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過去

 目を覚ました時、的葉は見知らぬ部屋の中でベッドに寝転がっていた。

 体調を確認してみると、先ほどの気持ち悪さなどは収まり、気分は爽快になっていた。

(ああ、もしかしてコレが噂の二日酔いから脱出した直後の感覚というやつなんだろうか)

 周囲を見回してみると、的葉と一緒にやって来たであろう着替えなどがそこかしこに散乱しており、元はあまり生活感の無い殺風景な部屋であっただろう室内は、見事に散らかってしまっていた。どうやら、軽く片づけなければならないらしい。

 試しに部屋から出てみると、彼が寝ていたのは二階であったらしく、出てみるとログハウス調の吹き抜け天井が見えた。室内はどこも軽くホコリが溜まっており、人が住んでいるような痕跡も見えない。どうやら、ここはどこかの別荘であるらしかった。

 的場はポケットからデバイスを取り出すと、唯一の通話履歴にリダイヤルした。

 三回ほどの呼び出し音の後、目的の人物に繋がった。

『はいはーい、こちら春日―』

「もしもし。今、どこかの別荘みたいな所に居るんだけど。ここは、どこ?」

『そこは、アンタの家からちょこっと離れた場所にあるウチの別荘よ。一応、長期休みにくらいしか使ってないはずだから、そこを拠点にして過ごしてくれて結構。あ、もちろん出て行く前にはちゃんと片づけるからね』

「了解。できるだけ触らないようにしておく。しかし、すごい科学力だな。今、そっちは現代なわけだろ? 一体、どういう方法で繋がって……」

 突然、隣の部屋の扉が開いて春日が顔を出した。あまりの事に的葉はポカンとしたまま、全く動けずに彼女を凝視した。

『ところで、何でわざわざ通信機使ってんの?』

「こっちに居るんかい!」

「向こうで逐一報告を待ってるなんて性に合わないのよ。自分でも動いた方が安心だし。あ、ちなみに先に着いてる理由は、アンタよりも二時間前に設定して来たからよ」

「……だったら、何でぼくだけ先に送ったのさ。一緒に来れば良かったじゃないか」

「何言ってんの。もしもそんな事したら、目が覚めた時は二人でベッドイン状態なのよ。アンタが欲情して襲って来る可能性は十分にあるわ」

「しないよ、そんな事……」

「しないの?」

「……正直に言えば、絶対にしないとは言い切れないけど」

 的葉の自己評価では、それほど性欲が旺盛なわけでもないのだが、いきなり理性が飛ぶ可能性だって無いわけじゃない。同い年くらいの女性が隣に寝ているという状況に普段とは違う行動をとるかもしれないというのは、十分に考えられる事だった。

「そうでしょうとも! アンタってもしかして、高学歴モノとか好きだったりする? それとも、寝込みを襲う系とか」

「それほどアブノーマルではないとだけ言っておく」

「何よ、つまらないわね。教えてくれたっていいじゃないの」

「ほらほら、そんな事よりも早速行動しようよ。善は急げだよ」

「ちなみに、私はバスツアーが好きね。大人の運動会みたいなのがワクワクするわ」

「早く行こうっつってんだろ! わあああ、もう何か生々しいなぁ! そういうのは軽々しく言わないもんだろうが!」

「別に減るもんじゃなし。それに私とアンタの仲じゃない」

「…………」

 的葉はもう何も言わずにガックリとうなだれた。

「じゃあ、ま。やりましょうかー。一応、そこの学生服には着替えてよね。あ、それから下はちゃんとTシャツだけにしておくのよ」

「ああ、了解……」

 それだけ言うと、彼女は部屋に戻って行った。どうやら、彼女はそこを使うつもりであるらしい。

 的葉は自分の部屋に戻り、指定された服に着替えてから、散らかっている服を畳むと、窓脇に積んだ。

 着替え等、出かける準備を終えて出て行くと、下のソファに彼女が寝そべりながら、自分のデバイスをいじっていた。そのデバイスは、的葉が持っているものと全く同じデザインだったので、今後間違えないように気を付けないといけないな、と彼は思った。

