしれないけど……」

「だったら決まりね。神部さん、協力をお願いするわ」

 春日は友好的な微笑を浮かべると、手を差し出した。

「もちろん! こちらこそ、嬉しいですよ」

 ガッチリと握手をした所で、春日は声音を変えて言った。

「……ただし、記事にして欲しくない事もありますので、それを守って頂けない場合は残念ですが……魚のエサになってもらうわ」

 刺し貫くような、冷ややかな声。神部は、彼女が目が笑っていない事に気づき、身震いした。しかし、苦笑いを浮かべながらも、こう返答した。

「もちろん、そちらの事情は十分に加味させて頂きます」

「決まりね。さあ、早速その奥様に事情を聴きに行きましょうか。それから、ちょっと悪いんだけど、ここにある資料だけ、借りて行きたいんだけど」

「ええ!? 流石にそれはマズイかもしれない。これはあくまで新聞部の備品だからなぁ」

「ケチケチしてるのね。分かったわ、それじゃあできる限り、この内容をメモして帰るから、事情を聴きに行くのは二人で行って来て頂戴」

「春日、一人で大丈夫か?」

「問題なし」

「了解。それじゃあ、行きましょうか。神部さん」

「え、ああ」

 的葉は神部を促して廊下を出ようとしたが、そこで彼女に呼び止められた。

「ちょいちょい、アンタはお金いるでしょう。ホラ、財布ごと持っていきなさいな」

「気前がいいね。大丈夫なの?」

「あんまり無駄遣いしないでよ。一応、小銭を多めに持って来てるけども、それでも限りがあるんだから」

「了解。そんじゃ、行って来る」

「いってらっしゃーい」

 会話の間も、春日は記事から一切目を離さなかった。

「……もしかして、全部暗記する気だったりして」

 冗談めかして言ってみたが、彼女の頭が規格外である事は十分に知っていたので、あながち有り得ない可能性では無いのが恐ろしいところだった。

「神部さん、案内よろしくお願いします」

「ああ。それにしても、君たちって何か不思議な決まりを持ってるよね。お金は彼女が全部出してるって事は、あっちがパトロン?」

「まあ、似たようなもんですかね。ぼくは彼女のオマケみたいなもんですし」

「ふぅん」

 それから、的葉と神部は電車に乗り込むと、再び小学校の近所へとやって来た。

 神部の話によると、目的の家は近くの丘にある住宅街の中であるらしく、そこまで足を伸ばさなければならなかった。

 二人はゆるやかな坂を上っていった。その途中で、的葉はその一帯にある家々を見て、ここがいわゆるちょっとしたお金持ちが住まうような場所である事が理解できた。

「なるほど、いかにも金の欲しがる奴が狙いそうな土地だ。しかし、お金持ちっていうのは防犯にもえらいお金をかけているから、実は成功率が低いんじゃないかと思うんですがねぇ」

「まあ、リスクを冒すんだから、リターンも大きくないと割に合わないって思ったんじゃないかな。どこに入ろうと、とにかく強盗をすれば捕まるんだし」

 なんて事を話している内に、二人は件の家へとたどり着いた。そこは、どちらかと言えば西洋の屋敷に近い作りをしており、左右対称で真ん中が高く、両側が低い。

 日本らしいと思える部分といえば、敷地がそれほど広くなく、家の前が庭ではなくアスファルトで舗装されている所だろうか。一目でお金がかかっているであろう事は分かるのだが、どうにも不揃いな感じのする外観だった。

 的葉は、西洋建築への憧れと、利便性追求という欲がミックスされたその姿を、とても興味深そうに眺めた。

「ここに住んでいるのは、まず間違いなく日本人ですね。しかも、混じりっけなしの純粋な日本人ですよ」

「よく分かるねぇ。まあ、大丈夫。邪険にされる事は無いよ」

 そう言いながら、神部が門に付いているインターホンを押すと、ほどなくしてスピーカーから上品そうな女性の声が聞こえてきた。

『はい、どちら様でしょうか』

「どうもー。ワタクシ、餅巾着高校新聞部の神部と申します。実は、最近この辺りで目撃されたという不審者について調べていまして、少しお話を聞かせて頂きたいのですけど」

『あら、そうですか。でも、実はウチ、今は外のお客様を入れる事ができませんの』

「そうですか。では、インターホン越しで構いませんので、二、三分だけでもこのままお時間を頂けませんか?」

『まあ、少しでしたら……』

「ありがとうございます! それじゃあ、早速。実は噂で聞いたんですが、不審者を実際に目撃なさったとか」

『ええ。先月くらいに、そこの公園から、ウチを見ていたんです。夜だったからシルエットしか見えなかったけれど、あれは間違いなく不審者だわ』

「それは、どんな格好をしてました?」

『えっと、テラテラと光ってる特撮の怪人みたいな感じのを着ていたわ。頭から、二本触角が出てて、虫みたいな顔のデザインなのよ』

「なるほど……。しかし、どうしてこの家を見ていたんでしょうね? 何か、心当たりなんかはありませんか?」

『…………。さあ、まったく心当たりはありません』

 そこで、的葉が割って入った。

「すいません。ぼくは同じ高校の者なんですが。非常にお聞きしにくいんですけれど、例の強盗未遂犯が出た日とでは、どちらが先なのか分かりますか」

『ああ……。それなら、強盗が捕まった日の方が先ですけど』

「そうですか。では話を戻すんですけど、その不審者を目撃した時、ソイツはどれくらいの間、家を見ていたんですか? 見つかったらすぐに逃げましたか?」

『ええっと……。見つけてからすぐに警察に連絡しようとして、電話に向かったんです。その時に多分、目が合ったと思うんですけど、でも電話の所に行くまでの間はずっとそこにいました。それから、電話を手に取って振り向いたら、その頃にはもういなくなっていました』

