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変身

 ジリジリと距離が詰まっていく。逃げ場は無い事が明白だったからか、二匹の蟻人間は精神的に追い詰めるようにゆっくりと迫ってきていた。

「戦って勝てるかなぁ。無理だよなぁ。相手が人間でも無理だしなぁ。あー、何とかなるって思いたいわぁ! ホント、何だかなぁ!」

 突破口がまるで見つからず、何故か口数だけが増えていく。彼我の距離、あと三メートル。背中にはコンクリートの壁である。もはやこれまでかと諦めかけたその時、

「何で例のヤツを使わないの! 持ってるでしょ、スマホ!」

 先ほど襲われていた女の子が離れた所から野次を入れてきた。

「ホラ! さくっと変身してやっちゃいなさいよ! ゴーゴー!」

 すると、蟻の化け物は彼女を見とめるや、一匹がそちらへ向かって走り出した。

「ギャー! こっち来んな!」

「あ、逃げられる」

 的葉は走り出し、女子生徒を追っていた奴を後ろから突き飛ばして転ばせると、彼女に追いついて一緒に走り出した。

「何で使わないの!」

「これ!?」

 的葉はポケットから自分のスマートフォンを出すと、彼女に見せた。

「ちっがーう! Tシャツと一緒に届いたやつよ!」

 どうしてその事を知っているのだろうか? と思いつつ、彼は一度その疑問を端にやっておく事にした。

「持って来て無いんだ! 家に置いてある!」

「大丈夫よ! 一度起動させて認証さえ済ませておけば、呼べば飛んで来るから!」

「起動させてないよ!」

「何でよぉぉ! アンタ、あんなにあから様なキーアイテムが来たら、一回使ってみるか、そうでなくても肌身離さず持っておくでしょうが! セオリーは守りなさいよ!」

「ゴメン、よく知らない!」

「男の子なら一度はヒーローになりたいって思うもんじゃないの!?」

「そうかもしれないけど。アレってもしかして、武器か何かだったの?」

「変身用のデバイスよ!」

「ええー、何だソレ。そんなすごい物だったのか。あ、そうだ。ちゃんと救急車呼んでくれた!?」

「大丈夫よ! もう、いいからアンタの家に行くわよ! アレが無いと話にならないんだから!」

「よし、ぼくの家はこっちだ!」

 的葉が先導しながら、住宅街を走り抜けていく。河川敷から彼の自宅まではそれほど遠くは無く、走れば数分で到着する。この日は運よく信号にも引っかからず、ノンストップで行けたので、本当に短い時間でたどり着く事ができた。

 彼はポケットから鍵を出して、何度かカチカチと鍵穴と格闘した後、扉を開いてすぐに二階の自室へと駆け込んだ。女子生徒も続いて入って来たが、そこではたと何かに気づく。

「ああ!」

「どうしたの?」

「男の子の部屋に入るのこれが初めてだ、ちくしょおおおおおおお! こんなはずじゃなかったのに! うおおおおおおおお!」

 何か、よほどの理想があったらしく、彼女は頭を抱えて叫んでいた。

「分かったから! これは緊急事態だからノーカン! ノーカン!」

「ダメよ! もうこの何とも言えないゴミ箱からの匂いも、散らかった衣服やベッドも、棚に飾られてるロボットのプラモデルも、すでに見て聞いて匂ってしまったんだもの! 何でこのシャツ洗濯物に出さないのよ! ひどい匂いだわ!」

「何、どさくさに紛れて嗅いでるんだよ! 本当にやめて!」

「分かったわよ。これは置いておくから。そんな事よりも、早くデバイスを起動して」

「ああ、分かった。えーっと…………。これでいいの? 電源っぽいものを長押し?」

「ねぇ、枕ってどんな匂いがするの?」

「これでいいのって聞いてんじゃねーか! 次は何をするのかを言ってくれよ!」

「何よ、もしかして説明書も読まなかったの? やーねー、それくらい読んどきなさいよ」

「そんなもん同梱されて無かったぞ」

「え。あー……そうかー……。そういう事だったのかー……。分かったわ。これは私が悪かった。いい? 起動したら、メイン画面をスクロールして、逆三角形のアイコンをタップするの」

 的葉は言われた通りに、そのアプリを探し出して起動した。すると、画面中央にオレンジ色の玉が表示され、『ユーザー認証中……』という文字が表示された。

『ユーザー認証をしています。しばらくお待ち下さい……しばらくお待ち下さい……』

 どこからかエコーのかかったガイド音声が流れたかと思うと、次は電話の保留音が流れ始めた。

『 ポン ピポン ボーボン ポンポン ポポン ボーン…… 』

「なああああ、おいコレすっげぇイライラするんだけど! 何でこんなの設定したんだよおおおお!」

「ちょっとしたジョークのつもりだったのよ! まさか、こんなに切羽詰った状況でやるとは思ってなかったから!」

 それから、焦燥感に急かされながら、意味も無く室内を歩き回ったり、デバイスを振ってみたりしたが、一向に終わる気配が無かった。

「分かった! とりあえず、この認証が終わったら次にする事を教えてくれ!」

「次も何も、あとはそのTシャツを着て、腹の辺りをこう、一文字にこするの。それでロックが解除されるから、あとは画面の真ん中にあるオレンジの玉を回せば、後は自動でやってくれるわ」