「準備終わったよ」

「ん。オッケイ、それじゃあ早速小学校に行きましょうか」

 二人は別荘を出ると、春日の先導で近くのバス停へと向かった。幸いにも、五分ほど待った所でバスに乗る事ができ、すぐに町へと向かう事ができた。

「なあ、このバスって最終は何時なんだ?」

「八時よ。あと、このバスって平均では一時間に一本しかないから、いつもはこんなにすんなり乗れないからね」

「……まあ、予想はしてたけども、やっぱり早いし、本数少ないなぁ」

「オンシーズンでこのバスを使う人間の方が珍しいのよ。まあ、学生二人で昼間っからこんなのに乗ってる時点で怪しいけどね」

「……笑えないな。どうしてあえて制服なんだよ。私服の方がいいのに」

「まあまあ、別に何も考えて無かったわけじゃないわよ。ちょっとデバイスを出して」

「デバイス?」

 的葉はポケットからデバイスを出し、彼女に差し出した。

「この、タヌキのアイコンを押すでしょう? そうすると、一覧みたいなのが出るから、その中から選んで、確認のアナウンスが表示されたら、それをタップする。そうすれば、自分の外見を任意のものに変更できるわ。まあ、実際に変わるわけじゃなくって、人の目には違って見えるってだけなんだけどね」

「おおー、これもすごいじゃないか。本当に未来機械だ!」

「妹は天才だからねー。それじゃあ、早速変えてみましょうか。この、私服に変更してみましょう」

「オッケイ」

 的葉は指示された手順に従い、実行した。すると、学生服がわずかに揺らぎ、次の瞬間にはジャケットとジーンズという、ラフな格好になっていた。

「うおおおおー、スゲー!!」

「どんなもんよ。潜入作戦をする為の装置だけどね。あ、それからアレよ。変身する時は強制的に解除されるから、気を付けてね」

「了解」

 気づけば春日も私服に着替えており、イメージが随分と違っていた。白黒のブロック柄レギンスにゆったりとしたベージュのロングカーディガン、中は白色のシンプルなシャツである。

「ちょっと大人っぽい感じだね。よく似合ってるよ」

「どうも。何よ、随分と気が利くじゃないの」

「まあ、礼儀ってやつかな。友人の京太郎と男性ファッション誌とかを読み漁って研究したんだ。まずは服装を褒めるのがテクニックらしいよ」

「ふぅん。でも、それって言っちゃっていいものなの?」

「ダメだった……」

「うふふ、聞かなかった事にしておいてあげるわ」

 的葉は少しだけ恥ずかしかった。冷静な表情をしているが、耳は真っ赤である。春日もその事に気づいていたが、あくまで何も見なかったという態度のまま、外の景色を見ている。

 的葉は心の中で、帰ったらこういう結果になった事を京太郎にフィードバックしてやろう、と決めた。

 しばらくバスで走ると、景色は森から町へと変わっていった。そして、見慣れた住宅街を抜けると、的葉が通っていた小学校が見えてきた。

「降りなきゃ。あー、お金が丁度じゃないや。ちょっと両替してくる」

「いいわよ。一緒に出しとくから。っていうか、こっちでアンタの持ってるお金使っちゃダメだからね。未来の硬貨なんて、見つかったら大騒ぎになるんだから」

「なるほど。それもそうだ」

「それにしても、こうしていると本当にデートしてるみたいよね」

「流石にデートだったらぼくが出してるよ。何かどっちかって言うと、ヒモと家主に近い心境だよね、実際」

 和気藹々と会話しながら降りて行く二人を見ながら、運転手の男性は冷や汗をかいていた。両方ともに乗った時と違う服装をしているのだから、当然中で着替えたと考える。

 自分の背後でとんでもない事が起こっていたという事実に彼は戦慄したのだった。

 実際に着替えたわけではない二人は、そんな疑念など気が付くはずもなく、足取りも軽く目的地へと歩いていった。

 二人は校門の所で立ち止まり、中の様子を窺う。

「うわあ、本当に過去だ。守衛所が無いし、色々と昔のままだ」

「この頃はまだ凶悪犯罪が起こって無いから、対策がされてないのよね。監視カメラ一つないなんて、現代では考えられないわね」

「まったくだ」

 二人は誰かに見つからないように注意しながら、そろそろと学校へ侵入した。

 校舎を裏側からぐるりと回り、一階にある二年生の教室が覗ける場所へとやって来た。

中では担任の女性教師が算数の問題を板書しており、教室内は私語も無く静かにそれを一生懸命ノートに書き写していた。

的葉はその光景に言い知れない懐かしさを感じ、思わずため息を漏らしそうになった。教室の真ん中より少し後ろに、ぼんやりとした顔のかつての自分がおり、その隣には小学生の夏美がいた。

