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教室

「調査開始だな。どこから調べるのがいいかな」

「とにかく、どこかに何かしらの痕跡があるはず。一つずつ注意深く観察していくしかないわね。アンタも、色々とめぼしそうな所を探って頂戴」

「了解」

 的葉はとりあえず、九条なるみの持ち物から調べてみる事にした。正直、机の中を見るのは気が引けたが、そんな事を言っている場合ではないと自らを鼓舞して、捜索に臨む。

「これは、歴史資料。歴史資料だ」

 博物館に並ぶ資料のようなものだと思えば、何とかなるようだった。

 中身を取り出す事はできないので、とにかく怪しそうなものを視認で探すしかない。

「うーん、中はとくに怪しいものは無い。よく整頓されているしなぁ。筆箱が妙にファンシーでデカいけれども、これは別に何も無いよなぁ」

「そのデカい筆箱の中には千切って投げる為の消しゴムでも大量に入ってるんじゃないの。もったいないわね」

「そんなに一杯は無いと思うけどね……。多分、ペンとかじゃないのかなぁ」

「まあ、どっちでもいいけど」

 やはり、完全に割り切ってしまっているわけではないらしく、言葉の端々に怒気がこもっている。そんな彼女は教壇の辺りを注意深く観察し、目的の足跡が無いか探しているようだった。しかし、めぼしいものは見つからなかったらしく、溜息をついている。

 的葉もそれに倣って床に視線を落すと、そこには小さな消しゴムの切れ端が大量に散乱していた。それを見て、彼も深く溜息を吐いた。

 別の所を探そう。そう思って立ち上がろうとした時、彼はある事に違和感を覚えた。

「あれ?」

 的葉は床に落ちている消しゴムの切れ端を再度、よくよく観察してみた。すると、ある事に気づいたのだった。

「ねえ、春日。ちょっとこっち来てくれないか?」

「何か見つけたの?」

 春日はツカツカと早足でやって来ると、的葉の前にしゃがみこんだ。

「これ、消しゴムの切れ端。よくよく見たら四色あるんだよね」

「それがどうしたのよ?」

「確か、消しゴムを投げていたのは三人だよな? ぼくは実は彼女らが何色の消しゴムを使ってたか覚えているんだけど、どれも単色で、色はバラバラだったんだよ。それにホラ、よく見てよ。色によって千切り方とか大きさにクセがある。爪の長さとかが原因かな。そうして比べてみるとね、この青い消しゴム、これだけがどうしてもおかしいんだよな。この色を使っていた子はいなかったはずだよ。もしかしたら、もう一人居たんじゃない? 投げてた生徒」

「なるほど……。確かに言われてみればそうだわ。でも、彼女らの行動を見ていた他の生徒が悪ふざけで参加した可能性もあるわよ。これが重要な発見かどうかは……」

「確かにそうかもしれない。でも、ぼくらが見た時に実際に投げているのは主犯の三人だけだったよね。普通、そういう後追いで参加する人間が居る場合って、段階的に人が増えていくものであって、減っていく事は無いんじゃないかな」

「ふぅん。つまり、これは最初から共犯するつもりだった奴が居て、どういう理由かは分からないけど、途中で抜けたって事になるのかしら?」

「そう推測してもいいんじゃないかな。どっちにしろ、容疑者が増えるのはいい事だ」

「そうね。やるじゃない、アンタ。その調子で、どんどんよろしく!」

 春日はウインクを一つすると、張り切って元の場所へ戻って行った。

 的葉は彼女の機嫌が多少なりとも直った事に胸を撫で下ろしていた。

 それから、二人は捜査に熱中したが、それ以上の事は何も分からないまま、三十分が経過した。

 もうそろそろ完全に煮詰まってしまったかと手を止めた時、教室の扉が開き、一人の男子生徒が入って来たのだった。

 二人は最初、いきなりの来訪者に驚いたが、自分たちは誰にも見えない事を思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。しかし、その生徒が手に持っているモノを見て、先ほど以上にギョッとしてしまった。

 男子生徒の手には、体長三十センチほどの蛇が握られていたのだ。その生徒は、慣れたように扱いながら、教室の中をズンズンと歩き、夏美の席で立ち止まった。そして、そのまま蛇を机の中に入れると、逃げるように教室を飛び出して行った。

「「…………」」

 教室に残った二人は、何とも言えない表情で目配せをし、頭を抱えた。

「あー、なるほど。この日か……」

「蛇の日かぁ……」

 的葉は鮮明に記憶しており、これから起こる事もしっかりとわかっていた。ある意味では最悪の思い出である。

 手を濡らした少年が一人、教室へと入って来た。そう、幼少期の加賀的葉である。

「うう、物凄く止めてやりたい……」

「諦めなさい。これは起こらなければならないイベントなのよ」

 的葉少年は、隣の机から何かがチロチロと出ているのを発見すると、とくに警戒する様子もなく、それを掴んでしまった。当然、中から激昂した蛇が現れ、彼の腕に噛みついた。

「うわぎゃあああああああ!!」

 恐怖の叫びを上げる、かつての自分を見ながら大きい的葉は自身の右腕を押さえて歯を食いしばった。

 少年が慌てて手を振ると、蛇はすぐに口を開いて離れ、教室の隅へと逃げて行った。一難は去っても、蛇の事をよく知らない少年はそれが無毒蛇である事を知らない為、パニック状態だった。大泣きしながら、保健室へ目がけてすっ飛んでいったのだった。