 的葉は制服を脱ぎ捨てると、同梱されていたTシャツに着替えた。ちなみに、彼が脱いでいる様を、女子生徒は息を荒くしながら血走った眼で見ていた。

「あ! それからアンタ、ポーズ決めておきなさい。変身モードになったら、最初はあんまり動けないから、できるだけ固定でお願いね」

「え、それ必要なのか?」

「変身ヒーローとしては必要なものね」

「システム上は不必要って事じゃねーか!」

『ピー 認証完了。加賀的葉様、これから頑張って下さい』

「あー、終わっちゃったわ。しょうがない、ぶっつけ本番しかないわね。頑張って!」

「そう言われても……」

「ほら、急いで!」

「あー、もうしょうがない!」

 的葉は右の掌を顔の前にかざし、左手は脇を締めながら構えた。

正義というワードで脳内を検索した時、真っ先に出てきたのは祖父母の家にあった掛け軸に描かれた明王様だった。その絵の中では、明王が右手に剣を持っており、彼は手刀でそれを模したのだった。

何故、明王様の掛け軸が浮かんだのか。それは、彼が幼少の頃に祖父が教えてくれた話が原因かもしれない。

不動明王様は仏敵と戦う者。だから、よくない行いをすれば明王様が切り殺しにやってくる。なんて話を聞かされ、いつも帰省する度に手を合わさせられていたのだ。

「オレンジの玉を回す時は、ちゃんと変身って言うのよ」

「分かったよ……えーっと」

 的葉がデバイスを腹に擦り付けると、『キーロック解除』という電子音声が流れた。

「…………変身!」

 そのまま左手の親指で画面中央のボールを擦り、玉を回転させた。

 オレンジの球は勢いよく回ると、徐々に速度を上げていった。そして、ある程度すると双円錐状になり、突然急停止した。

 氷の柱が勢いよく折れるような音がしたかと思うと、オレンジの双円錐から何本もの植物の根に似たものが生え始め、デバイスの至る所からあふれ出した。出てきた根は的葉の全身に勢いよく広がり、巻き付いていく。その時、彼の感覚としては、全身が温かなもので包まれていくような感覚であり、なかなか心地良いと思っていた。

 と、油断して暢気に構えていると、根が顔を覆った際、何故か目に焼けるような痛みを覚え、とっさにかざしていた右手で根をむしってしまった。

「あ!」

 そして、そのままシークエンスは進行してしまう。

 ほどなくして、的葉の変身は完了した。

「おおおー! 本当に変身した! すごい!」

 大理石のような澄んだ白色をした甲殻が体を守るように至る所にあり、眉間の上のあたりから金色の長い櫛状の触角が生えている。左目は大きくて真っ黒な昆虫の複眼のようなものとなっていたが、右側は目の周囲から頬までが崩れたように欠け、中からは人間の目が覗いていた。中の肌は灰色で、その瞳は綺麗なコバルトブルーになっていた。

 もしも、顔が完全な状態であれば、それは蟷螂のようであっただろう。閉じられている凶悪そうな顎と、逆三角形に近い形の頭が、その印象を喚起させるのだった。

「あー! まさかこんな不完全状態になるなんて、想定外だったわ……」

「目が物凄く熱かったんだから仕方ないじゃないか」

「どーしよう、これで記憶されちゃった……」

「もしかして、性能に響いちゃったりする?」

「それはないわよ。外側はあくまで防御と見てくれだもの。でも、見てくれが大事だったのよ! 左右非対称になっちゃったじゃないの! もう!」

「ごめんってば……。それは後で聞くから、早く行かないと」

「むー。分かったわよ。それの性能については詳しく言ってられないけど、生身とは比べものにならないほどのパワーだから」

「よっし、じゃあ試してみるか」

 彼は窓を開けると、そこから飛び降りた。――――つもりだった。しかし、それは生身での感覚。軽く動いただけでも、飛び出したようになり、庭と垣根を大きく飛び越えて道路へと着地してしまった。

「おお! こりゃすごいな……。ようし……」

 的葉はそのままクラウチングスタートの体勢になり、一気に駆け出した。

 まるで弾丸のようになりながら、道路を一直線に走り抜けていく。しかし、あまりの速さに慣れられず、すぐに足がもつれて電柱に激突してしまった。


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