「これはすごいな……」

「本当ね……。ちょっと待って頂戴、確かこの授業中は……。そう、後ろの席から消しゴムのカスなんかが飛んで来てたらしいわね」

 見てみると、確かに夏美の後ろの席の女生徒が、定規を使って消しカスを飛ばしている。

「うわあ、また陰湿な……」

「あの子は……九条なるみ(くじょう なるみ)。確か、率先してちょっかいをかけていた、主犯格ね」

 九条は豪華そうなパーマをかけた、いかにもお嬢様といった感じで、ツリ目のせいか、どこか好戦的なイメージをうけた。

「あー、居たなぁ。そんな奴……」

「それから、率先して協力している取り巻きの、佐藤と加納ね」

 春日が指さした二人の女生徒を見比べる。佐藤は、ショートカット。加納は後ろ髪を二本のお下げにしている。

 しばらく観察していたが、夏美は本当に意にも介さず、まるっきり無視しながら、ノートの隅に何かの設計図みたいなものを描いていた。

「なあ、春日。ものすごく心が痛い。今すぐ乱入してあの三人をぶん殴ってやりたいんだけど」

「抑えなさい。ここでヘタな事をすると、警察がすっとんで来るわよ」

「……冷静だな。ぼくはてっきり、君の方が辛いんじゃないかと」

「もちろん腸が煮えくり返ってるわよ。でも、せっかくの企みが水泡に帰す事だけは避けたいもの。今、できるのはその原因となったクソ野郎が爆散する為に努力する事だけ。私はとりあえず、それが達成できればいいと思ってるわ」

「…………」

「さあ、そろそろチャイムが鳴るわよ。次の時間は……体育ね。丁度いいわ。中に入って色々と調べましょう」

「いや、流石に中はマズイだろう……。絶対に見つかるってば」

「大丈夫よ。デバイスの水晶アイコンを使って。早く」

「おお、また新機能か。よし……」

 的葉が指定されたアイコンをタップすると、過去に来た時のような不快感があり、自身の体が何重にもブレたようになった。

「う、気持ち悪い……。一体、何が……」

「微細次元移動よ。過去との接点を小さくして、この世界に干渉できない代わりに、周囲の人間からも認識されなくなるの。ちなみに、私達の間でも両方がこれを使ってないと知覚できないからね」

「これもまたすごい。しかし、あの着替えできるシステムを使えば、光学迷彩とかもできたんじゃないのか?」

「先に作ったのはこっちなのよ。これはね、時間移動で使ってるステムの応用。着替えのシステムはもしもの時に使う用。変装とか必要になるかもしれないでしょ」

「まあ、私服以外はあんまり使わないような気がするけど」

「分かんないでしょ。まあ、いいわ。早く教室に行きましょう」

 二人は校舎内へ移動し、教室を目指す。

 休み時間である為、廊下はとても賑やかだった。走り回る子供や、扉に抱き着いている者までいる。なかなか見る事のできない、独特の雰囲気を醸していた。

「あー、確かに小学生の頃ってこんなんだったよな。何か、チョコチョコ歩くし、体も柔らかそうなのが分かる感じで……」

「わかるわー。というか、今まさにそんな感じのが目の前にいるわー」

 廊下の隅にいる数人が、何故かブリッジしていた。一体、何が目的なのかは分からないが、とにかく彼らはそれを楽しんでいるようだった。

「体が柔らかい人って本当にこう、綺麗な弧になるわよね。普通の大人がやったら、何か出来の悪い机みたいになるのに」

「言いえて妙だなぁ。まあ、柔軟体操ってあれで意外と苦痛だし、大人には根気がいると思うんだよな」

 昇降口から一階の廊下をまっすぐ進み、目的の二年生の教室に来ると、すでにほとんどの生徒は着替えて外に出ているらしく、中には数人の生徒が残っているだけだった。

 的葉達は教室の後ろにもたれかかり、残った数人が出て行くのを待った。休み時間は十分。授業開始の二分前になれば、全ての生徒は居なくなり、ようやく教室内は無人となった。


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