「なるほど、見つかってもしばらくはそこに居たわけですか……。それじゃあ、次に別の事を聞かせて下さい。最近、騒音などで困っていませんか?」

『ええ、もちろん! 先月の頭くらいから、バイクの音がうるさくって……。ご近所さんも警察に相談したそうなんですけど、相手にされないって……』

「そうですか。どうもありがとうございます。あ、神部さん割り込んですいません。続けて下さい」

「あ、ああ。えーっと、その後ですけれども、例の不審者をもう一度見たりした事はありませんか?」

『もう見てません……。一度きりです』

「ふーむ。なるほど。いやあ、ご協力ありがとうございます。不審者逮捕の為、精一杯の努力はさせて貰いますので!」

『はい。それじゃあ……』

 その言葉を最後に、スピーカーからは何も聞こえなくなった。

「加賀くん、残念ながら目新しい情報は得られなかったみたいだねぇ」

「そうでもないですよ。それよりも、例の不審者が居たっていう辺りに行ってみましょうよ。あんまり期待できそうにないですけど」

「ああ、それはいいけど。ちょっと待ってよ。何か気づいたなら教えてよ」

「大した事じゃないですよ。まずは公園に行きましょう」

 二人は近くの公園に入り、例の家が見えるであろう茂みに入ってみた。そして、目撃された不審者が立っていたであろう場所を推測し、そこに立ってみる。

「ふむ……やっぱりか」

 そこで的葉は何かに得心がいったかのような顔で頷いてみた。

「やっぱりって?」

「いえ、例の不審者はあの家の何を見ていたのかなって思いましてね。ホラ、ここから見ると、丁度東側の窓が見えるでしょう? あそこは、さっき見ていたらどうやら子供部屋みたいなんですよね。ほら、窓際にランドセルが置いてある」

「ああ、本当だ! いや、でも子供部屋を見ていたかは分からないよ」

「そうかもしれません。でも、動機に心当たりは無いか、と聞いたら一瞬だけ沈黙しましたよね。あれはとっさに何と答えようか迷った為だと思います。普通なら、金銭目的を疑うんじゃないですかね。ついこの間、未遂事件があったわけですから。では、どうして口に出さなかったのか。原因は別にあると思っていて、尚且つそれを軽く話せないような理由がある。それはやっぱり、子供じゃないかと思うんですよ。自分で気づいたのか、それとも警察がそういう予想を口にしたのか……」

「でも、あくまで予想だよ。確証は無い」

「ごもっともです。それは、実際に不審者本人に聞いてみなければ分かりませんよね。でもまあ、ぼくの方針としてはそっちの方が有力だと思いますよ」

「そういえば、不審者が子供を狙うっていうのは、当たり前の事のような気がしないでもないような……。しかし、ランドセルなんてよく気づいたね。何でだい?」

「最初から決めてかかったからですよ。表札にね、九条って書いてあったんです。小学校に同じ苗字の子が居ましたし、きっとそうだと思ったんです」

「はあ……。よく知ってるね」

「まあ、色々とありまして……。さて、ここで得られるものも、もう無さそうです。一旦、新聞部に帰りましょうか」

「ああ、そうだね」

 二人は、再び電車に乗って、新聞部の部室へと帰って来た。見ると、春日は部室にある資料を引っ張り出して、片っ端から読んでいるようだった。

「ただいま」

「おかえり。収穫は?」

「例の家、九条っていう人の家だったよ。しかも、小学生の娘がいる」

「はぁん……。中々、愉快な事になって来たわね」

「本当にね。そっちはどう? ちゃんと記録できた?」

「バッチリよ。それじゃあ、いい時間だし、そろそろ帰りましょうか」

「ん、分かった。神部さん、今日はありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ。また、部室に顔を出してくれよな。俺もこの事件の展望にはすごく興味があるからさ」

「何言ってんのよ。アンタも一緒に来るのよ」

「「ええっ!?」」

 突然の事に、的葉と神部は全く同じリアクションをしてしまった。

 一応、反論と試みようとした的葉だったが、春日の目を見ればそれが冗談ではない事が分かり、何も言えなくなってしまった。

「アンタに洗いざらい喋ってあげる。その代わり、後戻りはできなくなるわよ」

 にんまりと蠱惑的に笑う春日を見て、神部は期待で胸が高鳴るのを感じていた。それは、彼が将来味わいと思っていた、特ダネに近づく為に禁忌へと踏み込む高揚感そのものだったのだ。

 どこか中毒者じみた表情で、神部は首肯した。


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