「うう、懐かしい痛みと恐怖が蘇って来た……」

「しかし、これでまた候補者が増えたわね。恐らく、主な行動派は五人。まあ、これからゴロゴロ出てくる可能性もあるけども」

「なあ、素朴な疑問なんだけどもさ、敵は子供に擬態できるのか?」

「可能だと思うわ。本体は成人男性くらいの体格だけど、どういう仕組みか、そういう事ができるのよ」

「そうなのか。まあ、あの中の誰かと考えてもいいけど、調べる範囲は広い方がいいし、大人も一応、調べてみないか?」

「……ふむ。なるほどね、確かに教師である可能性もあるわ」

「そうそう。それで、直接は手を下さなくても、そう仕向けているっていう可能性もあると思うんだよ」

「分かったわ。念のため、そういう方向でも調べてみましょう。じゃあ、次は職員室にでも潜入してみるとしましょうか」

「了解」

 二人は教室を後にして、職員室へと向かった。職員室は同じ一階にあり、玄関のからすぐに脇に入った所にある。途中、廊下には校長室と給湯室があり、職員が利用する場所はこの一区画に固まっているようだった。

「お、丁度よく誰かが出てくるみたいだぞ。すり抜けて入ろう」

「オッケー」

 ドアの隙間からスルリと侵入してみると、どうやらほとんどの教師は出払っており、一人が机で作業しているだけだった。

 と、その時、部屋の隅にあるパーテーションで区切られた区画から、言い争うような声が聞こえてきた。

 二人は目配せをしてから、近づいて中を覗いてみた。すると中には、夏美のクラス担任と学校の教頭がおり、二人は真剣な面持ちで何事かを議論しているようだった。

「教頭先生、やっぱり湯船さんは明らかにいじめを受けています。できるだけ早い段階で対処しなければ、彼女がどうなってしまうか……」

「まあ、待って下さいよ、安田先生。彼らはまだ子供ですよ? 私でもそれくらいの年代なら綺麗な同級生にちょっかいをかける事もありましたよ。これは、あくまでおふざけの延長ではないんですかね?」

「そんな生ぬるいものじゃないんです! 度を超えているんですよ!」

「でしたら、安田先生がキチッと叱ってやればよろしいでしょう。彼らも先生がキツく言えばすぐに止めます」

「そんな事はとっくにしました! ですが、それでも私が見ていない所で続けているんです。ですから、教頭先生にこうしてお願いしてるんじゃないですか」

「心配しすぎですよ。湯船さんも、徹底的に無視しているんでしょう? だったらきっと、彼らもすぐに飽きて止めますよ」

「そんな…………」

「この話はここでお終いです。まあ、湯船さん本人から何か話が出れば、また報告して下さいよ」

「教頭先生、そんな悠長な! 今、まさに彼女は苦しんでいるんですよ!?」

 教頭は席を立ったが、担任もあくまで食い下がっていく。二人はまた同じような言い合いをしながら、外へと出て行った。

 的葉と春日は、両方ともに苦々しい表情をしながら、頭を掻いている。

「あーあー、そうだった。ぼくの記憶に残ってる教頭はあんな人だったよ。慇懃そうで、性格の悪い、枯れ木みたいな……」

「本当に嫌なものを見たわね。でも、安田先生は……いい人だわ」

「確かに。でも、当時は先生のああいう所って見たこと無かったから、他の先生達とそんなに違いがあるようには思えなかったけども……」

「きっと、他の先生だって自分のクラスで同じ事が起こったらそういう態度になるのよ。さて、これはある意味では良かったかもしれないわね。一番、怪しそうな人間が出てきたのだから」

「教頭か……。確かに、今までで一番心証悪いなぁ。アイツが犯人だったら、本当に何の躊躇も無くぶん殴れるよ」

「さっさと爆散させてやりたいものね。それじゃあ、何か手がかりが無いか探しましょうか。アナタは教頭の席とその周辺をお願い。観察眼に期待しているわ」

「了解」

 的葉は職員室の一番奥にある机へ向かい、色々と調べ始めた。どうやら、教頭はどちらかと言えばアナログな人間であるらしく、パソコンなどは机に置いていない。その代わり、書類が入って丸々と太ったファイルが所狭しと並んでいた。

「そもそも、何を探せばいいものか……」

 的葉は思案しながら、机を眺める。

「なあ、春日ー。もしも鬼食が誰かに擬態しているとして、どれくらいの精度で真似ているんだろう?」

「ほぼ本人と見分けが付かないレベルよ。よく観察し、容姿だけでなく性格もしっかりと作っているし、過去に関する事もほとんどトレースしていると考えて差し支えないわね」

「だとしたら、本当に手に負えないんじゃないか? ここに証拠になるようなものを残しているとは思えないけどな」

「とにかく、試しにやっておけばいいのよ。何も無かったら次を考えるんだから」

「なるほどね」

 的葉は、大量に積み上がっている書類の山からはみ出している紙をじっくりと観察してみた。どうやら、それは卒業式の時に使われた書類であるらしく、日付が随分と前のものになっている。

 彼はおもむろにそれと最近の書類とで筆跡を比べ始めた。もしも、まだ擬態に慣れていない頃であれば、もしかしたら筆跡は真似きれていないかもしれないと考えたのだ。しかし、期待通りにはいかなかった。多少の乱れはあるものの、同一人物が書いたもののように見えた。

「やっぱり難しいなぁ……」

 的葉は半ば諦めたような気の抜けた声を出すと、教頭の椅子に腰かけた。そして、ぼんやりと室内を見回しながら、ついでに机の下とゴミ箱の中にも目を通す。

「おや?」

 ゴミ箱の中に付箋と思しき、蛍光ピンクの紙を見つけた。

 そこには、『蓑頭霊園行き 開南バス 十八時四十分発』と書かれていた。

「蓑頭霊園……」

 的葉はその内容をデバイスでメモすると、何食わぬ顔でまた室内を眺めるのに戻った。

 気づくと、春日がそこら中の床を這いまわりながら何かを探している。どうやら、柳の下で泥鰌を捕ったのが忘れられないらしい。確かに、床に這いつくばる人間というのはほとんど居ないのだから、そこに何かしらの痕跡が消されずに残っているかもしれない、というのはあり得ない話じゃない。

 しかし、彼女の期待通りにはいかなかったらしく、難しい顔をしながら何事かを考えていた。

「ねえ、アンタ何か見つけた?」

「いや、サッパリだね」

「意外と何とかならないもんなのね。やれやれ、どこかから名探偵でも呼んで来るしかないかもしれないわ」

「それは名案だけどもね。別に、今すぐに結論を出さなくてもいいんじゃないかなぁ。学校で何も見つからなかったからって、それでお手上げってわけじゃないんだし」

「ふうん? その言い方だと、他にどこかあるみたいじゃない」

「そりゃあ、あるよ。鬼食が生まれた研究所とか、他にも学校の周辺で何かおかしな事でも起こってないか聞き込みするって手もあるじゃないか」

「ほほう、流石は探偵様ね。それじゃあ、さっさと移動しましょうか。やり残した事を思い出したら、また来ればいいんだし」

「そうそう」

 的葉は立ち上がると、春日の背を押して職員室の出口へと向かわせた。

「ちょっと、ドア開いてないんだからこっちからは出られないでしょう。そこの窓から出ましょう」

「おっと、そうだった」

 二人は窓を乗り越えると、校門へと歩き出した。途中、的葉はベンチに座る安田先生を見かけたが、彼女は一仕事終えたような顔でコーヒーを飲んでいた。

 学校の敷地を出てから、二人はとりあえずバス停に戻って来た。

「それじゃあ、次の行き先を考えないといけないわねー」

「研究所の跡に行くのが手っ取り早いんじゃないの? 一番手がかりの見つかりそうな場所だと思うけど」

「あー……そうなんだけどねー。よくよく考えてみたら、逆にあそこは敵に警戒されてそうで行きにくいのよね。だって、鬼食を倒そうと思えば絶対にそこに行くじゃない? だったら、罠を仕掛けておくのにあれほど丁度いい場所も無いのよね」

「じゃあ、近所で聞き込みをしよう」

「まあ……悪くないんだけど。でも、やるにしてもある程度は的を絞ってやりたいわよね。ただ闇雲にやるわけにもいかないんだし」

「ごもっとも。それじゃあアレだね。相手が警戒していなくて、更に情報がたくさん集まってそうで、尚且つ自由に出入りできる場所があれば良いわけだ」

「そんな都合のいい場所なんて無いでしょー」

「そうでもないよ」

 訝しむ表情の春日に対して、的葉は肩をすくめて笑ってみせた。

「まあ、任せてくれよ」

 的葉は彼女を立たせると、小学校へやって来た道を戻って行った。その背中を、春日はどこか好奇心をそそられた顔で追いかけていく。

「推理する楽しみがあるっていうのはデートに丁度いいわね。そのサプライズ、達成させる前に破綻させてあげるわ!」

「そこは素直に楽しめよ。まあ、いいんだけどもね」

 二人は十分ほど歩いて電車に乗り込むと、二駅ほど移動した。目的の駅に到着した時点で、春日は正解にたどり着いたようだったが、しれっとした顔で彼に付いていく。

 そして、二人はある施設の前で立ち止まった。

「到着。答え合わせは必要?」

「ノーサンキュー。さっさと新聞部の部室に行きましょうか」

「そうだね。もうしばらくしたら部活の時間だし、部室の前で待ってれば誰かしらが来ると思うよ」

 やってきたのは、的葉が通う高校だった。二人は部室棟の二階に移動し、新聞部の扉の前に腰を下ろすと、もはや必要の無くなった不可視化機能を停止させ、元の制服姿へと戻った。


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